医学界新聞プラス
[第2回]「外来診療」を構造化する
『「卓越したジェネラリスト診療」入門――複雑困難な時代を生き抜く臨床医のメソッド』より
藤沼 康樹
2024.06.14
「卓越したジェネラリスト診療」入門――複雑困難な時代を生き抜く臨床医のメソッド
マルチモビディティ,下降期慢性疾患,複雑困難事例,心理・社会的問題,未分化健康問題……。現代の臨床医は外来で,ガイドラインや医学的知識だけでは太刀打ちできない,さまざまな患者・家族の健康問題に直面します。そんな時,医師として,どう考え何ができるか? 『「卓越したジェネラリスト診療」入門――複雑困難な時代を生き抜く臨床医のメソッド』では,日本のプライマリ・ケアと家庭医療学を牽引してきた著者が,そのメソッドを開示し“新たな医師像”を提示します。藤沼康樹氏の現時点での集大成,待望の単著です。
「医学界新聞プラス」では,本書の中から「はじめに」「『外来診療』を構造化する」「プライマリ・ケアにおける『回復』の構造」「『振り返り(省察)』と実践をつなぐ方法」の4項目をピックアップして,内容を紹介します。
※本文中のページ数は,『「卓越したジェネラリスト診療」入門――複雑困難な時代を生き抜く臨床医のメソッド』内の関連記述のあるページです。
時間をかければいいわけではない
プライマリ・ケア外来、なかでも「家庭医」によるプライマリ・ケア外来(以下、家庭医外来)は多忙です。たとえば午前中3時間で、さまざまな患者を5〜10分間隔で診ていく必要があります。
1人ひとりに十分な時間をかけて、全力を傾けた診療を行い、その積み重ねによって外来終了時間が大幅に延長してしまったとしても、「よい診療をしているのだから、時間がいくらかかっても、それはしょうがない」という意見もあります。しかし、その発想はプライマリ・ケアにはふさわしくなく、「時間こそ最も稀少なリソースである」という感覚が抜けています。もしかしたら、そのためにその日医療にアクセスできなかった地域住民がいたかもしれないと考えると、プライマリ・ケア提供の公平性という観点からも問題になります。“地域が利用できる医師の時間”は貴重なものです。
◎ 時間をかけねばいいわけでもない
しかし、やたらと短時間で、それこそ2、3分間隔で患者を「さばいて」いく診療の場合、質・安全性・患者満足度の観点から、相当な問題を生じるおそれがあることも事実です。時間を使わなければいい、というものでもありません。
「診療時間」と「診療の質」については、世界的にさまざまな研究がなされており、ある英国の家庭医の報告1)では、診療の時間が「数分」多い場合、より心理・社会的問題へのアプローチが可能になるとされています。数分だけ延長すれば質が向上する可能性がある、ということは興味深いことです。
いずれにせよ、とにかくコツコツ1人の患者さんに全力を尽くすというようなモデルでは、プライマリ・ケア外来の実施は難しいのです。質を保証し、かつ近接性や公平性の観点から効率的・効果的に、できるだけ短い時間で診療を完結させる必要があります。
病棟・救急外来との違い
日本における内科領域のトレーニングの場は、歴史的に入院病棟が中心でした。そして、病棟診療ができれば外来診療もできる、という通念があったと思います。しかし外来診療は、病棟医療とは異なる“診療コンテンツ”をもっています。たとえば「慢性疾患ケア」「老年医学(geriatrics)」「子どもの成長発達支援(予防接種や健康診断など)」「マルチモビディティ(多疾患併存)のマネジメント(p.156)」、そして外来患者集団を「population at risk(リスク集団)」として捉え診療の質改善に取り組むことなどは、プライマリ・ケア外来における中心的なテーマですが、内科病棟診療において討議される機会は少ないでしょう。
◎ 「かかりつけ医」機能をもつ外来である
さらに、ERのような救急医療もプライマリ・ケアの範疇ではありますが、「家庭医外来」と「救急外来」には大きな違いがあります。それは、家庭医外来が、一期一会の患者–医師関係ではなく、「また何かあったら相談に来よう」という認識を患者さんにもってもらうこと、つまり「かかりつけ医」になり、かかりつけ医として機能することを目指す診療として構築されることです。
患者さんにとって重要な健康リソースとして認識してもらい、利用してもらうことで初めて「プライマリ・ケア医」「家庭医」として機能できるので、この目的は重要です。だからこそ、症状→診断→治療という流れだけでない、「かかりつけ医」としての外来診療のコンテンツと構造化が、世界的に追求されてきたのです。
近年、日本でも「かかりつけ医」の制度化が検討されていますが、制度化をめぐるステイクホルダー間の見解に相当な隔たりがあります。しかし、医療政策に関するさまざまな団体(シンクタンクなど)から、地域住民が現在の病気や障害の有無にかかわらず、何かあったら相談できる担当医・担当チームをもてるようにすべきだというリポート2)(日本総合研究所など)もリリースされています。そうした世論の高まりがあることは、認識しておきたいところです。
「かかりつけ医」機能をもつ外来とは
以下に事例をあげて、「かかりつけ医」機能をもつ外来、すなわち家庭医外来の特徴について考えてみましょう。
◎ 「かぜ」から健康問題にアプローチする
「16歳の女子高校生が、3日前の咽頭痛で来院。咽頭所見より溶連菌感染を考え、迅速検査を行ったところ陽性で、抗菌薬を10日分処方した」
この事例においては、急性咽頭感染症の診断と治療が実施されています。「思春期」の患者を診察する機会は相対的に少ないものですが、めったに会わない思春期の地域住民に出会った場合、家庭医は何をタスクと考えるでしょうか?
