医学界新聞

連載

2012.01.30

今日から使える
医療統計学講座

Lesson9
感度・特異度

新谷歩(米国ヴァンダービルト大学准教授・医療統計学)


2958号よりつづく

 臨床研究を行う際,あるいは論文等を読む際,統計学の知識を持つことは必須です。
 本連載では,統計学が敬遠される一因となっている数式をなるべく使わない形で,論文などに多用される統計,医学研究者が陥りがちなポイントとそれに対する考え方について紹介し,臨床研究分野のリテラシーの向上をめざします。


 病気の診断検査の正確度を示す感度・特異度。その解釈が厄介なことはよく知られています。今回は私の実体験を踏まえ,診断研究における解析上の注意事項を紹介します。

■感度・特異度は診断検査ツールの正確性を見るもの

 昨年の夏,私は人生で2回目となるマンモグラフィによる乳がん検診を受けました。数日後に届いた再検査を促すはがきを前に,目の前が一瞬真っ暗になりました。6歳と8歳の子どものことが真っ先に浮かび,私がいなくなったらこの子たちはどうなるのだろうと,それまでの人生で味わったことのない衝撃と不安を感じました。

 「私は統計家なのだから,データを見て落ち着かねば!」と自分を励ましながら,まずマンモグラフィのデータを探しました。診断検査ツールの正確性を表す指標として最もよく知られている感度・特異度を確認したところ,2009年に発表された乳がんサーベイランス・コンソーシアム(BCSC)のデータでは,感度は84%,特異度は92%でした1)

 「えっ! 私が乳がんである確率が84%!? いや,そうじゃなくて……」。ここでの感度とは,乳がんを持つ人がマンモグラフィで陽性と出る確率のことです()。「乳がんが確定している人が,何だってまた検査を受けるの? 検査結果はもう出ているのに。私が知りたいのは,マンモグラフィで陽性だった人が実際にがんである確率。感度・特異度は臨床現場から見ると,本末転倒してはいないだろうか!?」

 その通り,感度・特異度は診断検査ツールの正確性を見極めるために開発者や医療機関が用いる指標であって,実際の臨床現場で患者のために用いられる指標ではないのです。私が知りたかった"検査で陽性が出たときに実際にがんである確率"は,専門用語で「陽性的中度」または「検査後の病気のリスク(事後リスク)」と呼びます。

 陽性的中度は,感度・特異度と「検査前の病気のリスク(事前リスク)」を基にベイズの公式を使って計算できます。これは授業でも教えているので朝飯前。さっそく計算してみることにしました。もちろんその手は震えていたのですが……。

 私は前年にも乳がん検診を受けていたので,事前リスクは40―45歳の1年間の乳がんの発生率0.12%を使いました2)。感度,特異度を事後リスクに変換する計算は少々厄介ですが,最近では"事後確率"というiPhoneアプリも出ているようですし,Drexel大学のwebサイトでも簡単に計算できます。結果は1.25%。1000人中1人だった事前リスクが,検査陽性によって100人中1人になりました。不安はぬぐいきれませんでしたが,ひとまず胸をなで下ろしたのでした。

 これらの数字は,つまるところ確率に過ぎないので,実際に疾患があるかどうかはさらなる検査が必要ですが,一時的とは言え,患者の心理に及ぼす影響は計り知れないものがあります。医療統計を仕事に選んでよかったと,心から思いました。幸い2回目のマンモグラフィでは無事陰性でした。ちなみに陰性的中度は99.98%,検査結果が陰性であるにもかかわらず,実際にはがんである確率は1万人に2人。

 同じ検査(マンモグラフィ)で陽性であっても,本当に病気である確率は検査前の事前リスクに大きく左右されます。私が検査を受けたのは年に1度の検診であり,自覚症状があったわけではありません。ですから,事前リスクは1000分の1と,比較的小さくすみました。

 では,しこり,痛みなどの自覚症状がある場合はどうでしょうか。身体所見,自覚症状などから医師が経験的に割り出した事前リスクが50%だとします。これを先ほどのベイズの公式に当てはめると,事後リスクは91%まで上がります。同じ検査で陽性が出たとしても,診療のどの段階で検査を行ったかによって,その数字の持つ意味合いがかなり変わってくるのです。

 ここでさらに,感度・特異度の個人差について考慮してみましょう。通常感度(特異度)は実際に疾患を持つ...

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