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快をささえる
難病ケア スターティングガイド

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2015年、42年ぶりの難病医療法。2016年、史上はじめての障害者差別解消法。難病当事者をとりまく社会環境が大きく動いている現代、医療者の知識・技術、そして目標を飛躍させよう。患者がみな快く暮らしてゆけるために、斯界の第一線で活躍する当事者・看護師・保健師・介護士・医師・セラピストたちがその知見、ノウハウを結集。入院療養と在宅ケアが互いに高めあう、新時代の難病ハンドブック。
編集 河原 仁志 / 中山 優季
発行 2016年07月判型:B5頁:248
ISBN 978-4-260-02758-8
定価 3,520円 (本体3,200円+税)

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はじめに 今できること,できないこと(河原仁志)/はじめに あたりまえの1日をあたりまえに(中山優季)

はじめに 今できること,できないこと
 難病患者とその家族・支援者が生きる喜びを感じられること=【快】の保障を手伝いたいという思い込みが,この本を刊行した理由です。思い込みは意気込みになりますが,押し付けになってしまう危険もあります。こうすればもっと患者・家族が楽に生きていける,快を感じられる,苦痛を減らせるという医療者側の日々の工夫や努力をまとめて示すことができたと少しは自負しています。そのうえで,さらに良くする・良くなるための工夫や考え方も提言できたかもしれません。また,本書では自立・自律をめざす患者側の実践や主張についても,有志の皆さんに寄せていただきました。
 「でも……」という患者・家族のため息にも似た独り言が聞こえてくるような気もします。そこで私の考える「できないこと」を書かせてもらいます。冒頭から言い訳や開き直りととられるかもしれません。でも未来のために書き残します。

「変わろうとしなければ,何も始まらない」

 難病患者のためには,まだまだ改良・発展させなければいけないものが多くあります。もちろん難病を治してしまう医療の進歩もそうですし,生活を快適にするための機器や環境,そしてそれを支える社会制度など多岐にわたります。だからこそ,ぜひ患者・家族・支援者は,今を変えようと思ってください。もっと良くしたいと願ってください。もちろん大きな変化でなくてもかまいません。「今を変えたい」と表現してください。家族・支援者はそれを感じ取ってください。すべてはそこから始まるように思います。
 難病患者は普通に生きるために,変化を求めざるをえない。平穏な日常を得るためにチャレンジし続ける。それを怠惰で既得権を享受しがちな健常者が支援する。こういった不条理ともいえる現実に対峙していく勇気を持ち続けていたい。
 患者の悩みを「なんとかしてあげたい」と医療者が考えるのは当然です。でも,やはりできることとできないことがあります。勝手な思い込みによる線引きは困りますが,どこかで区別することは必要だと思います。そして今できない理由を明らかにして,解決に向けてスタートを切りましょう。
 市場でお金に換算できるものだけが信じられてきた時代はそろそろ終わろうとしています。日本には「お互いさま」という言葉で代表される,あたりまえのように助け合ってきた英知があります。合理的・客観的な目線は忘れずに,この英知を実践していくことができると信じています。
 この本が,難病患者の今を大切にする人々に役立つことを祈っています。

 2016年7月
 河原仁志


はじめに あたりまえの1日をあたりまえに
 私にとって本書は,「覚えていますか?」と題された一通のくどきメールからはじまりました。送り主は,ともに編集に携わることになる河原仁志先生でした。
 一瞬にして鮮明に蘇ってきたのは,十数年前,筋ジストロフィー研究会のランチタイムで披露されたバンド演奏の光景です。夏の暑い日,鼻マスクで人工呼吸器を装着した難病当事者のギタリストと,ある大男——プロレスラー兼ミュージシャン——のボーカル・ギターの奔放な演奏が,その研究会の実直な雰囲気とのミスマッチ感を楽しんでいるかのようなひと時でした。聞くところによると,島根県松江市から翌日にあったライブツアーのために上京し,“ついで”に研究会に寄ってライブをしたそうです。そのしかけ人が河原先生でした。
 2000年前後に動いていた難病医療,あの時代を象徴するシーンが,そこに存在していたのだと思います。
 人生をあたりまえに楽しみ,命を燃やしている。その姿の尊さを学びました。

