患者報告型アウトカムを看護の臨床で活用する
対談・座談会 宮下 光令,松村 優子
2025.02.11 医学界新聞:第3570号より

近年,患者当事者の声を医療に反映するための方策として,患者報告型アウトカム(Patient Reported Outcome:PRO)への注目度が高まっている。PROに関するエビデンス構築は世界的に発展途上であるものの,日常的なPRO利用で患者の生存期間が延長するなどポジティブな結果が得られつつある。
このたび本紙では,緩和ケア領域でPROに関する研究に取り組む宮下氏,PRO評価スケールの一つであるIPOS(Integrated Palliative care Outcome Scale)の臨床への導入を経験した松村氏による対談を企画。PRO導入を成功に導くヒントを探るとともに,臨床にもたらされる効果について考えた。
宮下 松村さんとはもう長い付き合いになります。初めてお会いしたのはいつ頃でしたでしょうか。
松村 2011年頃,勤務先の在宅クリニックでの看取りケアのクリニカルパス導入に当たってでした。その後,私が通う京都大学大学院のゼミに宮下先生がいらした2018年頃,ちょうど当院は緩和ケア病棟を設置しようとしていて,提供する医療の質をどう測るかを検討していました。宮下先生からPRO,IPOSについて伺い,当院への導入を考えるようになった経緯があります。
宮下 貴院にPROが導入されたことで,本学大学院生の研究にもご協力いただくなどお世話になっています。PRO導入の経緯やその中でのご体験については,後ほど詳しく伺えれば幸いです。
医療者が一切介在しない評価方法であるPRO
松村 初めに宮下先生から,改めてPROについて簡単にご解説していただけますか。
宮下 PROの定義は「被験者の症状やQOLに関して,自分自身で判定し,その結果に医師をはじめ他の者が一切介在しないという評価方法」です。簡単に言うと,患者さんの主観的な症状や考えにしっかり耳を傾けるというだけのことなのです。ですから,看護師が日常臨床の中で当たり前のように行っていることでもあります。例えば患者さんに「今の痛みの程度は0~10点のうち何点ですか?」と質問し,点数を記録するといった痛みのスケールもPROと言えます。
松村 痛みは普段から患者さんに尋ねている施設も多いと思いますが,症状や症状以外の気がかりについてなど,系統的に漏れなく尋ねることがPROを運用していくに当たっては重要だと考えられていますね。
宮下 その通りです。国内外を問わず日常臨床ではそのときどきに関心のある症状について尋ねることが多く,系統的に漏れなく,ルーチンとして決まった質問項目に基づいてアセスメントを行うことがあまりなされてきませんでした。
松村 近年PROに注目が集まりつつある背景には何があるのでしょうか。
宮下 流行のきっかけになったのは,医療者は症状を過小評価する傾向があるとの結果を示す研究1)でした。副作用を評価するためにCTCAE(Common Terminology Criteria for Adverse Events)という基準が用いられますが,これは医療者が評価を行う尺度です。そのため実際に患者さん本人にも確認を行ってみると,症状の程度の認識にずれがあるということがBaschらの研究によって明らかになりました。その後,CTCAEに関しては患者による主観的な評価を行うバージョンとしてPRO-CTCAEが作成され,今では広く用いられています。
加えて,患者QOLを重視する傾向が強まってきたこともPROが注目される理由の一つに挙げられます。QOLの考え方自体は1990年代以前から存在しましたが,当時のがん医療においては治療薬による有害事象は耐えるべきものとの認識もまだ根強かったかもしれません。しかし,有害事象をコントロールすることは治療の完遂にとっても,その人の生活にとっても大事なことです。患者中心の医療を実現するには,症状の正確なアセスメントが欠かせません。そこで役に立つのがPROというわけです。
PRO導入に伴う負担ゆえの難しさ
宮下 とは言え,PROの臨床への導入には難しい側面もあります。私自身,一度失敗した経験があります。
松村 失敗の経緯を知りたいです。
宮下 25年ほど前,緩和ケア領域で研究を始めた頃に,STAS(Support Team Assessment Schedule)という評価尺度の日本語版(STAS-J)の開発に取り組んでいました。当時から緩和ケアの世界ではPROの考え方が登場していて,例えばカナダ・エドモントンではBruerらがESAS(Edomonton Symptom Assesment System)という症状評価スケールを用いて,1日2回の測定結果をベッドサイドに置くことで多職種による情報共有を図る取り組みを行っていました2)。そこで私もESASを導入する形で臨床でのPRO活用に取り組んでみたものの,どうにもうまく定着しなかったのです。
