長崎から考える持続可能な地域医療教育
寄稿 永田 康浩
2025.10.14 医学界新聞:第3578号より
地域医療の担い手をどう育て,地域に定着させるか。この問いは,ポストコロナ時代において一層の重みを増しています。COVID-19パンデミックが突きつけた地域医療の脆弱性と,その再構築に向けた人材養成の重要性を背景に,全国の医学部では新たな教育体制の模索が進んできました。
長崎大学でも,時代の要請に応えるべく「共創」をキーワードとした地域医療教育の進化に取り組んでいます。また,現在議論が進められている「新たな地域医療構想」では,地域医療を担う医師の確保も喫緊の課題とされており,その中で医師養成の動向,特に地域枠制度の成果にも関心が寄せられ,地域医療教育への期待がかつてないほどに高まっているように感じています。
長崎県における医療人材育成の系譜
長崎県は全国最多の離島を有し,離島医療を支える医師の確保は常に行政の重要課題でした。自治医科大学による全国的な派遣制度以前から,県独自の奨学金制度や離島勤務を前提とした医師養成制度が整備され,離島の拠点病院は大学からの派遣と県の養成医との両輪で維持されてきた歴史があります。ただ,2004年の新臨床研修制度以降,大学からの医師派遣が減少し離島病院の医師確保が不安定になった時期もありました。2010年以降の地域枠制度導入により一定数の医師確保について好転の兆しも見え始めていますが,半島部やへき地を多く抱える長崎県では,医師だけに限らない医療資源の偏在により,へき地医療の維持は依然として課題であることに変わりはありません。
地域医療を担う人材を積極的に養成するために,2004年以降長崎大学では離島実習をはじめいくつかのユニークな地域医療教育を立ち上げ,2013年からは文部科学省「未来医療研究人材養成拠点形成事業」による「リサーチマインドを持った総合診療医の養成」プログラムを確実に根付かせてきました。このプログラムの一環として,生活モデルの視点や多職種連携の素養を身につけるために,低学年から福祉系大学との共修授業を導入し将来の医療と介護・福祉の連携を意識づけています。また,長崎市と連携協定を結び地域包括支援センターや訪問看護ステーションでの臨床実習を実施することで,医学生が在宅医療の現場を体験するだけではなく,地域の多様な専門職に支えられながら社会のニーズを実感する機会を設けています。
「共創」を基盤に地域全体で教育体制を築く
このように大学内で完結させる医療人育成の殻を破り,大学の枠を超えた人材育成システムへとトランスフォームさせることで,地域社会にも医療人育成の一役を担う意識を植え付けつつ「共創」のフレームワークを形作ってきました。このフレームワークはコロナ禍を経ても崩れるどころか重要性が再認識され,地域の課題を医学生が指導者と共有できる貴重な場となっています。
さらに本学では2019年より,地域医療教育に携わる多様な指導者を「臨床教育マイスター」として認定しており,これまでに700人を超える専門職にこの称号を付与してきました。この制度の特徴は臨床教授と異なり医師以外の専門職を指導者として認定できる点にあり,地域医療を担う人材を地域全体で育む「共創」を後押ししています。
そもそも地域医療教育は,地域医療の魅力を学生に体験させ,地域に根ざす医療人を育てる目的で教育環境が整った一部の地域でのみ行われていました。2000年以降,医学教育モデル・コア・カリキュラムが整備される過程で,医学生が身につけるべき資質や能力の習得は大学病院内の教育だけでは不十分であるとの認識から,地域での学びの必要性が強調されるようになっています。さらに,地域を巻き込んだ教育体制の必要性は世界的にも強調されてきています。2010年のThe Lancet commissionsでは21世紀の医療専門職の育成モデルが提唱されており,複雑化する社会のニーズに応えるためにも地域を巻き込んだ教育体制が必須の時代とされています1)。
変わらないのは“現場”に根ざす医育の意義
近年,地域の多様なニーズに柔軟に対応できる医師として総合診療医や家庭医の育成に期待が寄せられています。限られた医療資源を生かしながら多職種と連携し,住民に最も近い場所で包括的ケアを提供する存在として,その役割はますます重要になっていきます。しかしこれまでのところ,ニーズに応えるだけの総合診療医や家庭医の増加は実現できておらず,今年の第57回日本医学教育学会でもようやく在宅医療に特化した教育の必要性について議論が始まったところです。在宅医療のニーズが確実に増えるこれからの日本において,これに応える地域医療教育にも変革が求められています。
またCOVID-19パンデミックは医学教育全体に大きな影響を及ぼし,中でも地域医療教育においては,地域病院での臨地実習が制限され,その代替としてオンライン実習が導入されるなど,従来の教育の在り方を根底から問い直す契機となりました。一方で,地域医療の現場を実際に体験することで医療の社会的役割や多職種連携の重要性を学ぶ「現場志向の地域基盤型教育」は重要性の認識はむしろ高まり,持続的な実施に向けた課題の解決や教育手法の進化が求められるようになりました。やはり「地域(=現場)」に根ざす教育の意義は変わりません。
3大学が連携し新たな「共創」へ挑む
このような時代にあって,ますます高度化する医療と複雑化する社会のニーズに応える教育は,もはや一つの大学では対応できないほどの量と質が求められています。これに対し大学の枠を超えた連携体制により新たな教育を創造するための取り組みが,文部科学省「ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業」です。私たち長崎大学は熊本大学と鹿児島大学と共に,この事業を通じて持続可能な地域医療教育の実現に向けた,新たな教育の形を追求する機会を得ました。それぞれの地域医療教育を展開しつつ,長崎大学は感染症教育と離島医療,熊本大学は災害・救急医療,鹿児島大学は離島医療や家庭医療など,それぞれの強みを生かして,広域的かつ実践的な教育ネットワークを構築しています。各大学が有する教育資源を共有しながら,これからの時代を見据えた以下の取り組みを進めています。
①地域医療交流実習プログラム:多様な地域での実習機会(写真)
②地域医療デジタル教育:地域医療に特化したICTやVR教材(救急医療,在宅医療等)の開発と活用
③大学間で共有できる学修システム:教育資源の横断的活用

長崎大学の離島医療・保健実習において,離島の住民宅で診療を行う様子。この実習は,離島の医療・保健・福祉・介護等の施設で1週間実施される。
3大学は地域医療に資する人材養成に向けて,教育の質向上と持続性の両立を実現させるだけではなく,学生・教員が共に意義のある学修の機会だと実感できることをめざしています。
*
医療人材の育成は,単なる人員供給のシステムではなく,地域社会の一員としての姿勢や価値観を育む営みです。その意味で,医育機関である大学医学部の担う役割は重く,自治体,医療機関,住民と一体となって進める「共創」の教育を先導する責務があると考えています。このような取り組みは,地域社会そのものの持続可能性に寄与することに間違いありません。私たちは,COVID-19パンデミックのような地域医療の危機を,学びの形を進化させる絶好の契機ととらえ,今後も地域と共に医療人材を育てながら,共に歩む未来を描いていきたいと願っています。
参考文献
1)Lancet. 2010[PMID:21112623]

永田 康浩(ながた・やすひろ)氏 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科地域医療学分野 教授
1986年長崎大医学部卒。同大病院第2外科医員,米メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター研究員,長崎医療センター医長などを経て,2013年より長崎大大学院医歯薬学総合研究科地域包括ケア教育センター長を務める。同センターにおいて,地域包括ケアを円滑に実践できる人材の育成に加え,離島での遠隔医療にも取り組む。20年より現職。
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