医学界新聞

対談・座談会 藤井淳子,櫻井大輔,藤原真弓

2024.12.10 医学界新聞:第3568号より

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 第5次となる看護基礎教育のカリキュラム改正では,対象や療養の場の多様化に対応できるよう,「在宅看護論」が「地域・在宅看護論」に名称変更され,内容の充実が図られた。これを受けて家族看護に重きを置く養成校が増加している。しかし実際には,家族看護を系統的に学習した経験を持たない教員が講義を担当することもあるなど,その教授方法に戸惑う教員も少なくない。他方,コロナ禍以降,臨床現場においても家族看護を重要視する動きがあり,多様化する家族の在り方に対して,いかに支援していくかが模索されている。「これから家族看護を意識するシチュエーションはますます増加していくはず」と語る藤井氏を司会に,3人の家族支援専門看護師が臨床・教育への家族看護の実装に必要なエッセンスを共有した。

藤井 本日の収録に参加している3人は,全員が家族支援専門看護師の資格を有しています。それぞれ背景は異なるものの,臨床現場で患者の家族とかかわるうちにその存在の重要性に気付き,現在は管理者・臨床家・教員の立場から家族看護の普及・実践に携わっています。今回は,そんな皆さまの経験を共有していただきながら,臨床・教育への家族看護のさらなる実装に向けた新たな視点を紹介できればと考えています。

藤井 ここ数年のコロナ禍は,人々の家族観に影響を与えました。家族看護の実践にも多大な影響を及ぼしたと考えていますが,コロナ禍ではどのような問題が起こっていたのでしょう。

藤原 感染対策を目的に多くの病院で実施された面会制限により,家族に対応する機会が減ったことで,かかわり方がわからないと話す看護師が増えました。特に看護実習に与えた影響は大きく,実習期間中に家族とかかわることなく看護師になった方もいらっしゃいます。また,コロナ禍以前は看護師も同席して実施されていた病状説明も,医師が家族に直接電話して終わらせてしまうケースが増加しました。そのため電話上で交わされたやり取りがカルテに詳しく記載されない限り,どのような説明が家族になされたのか,家族はどのような反応をしたのかが読み取れなくなってしまい,現場に混乱をもたらしました。

藤井 当院も同じ状況で,特に病院と家族の間で認識のギャップが広がったように感じています。入退院支援で家族とかかわった際に「こんな状態で退院させるんですか!?」と言われて困ったなど,スタッフからの相談が多々ありました。

藤原 せん妄が起こっていることや入院によって体力が低下している状況を電話越しに伝えていても家族はいまいちピンと来ず,久しぶりの対面時に驚いてしまい,その感情が時に怒りへと変わることもありましたね。

櫻井 一方で,患者さんの状態に違和感を覚えていたとしても,「そういうものなのか」と家族側が暗に受け入れ,医療者側に感情を表出していない可能性もあったはずです。むしろそうしたケースが個人的には少なくないと感じており,看護師が意識的に目を向けなければ「何の問題もなかったね」とそのまま流れてしまいます。

藤井 そうした可能性も確かに拭い切れませんね。コロナ禍を経て私が抱いている違和感は,患者さんよりも家族の反応を気にして萎縮してしまっているのではないかということです。「この家族を面会させると,制限をかけている別の家族に何か言われてしまうかもしれない」「家族にこう言われたらどうしよう」と防御的に考える方が増えてきた印象です。この考えへの変化は,提供するケアの公平性を担保するという意味では必要な変化とはとらえています。しかし以前はもっと柔軟に対応していたように思うのです。病院の方針も多分に影響する部分ですが,提供できる看護が窮屈になっています。

櫻井 家族に対する恐れから看護師が萎縮してしまっているとの指摘には,少し悲しさを覚えますね。

藤原 当院では,患者さんの入院中のイメージが湧かず転院や退院に難色を示す家族には,リモート面会を繰り返し行いました。その上で,どうしても必要な場合は感染に配慮しながら短時間の面会の機会を設けることもありました。機会を設けることで,たとえ面会時間がごくわずかであったとしても,家族の態度が和らいでいく雰囲気を感じました。

