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第2878号 2010年5月10日


それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴

【第3回】

眼科:網膜剥離

志賀隆
(Instructor of Surgery Harvard Medical School/MGH救急部)


前回よりつづく

 わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる休日外来や夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。


 今日は土曜日の日直。朝,病棟回診を早めに終えたあなたの前には,外傷の症例のカルテがたくさん。捻挫を数例診て自信がついてきたあなたの次のカルテの予診票には,「転倒後,ものが見えにくい」とある。眼科領域の外傷は大丈夫?

■Case

 46歳男性。既往なし。工事現場で転倒し顔面を強打。意識消失や裂創,麻痺やしびれはなかった。翌朝,右眼の右上の視野がぼんやりしはじめた。眼鏡は使用していない。普段の視力は覚えていない。血圧130/80mmHg,心拍数70/分,呼吸数12/分,SpO2 98%(RA)。裸眼視力左1.5,右1.0。対光反射は両側正常。眼球運動異常なし。瞳孔径は左右差なく両側4mm。しかし,右眼の右上部が見にくい。

 うーん。あとは何をすればいいのだろう。やっぱり……。

■Question

Q1 眼科領域におけるバイタルサインは何か?
A 視力。

 救急外来には,視力検査表が常備されていることが望ましい。また,“Tarascon Adult Emergency Pocketbook”や“Maxwell Quick Medical Reference”などのポケットブックには,簡易に視力を測定することのできるチャートが付属している。

 角膜損傷,前房出血,硝子体出血,黄班部に及ぶ網膜のダメージなどにより,裸眼視力,矯正視力ともに低下することがある。しかし,裸眼視力のみが低下し矯正視力は十分な値が出る患者の場合,外傷による裸眼視力低下ではなく,元来患者が有していた屈折異常によるものだと理解できる。視力の検査時には,ピンホール・レンズを加えると,外傷性散瞳による視力低下を最小限に制御できる。

Q2 眼科外傷への系統的アプローチは?
A 解剖学を考えつつ,鑑別診断に即して診察を行う。

 眼球への診察に入る前に,斑状出血・腫脹・左右非対称があるかどうか,顔全体をよく視診する。さらに,眼窩や頬骨弓を触診し,段差や圧痛がないかを確認する。

□ 角膜 角膜損傷についてはQ3で述べる。
□ 瞳孔 対光反射を調べることは,視神経と動眼神経をみるために非常に重要である。それに加え,瞳孔の形状に気を付けることも大事である。外傷性虹彩炎では,虹彩の損傷によって形状が不整になることがある。前房出血を伴う場合は視力・眼圧などのフォローが必要であるため,眼科医への紹介が必須である。また,前房出血のみを起こす症例にも注意が必要である。出血は,座位などの姿勢をとることにより,重力で下方に蓄積する。急性期の手術を行うことはまれだが,血球成分が隅角の房水流出部に詰まって眼圧が上がることがあるので,やはり眼科医への紹介は必須である。
□ 外眼筋運動 よくEOMI(Extra-ocular movement intact)と略される外眼筋運動は,眼窩底骨折,眼窩側壁骨折などにより障害が起きるため,眼科領域の外傷で大事な診察ポイントになる。

Q3 角膜損傷を疑ったらどうするか?
A 角膜の染色を行う。

 角膜損傷を疑った場合,病歴聴取では,どのような異物の可能性があるのか,コンタクトレンズを使用しているかどうかが大事なポイントとなる。また,角膜への外傷直後に涙が出た,という病歴には注意が必要である(角膜穿孔で房水流出の可能性がある)。患者が「草刈り機を使用中に石が飛んできた」と言った場合は,草刈り機の刃の鉄片による穿孔外傷の可能性もある。

 診察では,異物の存在を念頭に,下眼瞼の裏の観察後,上眼瞼を反転してさらに詳細に観察,一度少し患者から離れて明らかな金属片(特に鉄)がないかを確認する。その後,細隙灯顕微鏡を使用した観察が望まれる(ERで眼科外傷を診る救急医は,細隙灯顕微鏡の基本的な使用をマスターしていることが望ましい)。細隙灯が救急外来にない場合,皮膚領域で使用されているWoods Lampで紫外線を当て,蛍光染色による角膜染色の有無を確認できる。

