医学界新聞

寄稿 中山 和弘

2025.07.08 医学界新聞:第3575号より

◆世界で普及が進む意思決定ガイド

 意思決定ガイド(Decision Aid:DA)は,治療などの選択肢が持つ長所と短所を整理して提示することで,患者が自らの価値観に基づいて意思決定することを中立的に支援するツールである。これは患者中心の医療の実現の切り札とされるShared Decision Making(SDM)を効果的に支えるものであり,その有効性はコクランレビューでも確認されている1)。DAは患者の理解を深めるため,医療者の説明負担の軽減に加え,不要な医療の減少による医療費削減効果も期待される。

 こうした有効性を背景に,米国の医療研究・品質庁(AHRQ)やメイヨー・クリニック,英国の国立保健医療研究所(NICE),カナダのオタワ大学のOttawa Hospital Research Institute(OHRI)など,多くの機関がDAの開発・公開を推進している。近年はAIがPROMs(患者報告アウトカム指標)を分析し情報提示するDAや,電子カルテ組込型,選択実験による価値観定量化手法も導入されるなど,個別化が進んでいる。

◆意思決定のポイントは「お・ち・た・か」

 DAの利用は意思決定スキルを学ぶ好機でもある。日本では体系的に学ぶ機会が乏しく,日本人は意思決定が苦手とされる。筆者は誰もが意思決定をしやすい形にするため,医学・行動経済学・認知科学の知見に基づき,必須の要点を覚えやすい「お・ち・た・か」として整理し,誰もが納得して(「胸(腹・腑)に落ちて」)意思決定できるよう支援することを提案している2, 3)。選択肢(=オプション)がすべてそろっているか,長所(ちょうしょ)と短所(たんしょ)を比較し,自らの価値観(かちかん)に最も合うものはどれかを考慮するものである()。この考え方はDAの構成要素と一致しており,情報に基づき意思決定できる力であるヘルスリテラシー向上にもつながる。

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図 意思決定のポイント「お・ち・た・か」(文献3をもとに作成)

◆日本における普及の現状と課題

 日本では,腹膜透析,定位放射線治療,診断時からの緩和ケア,無痛分娩,ホルモン補充療法,在宅医療などにおいて,海外ではDAで一般的な選択肢として提示されるものが,十分に紹介されないこともある。その結果,本人の価値観に合わない治療やケアが選ばれ,コストや害が効果を上回る「低価値医療」につながるおそれもある。

 世界的にDAの開発・活用が進む一方,日本ではSDMの重要性が認識されつつある段階である。国内では,がん関連学会のガイドラインでのDA推奨や日本うつ病学会による治療選択DAの開発・公開4)など先駆的な動きもあるが,導入と実装は依然として限定的である。こうした学会主導での普及推進が今後も望まれる。また,一部で開発されているツールは,有効性検証が不十分な場合もあり,DAとしての機能を十分に発揮するには中立性と質を担保する国際基準IPDAS(International Patient Decision Aid Standards)への準拠が不可欠である。開発には,患者・市民の参画を得て,多職種チームで臨むことが求められる。

◆質の高い日本版DAの普及に向けて

 今後,日本版DAをより迅速に高品質で作成するには,AI活用も含めた効率的で質の高い開発ノウハウの蓄積が求められる。「作成したいが具体的な開発手法がわからない」という声に応えるため,筆者らは開発中のものも含め20種類以上のDAをWebサイト上で公開している5)。さらに,開発プロセスを通じて担い手を育成することも視野に入れた実践的マニュアルの整備も進めている。

 患者が自らの価値観に基づいて真に必要な医療を選択し,自分らしい人生を歩む上で,DAは重要なツールである。「お・ち・た・か」の考え方と,IPDASに準拠するDAの本格導入と普及が急務である。

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1)Cochrane Database Syst Rev. 2024[PMID:38284415]
2)中山和弘.これからのヘルスリテラシー 健康を決める力.講談社.2022.
3)進路選択や病気の治療法など大事なことを決める時どうしたらいいの? 中山和弘(聖路加国際大学).
4)日本うつ病学会サイコエデュケーション委員会.Decision Aid for Depression Treatment治療法を一緒に選ぶための手引き.2024.
5)患者さんとご家族のための意思決定ガイド.2025.

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聖路加国際大学大学院看護学研究科看護情報学分野 教授

1985年東大医学部保健学科卒。90年同大大学院医学系研究科博士課程修了(保健学)。愛知県立看護大講師,助教授などを経て,2001年より聖路加国際大助教授。04年より現職。『看護学のための多変量解析入門』(医学書院),『系統看護学講座 別巻 看護情報学 第3版』(医学書院)ほか著書多数。