藤井 それは素晴らしい取り組みですね。うまく家族とコミュニケーションを図り,意思決定につなげられた実例と言えるでしょう。けれども柔軟に対応できる施設はそう多くないはずです。この点は,施設全体で意識を変えていくべき部分なのかもしれません。

藤井 最近は「家族看護学を教えてもらえませんか」とのリクエストを養成校からよく受けるようになりました。これは一つの良い流れだととらえています。

櫻井 第5次カリキュラム改正によってこれまで「在宅看護論」とされていた枠組みが「地域・在宅看護論」に変化したことで,より地域を見る目が意識され,家族看護の視点を取り入れようと考える養成校が増えているのだと思われます。看護基礎教育の段階から,家族看護を必要と認識していることの表れと言えます。

藤井 それはうれしいですね。

櫻井 ただ,養成校によって家族看護の内容の取り入れ方はさまざまです。地域・在宅看護論の中の一部を家族看護に特化した内容にしたり,地域・在宅看護論の講義全てに家族看護の色を強めに入れていくようにしたりなどのバリエーションがあります。家族看護学として系統立てて教えている養成校の割合は,まだそこまで高くないと思われます。

藤原 先日開催された日本家族看護学会学術集会においても,「家族看護の教え方がわからない」「アセスメントモデルをどう教えていいかわからない」と困っている先生方が多くいらっしゃいました。櫻井さんは教授方法に関する交流集会を企画されていましたね。

櫻井 ええ。参加者には同じような悩みを抱えた方が多かったです。その中で気になったのは,「何を教えるべきかわからない」という家族看護を系統的に学んだ方からの悩みでした。恐らく深く学んできたからこその悩みなのでしょう。

藤原 どう回答されたのですか。

櫻井 「現場に出てからでも学べるコミュニケーション法といった枝葉の知識ではなく,本質的な家族の関係性に関して,学生たちの生活体験とも紐づけながら説明をしています」と,自身の実践を交えてお伝えしました。具体的には,事例を取り上げる際に「この患者さん,誰と生活しているんだっけ?」という声掛けをすることです。この一言で,意外と家族に対して目が行くようになります。もちろん,「誰と」の部分が,血縁者であろうがなかろうが,互いに影響し合う関係ならば,家族に含めて考えるべきです。患者さんを中心にケアが展開されていく中で,その周りにいる人たちをケアの対象に自然と含められるような気付きを与える工夫が,初学者に家族看護を教える際には重要でしょう。

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藤井 家族看護を学ぶ上では,まずは“普通の家族”の考えを取り払うことが大事です。と言うのも,養成校から依頼されて看護学生に講義をする際,一部学生への配慮から,離婚した事例やDV事例の話題を取り上げないようにしてほしいとお願いされることがあります。私としては,入職後にそうした家族に出会う可能性も少なくないことから,一定の配慮は必要なものの,現実を伝えていくべきと考えています。教壇に立たれている櫻井さんは,この問題をどうとらえていますか。

櫻井 藤井さんの意見に賛同します。私の講義の中では,今まさに起こっている現実を直視しイメージを持ってもらうため,DV事例や学生と同世代のヤングケアラーのドキュメンタリーなどを見てもらっています。

 ただし先ほど話されたように,家庭事情の複雑な学生が在籍をしているのも事実です。「つらくなったら教室から出てもいいし,聞こえないようにしてもらっても構いません」と断ってから講義を続けるようにしており,講義後のフォローもセットで行っています。

藤原 家族看護というよりも,看護師になるためには向き合わざるを得ない現実とも言えますよね。

櫻井 その通りです。“きれいな家族”ばかりではないということを,卒前の段階から理解しておく必要があると思います。講義の冒頭によくするのは,「『サザエさん』に登場するカツオ君になったとしたら,どこまでを家族と見なしますか?」という質問です。周りの人と意見を共有してみてと伝えると,学生ごとに認識の差があり,家族の枠組みにバリエーションがあることに気が付いてくれます。

