医学界新聞

書評

2024.01.15 週刊医学界新聞(通常号):第3549号より

《評者》 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長

 今日,臨床医学においてself-poisoning(毒物もしくは過剰量の医薬品を故意に摂取すること)は重要課題の1つだ。その行為は,自殺目的から行われる場合もあるし,心理的苦痛を紛らわせるため,あるいは,居場所のない者同士が孤立を解消し,仲間との絆を深めるために行われる場合もある。誤って服用するといった事故として発生する場合もあろう。いずれにしても,self-poisoningという現象は,救急医療・自殺予防・依存症医療を横断する問題であり,その治療や再発防止には救急医療と精神科医療との緊密な連携が欠かせない。

 本書の著者は,当初,自身の医師としてのキャリアを精神科医から開始し,途中で救急医へと転じ,評者の認識では「臨床中毒学」という医学分野の創始者だ。実際,自殺予防と薬物乱用・依存に関する研究において,著者は文字通り「余人をもって代え難い」存在であり,評者も何度となくさまざまな研究プロジェクトで著者の助力を仰いできた。

 最近十年を振り返っても,刻一刻と乱用薬物が変遷する中で,著者と協働して行った研究は少なくない。危険ドラッグやベゲタミン錠による健康被害,そして最近では市販薬過剰摂取による健康被害……。こうした研究活動の中で,私たちは,精神科医の安易な多剤大量処方への憤りや,危険な成分を含有する市販薬を販売し続ける製薬企業への疑問を共有してきたのみならず,問題解決を求めて,一緒に厚生労働省へと陳情に出向いたこともあった。もはや「同志」もしくは「戦友」と言って良いだろう。

 言うまでもなく,そのような活動を展開してきた著者にとって,2009年に刊行された『臨床中毒学』はそのキャリアにおける最高到達点だった。同書は,診療の中で遭遇し得るあらゆる毒物や依存性物質を網羅し,その薬理学的特徴のみならず,典型的症例や治療法まで提示されていたのだった。どう逆立ちしても薬学の基礎研究者には書くことのできない無双の書,かつてない唯一無二の書として,刊行以来,多くの臨床医に愛されてきたのだった。

 そして今回,満を持しての第2版刊行であるが,決して誇張ではなく,著者は軽々と自身の最高到達点を更新しているのだ。それもそうだろう。この14年間,わが国にはあまりにも多くの出来事があった。危険ドラッグ乱用禍と,その鎮静後に増加した急性カフェイン中毒,さらに近年では,若年女性を中心に増加する市販鎮咳薬・感冒薬の過剰摂取,そして,「大麻グミ」(大麻成分類似物質)のような新たな脱法的薬物の登場……。第2版には,これらの問題と最前線で向き合ってつかみ取った最新の知見が,ふんだんに盛り込まれている。

 全ての臨床医必携の書だ。既に初版をお持ちの方は急ぎ第2版を購入し,知識のアップデートを図っていただく必要がある。まだお持ちでない臨床医の先生は,現代医学における重要課題の1つ,self-poisoningと向き合うべく,直ちに本書を入手しなければならない。


《評者》 ねりま健育会病院長 / 回復期リハビリテーションセンター長

 表紙を見て,すぐ読みたくなった。「作業療法の曖昧さを引き受けるということ」を漫画で理解させるのか,すごく楽しみである。しかし,タイトルからして,何となく複雑そうな予感もした。

 作業療法とは,人々の健康と幸福を促進するために,作業に焦点を当てた治療,指導,援助と定義されるが,作業がなんであるかがわかりにくい。私たちの臨床現場で作業療法と言えば,上肢戦略,生活戦略,精神・高次脳機能・復職戦略の3本柱の実践である。その実践には,患者との信頼関係の構築が前提となる。本書は,まさに患者との信頼関係の構築方法を丁寧に漫画と解説文で説明していた。まるで,ソーシャルワーカーの教育書ではないかと感じるほどに,患者の心と気持ちを大切にしていた。

