医学界新聞

連載

2007.10.01

 

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第113回

オスカー・ザ・キャット

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2748号よりつづく

 前回・前々回と,ハリケーン・カトリーナの襲来後,孤絶したニュー・オーリンズ市の病院に勇敢にも踏みとどまって診療を続けたがために,「患者を殺した」と,殺人罪に問われることになった医師の話を紹介した。患者のためを思って献身的に尽くした医師が,患者が不幸な転帰をたどったがために「犯罪者」扱いされてしまうという,医療者だったら誰でも「憂うつ」にならざるを得ない事件は,実は,米国だけでなく日本でも起こっていることは前回指摘したとおりだ。今回は,読者を憂うつな気分にさせてしまった罪滅ぼしとして,今年7月26日号のニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン(NEJM)誌に掲載された「世にも不思議な物語」を紹介しよう(第357巻,328―9頁)。

雄猫「オスカー」の特異な能力

 この「世にも不思議な物語」を寄稿したのは,ロード・アイランド州で老年科診療に従事するデイビッド・ドーザ医師(ブラウン大学医学部助教授),物語の主人公は,同医師が提携医を務める,スティーア・ハウス・介護リハビリテーション・センター(プロビデンス市)で飼われている2歳の雄猫,「オスカー」である。

 オスカーの「受け持ち」はスティーア・ハウスの3階,進行認知症患者用のフロアである。「患者の居住エリアに動物をいっしょに住まわせるとは何事か」と,驚かれる読者もおられるかもしれないが,ここ数年,米国では,ナーシング・ホームやホスピスに入所している患者に対して,ペットの存在がポジティブな影響を与えるという事実が広く知られるようになり,積極的にペットを飼う施設が増えているのである。

 というわけで,米国では,医療施設に飼われるペットは,それこそごまんといるのであるが,なぜあまたいるペットの中から,よりによってオスカーの話が,NEJMという権威ある医学誌に紹介されることになったのかというと,その理由は,オスカーに,「患者の死が差し迫っていることを予知する」特異な能力が備わっていたからに他ならない。

 オスカーが受け持ちフロアを「回診」する様子は,ドーザ医師がNEJM誌に寄稿した論文に詳述されているが,オスカーの診察手法はきわめて単純,末期患者のベッドに飛び乗って,周囲の空気を「くんくん」嗅ぐだけである。嗅いだ結果,「今日はまだ大丈夫」と診断すれば病室から立ち去るだけだが,「いよいよその時が近い」と診断した場合は,体を丸めて患者の横に寝そべるのである。

「思いやりのこもったケア」

 子猫の時にスティーア・ハウスに飼われるようになってから約2年,オスカーは,これまで25例以上の患者の最後を看取ったという。診断の的中率の高さは,「同僚」の医療者からも一目置かれ,今では,患者の脇にオスカーが寝そべっているのを見た看護師は,「最期の時が近いから来てください」と家族に知らせるまでになっている。一方,臨終の時というのに誰も来てくれない,身寄りがない患者の場合は,患者が息を引き取るまでずっと,オスカーが「家族代わり」として付き添い続けるのである。

 当然のことながら,オスカーの比類ない能力は,プロビデンス医療界に知れ渡るところとなり,地域ホスピス協会が,オスカーの「思いやりのこもったケア」を表彰するまでになったのだった(いま,その表彰額は,スティーア・ハウス3階,オスカーの受け持ち棟の壁に飾られている)。

「不気味」なメール

 ドーザ医師の論文がNEJM誌に掲載された直後,オスカーに全米メディアの取材が殺到した。ABC,CBS,NBCの三大テレビ局に加えて,CNNもニュース番組でオスカーを紹介,大評判となったのだった。特に,NBCニュースのアンカー・マン,ブライアン・ウィルソンが,番組の最後にオスカーを紹介した後,「では,私は愛犬の元に帰ります」と,自分が「犬派」であることを宣言したため,NBCには,愛犬派と愛猫派の視聴者から,「ペットとしてどちらが優れているか」という内容のメールが殺到したのだった。

 数日後,ウィルソンは,番組の中で,愛犬派と愛猫派の視聴者からの投書メールが殺到したことを紹介したが,「ペットとしてどちらが優れているか」という議論とはまったく関係のない,「不気味」な内容のメールが送られてきたことも,あわせて紹介した。

 そのメールは,オスカーの特異能力は「予知」能力であるという,世間一般の解釈とはまったく異なる解釈が成り立つ可能性を提示するものだった。曰く,「オスカーが患者を殺しているのでないとなぜわかる?」と……。

この項おわり

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