医学界新聞

寄稿

2014.07.14

【寄稿】

COPMの活用で,当事者主体の作業療法を

吉川 ひろみ(県立広島大学保健福祉学部作業療法学科教授)


作業遂行の主観的経験を測定するための評価法

 「元気になった」「笑顔が増えた」という作業療法の成果は測定しにくい。これを測ろうと開発されたのが,カナダ作業遂行測定(Canadian Occupational Performance Measure;COPM(シーオーピーエム))である。1980年代初頭,開発国のカナダでは,「作業療法とは何だ」という疑問が作業療法士たちの間で膨らんでいたのだろう。確かに,実際作業療法士がやってきて,身体が不自由な患者に自分で着替えをさせたり,患者と一緒に楽しそうにゲームやスポーツに興じたりする様子は,対象者も内容もバラバラな作業を行っているように見える。しかし,作業療法に共通するのは,クライエントにとって必要な作業をしているという点である。

 「したいことやする必要があること」を「作業」,それを行うことを「遂行」とし,「作業遂行」は人-環境-作業の相互作用の結果として生じると考えた。つまり,誰がどこで何をするかが作業遂行であり,作業遂行は行為者の主観的経験(上手にできたか,満足できるか)を伴うとした。

 カナダの作業療法士たちは,作業療法の成果となるクライエントの作業遂行の主観的経験を測定するための評価法として,COPMを開発した。1991年に初版が発行されたが,最終案は1989年に完成していたので,2014年は25周年に当たる。第5版も出版され,ウェブサイトも開設された1)。現在36言語に翻訳され,40か国以上で使用されている。

 COPMの目的は二つある。一つは,これから実施するプログラムの成果を何で測るかという情報をクライエントから得ること。二つ目は,成果の程度を知ることである。成果指標としてCOPMを使うことで,他のプログラムと自分が実施したプログラムの効果を比較することができる。つまりエビデンスに基づいた実践が可能となる。

重要度の把握から,遂行度と満足度の評定へ

 ではここで,COPMの実施手順について紹介する。

1)問題の発見
 したいこと,する必要があること,することを期待されていることについてクライエントに聞く。自然な会話を通して作業遂行の情報を得る。障害ではなく可能性に着目したいので,できない,していない,やり方に満足していないことを聞くのではなく,その作業をしていきたいかどうかを聞く。診断名のついている対象者に面接できない場合は,介護者など,クライエントがサービスを求めている人に聞く。

2)重要度の評定
 重要度カード()を使い,「非常に重要である」(10点)から「全く重要でない」(1点)まで整数で回答してもらう。

 作業遂行のカード3種
カードは,原著第4版までは『COPMカナダ作業遂行測定』(大学教育出版)に添付されていたが,第5版からはCOPMのウェブサイトから直接購入となる予定である1)

3)問題の絞り込み
 これからのプログラムで取り上げていきたい作業の問題を5つ以内に絞ってもらう。第4版までは,この段階は次の段階に含まれていた。

4)遂行度と満足度の評定
 作業の問題一つひとつについて,遂行度カードを使い,「とても上手くできると思う」(10点)から「全くできないと思う」(1点)まで整数で回答してもらう。続けて満足度カードを使い,「とても満足している」(10点)から「全く満足していない」(1点)まで整数で回答してもらう。遂行度と満足度の平均を計算する。

5)遂行度と満足度の再評価
 適切な介入期間の後,作業の問題ごとに遂行度と満足度を再び聞く。にCOPMを使った報告書の例を示した。作業療法を継続する場合は,最初の段階に戻り,このプロセスを繰り返す。