たとえば、何気なく「タバコは吸ってないよね」と予防的なメッセージの一石を投じ、「何か他に聞きたいことある? 何でもいいですよ」といった声かけが意外な健康問題を浮かび上がらせることもあるのです。実際、こうした声かけを契機に、性の問題や気になる皮疹などについて質問する思春期の患者もいます。彼らには、受診するほどの切迫感はなくても、専門家に相談してみたい健康問題があるのです。そうした相談に気軽にのることで、「また何かあったら、この医者に相談しよう」と思ってもらえるかもしれません。何かあったら相談にのれるリソースとして、その人の中に位置づけられていることが、真の「かかりつけ医」と呼べるのです。
「かぜ」を普段接することのない地域住民との“出会いのきっかけ”をつくってくれるものとして位置づけると、何でもない外来診療の風景が変わって見えてくると思います(p.68〜73・239)。
◎ 家族を含めた相談相手に
「転居してきたばかりの1歳男児が、母親に連れられて、1週間続く咳・鼻水で来院した」
プライマリ・ケア外来では頻度の高い子どもの「かぜ症状」への対応事例ですが、まず重症になりやすい疾患(急性肺炎など)の除外を念頭に置いた診断・治療や、母親への対応が大切であることは言うまでもありません。
そして家庭医としては、「母親」に母子手帳を見ながら「妊娠中のトラブル(入院、妊娠高血圧症候群、高血圧、蛋白尿などの指摘)」がなかったかどうか聞いてみます。たとえば、妊娠中に蛋白尿を指摘されていたが、その後通院せず、不幸にも慢性腎臓病が進行していた事例を、私自身が経験しています(p.18)。
また、転居して慣れない育児環境のなかで何か気になること、相談したいことはないかどうかも、気軽に聞いてみたいところです。これも時々経験することですが、「自分の母親の物忘れが気になっている」といった話が出てくるかもしれません。こうして、子どもの健康問題だけでなく、その「家族」も含めた“相談相手”になれる機会となるのです。
◎ 医学・生物学では解決不能な高齢者の健康問題を診る
「89歳の女性が、夜間尿失禁を主訴に来院した」
この場合、「尿失禁」という症状をトリガーにして診断推論を発動すれば問題解決につながるかというと、そうでもありません。高齢者は漠然とした症状が多いので、まず、この患者はどのような生活をしているのか、その全体像をつかむために、「ADL(日常生活動作:食事、移動、排泄、入浴、着衣など)」「IADL(手段的日常生活動作:買物、掃除、金銭管理、調理、公共交通機関の利用など)」「認知機能」「社会的サポート状況」を聴取しないと、問題の真の姿は見えてこないことが多いです。
実際には、この患者は、もともと糖尿病と心不全で他院に通院していましたが、利尿薬が最近増量され、排尿回数が増えたのでした。また、膝関節症のため動きがゆっくりで、白内障の悪化もあり、暗い廊下をトイレまで歩くのに支障が出ていました。これらの要因が重なって、夜の排尿が間に合わなくなり、家人がそれを「失禁」と認識することで来院につながったのです。これらの要因には病態生理学的な因果関係はなく、問題が「累積」して生じた事態でした。虚弱高齢者の診療では、主訴をいったんカッコに入れて、全体を評価することが必要な場合が多いのです。
通常の医学・生物学的診断・治療のみで解決可能な健康問題の割合は、虚弱高齢者の場合は約半分です3)。残念ながら日本では、長く高齢者に特有な疾患の医学・生物学的観点にとどまっていたため、本来の「老年医学(geriatrics)」の研究・教育は不十分でした。しかし、超高齢社会の日本において、マルチモビディティかつ多くの心理・社会的、また経済的問題をもつ虚弱高齢者へのアプローチに関する「かかりつけ医」のスキルアップは急務なのです。
(※この続きは書籍本編でお読みください。)
文献
1)Howie JG, et al : Quality at general practice consultations ; cross sectional survey. BMJ 319(7212): 738–743, 1999. PMID 10487999
2)日本総合研究所:「プライマリ・ケアを核とした地域医療」「価値に基づく医療の実装」「持続可能な社会保障制度を目指す合意形成の在り方」に関する提言~持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けて~,2023
https://www.jri.co.jp/column/opinion/detail/14137/
3)Fried LP, et al : Diagnosis of illness presentation in the elderly. J Am Geriatr Soc 39(2): 117–123, 1991. PMID 1991942
「卓越したジェネラリスト診療」入門 複雑困難な時代を生き抜く臨床医のメソッド
ガイドラインじゃ解決できぬ臨床課題に答えるエキスパートジェネラリストのメソッド集
<内容紹介>マルチモビディティ、下降期慢性疾患、複雑困難事例、心理・社会的問題、未分化健康問題…。現代の臨床医は外来で、ガイドラインや医学的知識だけでは太刀打ちできない、さまざまな患者・家族の健康問題に直面する。そんな時、医師として、どう考え何ができるか? 日本のプライマリ・ケアと家庭医療学を牽引してきた著者が、そのメソッドを開示し“新たな医師像”を提示した。藤沼康樹氏の現時点での集大成、待望の単著。
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