医学界新聞

連載

2010.06.07

連載
臨床医学航海術

第53回

  医学生へのアドバイス(37)

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。


 前回までに「人の話を聞きすぎると,よくない結果になることもある」ことについて述べた。今回は逆に「人の話を聞かない」ことについて述べる。

聴覚理解力-きく(8)

 人の話を聞きすぎるとうまくいかないことがあるのはわかったが,それならば人の話を聞かなければうまくいくのであろうか?

 人はさまざまなことを言う。その発言のほとんどは自分の都合でものを言っていて,発言が発せられた人のためを思って言われることはそう多くはない。仮にある言葉がある人のためを思って発言されたとしても,その発言に従って行動しても必ずしもよい結果になるとは限らない。だから,人の言葉を聞くということは難しい。どうにもならない誹謗・中傷には耳を貸す必要はないが,自分のための忠告には耳を貸さなければならない。

 それでは,どうやって誹謗・中傷と忠告を区別すればよいのであろうか? 他人の誹謗・中傷を自分のための忠告だと思ってはならないし,逆に他人の貴重な忠告を単なる誹謗・中傷だと勘違いしてはならないのである。

坂本龍馬

世の中の人は何とも云えばいへ
わがなすことはわれのみぞ知る

坂本龍馬

 坂本龍馬は江戸時代の幕末期に活躍した薩長同盟と大政奉還の影の立役者である。彼のような行動力のある人間には上記のような言葉を発するだけの気概や信念のようなものがあったに違いない。そして,この彼の信念と行動力ゆえに,多くの人々が彼の短い人生に感銘を受けるのであろう。彼のたぐいまれな信念と行動力は,薩長同盟と大政奉還につながる歴史の大きな振り子を動かすに至ったが,同時に彼自身にとっては暗殺という悲惨な結果をもたらしている。坂本龍馬に限らず,「信念と行動」の人間が歴史上世界中で何人犠牲になっているのであろうか?

 このような「信念と行動」の人間が事を為すときには,他人の誹謗・中傷には耳を傾けないのであろう。もしも,他人の誹謗・中傷などに耳を傾けていたら,逆に事など成せないに違いない。しかし,この盲目的とも言える「信念と行動」は,目的と方法を間違えると時としてとんでもない方向に行く。

堀江貴史氏
 株式会社ライブドア元代表取締役社長に堀江貴史氏,愛称ホリエモンという人がいる。彼は1972年福岡県八女市に生まれ,有名中高卒業,東京大学進学という文字通りエリート・コースを歩んだ。大学在学中に起業し,インターネットを用いて巨億の富をなしたいわゆる「IT長者」である。彼は金の力に任せてか,野球球団や放送局の買収を試み,そして,衆議院選挙に出馬までした。しかし,そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの彼も2006年証券取引法違反容疑で逮捕された。

 彼にも「信念と行動」があったはずである。しかし,その「信念」とは一体どんなものであったのだろうか? ある報道によると,彼は彼の著作の中で「お金があれば何でもできる」というような趣旨のことを書いていたそうである。果たしてそれが彼の「信念」だったのであろうか? この才能ある若者はどうしてこんな結末になってしまったのであろうか? 彼には同じ「お金さえあれば何でもできる」という信念の友人しかいなかったのであろうか? 彼には「お金以外にも大切なものがある」と親身になって教えてくれる人は本当にいなかったのであろうか? もしかして,彼には「お金以外にも大切なものがある」と親身に教えてくれた人がいたかもしれないが,実は彼はその親身な忠告に耳を傾けずに突っ走ってしまったのかも知れない……。いずれにしろ誰かが彼に親身になって忠告をして,そして,その忠告に彼が耳を貸してさえいれば,異なる結果になっていたかもしれない。

 江戸時代の幕末と同様に日本史上の大転換期である第2次世界大戦後に,世界的企業に成長する日本企業を起業した日本人はもっと人格者であったような印象を受ける。現代もインターネットなどの情報革命時代という意味で大転換期である。その歴史上の大転換期に登場して額に汗をかかずに“濡れ手で粟”(註1)で大儲けする「IT社長」は現代の若者にとって憧れの的のようである。しかし,このような若者から絶大な人気を誇る華麗な「IT社長」を,戦後日本の偉大な企業人に比較して「うさんくさい」と思うのは筆者だけであろうか……?

 ところで,情報社会だけでなく現代は医療も大転換の時代である。そして,現代日本で医療の主権を一部の医療者から国民に引き渡す「大政奉還」は果たしていつ行われるのだろうか? 現代の日本では多くの人々が医療改革を唱えている。その中には国民のための真の医療改革をめざしている人もいれば,医療改革のどさくさに紛れて金儲けしようとしているだけではないかと思われる人もいる。まさに魑魅魍魎(註2)が跋扈(註3)している。こんな乱世のなか日本医療の大政奉還を実現させる真の志士たちが,意味のない誹謗・中傷に耳を貸さず,親身な忠告に耳を澄まし,信念を持って行動して,大願を成就し,そして,彼らが暗殺・抹殺されたり自滅してしまうことがないことをひとえに願う。

次回につづく

註1 濡れ手で粟(「濡れ手で泡」ではない!):濡れた手で粟をつかめば粟粒がたくさんついてくるように,苦労せずに多くの利益を得ること。
註2 魑魅魍魎(チミモウリョウ):いろいろな化け物や妖怪変化(へんげ)。
註3 跋扈(バッコ):魚がかごを越えて跳ねること。転じて,ほしいままに振る舞うこと,また,のさばり,はびこること。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook