躍動する診療所看護師たち(1)(川越正平,澤憲明)
連載
2014.12.08
クロストーク 日英地域医療
■第2回 躍動する診療所看護師たち(1)
川越 正平(あおぞら診療所院長/理事長)
澤 憲明(英国・スチュアートロード診療所General Practitioner)
企画協力:労働政策研究・研修機構 堀田聰子
(前回からつづく)
日本在宅医と英国家庭医──異なる国,異なるかたちで地域の医療に身を投じる2人。現場視点で互いの国の医療を見つめ直し,“地域に根差す医療の在り方”を,対話[クロストーク]で浮き彫りにしていきます。
役割分担が進み,専門性が発揮できる仕組みに
川越 第1回(第3100号)では,医師以外の他職種との連動によって,診療所に訪れる方々のあらゆる問題に対応されていると伺いました。
英国の診療所では,医師だけでなく,看護職による外来機能もあるということでしたね。
澤 はい。複雑な健康問題や疾患,それら全体のマネジメント,そして個別化医療の提供などは家庭医が主に対応するものの,安定した慢性疾患や健康管理のフォロー,そして軽度な急性の問題などは基本的に看護職が対応するようになっています。
かつては,英国でも看護職は医師の補助的な役割を担い,医療行為に関する権限は制限されていました。しかし,国を挙げた医療の効率化が進む中,現場では多職種協働を前提とした役割分担が進み,「医師は医師の専門性を活かせること」を,同様に「各職種は各職種の専門性を活かせること」を優先しながら,医療に取り組むようになっているんです。
幅広く分かれる看護職の役割
川越 そうした中,看護師が診られる患者さんについては,看護師が診ることになったというわけですね。
日本で「看護外来」というと,医師による診察後,別途時間を設けて,看護師がフォローアップの療養指導を行う……といったものがイメージされるかもしれません。しかし,そうした形式ではなく,看護職が医師から独立した形で患者さんを診察しているという理解でよいのですよね。
澤 そのとおりです。当院ではプラクティスナース(Practice Nurse;PN),ナースプラクティショナー(Nurse Practitioner;NP)と呼ばれる看護師がそれぞれ2人,ヘルスケアアシスタント(Healthcare Assistant;HCA)と呼ばれる看護補助者が2人,助産師1人,保健師(Health Visitor)1人,計8人の看護職がおり,それぞれが独立した診察室を持って患者さんを診ます。
出勤状況により異なるものの,診療所内に全部で10ある診察室のうちの半分,時にはそれ以上が,彼/彼女らによって利用されているんです。
川越 まず,それらの看護職がどのような職種で,どんな範囲の仕事を担っているのかを説明していただけますか。
澤 PNは,看護師としての資格(註1)と,ある程度の臨床経験がある看護師です。その上で「minor illness」と呼ばれる軽度のよくある急性的な問題(表)や,高血圧,喘息,糖尿病,虚血性心疾患,COPDなどの日常的な慢性疾患のマネジメントといったプライマリ・ケアに特化した研修(註2)を受けてきています1)。
表 PN,NPのminor illness外来相談例 | |
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扱える健康問題の範囲は,これまでの研修内容によって異なり,薬剤処方に関する研修を受けていれば薬剤の処方も可能です。また,乳幼児における定期的な予防接種,インフルエンザワクチン,トラベルワクチンの接種や避妊に関する教育・処方なども行います。ちなみに,英国では診療所のことをsurgeryもしくはpracticeと呼ぶので,「プラクティスナース」はまさに「診療所の看護師」を意味する言葉なんですよ。
NPは,PNと同様に看護師資格を持ち,さらにNPの専門コースを修了した職種です。PNよりも診療の幅が広いのが特徴と言えるでしょう。薬剤処方はもちろんのこと,検査のオーダーや他の専門家への紹介も独立して実践できます。
HCAは看護師資格を持ちません。しかし,雇用後に訓練を受け,医師や看護師の業務をサポートできるようになったスタッフです。例えば,診療所に新患の登録がある場合に,身長体重測定・尿検査・血圧測定を行って電子カルテに記録したり,採血を行ったりする他,心電図検査,ビタミン剤の注射,禁煙外来,肥満外来のフォローなども担っています。
助産師は,助産師資格を取得した看護職で,安定した低リスクの妊婦に対し,定期検診を自ら主導して提供します。もしイレギュラーな問題,例えば「つわりがひどい」「お腹が痛い」などの訴えがある場合には家庭医に対応を依頼します。