 本書の特徴は,患者のリハビリテーション入院という闘病生活の一瞬にどうかかわり,寄り添い,共に考え,人間力を回復させて,新しい人生を行くための作業の在り方に視点が置かれている。作業療法士は一人ひとりの患者,その人らしさを大切にした患者の理解者であってこそ,初めて作業療法という協働医療が可能になることを強調している。それは,作業療法が患者の幸福と健康に寄与するというリハビリテーション医学のベクトルが基盤であるためである。しかし,作業療法学で使う専門用語は少し小難しく,思考が複雑であった。この専門用語と解説を見ただけで嫌になることはないのだろうか。もう一段簡単に,漫画だけで描き上げても良いのではないだろうかとも感じた。

 本書の構成は以下の13章である。①患者とフラットに向き合う。②患者の情報と心理状態を理解する力を養う。③患者と協働し満足度を確認する。④患者評価はなぜ必要かを知る。⑤患者が望む地域に戻れることを一緒に考える。⑥患者の目標設定は己の力を知った上で巨人の肩に乗る(知恵を借りる)。⑦入院患者の心理からなぜ作業するかを学ぶ。⑧自宅退院には患者特有の環境と習慣を理解して社会資源を最大限に活用する。⑨もし目標設定が難しい場合も協働し真の理解者になる(逃げない)。⑩課題を解決するには患者に常に寄り添う。⑪その人らしさを大切にする。⑫その患者の大切な作業を共有する。⑬作業療法をすることで作業療法士になる。

 リハビリテーション医も指示医ではなく,主治医でなくてはいけない。本書のニュートンの言葉(Column 4)にあるように,社会貢献は忍耐強い思考により達成できる。作業療法士は特に忍耐強い思考力が大切な職種で,それが治療に対する柔軟さを高めることを本書では学べる。

 本書は作業療法の曖昧さだけでなく,リハビリテーション医療という臨床科学の曖昧さをも的確に説明する。このため,リハビリテーション医療にかかわる全ての職種に,作業療法士だけでなく,理学療法士,言語聴覚士,医師,看護師にとっても,患者との距離感や心理面が学べる漫画と解説書となっている。Back to the Basic. 患者とのかかわり方が気になる全ての医療従事者にお薦めの一冊である。


  • 医師アウトリーチから学ぶ 地域共生社会実現のための支援困難事例集 セルフ・ネグレクト,8050問題,ひきこもり,虐待,ヤングケアラーへの対応

    医師アウトリーチから学ぶ地域共生社会実現のための支援困難事例集 セルフ・ネグレクト,8050問題,ひきこもり,虐待,ヤングケアラーへの対応

《評者》 日本福祉大名誉教授

 本書は,医師が医師の特性・強みを生かし,他職種と協働して,地域共生社会づくりや地域包括ケアに参加するためのバイブルとも言える本です。

 2015年度の介護保険法改正により,地域ケア会議が市町村の努力義務になり,川越正平氏が医師会長を務める松戸市でも,医師も参加する地域ケア会議で困難事例を中心に,年間120例に上る事例の検討を重ねてきました。この会議で取り上げられた事例を縦断して,困難事例について医師が現場に赴いて現認する「医師アウトリーチ」という取り組みを編み出し,それを医師会として松戸市に提案し,2016年度から市の事業として行われています。同様な取り組みは全国に複数あり,千葉県内外の実践者の協力を得て本書が作成されました。

 本書は「総論」と「事例編」の2部構成で,「コラム」と「用語解説」も付いています。

 総論は,以下の5つの柱立てです。①支援困難事例への対応向上を目指して,②相談支援のみで解決に至らない事例に対する医師アウトリーチとは,③助けを求める力が欠如した患者への対応,④支援拒否の背景にある精神医学的問題,⑤認知症の経過とBPSD。

 著者は,「医療分野においては,患者について予想される主たる疾患の経過の将来予測や,今後起こり得る合併症,主たる疾患以外に生じ得る状態変化などについて予見したうえで,治療方針を決定し,病態変化に備えて準備しておくことになる」と強調し,「緩和医療や老年医療領域で用いられている『軌道』という概念」(trajectory:人の一生を曲線で示す手法)を簡潔に示しています(p.6)。これは本書全体のキーワードの一つです。

