医学界新聞

対談・座談会 前田圭介,坪山(笠岡)宜代,中久木康一

2024.05.14 医学界新聞(通常号):第3561号より

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 「災害時には,日々の暮らしの中で意識されることなく行われている『食べる』という行為が突然途絶えてしまうことによって,栄養上の問題を抱えていなかった高齢者に問題が生じる可能性が高くなる」と,災害時支援に注力する老年科医・前田氏は語ります。続発症としての肺炎等を防ぐには,「食べる」支援を通した包括的で多面的なケアが必要です。

 本紙では,前田氏と同様にそれぞれの専門性から災害時支援に携わる管理栄養士の坪山氏,歯科医師の中久木氏を加えた3氏による座談会を企画。災害時における「食べる」支援とはどういうことなのかを確認するとともに,課題や展望も含めて幅広く議論してもらいました。

前田 私は老年科医で,対象者の生活全体を見ることに注力するという意味で臓器別の診療科とはやや異なる視点で医療に携わってきました。熊本県に住んでいた2016年に熊本地震に遭い,避難所支援に携わる中で本日のテーマである災害時の「食べる支援」の重要性に気がつきました。お二人はどのような経緯で災害時支援にかかわるようになったのでしょうか。

中久木 私の場合,災害時支援にかかわり始めたのは新潟県中越地震が最初でしたが,歯科の立場からではなく避難所の保健ボランティアでした。その後,東日本大震災時に歯科の立場から支援に携わったのをきっかけに,「食べる」というカテゴリーで多職種が連携して動けるプラットフォーム作りに向け,日本災害医学会内に継続的な検討の場を設けるようになって今に至ります。

坪山 私はもともと管理栄養士の研究者として,魚介類に多く含まれるタウリンに肥満抑制効果があることを明らかにするなど,分子生物学を手法に基礎研究に携わってきました。しかし,基礎的な研究ばかりではなく,実際の人や食事にもっとかかわりたいとの思いがありました。東日本大震災時に栄養士として支援にかかわり,被災地の食事に問題意識を覚え,災害時の食と栄養に研究テーマをシフトしてきたという経緯があります。

前田 まずは災害時の栄養問題がどういったものなのかについて確認できればと思います。大きな災害が起こると,その地域にいる住民のほぼ全員が避難所に身を寄せることになります。そうした住民の大半は,入院したり介護施設に入ったりしている人を除いて,基本的に栄養上の問題を抱えてはいません。ですが,そうした問題のない人たちのうち,高齢者に関しては,避難所に生活の場を移すことで栄養問題を抱えるリスクがぐんと上がると個人的に確信しています。

坪山 私もそう思います。リスク上昇の原因についてはどうお考えですか。

前田 避難所への入所が生活環境を一変させ,食行動を大きく変えるためでしょう。高齢者の場合,食行動の変化は「食べない」という方向に出ることが多いです。摂取栄養量が減るわけですね。加えて,避難所生活では動く機会が減少します。活動量が下がると栄養状態はさらに悪くなります。また,高齢者はもともとフレイル,そこまでいかなくともプレフレイル状態にある人も結構な数いますから,そうした人たちが避難所でリスクにさらされることで栄養問題が顕在化する側面もあります。

中久木 避難所生活が,栄養面に関する負の連鎖を引き起こすといったところでしょうか。

 私が気になるのは,避難所では高齢者は静かに,おとなしくしがちだということ。大規模災害が起こって住民の大半が避難所に入るようなケースでは,現場は非常に混乱しています。声の大きい方がいる一方で,遠慮してしまって普段なら周囲に伝えられる困り事を抱え込んでしまう高齢者も少なくないです。

坪山 遠慮をしてしまう高齢者は本当に多いです。例えば高齢者は排尿回数が増えると言われていますから,限られた数のトイレを自分が何度も使うことや夜間に移動することで周囲に迷惑をかけていると考えてしまうなど,いろいろな意味で我慢してしまっているのだと思います。