最後に保健師は,助産師あるいは看護師資格を持ち,かつフルタイム換算で約1年間分の訓練を3年以内に終わらせる必要がある専門コースを修了した看護職です2)。0-5歳までの乳幼児を持つ家族をサポートし,出産退院後の母親や赤ちゃんを継続的に訪問したり,健康・育児に関する相談に乗ったりと,健診やよくある健康問題を中心にセルフケア教育を実施しています。また,当院や地域に散らばるコミュニティー施設の外来においても,同様のサービスを提供しています。こちらも助産師同様,保健師が何か気に掛かることがあった場合,あるいは「吐いてばかりでミルクを飲まない」といった急性的な問題があると判断した場合は,家庭医が診ています。
医師以上の患者数を看護職が診ている
川越 看護職だけでも幅広い範囲の患者さんを診ることができていそうですね。診療所で診る患者さんのうち,どのぐらいの割合が看護職によって対応されているのでしょう。
澤 第1回で示したデータを基に説明すると,2014年9月29日-10月29日の約1か月間で,診療所の医師や看護職で診た総患者数は5881人。そのうち,医師:2415人(約41%),NP・PN:2608人(約44%),HCA:792人(約13%),助産師:66人(約1%)という結果でした(註3)。月ごとの変動はあるでしょうけれど,体感的には当診療所の平均的な姿を示していると思います。
川越 日本では注射や点滴,採血などの医療行為は,「医師の指示」という範囲内で行われています。薬剤処方に関しても,医師の診察なくして処方できません。ですから,英国の看護職たちは,日本であれば医師が行う役割の一部をも担っているわけですよね。以前,澤先生の講演を聴いて,「医師の仕事がなくなってしまうのでは?」と心配して質問した日本人医師がいたと伺ったことがありましたけど,その医師の気持ちもわかる気がします(笑)。
ただ,時代とともに医療が複雑化してきていることを考えると,より専門性を要する命題に,医師が集中するという方向性そのものは合理的だと感じました。
澤 実際に,英国では看護師をはじめとした他職種との協働が進んだ結果として,家庭医としての専門性をより活かせる診療が可能になりました。さらに,各診療所によって異なる需要や供給のバランスに対し,最適化されたチームを構成する,いわば“地域医療の設計者”としての役割に集中できるようになったと思うのですね。
川越 合理化が進むことに対し,「自分の存在意義を失いかねない」と感じる医師もいることでしょう。しかしそれを反転させ,厳しい見方をすれば,自己研鑽を怠っているゆえの防衛意識による考えとも言えるのかもしれません……。
とはいえ,まだ英国の診療所の看護師の日常風景が具体的にはイメージできていない段階です。次回(第3109号),もっと詳しく看護師たちによる外来の風景を伺っていきましょう。
(つづく)
註1:英国では大学で看護の学位を取得することで看護師籍の登録資格が得られる。
註2:多くの場合,1分野ごとに約6か月の研修が必要で,仕事をしながらのパートタイムで受講。1つのminor illnessコースを例に挙げると,通信教育を基本に,数回のワークショップに参加。最終的には論文と臨床試験に合格することで,同分野での医療行為が許されるようになる3)。
註3:保健師は家庭訪問や診療所外の外来でも同診療所の登録住民を診るため,この統計には含まれていない。
◆参考文献
1)平尾千恵子,他.英国視察から学んだ看護(前編).週刊医学界新聞第3101号.2014.
2)NHS Careersウェブサイト.Skills, Qualifications and Training.
http://www.nhscareers.nhs.uk/explore-by-career/nursing/careers-in-nursing/health-visiting/skills,-qualifications-and-training/
3)Primary Care Training Centreウェブサイト.Assessment and Management of Minor Illness(Accredited).
http://www.primarycaretraining.co.uk/product/assessment-and-management-of-minor-illness/
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