 「人工呼吸器をつけた人が家で暮らすことを初めて支援したのは,昭和49年頃だったかしら」
 この言葉を私が大学生のとき,川村佐和子先生(第15章参照)から聞いたとき,複雑に“面喰〈めんくら〉い”ました。ひとつは,自分が生まれる前から,難病の支援を積み上げてきた先達の実践への畏敬の念です。もうひとつは,自分が生まれる(少しだけ)前としたら,そんなに「昔の話」ともいえないのだという衝撃です。社会科の授業で,江戸時代から急に明治・昭和史になったときの感じに似ているでしょうか。
 難病に限らずですが,歴史は,現在進行形で作られているということを再認識した経験でした。
 当時は,歴史ということをさほど意識していたわけではありませんが,それから年月が経った今,思い返してみるとやはり,ひとつの時代が終わり,また始まっていたのだなと思います。同じ難病に罹患しても当時と現在では,予後や対処法,ケアそのものがまるで違うことが多々あります。難病患者をとりまく制度をはじめとした社会情勢の変化も,歴史に大きな影響を与えています。2015年に難病法が施行されたことで,大きな節目を迎えたといえます。
 この転換期にある現在,この本が上梓されることに必然性を感じています。

 本書には,今を生き抜く難病患者とその伴走者たちの時代時代の知恵と工夫,試行錯誤の上に培われたケアの指針が「【快】の保障」というコンセプトのもとに凝縮されています。在宅療養と病院療養は対立するものではないという理念のもと,ケアの指針を地域でどう展開するのか,現代のフロンティアたちの軌跡が描かれています。
 また指定難病の拡大に伴い,新たな難病ともいえるさまざまな希少性難病当事者からのエネルギーあふれる寄稿は,無限の可能性と難病支援に新たな時代のおとずれを教えてくれています。
 まさに,時代から時代へと受け継がれていくにふさわしい,「今」とそして,「これから」の本になりました。本書のタイトルが,実は,「リ・スタート」ではないかという議論も致したところです。
 難病から「難」の字がとれるまで,私たちは,ケアをし続けると同時に,快のケアを伝承し,歴史を紡ぐ役割を担っているのです。
 今を生き続けることで,多くの学びをくださった難病当事者の方々,お忙しいなか執筆の労をお取りくださった執筆者の方々,そして,常に型破りのアイデア溢れる編集会議にお付き合いくださり,四角い本に収めてくださいました医学書院看護出版部の青木大祐氏と,たえず後援いただいた北原拓也氏に感謝申し上げます。見返しページと装丁に意を尽されたデザイナーのみなみゆみこ氏にも感謝申し上げます.

 最後に,本書のコンセプトに掲げられる【快】って何ぞや?と思われる読者の方もおられると思います。本書をお読みになって,その答えを見つけていただきたいと思いますが,特別に先に……。

 本書では,快食・快便・快眠・快学・快遊・快服・快住・快働・快性

 以上の【快】の保障をめざすケアといたしました。
 そうです。あたりまえの1日をあたりまえに過ごすことにほかなりません。その当然の1日の積み重ねが,かけがえのないものであることを難病当事者の方々は教えてくれました。
 あたりまえを過ごすことに難しさをもつのが,難病ともいえるでしょう。

 その難しさへの対処に本書から少しでもヒントが得られれば,このうえない喜びです。

 2016年7月
 中山優季

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はじめに

第I部 難病ケアの現在
 序章 難病はなぜ,むずかしかったか
  神経難病の現場から
   スモン・ハンセン病の教訓
   難病の法的整備
   障害者総合支援法の動き
   政策医療-筋ジストロフィー医療の経緯
   「政策医療」の誤解と当事者の声
   医療者と患者当事者の良好な関係構築のために
   難病患者の生活をささえるために

