堀川俊一氏に聞く(堀川俊一,猪飼周平)
寄稿
2012.01.30
【interview】
ただ,地域展開の手法は住民主体しかない,という確信はあった」
堀川俊一氏
(高知市役所健康福祉部/高知市保健所長)
に聞く
<聞き手>猪飼 周平氏
(一橋大学大学院社会学研究科准教授)
「いきいき百歳体操」は,体操それ自体の効果もさることながら,「住民主体」というキーワードをもとに,介護予防事業に「地域づくり」の視点を持ち込んだ地域展開手法が要点である。その背景にはどのような理念があるのか。またその理念は,どういった経験則に基づき導き出されたものなのか。そして,地域包括ケア時代の地域保健はどうあるべきか。『病院の世紀の理論』著者の猪飼周平氏が,開発者の堀川俊一氏に聞いた。
猪飼 高知市の「百歳体操」を見学するのは今回で3回目ですが,すっかり地域に根付いていますね。特筆すべきは,この体操が高知市内や高知県下だけでなく,全国各地に広まったことです。普及の要因をどのようにお考えでしょうか。
堀川 体操の動作が非常にシンプルというのが大きな要因ではないでしょうか。いわゆる「ご当地体操」は全国に山ほどあるのですが,高齢者には難しいものがほとんどです。「百歳体操」は簡単な運動なので,ビデオ映像を観れば誰でもできる。効果についてはエビデンスがあるし,運動後はほどよい疲れがあって,何となくでも効果を実感できます。
猪飼 確かに,私もやってみたら思いのほか疲れました(笑)。ただ一方で,高齢者の運動機能改善にはマシントレーニングの有用性も報告されているわけですが,あえてマシンを使わない筋力向上プログラムの開発に至ったのはなぜでしょうか。
堀川 もちろん,マシントレーニングも効果的で,高知市においてもモデル事業を行いました。ただ,動作性の向上が必ずしも日常生活の活発化に結びつかなかったり,女性・高齢になるほど運動を拒否する方が多かったりといった課題もあるのですね。
高齢者の場合は,身近な場で継続的に運動することが何よりも重要です。その意味では,手軽で誰にでもできる「百歳体操」は高齢者の介護予防推進に適しているし,ほかの自治体でも成果を挙げやすいのだと思います。
「住民主体」を実現するため,行政はあえて「待つ」
猪飼 行政側からお願いして開始するのではなく,「住民の側からの要望が出るまで待つ」という「百歳体操」の基本戦略もユニークですよね。体操それ自体とともに,その地域展開の手法もほかの自治体に波及しました。
堀川 例えば,保健師を中心とした啓発活動においても,保健師は体操の効果を伝えるだけで,体操を実施するかどうかは住民が決めることを徹底しました。
猪飼 私は地域保健に注目して取材を続けているのですが,優れた保健師が住民に働きかけるときも,自分からいろいろと動くのではなく,その地域に"いるだけ"のような状態をつくり,住民のニーズを引き出しますよね。
堀川 それが難しいのですね。待つのは不安だから,つい手を出してしまう。やがてそれが当たり前になり,「行政にしてもらう」という受け身の姿勢が生まれます。そうなると,住民自らが友人を誘ったり口コミを広めたりすることもないので,参加者数は徐々に先細りします。
それに,行政主体で始めたものを途中で住民主体に切り替えるのも難しいわけです。実際,最初に行政から声をかけて健康教室などで百歳体操を行い,その後に自主グループ化を試みた自治体は苦労しているようです。
猪飼 これまでの行政施策とは発想が根本的に異なるわけですよね。今でも見学に来る自治体の方々は「住民だけで週1回以上集まって,本当に何年も継続できるのか」と半信半疑だそうですが,職員に不安はなかったのですか。
堀川 体操を始めた当初は手応えがあまりなかったせいか,住民主体で継続できるのかどうか,不安を抱く職員もいました。私自身も正直なところ,当初目標の「3年後に20か所で実施」をかなり難しい数字だと思っていたぐらいで,それほど自信があったわけではありません。ただ,経験上,「地域展開の手法としては住民主体しかない」という確信だけはありました。
猪飼 その確信は,どういった経験から生まれたものなのでしょうか。