前田 排尿回数を減らすために飲む水の量を減らしているという話は毎度耳にします。

中久木 被災時に骨折してしまい,付き添いなしではトイレに行けなくなってしまったから,1日2回の排尿で済むようにコントロールしながら水を飲んでいるという話を聞いたことがあります。

坪山 水だけでなく食事を制限する方もいます。皆さん,なるべくトイレに行かずに済むようにと工夫をするのですよね。これまでの災害でも不衛生なトイレや仮設トイレを使いたくないために,同様に飲水・食事の制限をしている避難者がいたことを論文でも報告しています1)。体重減少もみられました。

前田 そうした状況に鑑みても,避難所での栄養サポートは必須です。高齢者にケアの目が行き届かなくなると水分・栄養摂取が足りずに栄養問題が発生し,口腔衛生も悪くなります。低栄養と口腔衛生の悪化が組み合わさると,続発症として肺炎を起こし得ますし,その他感染症や血栓症も起こしやすくなるのです。栄養サポートがスタンダードなものになる必要があると強く思います。

 指定避難所における食事は,避難所を管理している自治体が中心となり提供されます。災害初期の食事は,避難者自らが持参した食料や自治体の備蓄で対応するため保存性の高い食品が中心です。大規模災害時には,要請を待たずにプッシュ型支援で食料が届き,その後,被災地からの要請に基づいて,プル型の食料支援が行われます。炊き出しや弁当等で栄養改善が図られ,災害救助法が適用されると1日1人当たり1230円が給与されます。この金額には燃料費や調理器具等も含まれますが,困難な場合には特別基準も適用され増額される場合もあります。支援者の食事は対象となりません。避難所等での炊き出しが長期化する場合には,できる限りメニューの多様化,適温食の提供,栄養バランスの確保等,質への配慮や管理栄養士等の専門職の活用も重要となります。

坪山 栄養サポートと言うよりも,「食べる」サポートと表現したほうが良いかもしれません。

前田 そうですね。「栄養」という語と「食事」という語では示す範囲が異なり,栄養(nutrition)への介入方法の1つとして食事(diet)があります。「栄養」と表現すると栄養士だけが処理すればいいとの勘違いをされがちなところを,「食べる」と表現することで,食べ物それ自体についてはDietitianである栄養士が関与して,食べることにまつわるその他の部分については他職種のかかわりが必要であるとのニュアンスが出るわけです。

坪山 その意味で,中久木先生が日本災害医学会内に立ち上げた「災害時『食べる』連携委員会」の存在意義は大きいです。「食べる」ことの連携を前面に打ち出してくれましたから。

中久木 食べるという行為は,多くの人が普段あまり意識しないで,当たり前のこととして行っています。生活の中で外食をする,もしくは食材を買ってきて自分で調理をして食べる。自分が食べやすいもの,食欲が湧くものを選んで作ったり食べたりして,日々暮らしています。そうした環境が瞬時に全て失われるのが災害時の特徴です。避難所に入所する人はもちろん,自宅避難だとしても調理のための食材が入手しづらくなります。

 被災時に食欲が湧きにくくなる背景には,あくまでも空腹を満たすための食事環境しか提供されないことがあるはずです。避難所で最初に供給されるのは大抵つかんで食べられるおにぎりやパンで,それを床に座って食べるわけですが,大半の高齢者の普段の食事風景からはかけ離れています。「食べる」という生活の一部を再開するには,配給のような炊き出しでは不十分なのです。

前田 災害によってもたらされる高齢者のそうした状況は,近年ではanorexia of agingと呼ばれています。加齢によって食欲不振が引き起こされやすくなるのです。新しいトピックのため病態や機序に関して多くの研究があるわけではないですが,心理的な変化が原因にあると考えられています。加齢により性ホルモンの分泌量が低下し,生理機能も変わっているという予備力の低下した状態で,環境が大きく変わることで心理的反応として本人の自覚の有無にかかわらず食欲が落ちる。