 第1章 難病制度設計と現代の枠組み
   医療面での支援
   今後の課題
 第1章増補 小児慢性特定疾病対策の要点と未来への提言
   小児慢性特定疾病対策の歴史
   改正法に定められた対策の要点
   残された課題

 第2章 難病患者の療養支援
  保健師の役割を可視化する
   難病の保健活動の変遷
   保健師による難病患者の療養支援のながれ
   支援経過のなかでの保健師の役割
   行政で働く保健師だからできること

 第3章 難病の経済学
  医療と福祉サービスのアウトプットを評価する
   経済学的アプローチのむずかしさ
   難病について考える
   社会全体の資源配分を考える

 第4章 難病の【快】のケア指針
   【快】のケア指針にあたって
   I 筋ジストロフィーからわかったこと・できるケア
   II ALSとパーキンソン病からわかったこと・できるケア
   III 筋ジストロフィーからわかった,子どもを健全に育てるケア
   IV 電動車椅子サッカー支援の指針

第II部 コミュニティケアの展開
 第5章 地域でささえる難病訪問看護
  看護職発の事業展開
   住み慣れた処で暮らす
   長期・頻回・長時間-訪問難病看護のニーズ
   看護は手あてを手ばなさない-在宅難病ケアの特長
   難病患者のストレス-すべての看護の基本につながるもの
   医師など他職種との地域連携
   【快】の追求-個別のニーズにどこまで応えるか
   「暮らしの保健室」での難病対応

 第6章 外出支援事業「ガイドナース」と温泉つき宿泊
  看護職発の事業展開
   「いのちの輝きを応援する」
   なぜ,この事業を始めるに至ったのか
   今後の展望

 第7章 重度難病者の退院支援・地域生活サポート
  介護職発の事業展開
   誰もが重い障害をもつことになっても地域で暮らせるようなまちづくり
   退院支援のあとに直面した苦悩
   患者同士で「在宅」の実現-難病グループホームの設立
   医療連携のため,訪問看護ステーション設立

 第8章 理学療法士の実践
  施設から訪問看護ステーションへ
   「退所後の生活」への疑問-施設から地域へ
   SMA利用者への電動車いす対応
   ALS利用者への車いす対応
   「地域生活は何でもありなんだな」

 第9章 作業療法士の実践
  施設から養成校での後進育成へ
   神経難病の作業療法の現況
   養成校における教育
   生活場面で困ることを解決し,楽しみを提供する

第III部 当事者たちの挑戦
 第10章 私と家族のグレートジャーニー
  筋ジストロフィーの在宅生活
   在宅生活へ向けた生活設計
   現在の悩みとよろこび-父となって
   今のわが家の暮らし

 第11章 夢は,ナース現場への復職
  アイザックス症候群の患者として学ぶ
   「あのナース」を辞めさせたくて看護師に
   ふんばる私の夢-いつか,またナースに

 第12章 社会と医療と難病患者の架け橋に
  CMT病のあたらしい患者会づくり
   シャルコー・マリー・トゥース病との出会い
   当事者活動の2つの転機
   新しいタイプの患者会・グループ

 第13章 地域で得た「しあわせぼけ」と働きたいきもち
  SMAで30年病院に暮らした私の現在
   心のどこかに潜んでいた“わたし”
   地域での在宅生活
   おしごとに向けて-地域に出てきて7年目に

 第14章 「寝たきり社長」のIT起業
  患者発の事業展開,当事者雇用のその先へ
   「世界の人々に新しい選択肢を与えられる企業」をめざして
   働く場所がなかったから,自分たちでつくった
   寝たきりだと下を向けない 後ろも振り向けないから

第IV部 過去と未来をむすぶ
 第15章 難病ケアはじまりの物語
  広くささえる総称として「難病」は生まれた
   「奇病」から始まり,救いはなかった
   スモンに出会う前は
   医療と福祉の谷間をうめるために
   「難病対策要綱」の舞台裏-「府中方式」の確立,日本難病看護学会設立
   風に吹かれて-さらなる在宅ケアの基盤づくりを

