医学界新聞

寄稿

2016.03.14



【寄稿】

2023年問題を受け,日本医学教育評価機構発足

奈良 信雄(順天堂大学医学部特任教授・東京医科歯科大学医学部特命教授・日本医学教育評価機構理事)


 大学を中心とする高等教育では,分野を問わず「教育の質保証」が課題になっている。とりわけ医師育成という社会的責任がきわめて重い医学部教育では,教育の質保証は欠かせない。米,英,豪などの先進諸国の他,台湾,韓国,マレーシア,タイなどアジア諸国においては,医学部教育の質を保証するべく医学教育分野別評価が10年以上も前から自主的に実施されている。

 翻ってわが国の高等教育の現状はどうか。学校教育法の改正によって,2004年から大学評価・学位授与機構,大学基準協会,日本高等教育評価機構による大学機関別認証評価1)が実施されるようになったものの,医学部教育の分野別評価は全く実施されてこなかった。折しも,2010年9月に米国の外国医学部卒業生のための教育委員会(ECFMG)が,申請要件として「2023年以降は国際的な基準で評価を受けている医学部出身者に限る」と通告2)してきたのを契機に,日本も医学部の分野別認証評価を行うことがようやく検討されることとなった。文科省や全国の医学部に大きな課題として突きつけられた,いわゆる“2023年問題”である。

世界の潮流は「質保証が不可欠」

 ECFMG通告には,米国・カナダ以外の海外医学部を卒業した医師が米国内で増加する現状を受け,「米国民の健康を守るには,質が保証された医学教育を受け,医師として必要なコンピテンシーが担保された者にしか米国での医業を任せられない」との大義名分がある。一方で,質が担保された海外からの有能な医師に,良質な医療を担ってもらおうとの思惑もあろう。

 米国では,全米医学校協会(AAMC)と米国医師会(AMA)が合同で設置している医学教育連絡委員会(LCME)が,全医学部を対象に医学教育評価を定期的に行い,医学教育の質を保証している3)。医学教育評価を行うための基準が明確に規定されており,各医学部はそれにのっとって学生を教育し,卒業させている。

 また,英国では総合医学協議会(GMC)が,約5年に一度,医学部の評価を行っている4)。GMCは医学部卒業時点で修得しておくべきコンピテンシーを“Tomorrow’s Doctors”に明記し,それに沿った医学教育が適正に実施されているかが評価の基準になっている。各医学部は“Tomorrow’s Doctors”に則して自己点検し,自己点検評価報告書は評価委員に送られて査読される。その後8人の評価委員が現地を調査し,確認する。評価委員には,医学教育関係者の他に,学生や一般人が含まれ,入学時のオリエンテーションなど,医学部の行事に合わせて年に8回程度視察が行われる。

 この他,豪州や韓国でも公的機関が医学部の評価を行うなど,医学教育の質保証が不可欠とされ,評価法は各国ともほぼ同様の形式で行われている。

全医学部評価までの準備着々と

 ECFMG通告を受けて,2011年に全国医学部長病院長会議(AJMC)内に「医学教育の質保証検討委員会」が発足し,評価制度設計の検討を開始した。また,2012-16年度文科省大学改革推進委託事業(GP)による「国際基準に対応した医学教育認証制度の確立」により,東医歯大を事業推進責任校に,東大,千葉大,新潟大,慈恵医大,東女医大の5大学が連携校となって,医学教育評価制度の確立に向けた研究が開始された5,6)

 各国が設置する評価機関が国際的に認証され,ECFMGの申請要件に適合するためには,二つの要件がある()。

 国際的に認知されるための医学教育分野別評価制度と,ECFMG申請(クリックで拡大)

 第一は,政府,全医学部によって認知された公的な機関が評価を実施すること。この要件を満たすために,文科省,AJMCが協議を重ね,日本医学会連合,日医,日本医学教育学会等の支援も受けて,2015年12月1日に「日本医学教育評価機構(JACME)」を発足し,活動を開始した。2016年度中には世界医学教育連盟(WFME)の認証を受ける計画で,JACMEが国際的に認証を受けた医学教育評価機関となる予定だ。JACMEによって適合の認定を受けた医学部は,ECFMGとパートナーシップ関係にある国際医学教育研究推進機構(FAIMER)に登録され,ECFMGへの申請資格を得ることとなる。