坪山 確かに,避難所での生活が長引くと,食支援のニーズが一番増えてくるのは高齢者です。

前田 高齢者ではない人たちはお腹が空けば何かしら食べ始めますから。しかし,高齢者はそうではない。

坪山 そうして食べないでいると,時間の経過とともに状態がどんどん悪い方向にいってしまいます。

前田 先ほども触れましたが,栄養状態が悪くなって,それによって活動量も心理的な面もマイナスに向かうといった負のサイクルが引き起こされます。フレイルでは低栄養による身体機能の低下に伴う活動量低下でより一層低栄養が進行するという負のスパイラルに注目が集まっていますが,食べる領域でも同様のことが起こっているのでしょう。

中久木 だからこそ,災害の初発対応が重要になるのだと思います。能登半島地震で二次避難をする前のタイミングで高齢者施設を訪れた際,泊まり込みの24時間体制で働いている介護士さんたちの話では,発災後1週間で全体に入居者が痩せた実感があるとのことでした。それとともに,入れ歯も合わなくなってきたとのことです。入れ歯が合わないと食べられなくて,余計に痩せていくという負のサイクルがあります。

坪山 栄養士からも歯科のニーズが挙げられることが多いです。

中久木 これだけの変化が1週間で起こるのだと驚きました。

前田 そういった現場の実感を,アンケート調査などを行って論文化していく作業が今後必要なのかもしれませんね。

坪山 栄養評価の方法についても話したいです。私は米国の急性期病院でインターンのような立場で働いた経験があるのですが,そこでは栄養評価に当たって患者さんが食べた量を一切見ていませんでした。食べた物は吸収されて体の一部になっているため,体の状態を確認したり,臨床検査値で栄養評価を行ったりしていたのです。一方,日本では,食べ物自体が持つ栄養にフォーカスしている印象があり,もっと人を見なければ栄養状態を判定できないだろうと私は考えています。ですから災害栄養の研究・支援に関しても,人の状態をどう改善するかとの視点を持って臨んでいます。

前田 同感です。栄養とは栄養状態であり,人なのだという視点こそが大切です。

中久木 災害時の支援においては,十分な食事量が確保できているのかとの視点と,被災者がどういう栄養状態にあるのかとの視点,それぞれからの評価項目を考える必要があると思います。

坪山 どちらも見なければならないのでしょうね。

中久木 あとは,個人レベルで,それぞれがどのくらい食べられているのかを評価したいところですが,なかなか難しいのが実情です。

前田 評価を行うスキルを持った支援者が必ずしも食事のタイミングで避難所にいるわけではありませんからね。後から気になる人に尋ねてみても,「大丈夫です」と言われてしまうとそれ以上のことはわからない。

 個人レベルでの評価が難しいとなると,高齢者など災害弱者とされる集団に目を向けて,集団単位で食べている量や運動量に注視するといったかかわりを保持し続ける形でのケアが考えられるのではないでしょうか。リソースが限られた中では選択と集中が必須です。高齢者,少なくとも災害時要配慮者を対象として選択し,広い意味での食べる支援に集中することで,続発症を効果的に予防できます。最終的には避難所設置後の初期段階から食べる支援が標準化される方向に事を進められると理想的です。

中久木 そうした提案を出せるよう「災害時『食べる』連携委員会」で動いていけると良いだろうと思います。

坪山 加えて,食事面での支援の重要性を周知する活動も必要と考えます。私が災害支援に携わって13年がたちますが,災害時,食事は後回しにされがちだと常々感じています。医療が優先されるのは当たり前ですが,施された治療が効果を発揮するには,患者の身体が栄養面で充実している必要があると考えます。

中久木 今は医療のフェーズであって食事のフェーズではないといった雰囲気はよく見られるかもしれません。

坪山 最近少しずつ変わってきていますがまだまだ後回しである状況には変わりがないので,食べることは生命の根幹であって,治療の基本でもあることを多くの医療者に認識してもらいたいです。

前田 栄養や食べる支援を行っている人たちは,ハイリスク者を病気にしないために予防的にかかわろうとしています。すでに病気の人を対象に治療を行う医療班とはアプローチしている場所が違うわけですから,うまくすみ分けながら支援に当たれると良いですね。

