医学界新聞

連載

2010.05.10

それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴

【第3回】

眼科:網膜剥離

志賀隆
(Instructor of Surgery Harvard Medical School/MGH救急部)


前回よりつづく

 わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる休日外来や夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。


 今日は土曜日の日直。朝,病棟回診を早めに終えたあなたの前には,外傷の症例のカルテがたくさん。捻挫を数例診て自信がついてきたあなたの次のカルテの予診票には,「転倒後,ものが見えにくい」とある。眼科領域の外傷は大丈夫?

■Case

 46歳男性。既往なし。工事現場で転倒し顔面を強打。意識消失や裂創,麻痺やしびれはなかった。翌朝,右眼の右上の視野がぼんやりしはじめた。眼鏡は使用していない。普段の視力は覚えていない。血圧130/80mmHg,心拍数70/分,呼吸数12/分,SpO2 98%(RA)。裸眼視力左1.5,右1.0。対光反射は両側正常。眼球運動異常なし。瞳孔径は左右差なく両側4mm。しかし,右眼の右上部が見にくい。

 うーん。あとは何をすればいいのだろう。やっぱり……。

■Question

Q1 眼科領域におけるバイタルサインは何か?
A 視力。

 救急外来には,視力検査表が常備されていることが望ましい。また,“Tarascon Adult Emergency Pocketbook”や“Maxwell Quick Medical Reference”などのポケットブックには,簡易に視力を測定することのできるチャートが付属している。

 角膜損傷,前房出血,硝子体出血,黄班部に及ぶ網膜のダメージなどにより,裸眼視力,矯正視力ともに低下することがある。しかし,裸眼視力のみが低下し矯正視力は十分な値が出る患者の場合,外傷による裸眼視力低下ではなく,元来患者が有していた屈折異常によるものだと理解できる。視力の検査時には,ピンホール・レンズを加えると,外傷性散瞳による視力低下を最小限に制御できる。

Q2 眼科外傷への系統的アプローチは?
A 解剖学を考えつつ,鑑別診断に即して診察を行う。

 眼球への診察に入る前に,斑状出血・腫脹・左右非対称があるかどうか,顔全体をよく視診する。さらに,眼窩や頬骨弓を触診し,段差や圧痛がないかを確認する。

□ 角膜 角膜損傷についてはQ3で述べる。
□ 瞳孔 対光反射を調べることは,視神経と動眼神経をみるために非常に重要である。それに加え,瞳孔の形状に気を付けることも大事である。外傷性虹彩炎では,虹彩の損傷によって形状が不整になることがある。前房出血を伴う場合は視力・眼圧などのフォローが必要であるため,眼科医への紹介が必須である。また,前房出血のみを起こす症例にも注意が必要である。出血は,座位などの姿勢をとることにより,重力で下方に蓄積する。急性期の手術を行うことはまれだが,血球成分が隅角の房水流出部に詰まって眼圧が上がることがあるので,やはり眼科医への紹介は必須である。
□ 外眼筋運動 よくEOMI(Extra-ocular movement intact)と略される外眼筋運動は,眼窩底骨折,眼窩側壁骨折などにより障害が起きるため,眼科領域の外傷で大事な診察ポイントになる。

Q3 角膜損傷を疑ったらどうするか?
A 角膜の染色を行う。

 角膜損傷を疑った場合,病歴聴取では,どのような異物の可能性があるのか,コンタクトレンズを使用しているかどうかが大事なポイントとなる。また,角膜への外傷直後に涙が出た,という病歴には注意が必要である(角膜穿孔で房水流出の可能性がある)。患者が「草刈り機を使用中に...

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