 第二の要件は,医学教育評価は国際基準にのっとった評価基準で実施されることだ。日本医学教育学会「医学教育分野別評価基準策定委員会」が中心となり,WFMEが2012年に公開したグローバルスタンダードを日本の実状に合わせて改変し,国際的に通用する評価基準を策定した7)。この基準は,9領域と36下位領域とで構成され,それぞれに「基本的水準」と「質的向上のための水準」が規定されている。

 2016年1月現在,試行として,10大学の医学部に対して医学教育評価が実施された。試行の結果は,JACMEが国際的に認証された後で正式に認定を行う予定である。2016年2月以降も医学教育評価が順次実施され,遅くとも2023年までには全医学部が評価を受けることになっている。

自主性と継続性のある自己点検評価が基本に

 諸外国における医学教育評価制度は基本的に次の構成から成り,JACMEも同様のスタイルで評価することにしている。

①受審校による自己点検評価(self-study)
②評価委員による自己点検評価報告書の査読,文書での質問
③評価委員による実地調査(site-visit)
④評価結果報告,認定
⑤評価結果報告書に基づく各医学部での改善

 医学教育評価は,公開された評価基準に沿って,まず受審医学部が自己点検することからスタートする。医学教育の質を保証する上で最も基本かつ重要なのは,各医学部が自主的に自己点検評価を行い,良い点は発展させ,改善すべき点は改革することにある。改善点は自主的に改善する姿勢が尊重される。自己点検評価には,全教職員の参加が求められ,単発でなく継続的に行うことが重要になる。つまり,PDCAサイクルの一環である。

 ただし,独り善がりにならないためにも第三者による客観的評価は欠かせない。受審校の自己点検評価報告書は根拠資料を添えてJACMEに送られ,JACMEが委嘱した評価委員によって査読を受ける。査読後,自己点検内容を確認し,さらに医学教育の向上を目的として,評価者が受審医学部に出向いて実地調査を行う。実地調査では,受審医学部の教育担当者,教員,学生,研修医等と面談し,質疑を行う。講義や実習を見学したり,教育病院や研究施設等を視察したりもする。こうして国際基準に適合した教育が行われ,成果が挙げられているか判定される。

 最終的にはJACMEが評価者からの最終報告を受けて認定を行う。自己点検書と評価者による評価結果は,受審医学部とJACMEのウェブサイトで原則公開され,透明性をもって全医学部での教育レベル向上が期待される。

 JACMEによる医学教育評価は,“2023年問題”の対応から始まったとはいえ,これを機に日本全体の医学教育のさらなるレベル向上が期待される。

 国際水準から見れば,わが国の医学教育レベルは決して低くはないものの,医学・医療は常に進歩し続けており,医学教育も先を見越した改善を図らなければならない。今後早急な改善が望まれるのが,学修成果基盤型教育の導入,診療参加型臨床実習の充実,学生の自己学習の推進,統合型教育の導入,シミュレーション教育やeラーニングなど教育環境の整備だ7)。いずれもJACMEの評価時に点検し,不備があれば改善の勧告や助言をしていく。各大学の評価は7年以内の周期で継続的に実施される。ただ,評価は決して医学部間の序列化や差別化ではない。グローバル化が進む中,日本が医学教育の面でも世界をリードできるようになることをめざすものである。

参考文献・URL
1)金子元久.認証評価の展望.大学評価研究.2013;12:5-13.
2)ECFMG. Medical School Accreditation Requirement for ECFMG Certification.
3)LCMEウェブサイト
4)GMC. Promoting excellence : standards for medical education and training.
5)奈良信雄.医学教育分野別認証評価と学修成果基盤型教育.日内会誌.2015;104(12):2523-6.
6)奈良信雄.国際基準に基づく医学教育分野別認証評価.医学のあゆみ.2016;256(2):171-5.
7)世界医学教育連盟(WFME)グローバルスタンダード 2012年版準拠 医学教育分野別評価基準日本版.2015.
http://jsme.umin.ac.jp/ann/WFME-GS-JAPAN_2012_v1_3.pdf


なら・のぶお氏
1975年東医歯大医学部卒。放医研,トロント大オンタリオ癌研究所研究員などを経て,94年東医歯大教授。2015年より現職。海外15か国の医学部における教育を調査研究し,医学教育の在り方を検討。14年には日本医学教育学会「医学教育日野原賞」を受賞した。全国医学部長病院長会議の「医学教育の質保証検討委員会」委員長を務め,文科省と厚労省の調査研究事業にも携わる。『内科診断学 第3版』(医学書院)など編著書多数。

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