医学界新聞

書評

2024.02.05 週刊医学界新聞(通常号):第3552号より

《評者》 中村記念病院薬剤部
北海道科学大客員教授・薬学

 コロナ禍を経て,全ての医療従事者は以前にも増して,正しい知識に基づいた感染対策を実践することを求められるようになった。得てして,施設の感染対策では現場と管理側スタッフの行動が乖離していることがある。真面目な管理スタッフほど,無意識に正論を振りかざし,現場スタッフは「感染は現場で起きているんだ!」と言いたい気持ちをこらえ,独自のルールを運用してささやかな抵抗をしていたりする。両者がめざすゴールは同じで「感染から患者さんと医療スタッフを守りたい」はずなのだが……。そしてこの小さなほころびを突いて,感染症やアウトブイレクが発生したりする。このような「現場と管理側スタッフとの行動の乖離」は,突き詰めれば両者の視点がズレていることが原因である。このズレを解消する糸口の一つとなるのが本書である。

 一般的にHow to本の記載は,最新で充実した施設が前提となっていることが多く,そうではない(経年が目立ち設備面でも恵まれていない)施設では,「そこまでできないなぁ」と諦めがちである。しかし,本書は,充実した環境での対応のみならず,現在のセッティングでできることにも言及しており,どんな施設・環境であっても感染対策に取り組む上での羅針盤になる。そして,押さえるべきポイントはしっかりと押さえられており,妥協がない部分は小気味よい。

 本書は系統立てて整理されており,読者は感染対策について理解を深めやすい。これは,著者の坂本史衣先生が特に感染対策スタッフへの教育について意識し,日頃から現場に足を運んで現場目線で取り組んできたからだろう。本書には,感染対策領域の知の巨人がこれまでの経験から得た知見や教訓を一冊にまとめた集大成といった側面もある。われわれはこの宝の山に本書を通じてアクセスできるのである。

 本書は一つのQ&Aに対し「理論編」と「実践編」という二つの切り口で解説している。「理論編」では病原体の情報に加えて,疫学や病態について記述され,内科学の教科書の要点を抽出したような構成になっている。その上で,感染対策に関する記述がしっかりと網羅されているので読み応えも十分である。各論のウイルス感染症の章では基本再生産数の記載もみられ,感染の拡大の程度を数字で把握しやすい。「実践編」では,イラストや写真を多く掲載し,具体的な事例を用いてわかりやすく解説している。機器の消毒では,構造についても言及し,普段内部を見ることがない医療従事者でも理解できるように配慮されている。医療環境管理では,CO2濃度のモニターを取り上げ,現時点における指標やモニター機器の活用方法が詳細に解説されている。

 サーベイランスについては,プロセスサーベイランス,アウトカムサーベイランスの具体例を挙げながら,その取り組み方,データの活用方法についてわかりやすく述べている。最後の第8章では新興感染症のパンデミックを取り上げ,その備えから,発生した際の具体的な対応まで順を追って解説している。著者が新型コロナウイルス感染症の初期から取り組んできた経験とノウハウから普遍的な要点まで,惜しみなく披露されている。

 ほんの一部を紹介しただけだが,本書の質と量の充実ぶりについては推して知るべし。ぜひ,本書を手に取って日常的な感染対策に生かし,自身のレベルアップ,ひいては現場のレベルアップを図っていただきたい。


《評者》 昭和大大学院教授・毒物学

 多くの救急医に好評を博していた上條吉人先生の『臨床中毒学』の改訂版が刊行された。著者は,理学部で化学を専攻したのち医師となったが,当初の専門は精神科であったと聞く。その後,担当患者の死を契機に救急医に転身し,中毒沼にはまっていったとのことである。このような経歴が醸し出す雰囲気は,本書の随所に感じられる。

 すなわち,急性中毒治療の原則に「精神科的評価・治療・トリアージ」を含めて5大原則としたこと,各中毒起因物質の説明に薬物の構造や物性,代謝などケミストリーが多く取り上げられていること,「毒のメカニズム」として毒性発現の薬理学的メカニズムを詳細に解説していること,実症例をふんだんに紹介していること,著者自身の撮影による植物・動物を含めた多くの写真など,挙げればきりがない。