 第16章 看護の原点としての難病
  一例に学びながらケアの普遍を導くために
   なんとなくから始まった
   患者さん-G氏をめぐる謎をとくために
   「川村佐和子」との出会い
   難病看護の姿勢を問う

索引

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当事者,家族,支援者の実践知がつまった難病の「快」をささえるケア指針 (雑誌『看護管理』より)
書評者: 鈴木 真知子 (京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻成育看護学教授)
 本書は,「変わろうとしなければ,何も始まらない」というコンセプトの下,「快」の保障を目指し,難病の方々とその家族の支援に携わるひと向けに,ケアの指針として刊行されました。2015年には難病法,2016年4月には障害者差別解消法が施行された「今だ」(JR東海のキャッチコピー)のまさにタイムリーな著書といえます。

 編集は,長年筋ジストロフィー当事者の強い味方として,病院現場でユニークな活動をしてこられた河原仁志医師と,難病看護の現場のために長年尽力されている中山優季看護師です。私は河原先生にお会いして以来,その強烈なメッセージ「何がしたい?」「自己の願いや意思をもって,楽しみながら自律的に生きろ」に刺激を受けてきました。

◆「快」を貫く本書の2つの特徴

 本書の内容には,「快=こころよさの追求」が貫かれています。難病の方々が地域で暮らすことへの挑戦を応援するというスタンスから,たくさんの当事者と実践者が1冊の本の中で一緒になって協力して,それまでに蓄積した実践知を惜しげもなく伝えています。ガイドブックとしてだけではなく,「差別や生,幸せとは」を考える1冊の読み物としても読み応えのある内容となっています。

 特徴の1つは,難病ケアに関する歴史的な背景から始まり,医療の経緯,現代の制度や福祉サービスなどの枠組みから現状の問題点を把握し,今後の課題を提示した上で,支援者だけではなく当事者自身が考えた「快」を解説しているという点です。2014年に改正された小児慢性特定疾病対策に関する最新の知識も,増補として現状にマッチした情報が盛り込まれており,難病の方々のケアを考える上でとても有益な情報源となるでしょう。

 「快」の保障のための9つのケアの視点は,日常生活を過ごすうえで大切な「食」から「性」まで,多岐にわたる重要な内容のほぼ全てが網羅されているという点にも特徴があると言えます。難病ケアにおいて,最も重要と言える病態に対応した医療ケアに役立つ「食,便,眠,学,遊,服,住,働,性」のそれぞれの「快」について,実践への提案としてポイントを分かりやすく解説しています。

 脚注も豊富で,ポイントを突いた分かりやすい資料や解説,基本情報,多くの写真,参考論文が収載され,実際に活用したい,もっと知りたいと思う読者や,さらにはこれから学ぶ初学者,学生たちにも有益な情報源となります。イラストやMy Columnなども理解の助けになり,分かりやすい記述でまとめられています。

◆英知がつまった貴重な現場教科書

 読み進めていくに従い,それぞれの著者の熱い思いが,読者には「がんばろう・ふんばろう」という勇気を与えてくれます。難病の当たり前の難しさを熟知した当事者,家族,支援者の方々の英知がつまったありがたい1冊です。

 私が専門とする小児難病ケアでは,小児期から成人期への移行が課題となっており,当事者の育ち,親の子育てをいかに支援していくかが重要です。本書と小児難病ケア指針との融合が切に求められていることを実感しています。

 難病の方々へのケアだけではなく,病院での療養生活支援,在宅への移行や在宅生活支援を考える上でも,多くの示唆が得られる貴重な現場教科書として活用できるとお薦めいたします。

