医学界新聞


川村佐和子氏に聞く

インタビュー 川村佐和子

2024.01.22 週刊医学界新聞(看護号):第3550号より

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 訪問看護師による療養生活支援とは一体何か。わが国の在宅看護の第一人者である川村佐和子氏は今なお,看護の可視化をめざし研究を続けている。医師らと連携して健康課題の改善を図りつつ,在宅療養者の身近な希望の実現を支援する過程を「希望実現モデル」として可視化し,この度新刊『訪問看護師による在宅療養生活支援を可視化する 希望実現モデル』(医学書院)として上梓した川村氏に,希望実現モデル構築の背景と活用を聞いた。

――在宅看護および難病看護領域で長年活動を続けてこられた川村先生が,ライフワークとして取り組んでいる「訪問看護の可視化」について,いま取り組んでいることを教えてください。

川村 私が座長を務めた「新たな看護のあり方に関する検討会」報告書1)において,看護師は療養生活支援の専門家であり,療養生活支援は医師の指示を必要としない看護師の主体的業務であることが行政解釈として明確になりました。しかし療養生活支援の内容や提供過程は,これまで十分に可視化されてきたとは言えません。そこで療養者によって異なる生活の在り方や環境を尊重して,その生活の質の向上を支援するという特徴が際立つ訪問看護を例に,療養生活支援を可視化することを試みています。

――訪問看護の可視化を進める中で,どのようなことが明らかになってきたのでしょうか。

川村 多くの訪問看護師が語る在宅療養生活支援の醍醐味は,疾病の特徴や症状管理ではなく,「在宅療養者が家族関係を深め,母親として最期の役割を果たした」など,在宅療養者の希望する生活をいかに実現できたかということでした。医師らと連携して健康課題の安定や改善を図りつつ,在宅療養者の身近な希望の実現をめざすことに在宅療養生活支援の本質があるのではないかと考えています。こうした支援の過程を可視化したものが「希望実現モデル」です()。

――希望実現モデルについて詳しく聞かせてください。

川村 希望実現モデルは健康課題の安定性を確認した上で,在宅療養生活支援計画の当初に療養者の希望を支援目標として配置し,その実現に向けて支援計画を立て,希望実現の度合いを評価するという目標管理的なプロセスを用いています(図1)。

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図1 希望実現のための在宅療養生活支援モデル(ひな形)(『訪問看護師による在宅療養生活支援を可視化する 希望実現モデル』83頁より)

 希望実現モデルでは,療養生活支援を「希望実現支援」と「基盤となる療養生活支援」に分けて考えます(図2)。心理学理論のマズローの欲求5段階説に当てはめて見ると,それぞれの支援がどのような心理的欲求を対象としているのかがわかりやすいでしょう(図3)。「基盤となる療養生活支援」を行う中で「希望実現支援」の継続可否を日々判断することや,「寝たきりの方を急に起こすとめまいや低血圧を引き起こす」といったリスクを事前に予測し予防策を考えながら支援を組み立てていくことに,訪問看護師の専門性が求められるのです。

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図2 希望実現モデルにおける在宅療養生活支援の構造(『訪問看護師による在宅療養生活支援を可視化する 希望実現モデル』84頁より)
訪問看護師は「基盤となる療養生活支援」を行う中で「希望実現支援」の継続可否を判断している。
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図3 マズローの欲求5段階説からみた希望実現支援の対象(『訪問看護師による在宅療養生活支援を可視化する 希望実現モデル』104頁より)

川村 架空の在宅療養者の例をもとに考えてみましょう。

 70歳代,男性。脳梗塞で入院後,車いすに移乗できるようになり退院したが,誤嚥性肺炎で再入院。その後,気管切開した状態で退院し在宅療養に。この時,床上安静が続いたため筋力と体力が低下し,車いすでの座位が可能な時間が15分程度と短くなっていた。

 在宅療養に慣れてきた数か月後,友人から「毎年一緒に行っていたお花見に今年も行こう」と誘われるも,「車いすでしか移動できないし,気管切開もしているので行けない」と残念そうに断った。その様子を見た男性の妻が,「なんとかお花見に行くことはできないだろうか」と訪問看護師に相談した。

 この男性の場合,まずは「花見に行きたいのか」という本人の希望を確認することから始まります。その際に注意しなければならないのは,この方のように車いすに乗っている方は,公共交通機関での移動を伴う場所へは行きたくても「行きたい」と言い出せないケースが多いことです。希望を表出してもらうことは案外難しいのです。

――聞き出すにはどのような工夫が必要なのでしょう。

川村 こんなこともできますよと可能性を提案することで,希望を表出しやすくなります。この方の例で言えば,外出に必要な安定した健康状態,痰吸引法や長時間車いすに座るためのトレーニング等の事前準備があれば花見は可能だと伝えることです。本人の意思が確認できれば,支援チームで共有して希望実現支援に向けた「花見に行ける行動力を強化する」「外出中の安全を確保できる」のような支援内容を設定します(図4)。

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図4 花見へ行く希望実現のための在宅療養生活支援モデル図:中断前(『訪問看護師による在宅療養生活支援を可視化する 希望実現モデル』188頁より)(クリックで拡大)

――健康状態が悪化して希望実現支援の継続が困難と判断した場合,どのような対応を考えると良いでしょうか。

川村 実現可能な計画に変更するのも一案です。人間の思いは常に揺れ動くことを前提として,訪問看護師自身の慣れや思い込みを排除し,在宅療養者の「今の思いや希望」をしっかりと聞くことに努めてください。先ほどの例では,花見前に在宅療養者が38 ℃台の発熱をし,黄色粘稠痰,息苦しさが見られたので希望実現支援を中断しました。その後,体調が回復して主治医の了承を得,本人の意思を再確認して花見に向けた支援を再開しましたが,体力の低下などから場所を自宅近くの公園に変更しました。在宅療養者の健康状態や生活環境は日々変わりゆくものですので,希望実現モデルを活用しながら,細かいステップは訪問看護師の皆さんが最適だと思う方法で進めていくと良いでしょう。

――希望実現モデルは,療養者ごとに調整しやすく,日々の在宅療養生活支援に活用できるのですね。

川村 はい。希望実現モデルを足がかりに,皆さんの中で在宅療養生活支援に関する考えを発展させたり,軌道修正したりもしてください。そして,生命の尊重と個人の尊厳の保持を踏まえた「在宅療養者主体の支援」をさらに可視化し発展させていただけるとうれしいです。

(了)


:在宅療養生活支援の可視化に関する研究は,次の8人との共同研究である。秋山智氏,尾﨑章子氏,酒井美絵子氏,中野康子氏,中山優季氏,萩田妙子氏,原口道子氏,蒔田寛子氏(五十音順)。

1)看護問題研究会(監).厚労省「新たな看護のあり方に関する検討会」報告書.日本看護協会出版会;2004.

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公益財団法人東京都医学総合研究所社会健康医学研究センター 研究員

1961年東大医学部衛生看護学科(当時)を卒業後,横浜市衛生局戸塚保健所に勤務する。三鷹市役所衛生課を経て,65年に東大医学部保健学科疫学研究室に勤務。中島病院に非常勤で出向し,スモンの患者会の活動に携わる。その後,都立府中病院(当時),都立神経病院,都神経研(当時)を経て,91年より東京医歯大教授に着任する。都立保健科学大(当時),青森県立保健大,聖隷クリストファー大で教授職を歴任し,2023年より現職。『訪問看護師による在宅療養生活支援を可視化する 希望実現モデル』『快をささえる 難病ケアスターティングガイド』(いずれも医学書院)など編著多数。

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