 COPMを使った報告書の例
Aさん(83歳女性)は,15年前の事故により歩行器を使って歩行していた。5か月前に自宅で転倒し腰椎の圧迫骨折のため1か月寝たきりの生活だった。3か月間の病院での理学療法を終了し,デイケア通所開始時にCOPM初回評価を実施した。デイケアではおしゃべり,運動をしたいと述べた。家ではテレビでプロ野球を見るのが好き,読書も続けたい,できるだけ掃除,洗濯,料理をしたいし,これから暑くなるので庭に出て花の水やりなどもしたいと話した。週2回のデイケア通所では,補聴器を使用しているAさんに合わせた話し方を話し相手に学んでもらったり,家事や花の世話が楽に安全にできるための運動プログラムを実施したりした。本を紹介したり,前日のプロ野球結果を話題にしたりするなど,Aさんの自宅での作業遂行も改善するようかかわった。週2回のデイケア通所開始から1か月後に,COPMの再評価を実施した。遂行スコアは3.2点,満足スコアは3.0点向上し,Aさんにとって重要な作業がうまくできるようになり,満足度が高まっていることがわかった。
遂行スコアの変化:7.0(35/5)-3.8(19/5)=3.2
満足スコアの変化:6.2(31/5)-3.2(16/5)=3.0

COPMを取り巻く諸課題

 開発当初,「何をしたいか聞くだけなら誰にでもできる」と,COPMを取り立てて新しいものだと感じる人はいなかった。COPMを使い続けると,COPMの前提となっている哲学や理念と,従来の実践スタイルとが衝突することに気付くことになるのだが,そこまでCOPMを使いこむ人はあまりいなかったように思う。おおむね理念には賛同するが,使えない,使わないという人が多かった。

 日本語訳は1998年に4言語目として出版されたが,名前に「カナダ」という国名が入っていることにも抵抗があったようだ。「よくわかる〇〇学」という本が必ずしもよくわかるわけではないのと同様に,物の名前にそれ以上の意味はないと説明しても,日本版はいつ出るのかと聞かれることが多かった。従来の治療構造(治療者が専門的判断により作り上げたもの)を崩すという指摘もあった。「正しく使わないと危険だ」「クライエントの言うことをうのみにするのは治療者としての責任放棄だ」という声も少なくなかった。

 COPMのマニュアルの翻訳は,カナダ作業療法士協会が高い著作権料を要求したことと,エキスパートによる否定的な意見のために,複数社から出版を断られた。結局,主に大学の教科書を販売している出版社が引き受けてくれた。カナダの作業療法士からは,原著の半額以下で訳本が出版されていることに驚かれている。また,COPMを参考にしたと思われる評価法などが開発され,知的財産権に対する認識と金銭感覚のギャップも感じている。

作業療法士以外の職種も活用できる

 COPMの最大の長所は,サービスを必要とするクライエントが内容の決定や成果の評価に積極的に参加できることである。COPMは,どの分野でもどの年齢層でも使える。特別な研修を受けなくても,クライエントの問題をクライエントと一緒に解決しようという姿勢を保ちながら,「何がしたいか」「何ができているか」「何に満足しているか」を聞き続けていくことで,確実に上手く実施できるようになると実感している。

 COPMの実施もCOPMから始まる介入も,作業療法士とクライエントが一緒に取り組むプロセスが重視され,協働(collaboration)が強調されている。さまざまな分野でCOPMを成果指標とした研究論文が出版され,作業療法士以外に理学療法士やケアマネジャーなどの職種もCOPMを使用するようになってきている。クライエントの声を聞く,クライエントと治療者がパートナーとなって進めていくという認識がさらに広がりつつある。今後も当事者主体,エンパワメントが加速されることになるだろう。そしてCOPMの活用によって,治療者の新たな役割も見いだされてきている。それは,クライエントの回復力を信じ,的確な情報をタイミングよく提供し,環境調整やアドボカシーを行い,クライエントの作業ができるよう支援する役割である。

参考URL
1)The Canadian Occupational Performance Measure.


吉川ひろみ氏
1982年国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院作業療法学科卒。奥鹿教湯温泉病院,篠ノ井総合病院勤務を経て,86年群馬大医療技術短期大学部助手。93年ウェスタンミシガン大作業療法学科修士課程修了。西広島リハビリテーション病院勤務を経て,95年より広島県立保健福祉短大の教員に。2004年広島県立保健福祉大(05年より県立広島大保健福祉学部)作業療法学科教授。10年に吉備国際大にて博士号(保健学)取得。『作業療法がわかるCOPM・AMPSスターティングガイド』『作業療法がわかるCOPM・AMPS実践ガイド』(いずれも医学書院)など著書多数。

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