(『看護管理』2016年12月号掲載)
難病患者と援助者たちが試行錯誤のうえに培ってきた難病ケアの今を理解し,これからを考えるための必携の1冊 (雑誌『保健師ジャーナル』より)
書評者: 佐川 きよみ (葛飾区健康部保健予防課)
 わが国の難病に関する施策としては,スモン病を契機に,1972(昭和47)年「難病対策要綱」が策定され,一定の成果をあげてきた。しかし,医療や社会および経済状況の変化の中で,「難病の患者に対する医療等に関する法律」(以下,難病法)ができ,2015(平成27)年1月に施行された。難病法施行までには長い時間を要しているが,この間,援助者たちはさまざまな試行錯誤の取り組みを行い,経験を積み重ねてきた。

 本書では,そのような英知の蓄積を一堂に集約しているため,その強みの1つは,難病ケアで求められることや,「【快】の保障」の方法を,具体的に理解できる点である。

 そしてもう1つは,難病患者や援助者が挑戦してきた歴史を学ぶことによって,これからの課題や方策についてのヒントが得られる点である。

 本書は,大きく3つの要素で構成されている。

 1つ目は,難病ケアの現在についての,医療,福祉,保健,経済学的な視点である。難病患者の療養支援では,在宅療養支援の流れと各時期の支援課題,病状の変化に沿ったネットワーク構築など,行政の保健師だからできることが具体的に示されている。また,「難病の【快】のケア指針」には,援助のための知識とスキルがわかりやすく説明されている。

 2つ目は,在宅療養を支援した援助者の取り組みである。ここに登場する看護師,理学療法士,介護職等はいずれも難病患者を生活者としてとらえ,先駆的な事業を立ち上げてきた。周囲の反対などの壁にぶつかりながらも粘り強く続け,今ではそれが在宅療養を支えるしくみとなっている。

 3つ目は,長期入院生活から在宅療養生活を選択した方,当事者会を立ち上げた方,会社を起業した方などの難病患者の挑戦である。家で暮らす,仕事をする,仲間と集うといったふつうの生活に,難病をもった人々がチャレンジしている。ここに登場するすべての方が,社会の中で活かされることの喜びを語っている。

 難病患者が生活者としてふつうの生活をするには,仕組みや制度が必要である。在宅療養を支えるため365日24時間体制のホームヘルプ事業所を立ち上げた援助者,「働く場がなかったから自分たちでつくった」と語る患者。仕組みや制度が先にあるのではなく,援助者と患者の試行錯誤と挑戦があり,その後に制度がついてくることをあらためて教えられる。

 本書には,このような難病ケアの英知が蓄積されていることから,難病ケアに関わるあらゆる方に読んでいただきたい。知識やスキルだけでなく元気ももらえることは間違いない。とくに,難病患者の個別支援,事業化,施策化に関わる行政の保健師には必携をお勧めしたい1冊である。

(『保健師ジャーナル』2017年12月号掲載)
だから今,私たちは知らなければならない-ナースが難病患者の「快」を支援するために
書評者: 坂本 すが (日本看護協会会長)
 夏休み,オーストラリアでの観光ツアーである外国人夫婦と一緒になった。夫は目が見えず,妻が夫の車いすを押していた。私は目の見えない人が,この絶景の名所に来たことを不思議な思いで見ていたが,一緒に旅を楽しむ夫婦の姿はとても自然で,私たちと同じように心地よい時を共有していると感じた。

 本書タイトルの頭には,「快をささえる」が付く。「快」とは何か。編者の一人で看護師の中山優季氏は「はじめに」の中で,「快」とは「快食・快便・快眠・快学・快遊・快服・快住・快働・快性」(p.vii)であり,これらの「快」の保障をめざすケアが本書のコンセプトという。なんと「快」の多いことか。しかし,これらは「あたりまえの1日をあたりまえに過ごすことにほかならない」(p.vii)ということに気づかされる。「あたりまえを過ごすことに難しさをもつのが,難病」なのである。

 難病と障害は異なる。冒頭のエピソードがこの書評にふさわしいものか迷ったが,両者の大きな違いは定義される法律が異なる点だ。このため,支援する社会制度も異なる。軽度から重度まで障害に対する支援制度が充実しているのに対し,難病はその希少性から医学的な解明が進まず支援制度も極めて少ない。ここで両者の違いや問題について言及するつもりはないが,彼らは,治らない病や障害を持つ人であり,普通に生きるために支援を要する人ということだ。

