医学界新聞

連載

2010.03.22

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第63回〉
ちょっとした波紋
「優れた上司は優れた部下をつくる,同時に優れた上司は優れた部下によってつくられる」のか?

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 昨年末に出版した本(『実践家のリーダーシップ』ライフサポート社,2009)の「はじめに」に私が書いた記述「優れたリーダーとしての看護管理者をつくるのは,優れたフォロワーとしての部下たちです。もしあなたが,自分の上司のリーダーシップに疑問を持っているなら,そうしたリーダーをつくっている原因の半分はスタッフたちにもあるということです」が,看護管理学を選択した大学院生たちにちょっとした波紋をもたらした。そして,この命題について論じようと有志が集まりゼミをすることとなった。

“ツカエネー”上司への気遣いと病棟異動の恐怖心

 「優れた上司は優れた部下をつくる,同時に優れた上司は優れた部下によってつくられる」なんて考えたこともなかった参加者のひとりAは,論戦に挑むためにこれまでの臨床家としての変遷を事例としてまとめ,“情報提供”をして,この命題を覆そうとした。

 Aは現在,大学病院の副師長である。ここに至るまでに数人の“上司”と仕事をしてきた。しかし,彼の言葉を借りると,いずれも“病棟崩壊”寸前であり,“死に至る病”の様相を呈していたという。Aは,上司に対して不平不満が多くあった。文句を言っていつも衝突していた。上司が異動すればいい,そうすれば病棟は変わるとAは思っていた。リーダーが部下をつくることはあっても,部下がリーダーをつくるなんてことはないだろうと思っていた。だから,自分の履歴を事例として,こんな上司のもとにいた自分がいかに苦労したかを話した。

 しかし,Aは2時間のゼミの終盤に転向した(ように私には見えた)。数日後,私はAの転向を確認するために面談を申し入れた。Aは,メンバーがリーダーをつくることを認めた。2時間の議論の中でAはどこで考えを変えることになったのかと私が問うと,「あなたの言動は上司を脅かしていましたね」という私の指摘であったという。

 Aは常に,上司にはビジョンがないと批判し,本質をわかっていない“ツカエネー”上司と思っていた。上司の立場に身を置いて考えることはなかった。“ツカエネー”上司は,「しゃべってないで仕事をしろ」と口癖のように言っており,看護師との相互作用によって患者が回復するという精神科看護の本質がわかっていないと思っていた。

 Aは気が付いた。もっと腹を割って話をすればよかった。これを言うと相手が怒るだろう,自分が病棟異動させられるかもしれないなどという“気遣い”が上司との距離を遠いものにしていたと分析した。Aの分析はもう少し続く。Aは病棟異動をさせられることに恐怖心を持っていた。病棟が変わると,自分の力が十分発揮できなくなり,プライドが傷つくと思っていた。しかし,経験を積み,大学院で知識を習得することによって,その呪縛から解放された。現在は異動することも悪くないと思っている。

「言ってもらわないとわからない」「頑固だから言うだけ無駄」

 院生Bの上司である「ICU師長の特徴」はこうである。

1)実践能力だけで判断せず,分け隔てなくスタッフと接する。性格に裏表がなく,いつでも一生懸命に人の話を聞く。決して威張ることがなく「いい人」と言われる一方で,思い込みが激しくこちらの意図が伝わらないことが多い。「師長は何もわかってくれていない」「何だかしっくりいかない」と嘆くスタッフが1年間に5人はいる。師長の言葉で「傷ついた」「悔しい思いをした」と感じるスタッフが意外に多いのだが,自分の伝え方が誤解を招きやすいことは気付いていない。

2)組合委員や院内研修の指導者など,病院の活動に積極的に取り組んでいる。しかし現場が忙しいときに限って不在が多く,何より勤務表作成が遅く不完全な場合が多いため,人員配置や年休処理の不公平感に対する不平不満がスタッフの日常会話である。「外部活動より自分の部署の管理業務を満足にできるようになってほしい」という要望が出ている。

3)「認定看護師だからといって出すぎるのはよくない」(註:この師長は認定看護師の資格も持っている努力家である)と,看護ケアに関するスタッフの自主性を尊重する。しかし,検査や処置が重なって手が足りないとき,医師との調整がうまく進まないときなどでも,スタッフのサインに気付かずナースステーションの掃除をしている。逆に,スタッフに任せておいてほしい緊急処置時に首を突っ込み,情報伝達の経路を余計に複雑にする。

4)医師や患者との問題など,「どんなに忙しいときでも,必ずその場ですぐ報告をしてほしい」と部署内の状況把握に努めている。しかし,問題に対して,態度が中途半端で医師からは何の協力も得られない場合や,当事者の気持ちを勘違いして解決策を提案してくる場合が多く,「頼りにならない」と言われている。また,病棟への退室時間など重要な連絡事項を受け持ちスタッフに伝え忘れたり,緊急搬送患者や細かい配慮を必要とする家族対応を中途半端にしたりする。それを埋めるためにスタッフが余計に労力を使っているが,あまり謝罪することはない。

 しかし,師長は,「陰で文句を言っているだけで,スタッフの意見が伝わってこない」というコミュニケーションの問題点に気付いている。スタッフが自分の前では正直にならない理由がわからず悩んでおり,「私だってみんなと一緒に成長するのだから,言ってもらわないとわからない」と不満をこぼすが,時にスタッフの意見を無視して強引に推し進めることもあるため,「頑固だから言うだけ無駄」と師長の同年代のスタッフは話す。

 スタッフとしてのBの優れた分析は,やはり「優れた部下が優れた上司をつくる」ことを支持している。そういえば,信念を曲げ転向したAは,後輩へのメッセージとして「上司には怖がらずに聞いてみたらいい」と締めくくった。

つづく

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