医学界新聞

連載

2008.07.28



〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第132回

格差社会の不健康(5)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2789号よりつづく

 社会の所得分配の不平等度を測る指標としては「ジニ係数」が有名であるが,最小値0は格差がまったくない(誰もが等しい収入を得る)状態,最大値1は究極の格差(一個人が収入を独占,他の人はすべて無収入)とされている。

日米英のジニ係数の推移を比較すると……

 一般に,経済の運営を市場原理に委ねる度合いが大きいほどジニ係数は大きくなりやすい(つまり,貧富の格差が拡大しやすい)とされているが,このことは図1に示した日米英3か国におけるジニ係数の推移にも明瞭に現れている。例えば,米国は先進国の中でももっとも市場原理を尊重する国であり,ジニ係数も長期にわたり増加し続けている。もっとも,図1では1979年以降のデータしか示していないが,1967年のジニ係数0.397は1979年の0.404とさほど変わらず,米国におけるジニ係数増加傾向は市場原理をことさら重んじたレーガン政権の登場(1981年)以降強まった現象と言ってよい。

 一方,英国では,1979年に登場したサッチャー政権の下,貧富の差が凄まじい勢いで拡大,90年代後半以降,後継者たち(特に1997年以降の労働党政権)はサッチャリズムが残した「負の遺産」を解消すべく,格差是正に大わらわとなっている(労働党政権が具体的にどのような格差是正策を採用したかについては次回触れる)。

 日本の場合,以前は米英と異なった計算法を採用していた事情があるため,ここでは1993以降のデータしか示すことができないのだが,ここ十数年,米国を上回る勢いで格差拡大が進行していることは容易にお分かりいただけるだろう。しかも,この間,日本よりジニ係数が低い英国でさえも「サッチャリズムのやりすぎ」を反省して格差解消に躍起になってきたというのに,日本の場合,そのサッチャリズムを後追いするかのように,意図的に格差を拡大する施策の数々を実施してきたのだから,暗澹とした思いに囚われざるを得ない(意図的に格差を拡大した施策の典型が派遣労働の解禁であったことは言うまでもない)。

拡大し続けてきた社会階層間の平均余命の差

 さて,ここまで4回にわたって社会経済的格差が健康の不平等をもたらす「格差症候群」について論じてきたが,「社会経済的格差が経時的に拡大するのに伴って,格差症候群の度合いも重くなる」ことがデータとして示されているので紹介しよう。例えば,図2は,英国における格差症候群の経時的変化をサッチャー政権登場前とそれ以後の時期で比較したデータだが,ここで,格差の指標は職種の専門度・熟練度で分類した6段階の社会階層(social class),健康被害の指標は平均余命で示している。格差症候群の特徴の一つとして,社会経済的格差の勾配に応じて健康被害も勾配を形成する傾向があることはこれまで何度も述べてきたが,図2においても,5点の計測時点のすべてで,社会階層の上下に応じた平均余命...

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