 では,私たちは健常者として,あるいはケアに当たる医療職として,どのような支援ができるのだろうか。「誰にでもできることは『知ること』だと思う」。ナースから難病患者になった和田美紀氏のこの言葉(第11章,p.183)に,私ははっと気づかされた。「何かできることはないか」,「何とかしてあげたい」と思うことは善意だが,思い込みや押しつけになりかねない。話を聞いてどんなことに困っているのか,まず知ることから支援が始まり,関係を築いていけるのではないだろうか。

 本書には難病にかかわる医療職,介護職,難病当事者,家族,さらに経済学者まで,さまざまな立場から,この未知なる病いへの挑戦が描かれる。共通するのは,「変わろうとしなければ,何も始まらない」(p.v)である。そう,「はじめに」で編者の河原仁志医師が強調している言葉だ。

 法制度や環境を変えることは困難で,時間もかかる。大事なのは,制約された状況にあっても,今できる最善を精一杯やること,いつかもっとよい状況へ一歩でも進む勇気を持ち続けること,である。

 だから,今,私たちは知らなければならない。難病とは何か。どのような制度があるのか。問題や課題は何か。患者さんは何を求めているのか。本書は,難病にかかわるあらゆる立場,職種の人,これからかかわろうとする人々にそれを教え,考えさせ,勇気を与えるだろう。

 最後に個人的なエールで恐縮だが,難病看護学会が認定する「難病看護師」について,発足まもないこの資格についても今後育成が進み,より専門的な看護の視点からナースたちが難病患者さんの「快」に貢献することを期待する。
人生をとりもどそう-「生きる喜び」を実感できる難病ケアの指針書
書評者: 松村 真司 (松村医院院長)
 もう20年近く前のことである。とある指定難病の患者さんのQOLに関する質的研究のお手伝いをしたことがある。都内の大学病院のごった返す外来で患者さんと待ち合わせをして,近くの喫茶店へ移動して30分ほどインタビューをする,ということを繰り返した。この経験は,それまでの診療生活に半ばバーンアウト気味になり大学院生になった私にとって,とても貴重なものだった。なにせ,病院に医師ではない立場で入ることはそれまでなかったし,その立場で入る病院はとにかく圧迫感があった。そして,そこで話された内容の多くは,難病の症状や,症状から派生する障害よりも,「自分が難病である」こと自体による生きづらさや困難であった。それまでの私は人々の苦しみを「疾病」というフィルターを通して見ていた。しかし,それぞれの人たちは,私と同じ,日々の暮らしを生きる人たちであり,その苦しみの多くは,そのフィルターを通してしまうと見えなくなってしまうものであった。そんな当たり前のことが,何年も診療を行っていながらわかっていなかったことに,当時の私は愕然としたのである。

 その後,町の医師になった私の所には,地域に暮らすさまざまな人々が訪れる。難病や障害を抱える人々とかかわる機会も少なくない。在宅医療を行っていれば神経難病を担当することは珍しいことではないし,そうでなくても外来には感冒などのありふれた病気や,予防接種などを通じてこのような難病や障害を抱える人たちや,これらの人々の家族が来院する。それぞれの難病や障害そのものへの対処は,専門医が担当するので,その点について私が関わる部分は限定的である。しかしそれ以外の「地域で人々の生活を支え続ける」という面で,町の医師——プライマリ・ケアに携わる街場の総合診療がかかわる部分は大きいのである。