松村 原因はどこにあったのでしょう。
宮下 導入方法にあったと私は考えています。PROでは評価スケールを用いた患者への聞き取りが必須ですから,それを行う医療者はもちろん,患者側にも負担が生じます。病棟や施設が培ってきたカルチャーやそこにある人間関係といった微妙なニュアンスを読み取り配慮しなければ,受け入れてもらうことは難しいです。導入に当たってはそうした委細を丁寧に知ることから始めて,慎重に事を進めていく必要があります。その頃の私は30歳ほどと若く,そうした細部に思いが至りませんでした。完全に私の能力不足でした。
手軽に使えるものとして提案する
宮下 だからこそ,PRO評価スケールの一つであるIPOS(質問項目は図を参照)の導入が今現在うまくいっている京都市立病院のお話を伺いたく思っています。まずは,貴院の基本的な情報から教えてもらえますか。

IPOSはPRO評価ツールの一つである。0~4の5段階評価のため,患者が回答しやすい。評価項目に身体面,心理面,社会面,スピリチュアル面が含まれており,全人的な評価を行える。自分で回答できない患者に関しては,医療者版を使用できる。
松村 当院は病床数548の一般病院で,地域医療支援病院の指定を受けているほか,京都府災害拠点病院,がん診療連携拠点病院でもあります。年間のがん患者退院数は3300人ほどで,病期にかかわらず治療と並行してケアを行う緩和ケア病棟を有しています。2013年に全個室の10床で開始しましたが,現在では2床室2部屋を追加して全14床となっています。
宮下 IPOSを導入したのはいつ頃なのでしょうか。
松村 2018年です。緩和ケア病棟での導入から始めて,今では全科に導入しています。
宮下 病院を挙げての導入というのはすごいことです。
松村 全科導入といっても,緩和ケア病棟以外への定着には時間がかかりました。一般病棟への導入が決まって電子カルテにテンプレートとしてIPOSが組み込まれたものの,蓋を開けてみれば入力がなされていないなど,利用されていない状況が数年続いていました。ですので,緩和ケアチームの認定看護師が各科を回ってロビー活動を行い,メリットを地道に伝え続けました。そんな中,2024年の診療報酬改定で入院料の通則に「意識決定支援」の基準が設けられたことは追い風になりました。意思決定支援の手順にIPOSを組み込んで,まずはどのタイミングでも,全項目でなくてもいいので一旦使ってみてほしいと,気軽に日常診療に取り入れられる形での活用を促すことができたのです。
院内の全医療職がIPOSの中身を把握している状態にはまだ至っていませんが,「がんだからIPOSを取っておこうか」「治療に抵抗性が見えてきたからIPOSで評価してみよう」など,日常的な会話の中に自然とIPOSが登場するようにはなってきました。かなり浸透してきたのかなと。
宮下 病院全体でいつでもどこでもIPOSを活用する素地が形成されているのですね。IPOSがとりあえずのチェックリストとして現場の医療者たちになじんでいることが大きなポイントだと感じました。特別な手法を導入します,という形になると受け入れる側の医療者もひるみますし,仕事が増えるのではといった懸念から抵抗も生じ得ます。けれども,当たり前に使うもの,便利に使えるものとして提示されると,存外抵抗なく受け入れてしまうものなのですよね。
IPOSを,実現したい看護につなげて考える
宮下 院内でのロビー活動について,具体的にどういった取り組みをされたのか詳しく伺ってもいいですか。
松村 IPOSについての勉強会を行いました。1回30分ほどで済む会です。強制はせず,病院中の各病棟,診療科を一つひとつ回って,計40回ほど行いました。1回の勉強会参加者は5~10人,多くても20人程度で,相互に顔が見える規模としています。IPOSの基本的な情報や,どうして患者さんの声に耳を傾けることが大切なのかを伝えるとともに,勉強会に参加してくれた看護師やその他のスタッフが臨床の中で患者さんの声を聞けなかったことで後悔した体験や,そこから感じていることなど,率直な思いを話してもらいもしました。雑談のような形で,互いの顔を見ながら対話を重ねていったのです。
宮下 勉強会という名目ですが,その実意見交換会,対話の機会といったイメージでしょうか。
