医学界新聞


谷田病院における職員のエンゲージメントを高める取り組み

寄稿 藤井将志

2024.03.04 週刊医学界新聞(通常号):第3556号より

 谷田病院は熊本市から車で1時間ほどの人口1万人の小さな町にある,病床数99床(うち介護医療院14床)の小規模医療機関です。救急医療や専門医療ではなく,地域医療というどこにでもある医療を提供しています。職員のエンゲージメントを高めることが本稿のテーマですが,本当に当院の職員のエンゲージメントが高いかはわかりません。ただ,職員に寄り添うことをしたいと思い,いろいろと試行しているので,その取り組みをお伝えします。

 まず紹介したいのは,当院の理念と基本方針です。

理念(Mission)
一人ひとりの大切な時間に寄り添います。

基本方針(Values)
●目の前の「一人ひとり」に合ったサービスを提供します。
●人生の「大切な時間」から,痛みや苦しみ悲しみを和らげ,安心や喜び,笑顔を少しでも増やせるトータルヘルスケアを行います。
●積極的な医療や介護以外にも様々な選択肢を共に考え,私たちプロフェッショナルなスタッフが「寄り添い」ます。
●「一人ひとり」には職員や事業に関わる全ての人々が含まれ,その人たちも人生の「大切な時間」を安心して楽しく過ごせるフィールドとして私たちの職場があります。

 基本方針からわかるように,「職員」にも寄り添うことを掲げています。この理念と方針が大前提にあるので,職員志向の意思決定ができるのだと思います。人生の時間を使って働く場所なのだから,嫌々働く場であるよりも,なんだか楽しい,やりたいことができそう,そんな場にしたいです。仕事なんだから給料さえもらえればいい,という考えもあるでしょう。たとえ生活のためだとしても,つまらないよりも,少しでもワクワクする,少なくともネガティブな感情ではない職場のほうが,人生の時間を使う場としていいのではないかと思っています。

 こうした考えの下,いくつかの取り組みを実施しています。

◆みんパチ:当院では,全体研修が毎月1回あります。法定研修や各部署の取り組みなどがコンテンツです。その時に,良いことをした人を職員の前で拍手して称えること(=みんパチ)をしています(写真1)。推薦は所属長に限らず誰でも可能で,アンケートフォームからいつでも送ることができます。どんな些細なエピソードでも歓迎しており,患者さんに丁寧に案内していた,資格取得に頑張っていた,雨の日に傘をさしてあげた,良いあいさつができていた,などの内容で推薦されます。表彰者は職員の前で拍手され,1000円分のギフトカードが贈呈されます。過去には,赤飯の作り方を教えてくれた患者さん,電子カルテ導入に頑張ってくれたベンダーさん,患者さんへのみかんをくれた職員の家族などもみんパチにノミネートされました。

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写真1 良いことをした人を拍手して称える「みんパチ」
良いことをした人を職員の前で拍手して称える「みんパチ」は,簡単なアンケートフォームを活用して誰でも推薦が可能。表彰者には1000円分のギフトカードも贈呈される。

◆ありがとう賞与:期末賞与の前に,職員1人につき2枚のカードが渡され,自分以外の職員にありがとうのメッセージを送ることができます(写真2)。集められたカードは所属長を経由して本人に渡されますが,人事部門でも集計しており,1枚当たり1000円として期末賞与に加算されます。前述のみんパチもそうですが,お金よりも,賞賛されることや感謝を伝えられることが,職員たちにとって最大の喜びになっているようです。

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写真2 1人2枚送れる「ありがとう賞与」
期末賞与前に,職員1人につき2枚のカードが渡され,自分以外の職員にメッセージを送れる制度。カードは人事部門でも集計され,1枚当たり1000円として期末賞与に加算される。

◆職員交流支援制度:この制度を作ったきっかけは職員旅行の廃止です。昔は行っていた職員旅行ですが,存続有無のアンケートを取ったところ,僅差で廃止になりました。そこで新たな制度として,3部署以上かつ5人以上の活動に1人1万円まで病院がお金を出すという仕組みを作ったのです。食事会でも,旅行でも,スポーツや芸術を楽しんでも構いません。企画をしたら院内で参加者を公募することが条件で,興味があれば誰でも参加でき,仲間内だけでコッソリとはできません。目的は部署間の交流を促進することです。こうした自主性に任せた仕組みにすることで,企画側が嫌々提案するのではなく,この指止まれと興味ある人が集うことをめざしています。