堀川 ひとつは,村で診療所長をしていたころ,住民との付き合いのなかで学びました。診療所で非正規のデイケアを始めたとき,調理ボランティアの方にも食材費の実費負担をお願いしたら,「仕事を休んで来ているのに,なんでお金を払う必要があるんだ」と猛反発されたのです。
村社会では,関係者が集まって共同作業をすることを「出役(でやく)」と呼びます。例えば小さな小学校の運動会では,子ども1人につき大人1人を出す。子どもが2人いて両親のどちらかの都合がつかない場合は親戚か,誰かを雇って連れて行かなければなりません。
猪飼 つまり,そのボランティアも「出役」の意識だったのですね。
堀川 そうなんです。村の組織から頼まれて,断れないから引き受けていたのですね。行政が住民にボランティアをお願いしたり,「自主グループ化」を図ったりするときにはよほど気を付けないといけないことを,身をもって教わりました。
それからもうひとつは,木原孝久先生(住民流福祉総合研究所長)の影響が大きいです。「都会であれ過疎地域であれ,住民はお互いに助け合って生きている。ところが行政が介入すると,助け合いの手を差し出していた人たちが退いてしまう。行政のサービスが地域を壊すこともある事実を忘れてはいけない」と教わりました。
猪飼 そういった経験が,「住民側からの要望が出るまで待つ」という地域展開の手法につながっていったのですね。
堀川 はい。もともと地域に備わっている住民の力を削がないよう,住民主体の地域づくりをサポートする。そのシステムづくりこそが行政の仕事だと思っています。
それに,行政が主催して職員が毎回参加するとなると,実施箇所が職員数や予算によって制限されてしまいますよね。現在は市内の65歳以上人口の約1割が「百歳体操」に参加している状況ですが,住民主体で普及しない限りは,地域のニーズに合わせて事業を拡大することも難しかったと思います。
村で知った「高齢社会の未来図」
猪飼 次に,「百歳体操」の開発に至るまでの,堀川先生ご自身の公衆衛生医としての取り組みについて,話をお聞きしたいと思います。大学で公衆衛生学を学ばれた後,いつごろ保健所へ赴任されたのですか?
堀川 老人保健法施行の翌年,1984年です。当時は日本人の死因のトップをがんと脳卒中が争っていた時代で,高知県は特に脳卒中の死亡率が高かったこともあって,健診(健康診査)の本格化とともに脳卒中対策に邁進しました。血圧を一度も測ったことがないという人がまだたくさんいた時代ですから,高血圧をスクリーニングして治療につなげていくと,脳卒中死亡は確かに減りました。
猪飼 その後は保健所を離れて,しばらくへき地医療に従事されていたのですよね。
堀川 はい。ただ最初から意図したわけではありません。もともとは,公衆衛生医に必要な臨床医学を勉強するつもりで,佐賀医大総合診療部で研修を始めました。保健所長を務めた卒後10年近い医師が「研修医と一緒に臨床研修をさせてほしい」というので,指導医もちょっと困ったみたいですけど(笑)。
2年経つころ,「村に医師が定着せずに困っている村長が,自分の保健所の管内にいる」と,高知県の保健所時代の友人から相談を受けたのです。「君並の医者でも名医になれるから来なさい」と口説かれたのをいまだに覚えています(笑)。医学生時代からへき地医療には興味があったので,「医療」だけでなく「保健」も任せてもらうという約束を村長と交わして引き受けました。四万十川の中流域にある「十和村」という,人口4千人の山村の診療所長です。20年前ですが,そのころすでに村の高齢化率が22%台に達していて,高齢者の多さに大変驚きました。
猪飼 現在の日本の高齢化率と同じですね。
堀川 まさしく未来図でした。するとそこでは,これまで学んできた「医療」が通じなかったのです。
赴任初日に診療所に行くと,往診予定のカルテを見ても何も書いてない。実際に往診してみると,麻痺があるわけでもないのに寝ついていて,理由がさっぱりわからないわけです。日中は,奥さんが農作業で息子は土木関係の仕事,枕元には握り飯が置いてあって,おむつもあまり...
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