松村 そうとも言えるかもしれません。IPOSを一つの契機として互いの体験を語る中で,看護師たちが本心では思っているけれどなかなか口に出せない「こういう看護がしたい」「患者さんにこう接したい」といった気持ちを引き出すことができたように思います。理想とする看護について考えていると,自然とその実現に関連してIPOSが持つ可能性についての意見も聞かれるようになりました。そうして拾った声を文字に起こして,次回以降の勉強会で配布しました。すると院内で口コミが広まり,徐々に参加希望者が増え,最終的にほぼ全ての病棟看護師が勉強会に参加してくれました。それだけでなく,他職種の方々も参加してくれるようになったのです。
宮下 そうしてIPOSが院内に根を下ろしていったと。
松村 スタッフたちが看護師として自身のコアに持っているものの普段は口にすることのない思いを聞けたことは,私自身の推進力にもなりました。
宮下 病院上層部に関してはどうだったのでしょうか。松村さんから何らかの形で働きかけたのですか。
松村 実は,現場に働きかけるよりも前に,病院理事たちにはプレゼンテーションを行っていました。当院が患者中心の医療に今取り組むべき理由,そのためのIPOSの必要性など,一通りの説明をあらかじめ行い,コンセンサスを形成しておいたのです。理事クラスに先に話を通しておくことで,病院管理職にもIPOSを受け入れてもらいやすい土壌を整えておきました。
患者さんの話を聞くことのシンプルな良さ
宮下 最近,本学の大学院生とともに,臨床へのPRO導入をうまく行う方法ついて研究3)を行いました。その研究では,病院の中でキーになる人物を決めて,その人物が中心になって導入を引っ張るのが大切だとの結論を得ました。京都市立病院でのPRO導入がうまくいったのは,松村さんがキーパーソンの役割を担ったからなのではと,お話を伺っていて思いました。
松村 そう言っていただけるとありがたいのですが,PROやIPOSの持つ本来的な良さに助けられた側面も大きいと考えています。例えばIPOSのQ1で尋ねる「気がかり」は看護師にとって大切な項目です(図)。幅の広い問いですので,患者さんから上がってくるのは医療者による対応が難しい倦怠感などの症状であることも多いです。
宮下 治療しようのない症状を聞き出すことにネガティブなイメージを持つ医療者はいるかもしれませんね。
松村 はい。しかし,たとえ直接的に解決できなかったとしても,患者さんが現に感じている苦しみを共有すること自体に意味があるのではないでしょうか。医療者としばらく話をして帰っていく患者さんの表情は,病院にやって来たときのそれとは明らかに違っているんです。
宮下 IPOSを通じたコミュニケーションを基にして,信頼関係が結ばれていくことに意味があるのでしょうね。全人的にその人を見ることを念頭に置いた質問事項であるからこそのことだと思います。
*
宮下 本日はPROの良い点を中心にお話ししました。良いものであるにもかかわらずPROがなかなか普及しない理由は,日本での有効性の検証がまだ途上にあるからです。海外では患者さんとのコミュニケーションやQOLの向上が,効果の大きさは小さいものの多くの研究で示されています。日本でのエビデンス構築を頑張らなければと思っている次第です。
松村 エビデンス構築には微力ながら貢献できればと私も考えています。
日々臨床で忙しくしているとつい忘れがちな,看護師として大切にしたいことを思い出させてくれる力がPROにはあると思っています。初めはできる範囲の小さい規模からスタートして,その効果を感じながら導入を進めてもらえるとうれしいです。少しでも多くの医療者がPROの良さを知ってくれることを願っています。
(了)
参考文献
1)N Engl J Med. 2010[PMID:20220181]
2)J Palliat Care. 1991[PMID:1714502]
3)J Patient Rep Outcomes. 2024[PMID:38743180]

宮下 光令(みやした・みつのり)氏 東北大学大学院医学系 研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野 教授
1994年東大医学部保健学科卒。国立がんセンター東病院(当時)などで看護師として臨床を経験後,97年東大大学院医学系研究科修士課程修了。同大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻講師を経て,2009年10月より現職。博士(保健学)。専門は緩和ケアの質評価。

松村 優子(まつむら・ゆうこ)氏 京都市立病院 看護副部長 / がん看護専門看護師
2011年神戸市看護大大学院看護学研究科博士前期課程修了。修士(看護学)。日本バプテスト病院副看護師長を経て,12年より現職。がん看護専門看護師。18年の導入以降,院内でのIPOS普及を精力的に進めている。現在は京大大学院医学系研究科にて研究を継続中。
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