医学界新聞

連載

2008.07.14



〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第131回

格差社会の不健康(4)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2787号よりつづく

第一期ホワイトホール・スタディが示した想定外の結果

 社会経済的格差が健康格差の原因になるとする「格差症候群(status syndrome)」の名付け親が,英国人医師マイケル・マーモットであることは前述したが,マーモットは,英国国家公務員を対象とした大規模なコーホート研究「ホワイトホール・スタディ」を長年にわたって指揮してきたことで知られている。

 もっとも,厳密に言うと,マーモットがかかわったのは,1985年に始められた「第二期」ホワイトホール・スタディであり,1967年に始められた「第一期」ホワイトホール・スタディは,実は,フラミンガム・スタディ(註1)の「英国版」を樹立することを目的とするものだった。それだけに,「行政組織内の職階の上下に応じて公務員の死亡率の高低が生じる」とするデータは,まったく「想定外」の結果だったのだが,当然のことながら,「では,なぜ,職階の差が死亡率の差と相関するのか」と,その原因が問題となった。

 そこで検討されたのが,上級職公務員と下級職公務員との間の「生活習慣」の違いであったが,実際,例えば,喫煙者の割合は上級職公務員よりも下級職公務員で高かった。しかし,喫煙率の差が職階差による死亡率の差を説明したかというとそうではなく,冠動脈疾患による死亡率は,喫煙者同士に限った比較でも職階に基づく明瞭な勾配を形成した。さらに,喫煙だけでなく,高血圧・血清コレステロール値・血糖値など,知られているリスク因子すべてを加味した補正を加えた上で死亡率が比較されたが,補正後の死亡率の差は,補正前の3分の1しか減じなかったのだった(註2)。

第二期ホワイトホール・スタディが明らかにしたこと

 第一期ホワイトホール・スタディで得られた知見は,既知のリスク因子以外の要因が職階差に基づく死亡率の勾配をもたらしている可能性を強く示唆したが,では具体的に何が職階の格差に基づく死亡率の勾配をもたらしているのか,第二期ホワイトホール・スタディは,そのメカニズムを究明することを目的として1985年に始められた。当時35-55歳の公務員1万人あまりのデータをベースラインとして始まったこの...

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