 さらに,「ひとことメモ」では,これまでの臨床経験から治療時に注意すべきことや当該薬物の小ネタまで,中毒を理解し他者に重要な点を伝える上でとても参考になる。これらが連関して本書の臨場感溢れる雰囲気を作り出している。もちろん,著者のユニークな経歴だけでなく,個性的な感性も本書に染み出て花を添えていることは言うまでもない。

 一方,中毒診療に長年従事した著者ならではの,実臨床で出会う頻度や直感的な毒性の強さをドクロマークの数で示し,混乱した状況でも,最低限押さえておくべき情報を端的に示している。また,「治療のフローチャート」も判断材料が整理され,Yes/Noで瞬時に判断可能となっている。このようにERで活用されることを念頭においた作りは,臨床家にとって有用な構成となっている。

 また,付録として巻末にまとめられた「近年の中毒トレンド」や「わが国の中毒事件簿」は,捜査機関から多くの相談を受ける著者ならではの具体的な記述となっており,付録ながらこの章だけで新書として上梓できるくらいの内容を備えている。以上のことから,本書は,まさに中毒学のバイブルと言ってよい充実度と完成度であり,中毒の専門家にとどまらず各領域の臨床医や研修医,コメディカル,医療系学生等に広く薦めたいテキストである。


《評者》 浜脇整形外科リハビリセンター

 著者の荒木秀明先生は,腰痛に対する臨床と研究に取り組まれる理学療法士として,私が尊敬する先生のお一人です。

 腰痛に対する理学療法の方法論は数多く紹介されていますが,医療技術として,理学療法はエビデンスに基づいて行われるものであり,エビデンスの臨床応用として,Evidence-Based Practice(利用可能な最良のエビデンス・医療者の専門性・患者の価値観を統合し,最善の医療を行う)という概念が重要となります。エビデンスとは臨床研究です。研究には,研究を実践する立場と,研究結果を解釈(活用)する立場があります。荒木先生はご自身の臨床データを,国際腰痛学会・国際骨盤痛学会や日本腰痛学会で学会発表されるなど研究を実践しています。しかし,それだけではなく,先生の真骨頂は,臨床疑問の解決に結びつく数多くの先行研究の成果を理解して臨床応用する,「研究結果を解釈する立場」を高いレベルで行われているところにあります。『非特異的腰痛の運動療法 第2版』には,そのエッセンスが盛り込まれています。

 腰痛は,画像所見から推測する病態と理学所見が一致しないことが多々あります。私自身,臨床において先生が紹介されている骨盤の正中化や,腰痛の原因を探索するフローチャート,それに適した運動療法を参考にしています。第2版では,臨床で遭遇する機会も多い脊椎疾患の腰椎変性側弯症についても取り上げられています。近年,国内でも脊椎後弯変形に対する手術療法や運動療法の研究報告がみられます。しかし,高齢者の脊椎疾患においては,純粋な後弯変形だけでなく,後側弯変形を呈する症例も多く,臨床では治療に難渋する場合もあります。また,それに対する運動療法のエビデンスも明らかではありません。

 本書では,評価のフローチャートに「側屈・回旋動作」が追加されました。臨床では,画像所見上の腰椎変性を改善することは困難と考え,運動療法の対象としていない場合もあるかもしれませんが,そこには運動療法の対象となる病態が潜んでいる可能性もあります。本書を熟読することで,高齢者の腰痛に対する運動療法の治療展開が広がることを確信しました。

 また,本書ではエビデンスを基に,病期別の運動療法を系統的に解説されています。特に運動療法の必要性が明らかとなっていない急性期・亜急性期の腰痛についても,先行研究のエビデンスを基にわかりやすく解説されており,腰痛に対する治療経験が豊富な方々だけではなく,治療経験が少ない方々にも理解しやすい内容となっています。ぜひ,これらの治療展開に関する臨床データを蓄積し,腰痛に対する運動療法の新たなエビデンスの構築につなげていただきたいです。

 本書は,腰痛に対する運動療法について,経験則や基礎医学的観点だけではなく,臨床研究というエビデンスに基づいて運動療法を実践するに当たり参考になる書籍です。腰痛に対する臨床・研究にかかわっている方,これから学びたいと考えている方は,ぜひ一度手に取ってみてください。

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