医学界新聞

連載

2010.05.10

連載
臨床医学航海術

第52回

  医学生へのアドバイス(36)

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 前回,前々回と,筆者が聞いた話をもとに,「人の話を聞きすぎると,よくない結果になることもある」ことについて述べた。今回もその続きで筆者が言われた話をご紹介する。

聴覚理解力-きく(7)

事例5 原稿執筆依頼
 あるとき病院に,見ず知らずの出版社の方から突然お電話をいただいたことがあった。何かと思ったが,「本を書いてくれませんか?」とのことであった。またあるとき,これまた見知らぬ出版社の方からお電話をいただいた。お話を聞くと,「雑誌に連載をお願いします。連載のタイトルはこれこれなどが考えられると思います」とのことであった。

 どちらのお話も丁重にお断りさせていただいた。私は病院で現役で働いている医師である。肩書が「臨床教育部」だというと,何か教育だけして診療はしていない,時間に余裕のある医師と誤解されるのかもしれない。しかし,実際はほとんど総合診療外来で患者を診療しているし,救急当直もしている。

 執筆活動は行ってはいるが,それは本職ではなく勤務時間以外の貴重な時間を見つけて行っている。私は残念ながら作家ではないので,無理して執筆する理由はないのである。確かに執筆することは自分の勉強になるし,原稿料も支払われる。しかし,私はもう十分著作を執筆しているし,これからの執筆予定もある。しかも,一生懸命に原稿を書いたとしても,原稿料は雀の涙ほどである。

 原稿締め切りの期日まで指定されて著作や原稿の執筆の依頼が来ることもある。これもまた丁寧に辞退させていただいている。締め切り期限が何か月か先ならまだわかるが,期限が間近に迫った原稿依頼や執筆依頼を突然受けることもある。

 以前ある作家が,こういった出版社が泣きついてきたような原稿依頼をあえて受けて書くのがプロの作家だというようなことを書いていた。しかし,そういう出版社を救うような英雄的な執筆をするのはプロの作家であり,本職がほかにあるアマチュア作家のすることではない。隠居しているわけではないので,私のスケジュールは患者診療や病院の各種委員会の業務などですでに目いっぱいである。そう考えると,「小生は貴社の専属ライターではございませんので……」とも言いたくなる。

 それならば,締め切り期限が遠い原稿依頼ならばよいであろうと思うかもしれない。しかし,締め切り期限が遠くてもその期限はなぜか知らぬうちにすぐ来てしまう。お話を受けた時点で締め切り期限の辺りに何の予定も入っていなくても,その期日が近づくといつの間にか予定はたくさん入ってしまうのである。したがって,後からゆっくり原稿を書けるだろうという浅はかな期待を抱いても,結局は締め切り期限ギリギリで原稿を書く羽目になる。

 また,締め切り原稿を一つでも持つというのは健康によくない。自分では締め切り日を意識していないつもりなのだが,知らず知らずのうちに心拍数は上がり,交感神経が緊張する。こうしてストレスが動脈硬化を増悪させるのかと思う。

 見ず知らずの出版社がわざわざ書籍の執筆を依頼してくるのは,どうやら毎年確実に売れるヒット商品がほしいかららしい。これも売れっ子の作家ならば,複数の出版社に1冊ずつ書籍を執筆するということもあるかもしれない。しかし,残念ながら私の本職は作家ではないし,たとえ著作が何冊かあるに...

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