藤原 でもその違いを矯正する必要はありませんよね。違いがあることを認識し,自分がどのように家族をとらえているかを知っていることが大切です。私自身,家族観が偏っていることを自覚しています。そうしたギャップがあることを早い段階で意識してもらうのは必要な経験でしょう。

藤井 「多様な家族が存在すること」をあらかじめ認識して入職してきてくださるだけでも,現場の看護師としてはとても心強いです。むしろ,そうした感覚を有した若手看護師の存在が,経験を経るにつれて凝り固まってしまいがちな中堅・ベテラン層の看護師の家族観を一新させてくれる良いきっかけになります。

藤原 中堅,ベテラン層の看護師に関する話題が上がりましたが,臨床の看護師が家族看護を学ぶことのメリットはどこにあると考えますか。

藤井 原因となっている事象に注目し解決を図ろうとする問題解決型思考からの脱却です。わかりやすい例で言うと,ある治療法に関して意思決定に悩む患者家族を見掛けた時に「意思決定に時間のかかっている困った家族」と判断するか,「判断に困っているから支援しなければならない家族」と見るかということです。前者の考え方だと,家族に対するかかわり方が厳しくなり,プレッシャーをかけてしまうことにもなりますが,後者の場合は「家族と一緒に考えよう」というスタンスになりやすいです。

藤原 確かに家族看護を学ぶと,聞き分けのない家族を敵対視するという見方から,家族を支援する見方に変わってくるような気がします。傍から見て対応の難しそうな家族に見えていても,よくよく話を聞いてみると自身の見方が誤っていたと気づきを得るケースは少なくありません。病棟の看護師が考え方をガラッと変えることも時折ありますね。

藤井 ラベリングをせず,まずは家族とフラットにかかわってみるというのは大切でしょう。けれども,その一歩が踏み出せない方は多いです。

藤原 「この家族はこういうスタイルなんだから」と自分たちの型にはめようとせず,柔軟にとらえることで,今ある姿を継続できるよう支援してあげたらいいと思います。看護師側が「困った家族」とラベリングしている限り,相容れることはありません。「あの看護師さんに相談してもいいんだな」と家族側から思ってもらえるようになれば,関係性は好転するはずです。

櫻井 看護師って,良い意味でも悪い意味でもお節介です。自身の持つ理想の家族観から遠いと問題がある家族と認定し,自身や社会的な理想に近づける働きかけをしてしまいがちです。でもそうではありません。そもそも看護師は,患者さんの生活を支援する人です。患者さんの人生のビジョンを把握し,その実現に向けて看護として何ができるかを考えていけるようなスタンスが必要です。患者さんは一人で生活をしているのではなく,家族や地域社会とのつながりの中で生きています。その患者さんのビジョン達成に向けて支援するには,影響し合う人たちも視野に入れて共に考える,すなわち家族看護の視点が大いに役立つと思います。従前の問題解決型思考のスタイルから目標志向型の思考へとシフトしていきたいですね。

藤井 コロナ禍を経て,家族看護の在り方はまた一段と変化をすることでしょう。どのような発展を期待しますか。

櫻井 家族看護が特別視されない世界になることを願っています。

藤井 それはなぜでしょう。

櫻井 家族支援専門看護師という資格が存在することで,家族看護を実践するには特別な技能がなければならないと考えている方が多いように感じます。本日お話ししてきたことを振り返ってみても,看護師として決して特別なことはしていません。そういう意味では,家族看護の存在が特別視されないように正しく伝えていくことが,今後の私の役割だと考えています。以前からこの考えを持っていましたが,本日の座談会を通して,より強い気持ちに変わりました。