 事例編では16の困難事例(高齢6例,青壮年7例,児童生徒3例)について,「ポイント」「在宅医療・介護連携支援センターが覚知するまでの経過」の簡潔な説明に続いて,「医師アウトリーチ」の実際が説明され,最後に「事例の包括的な検討」がなされています。医師アウトリーチについては,①緊急性の判断,②課題解決に向けた情報収集,③支援の方向性を決定する,④初期介入(とその後の経過)の枠組みで,丁寧な説明がなされており,非常に臨場感があります。軌道図やエコマップ,ライフヒストリー図をはじめ,図表も豊富で,視覚的理解も促進されます。

 川越氏は,「はじめに」で,「本書で強調したい点として,『対応力の基盤強化』と『専門性と協働する力量の向上』の2点を挙げ」ており,そのねらいは成功していると言えます。実は介護保険・福祉分野の「支援困難事例集」は,2000年の介護保険制度開始後たくさん出版されていますが,医師・医療抜き(軽視)のものがほとんどでした。それに対して,本書が提起した「医師アウトリーチ」という視点・実践は新鮮・貴重であり,医師を含めて,地域・在宅ケアに携わる人々の力量向上に大いに貢献すると思います。

B5・頁272
定価:3,080円(本体2,800円+税10%)
https://nenrin.or.jp/publishing/
長寿社会開発センター刊


  • エビデンスからせまる 肝のMRI 撮像から診断まで

    エビデンスからせまる 肝のMRI 撮像から診断まで

    • 本杉 宇太郎 編
    • B5変型・頁412
      定価:8,470円(本体7,700円+税10%) MEDSi
      https://www.medsi.co.jp

《評者》 神戸大大学院教授・放射線医学

 『エビデンスからせまる 肝のMRI』を読ませていただいて,非常によく考えられた構成で書かれているなと感じた。

 まず,文献検索を徹底して現時点のエビデンスに基づいた内容を記載するようにしている点である。確かに読影においては,経験豊かな先生が,過去にこんなパターンも見たことがあるといった知見から難しい症例を診断される場合もあるが,その域に達するにはまずはエビデンスに基づいた基本を持っていることが必須である。本書『エビデンスからせまる 肝のMRI』は,現在のEvidence Based Medicineの時代に非常にヒットした内容と言える。

 次に撮像法である。画像診断の診断能を向上させるためには,画像の質が非常に重要である。本書にはそれを担保するためのMR撮像技術から,各パルス系列の特徴やダイナミック撮像法の理論までしっかりと書かれている。

 多くの教科書は,各疾患の画像所見やその疾患の鑑別疾患が中心に記載されているが,パートIIの所見の項では,まず各所見を挙げて,各所見からどのような疾患が考えられるかといった逆からの記載があり,診断に悩む症例を診断する上で非常に役に立つ。さらにその所見が意味するもの,なぜそのような所見がみられるのかの記載もあり,画像診断から病態に迫ることを学ぶことができる。

 本書には,びまん性肝疾患から良悪性腫瘍,肝細胞由来から胆管由来,間葉系由来の疾患まで,ほぼ全ての肝疾患が網羅されており,この一冊でほぼ肝臓のMRI診断を理解できるようになっている。

 また,読影レポート記載例を提示して,レポートを書く上での注意点,所見を読む上での注意点を示しており,若手読影医,さらには他科の医師にも有用な内容となっている。

 以上のように,本書は研修医から専攻医,肝画像診断の専門医,腹部画像診断の専門医,他領域の画像診断専門医など,どのレベルの放射線科医にも対応し,さらには肝臓疾患を専門にする他科の医師にも役に立つように書かれている。

 肝画像診断に関して多くの研究を原著論文として発表してこられた本杉宇太郎先生が,長年作りたいと温めてきたアイデアとエビデンスを満載に詰め込んだ書籍であり,その思い入れがよく伝わってくる一冊と言える。

 肝臓の画像診断のエキスパートもそうでない人も,肝臓の画像診断がよくわかり,得意分野になれる一冊と思う。ぜひ,一読されることをお薦めする。

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