 米国でも,角膜損傷があった場合には点眼の抗菌薬を処方することが多い。緑膿菌を考慮した点眼薬(キノロン系)などを出すこと,コンタクトレンズの使用を控えることが帰宅時指示に含まれていることが望ましい。

Q4 眼底鏡の使用にコツはあるか?
A ある。

 私も含めて,眼底鏡の使用に自信のある医師は多くはない。一番単純な克服方法は,散瞳させずに通常の5倍の眼底を観察できるPanOptic™を使用することである。

 PanOptic™がない場合には,以下の点に留意して眼底鏡を使用するとよい。

□ 部屋の照明を暗くする。
□ 眼鏡によって屈折が矯正された状態のほうが見やすいため,自身や患者の眼鏡はそのままでよい。例えば,近視で視力0.2の患者を視力1.0の医師が見る場合は,赤いダイヤルを-1にすることで,ある程度屈折矯正ができる。あらかじめ患者のベースの視力を知って眼底鏡のダイヤル調整をしておくほうがいい。ダイヤルを1以上回すと,屈折矯正は難しい。
□ 医師が患者の右眼を診察するときは,患者には(患者側から見た)部屋の左側の隅を見てもらう。視神経乳頭はやや内側(鼻側)に位置するため,患者が(患者側から見た)左側に眼球を回旋させると,医師側から見て視神経乳頭を観察しやすくなる。
□ いきなり観察する眼に近づくのではなく,眼底鏡を通して網膜がしっかり赤く見えることを確認する。

 右眼の超音波画像(Dr. Dana Sajedのご厚意による)
高周波超音波検査によって網膜剥離が線状に高エコーに写っていることがわかる。

Q5 眼科領域の小道具とは?
A 細隙灯顕微鏡,Woods Lamp,Morgan Lens(角膜異物や角膜洗浄に使う点滴に接続可能なレンズ),Tono-pen®(緑内障を疑ったときに眼圧を測る),PanOptic™。

 米国の救急医学の研修医は,上記の機器の使用を研修終了時までにマスターする。患者の安全と眼科医を呼ぶバランスを両立するのが救急医の腕の見せどころである。そのためには,眼科領域に対応できるような小道具に慣れていることが大切である。日本でも,各施設において取り決め事項やトレーニングプログラムなどを検討し,すべての症例において眼科オンコール医を呼ばないで済むシステムの検討の必要があると思われる。

Q6 眼外傷時に必要なのは,どのような画像検査か?
A CTと超音波検査。

 眼科領域の外傷で大事なのは,CTと超音波検査である。CTは,主に眼窩部の骨折・視神経管骨折とそれによる外眼筋のエントラップメント,超音波検査は網膜剥離,水晶体脱臼などに威力を発揮する(J Emerg Med. 2009[PMID:19625159])。ゲインを十分に上げていないと診断ができない場合もある。

■Disposition

 眼科医にコンサルト。網膜剥離と診断され,再来にて手術となり帰宅。

■Further reading

1)http://www.nodamika.com/D_intern/index.html
↑眼科外傷のCT読影が素晴らしい。

2)Roberes, James R, Hedges, Jerris R. Clinical Procedures in Emergency Medicine. 4th ed. W B Saunders Co: 2003.
↑救急医学の手技の教科書。球後出血での外眼角切開術は,救急医が視力を救うために考慮すべき手技で,米国の救急レジデントは検体を使って研修する。

3)Hasegawa K, et al. Images in emergency medicine. Acute orbital compartment syndrome. Ann Emerg Med. 2008 ; 51(6): 790-7.
↑ハーバード大の救急レジデンシーである長谷川耕平先生の論文。球後出血によるコンパートメント症侯群の写真が典型的。

*このたびこの文章を書くに当たり,武居敦英先生,亀井千夏先生に大変お世話になりました。ここにて御礼申し上げます。

Watch Out

 直像眼底鏡のみでは網膜剥離を診断することは難しく,操作に習熟すれば比較的診断が容易となる超音波検査が勧められる。しかしながら,身体所見上視野欠損があれば,やはり眼科医にコンサルトするほうがいいだろう。

 視力,瞳孔,外眼筋運動,視野,角膜異物などの基本的な診察に習熟することで,すべてのケースで眼科医を呼ばずに救急医も眼科領域の患者の対応が可能となる。前述したような系統だった診察とツールに習熟することが望ましい。

つづく

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