医学界新聞

書評

2024.12.10 医学界新聞:第3568号より

《評者》 医療法人渓仁会手稲渓仁会病院副院長・看護部長

 「パワー」という言葉に何を想起されるだろうか。ポジションパワー,情報のパワー,医療では専門性のパワーも強くみられるだろう。さまざまなパワーがあるが,パワーを行使するというと,例えば上司が自分のポジションが持つ強制力によって部下を働かせ,自分の思うままに動かすような,どちらかというとネガティブイメージを持たれる方もおられるのではないだろうか。かく言う私も,ポジションパワーをかざさないよう気を付けているつもりである。

 しかしながら著者の髙岡明日香先生によると,「パワーを掌る」とは,上の立場から不健全なパワーを振りかざして相手を威圧するというネガティブな意味合いではなく,健全なパワーを適切に行使するもので,組織の力学を適切にマネジメントしながら個人の強みを発揮し影響力を行使するものであると述べている。本書はリーダーとしてのハウツー本ではない。組織に渦巻くパワーの正体を掴み,影響力を発揮し続けるために,多くの文献からパワーやリーダーシップに関する理論を紹介した上で,パワーの行使,委譲の具体的な方法について記述されている。

 本書の中で私が特に興味深いと思ったのは,キャリアを途中で「脱線」するリーダーに共通する10の弱点についての研究(=脱線研究)の記述である。大企業のトップリーダーとして世界と戦いながら結果を残してきた人でも,その後も必ず成功し続けるわけではなく,キャリアを途中で「脱線」するリーダーも少なくないそうだ。しかも,そうした脱線するリーダーには共通する「10の弱点」がみられ,なんとそのうち8つまでは専門的知識や分析力ではなく,対人関係によるものだということである。SWOT分析やバランス・スコアカードを用いて組織運営をされているところも多いと思うが,いくら状況を分析し,戦略・戦術を練ってもそれを展開するリーダーの在り方によってはうまくいかない。本書によれば,人を動かすためには「合理的判断」だけでなく,「感情」や「無意識・潜在意識」にもアプローチしなければならないとある。読み進めていくと,組織における日々の業務の中でいろいろな場面においてパワーを掌る自分に気付き,リーダーとしての自分の姿があぶりだされる。

 さらに本書では,ボス(上司)・マネジメントについても紹介されている。日本では上司をマネジメントするという発想が少なく,上司に恵まれなかったと嘆くこともあると思うが,髙岡先生の経験を通し,ボス・マネジメントの方法が紹介されており,上司に恵まれていないと嘆いている方にとって,その突破口を見つけることもできるだろう。

 パワーを掌るのは相手を変えることではない。本書は,リーダーはもちろんのこと,現在リーダーではない人にとっても,対人関係における自己変容につながる指南書である。


《評者》 松村医院院長

 2000年に亡き父が開設した診療所を継承し,四半世紀が経過した。世間の人が抱く,気心の知れた地域の人々と,ゆったりとした診療が続く穏やかな日々……などという地域医療のイメージは,とうの昔に幻想となっている。実際には,次々と持ち込まれる多種多様な問題に対応するうちに,はっと気が付くと時が流れた,というのが実感である。世の中には本当にいろいろな人がいる。人がいるところに問題が発生する。そしてその問題は,時にトラブルへと発展する。いや,むしろ小さな診療所だからこそ,トラブルの当事者の一方になりやすい。もちろん,それらを何とか対処できてきたからこそ,今があるのであるが,やはりその間にはさまざまな方面の助けを借りたこともある。診療面での相談であれば助けを借りる先はいくつもあるが,法律面での相談というとなかなかそういうわけにもいかない。そして当然のことであるが,時とともに社会状況は変化を続ける。好むと好まざるとにかかわらず,以前は遭遇しなかったような問題が次々と発生する。

 本書は雑誌『病院』の連載「医療機関で起きる法的トラブルへの対処法」を書籍としてまとめられたものである。取り上げられている法的トラブルは,患者対応や労務関係のような「古典的」トラブルにとどまらず,昨今問題となっているインターネット上の誹謗中傷,サイバー攻撃などの情報管理の問題,人材紹介会社とのトラブルなど多岐に及んでいる。トランスジェンダーの職員への合理的配慮や,昨今話題の働き方改革に伴う問題など,現代的なトピックも多数取り上げられている。

 これらの法的トラブルに関してまず具体的事例が提示され,Q&A方式で法的観点からの対処法が解説されている。これらは全て架空の事例ということであるが,実にリアルで,明日にでも診療現場で遭遇しそうな事例である。また,実際に起きた場合の対処方法だけでなく,事前の予防策も記載されているため,非常に実践的かつ有用なものとなっている。法律的観点はもちろん大変参考になるが,それに加えて「医療の現場から」というコラムが各トピックの末尾に記載されており,「法律はそうでも実際の現場では……」という実務的なコメントが全体のバランスを保っている。

 当然のことだが,これまで四半世紀が無事だったからといって,明日は大丈夫という保証は全くない。全てのトラブルに完璧な対応をすることは無理だ...

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