中久木 大規模災害発生直後から現場で医療支援を行う人員の多くをDMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)に頼っていることも,食べる支援が後回しにされがちなことと関係していると考えます。DMATの構成員は基本的に病院で働く医療者ですから,普段から在宅医療に携わっている医療者と比べると,生活レベルの評価の視点はどうしても限定的になってしまいがちかもしれません。

前田 それは老年科と臓器別診療科の視点の違いと同じことですね。どちらが良いという話ではなく,単純に見ているものが違っている。

坪山 避難所は生活の場ですから,災害の直後に現場に入る医療者には,対象者がどのように食事をしているかを見ていただきたいです。食べ物がそこにあるから大丈夫,ではなく,その一歩先を見られるようになると,避難生活は変わると思います。

中久木 普段在宅医療に従事しているスペシャリストほど,災害時すぐには現場に来られないですからね。在宅医療は少人数で回していることが多い上に患者との関係の個別性が高く,担当者が穴をあける際の調整に時間がかかります。

前田 スペシャリストがすぐには現場に行けないジレンマがあるということは,スペシャリストではない人たちを教育するための災害用プログラムの重要性が増すわけですね。

 発災からの1~2週間(DMATが引き上げるくらいまでの期間)だけでもいいので,在宅医療のスペシャリストの代わりができるような人材が増えると理想的です。2週間くらいあれば,スペシャリストが現場に入る調整もつくでしょうから(2)

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 発災後の保健医療のニーズの経時変化(文献2より一部抜粋)

中久木 そうした人材が増えることは,スペシャリストが現場入りした後にも有効です。自身で判断はできなくても,スペシャリストから指示されたことを高いレベルで理解しながら実施できる人材がいるだけでスムーズさが随分と違いますから。共通言語を持つようなイメージでトレーニングできるといいのではと思います。

前田 食べる支援に関しては,もともと生活していた人たちの生活をただ継続させればいいだけですので,専門の医療者が行う必要すらないとも言えます。もちろん専門の医療者がかかわれるのがベストですが,人手が足りないときには避難所運営者が旗を振るなどして非医療者がかかわってくれれば良いと考えています。

坪山 私は「災害時の支援は30点でいい」と,災害支援トレーニングで伝えています。情報も物資も人手も不十分な環境で,専門職に限らず全ての人がかかわり,少しでも事態を前進させることに意味があると思っています。

前田 発災から最長2週間くらいの時期を,災害時要配慮者の生活に気を配りながらいかに乗り切るか。そのための仕組みを構築していきたいです。

(了)


1)上田咲子,笠岡(坪山)宜代,他.東日本大震災の避難所等における栄養士から見た衛生問題――食料の有効利用,食中毒の予防,給排水環境の改善に向けて.Jap J Disast Med. 2020;25(1):1-11.
2)日本公衆衛生協会,全国保健師長会.災害時の保健活動推進マニュアル.2020.

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愛知医科大学 栄養治療支援センター 特任教授

1998年熊本大医学部卒。2005年よりへき地病院,急性期病院,介護施設,回復期リハビリテーション病院等で診療。11年玉名地域保健医療センター摂食嚥下栄養療法科NSTチェアマン。17年より現職。著書に『SMARTなプレゼンでいこう!』(医学書院)など。

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医薬基盤・健康・栄養研究所 国際災害栄養研究室長

1997年高知医大(当時)大学院卒。99年国立健康・栄養研究所に入所後,米ハーバード大医学部,米国立衛生研究所(NIH)へ研究留学。2018年より現職。管理栄養士。博士(医学)。監著に『災害・緊急時の食と栄養――いますぐ知りたいアクションQ&A』(医歯薬出版)など。

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東北大学大学院歯学研究科 特任講師

1998年東京医歯大卒。2009年同大大学院医歯学総合研究科顎顔面外科学分野助教などを経て,24年より現職。博士(歯学)。編著に『災害歯科医学』(医歯薬出版),共著に『災害時の歯科保健医療対策――連携と標準化に向けて』(一世出版)など。

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