 本書は,難病にかかわる当事者・支援者・医療者たちが,ともに「生きる喜び」を実感するためのノウハウが豊富に記載された,難病ケアのためのガイドである。難病に対する多職種によるケアの工夫,コミュニティや在宅における新しい支援のあり方など,先進事例が豊富である。制度や歴史についての解説も読みごたえがある。なによりも当事者,支援者,医療者たちの日々の挑戦が,それぞれの立場を越えた複眼的な視点から描かれている。一見,多様に見える内容であるが,全てに一貫しているのは,「苦を減らす」ではなく,「快をめざす」という姿勢である。当事者も支援者もともに笑い,ともに愛し合い,当たり前の生を全うすることができれば……そんな願いに溢れる本書は,実は私たち自身の世界が変わるための「スターティングガイド」なのである。

 人々の苦しみに向き合い,これらに真摯に向き合うことは,時に自らを苦しめることもある。しかし,それぞれの人々が,目の前の苦しみに立ち向かい,ともに笑い合い,そして誰かを愛し愛され,生をまっとうする,という人間普遍の権利を達成することができれば,人生はいつでも,どんな状態でも,輝きを取り戻すことができる。

 本書の中の多くの人々が語っているのは,そんなごく当たり前のことなのかもしれない。
書評 (雑誌『訪問看護と介護』より)
書評者: 下河原 忠道 (株式会社シルバーウッド代表取締役)
 本書の冒頭には、「難病患者とその家族・支援者が生きる喜びを感じられること=【快】の保障を手伝いたい」という編著者の思いが、この本を刊行した理由であると記されている。まさに本書に記録されている医療・介護者側の思いやりの歴史は、難病という大きな課題をもつ人々とその家族の苦痛を減らし、生きる希望をもたらす指針といえるものである。

◆ベンチャースピリットを感じる信念と姿勢

 難病ケアと聞いて一番に思い浮かべるのが、本書(p.150)に登場する伊藤佳世子さん率いる「りべすたす株式会社」だ。伊藤さんはもともと病院で働く一介護士だった。その一介護士が難病ケアに立ち向かっていく日本一熱いエピソードが私は好きだ。

 伊藤さんは病院でオシャレに興味をもつ年頃のSMA(進行性脊髄性筋萎縮症)の入院者(p.196に登場する大山良子さん)と出会い、「なぜ彼女が病院に暮らしているのか?」という至極当たり前の疑問をもつ。この「当たり前の疑問」をもてるかどうかは、福祉業界で働く者として大切なスキルといえるのだが、伊藤さんがすごいのはここからである。自ら24時間365日体制のホームヘルプ事業所を立ち上げ、その入院者とともに病院を飛び出して在宅での生活を始めてしまうのだ。当然、強い反対があっただろう。病院関係者との視点の違いから発生する衝突に胸を痛めたこともあっただろう。命の責任の所在や長期療養患者の判断能力のなさが、当時の課題とされたそうだ。これに対し、伊藤さんは本人の希望を叶える在宅支援が一番という信念を曲げなかった。

 同じ経営者として、リスクを冒しても生活支援を貫く姿勢に業界を超えたベンチャースピリットを感じずにはいられない。そもそも株式会社の使命とは、こうした社会課題の解決にあると理解している。同じ意味で、自社の成長と社会課題の解決が見事にリンクしている、りべるたす株式会社はソーシャルビジネスの見本となる先進企業だ。

◆行動の先のメリットが重要

 私は経済学先行の企業家なので、コラム「差別考」(p.167)にも強く共感した。次の言葉が引用されている。「経済学は単純な善悪論を採用しない。福祉関係の話題をとりあげるとき、われわれにはどうも人間の行為を正しい行為と悪い行為に区別したがる傾向にある。(中略)経済学の分析対象となるのは、人間の起こした行動の動機付け(インセンティブ)の部分なのであって、それがいい人なのか悪い人なのかということはほとんど関係ない」。福祉業界に参入したときに感じた違和感は、まさにここにある。いい人か悪い人かはどうでもよくて、その行動の先にどんなメリットがあるのかというインセンティブが重要と考えているからだ。

 本書に紹介されているまさに行動の先のメリット(つまり難病患者・家族らの【快】)を重要に考えて、その「思い」とともに行動し、それが今日の難病ケアのかたちをつくってきたのだ。

(『訪問看護と介護』2016年9月号掲載)

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