◆やつだ家族応援制度:数年前に始まった取り組みです。職員の子どもなどが全国大会に出場したり,音楽祭などを開催したりする時に“カンパ”を集めることがこれまでにありました。その一助を病院がしよう! というものです。条件として病院のSNSで投稿可能な写真等の提供をお願いしています(写真3)。病院側は広報のネタになりますし,職員は「職場から自分の子どもに支援してもらえた」とうれしい気持ちになります。支援した子どもたちの中からゆくゆくプロスポーツ選手やアーティストなんかが誕生したらいいなと思っています。対象は“家族”ですので,子どもでなくても,おじいちゃん,おばあちゃんの文化活動でも歓迎しています。

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写真3 「やつだ家族応援制度」で支援した取り組みを病院のInstagramに投稿
職員の家族の活動に対し,病院が費用の補助を行う制度。利用に当たっては,病院広報(SNS)のネタとなる写真等を提供してもらうことを条件としている。

◆子ども写真:職員に子どもが生まれた時に何かお祝いしたいなと思い,プロのカメラマンを派遣して子どもや家族との写真をプレゼントする制度を作りました。院内限定の広報誌に写真を提供してもらうことがこちらも条件になっていますが,何カットもの写真がもらえるので,職員はとても喜んでいるようです。その写真をネタに,仲間の子どもの誕生をお祝いできるきっかけにもなっています。

 ここまでに挙げた制度とは趣が異なりますが,学びを深めたい職員を支援することにも力を入れています。

◆資格取得支援:職員が資格を取得するために必要な費用を負担し,受講時間や参加時間も勤務時間として取り扱います。資格取得後には資格手当として毎月の手当に加算がつきます。

◆奨学金制度:数十万~数百万円を要する資格取得については,奨学金という形で資金を貸与し,数年間をかけて返済してもらう制度を設けています。在籍中は同額の給料が支給されるため,実質返済をせず相殺される仕組みです。介護職が准看護師をめざしたり,准看護師が看護師をめざしたり,認定看護師の資格取得や特定行為研修の受講などに利用される場合が多いです。認定看護師や特定行為研修の場合は,研修期間中の給与,遠方地域での家賃代なども病院負担で支払っています。

◆出向研修制度:当院が小規模であるがために,診療領域が自ずと狭まってしまいます。モチベーションが高く,さまざまなことを学びたい職員にしてみると物足りなさがあるでしょう。ステップアップを求めて転職してしまう職員もいました。転職したからといって自分がやりたい経験が必ずしも積めるわけではないものの,それを求めて病院を辞めてしまうケースがあったのです。であれば,病院間の契約で出向して経験を積み,当院に戻り経験を生かして価値を提供してもらえれば,職員だけでなく患者さんにもメリットが生じます。そうして生まれたのが出向研修制度です。これまでに看護師,理学療法士,管理栄養士,医師などが数か月から年単位で出向しています。

 学んだり,人に教えたりすることは,働く上での充実感につながる一つの鍵です。これらの制度が,仕事のやりがいにつながるといいなと考えています。

 お伝えしてきた取り組みが,職員のエンゲージメントを高めているかどうかはわかりません。しかし前述の仕組みで,職員の人生時間が少しでも充実したものになればと思っています。働き方改革のもと,残業の削減,有給休暇の取得率向上,賃上げが進められています。もちろんそれらの取り組みをすることは必須です。しかし,それだけでは職員のエンゲージメント向上にはつながらないのではないでしょうか。職員や患者さんが「いいな」と思える仕組みをこれからも試行していきます。


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医療法人谷田会谷田病院 事務部長

2006年早大政治経済学部を卒業後,医療経営コンサルティング会社を経て,12年沖縄県立中部病院経営アドバイザー。15年より現職。20年には経営支援事業である医療環境総研を立ち上げ,オンラインサロン「病院事務の知恵袋」を開始する。熊本保健科学大非常勤講師,医療法人興和会なごみの里理事,一般社団法人パレット理事。

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