藤原 櫻井さんのおっしゃるように,家族看護は特別なことを提供しているわけではないと私も考えています。人と人がかかわっていく中での普遍的な考え方を提供しているものであり,対象を家族に特化する必要もないはずです。ただ,その基本が看護の中に落とし込めていない人が多い現状があるからこそ,われわれ家族支援専門看護師が丁寧に伝え続けていく必要があるのだろうと感じています。

櫻井 そもそも家族看護学がまだ新しい学問であることは理解しておくべきでしょう。家族看護学の講座を有しているのは国内で数校しかありません。ニーズが高いとはいえ,家族看護としてのアウトカムが他領域に比べて明確なものを示し切れていないというのが現実です。一つの学問として成立するようになるにはまだ時間がかかるだろうと考えています。

藤井 家族支援専門看護師は94人(2023年時点)しかおらず,家族看護を専門に教えられる教員もまだまだ少ない状況です。専門性を高めることももちろん重要ですが,エビデンス構築のレベルに到達するまでにはもうしばらく時間を要するでしょう。まずは裾野を広げ,家族看護の考え方を周知していくことが,現時点での優先事項だととらえています。最近では研修会を開催すると,たくさんの方が参加してくれるようになりました。参加者のほとんどは30~40代の方であり,ある程度経験を積んだ方が家族看護の重要性に気づき,受講されているのだと想像しています。

櫻井 自身の経験として,卒後に院内で家族看護を学ぶ機会はほとんどなく,研修会を自力で見つけてきて申し込むしか方法がありませんでした。臨床で困難感を抱いたときこそが学びを深めるチャンスであり,身近で継続的な教育が展開できるといいですね。

藤井 そう思います。現在,日本家族看護学会の実践促進委員会では,臨床の看護師を対象に入退院支援や在宅療養支援,クリティカル領域等の場面を設定し,より具体的な家族看護の実践につなげる研修会の企画検討をしています。こうした機会を生かしつつ,家族看護の考え方を楽しいと思ってもらえたらと考えています。さらに言えば,家族看護の視点が看護師だけでなく,医療者全体に,そして地域全体に共通認識として広がっていくことを期待したいですね。

藤原 在院日数の短縮が求められる昨今,急性期病院の中だけでは家族看護が提供したいケアを完結させにくくなりました。転院先の病院や地域を含めた継続的な家族看護の提供が求められるでしょう。

藤井 今回お話ししてきたように,これから家族看護を意識するシチュエーションはますます増加していくはずです。本座談会をきっかけに多くの看護師に関心を持ってもらえればうれしい限りです。

(了)


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東京女子医科大学病院看護部 看護副部長

1995年東京女子医大看護短大(当時)卒。同大病院ICUで勤務する中で家族看護に関心を持ち,東海大大学院健康科学研究科へ進学。2013年に修了し,翌年に家族支援専門看護師の資格を取得する。22年国際医療福祉大大学院医療経営管理分野修了。23年より現職に就き,現在は看護部全体のマネジメントと,家族看護の教育やコンサルテーション等の活動を行う。

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堺市立総合医療センター 患者支援センター入退院支援課

看護師免許を取得後,二次救急を担う病院へ入職し救急領域の研鑽を積む。救急の現場で出会った患者・家族に心を動かされ,家族支援の道へ。2013年大阪府立大大学院看護学研究科修了後,淀川キリスト教病院に勤務。20年より現職。家族支援専門看護師,救急看護認定看護師。家族相談士。

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東海大学医学部看護学科 講師

2000年国際医療福祉大を卒業後,神奈川県立足柄上病院に入職。手術室・内科病棟で勤務する中で家族とのかかわりを意識するようになり,東海大大学院健康科学研究科に進学。11年に家族支援専門看護師の資格を取得する。その後は資格を生かし同院にて教育専従看護師,救急外来看護師長を兼務しながら,組織横断的な活動を展開。18年より東海大で看護基礎教育と家族支援専門看護師の養成に携わる。

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