医学界新聞

連載

2012.07.30

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第227回

「肥満は自己責任」論の不毛

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2986号よりつづく

 以前に,砂糖を健康有害物質として規制する運動があることを紹介したが(第2978号),5月31日,ニューヨークのマイケル・ブルームバーグ市長が,肥満対策の一環として,16オンス(473 mL)を超える大型サイズ砂糖入り飲料の販売を禁止する方針を明らかにした。

NY市長の肥満対策に保守派が「お節介」と反発

 ブルームバーグ市長は,これまで,公共の場における喫煙を全面禁止したり,レストランにおけるトランス脂肪酸の使用を禁止したり,メニューのカロリー表示を義務付けたりと,市民の健康対策に力を入れてきた実績で知られている。今回,「肥満対策をさらに強化しなければならない」と,砂糖入り飲料の規制に踏み込んだのである。

 しかし,「肥満は公衆衛生上の大問題だからその対策に力を入れるのは為政者の義務」とするブルームバーグ市長の姿勢に対し,保守派は「市民が何を食べ,何を飲むべきかを為政者が指図するのはお節介」と反発した。銃砲規制が容易に進まないのはその典型であるが,米国民の間には「(例えば拳銃を所持する等の)国民の自由を政府が規制する」ことに対する根深い嫌悪感があり,飲食物についても「何を食べようが飲もうが個人の自由」と,規制に対する反発が起こりやすい土壌があるのである。

 さらに,「自由の侵害」に対する反発に加えて,「そもそも,肥満は,消費するより多く過剰にカロリーを摂取することが原因。意志の弱い人々が自己責任で起こす病気」とする思い込みも強い。私が知る限り,今回のブルームバーグ市長の方針表明を最も手厳しく批判したのは,保守派のシンクタンク,ケイトー・インスティテュートの研究員マイケル・キャノンだった。キャノンは,「肥満は公衆衛生の問題ではなく,自己責任の問題」と断言した上で,ブルームバーグの「お節介」を非難した。ちなみに,キャノン等保守派の論客は,食品一般に対する規制強化や「ソーダ税」等の新税導入にも強く反対しているのだが,「肥満自己責任論」に基づくこの手の主張を,食品業界が強く後押ししているのは言うまでもない。

体は「もっと食え!」と叫び続ける

 しかし,医学的に見たとき,「肥満は自己責任(=意思)の問題」と,単純に決めつけることには大きな問題がある。

 まず第一に,そもそも,ヒトの体はカロリー摂取量を検知して摂食量......

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