医学界新聞

自宅にいながら入院診療を受ける

インタビュー 大内啓,佐々木淳

2024.01.15 週刊医学界新聞(通常号):第3549号より

3549_0304.png

 救急外来を受診し,急性期治療のため入院が必要と判断された患者が「自宅に入院する」――。米国では今,急性期病棟と同等レベルの診療を在宅において提供する動きが拡大しており,home hospital(もしくはhospital at home)として注目されている。Brigham and Women's Hospitalにおいてhome hospitalプログラムの立ち上げに関わったのが,日本人医師の大内啓氏だ。普及の背景や取り組みの実際,さらには日米における将来展望について話を聞いた。

――最初にhome hospital(以下,HH)とは何か,特に在宅医療との相違について教えてください。

大内 HHとは,急性期病棟と同等レベルの診療を在宅において提供することを指します。対象となるのは,これまでならば外来や在宅では診ることができず,入院が必要とされてきたケースで,日本の在宅医療においてイメージされるものとはやや異なるかもしれません。

――対象者に制限はないのでしょうか。

大内 ICU管理が必要であったり手術の適応となったりするケースは対象外です。逆に言えば,内科系の急性期疾患および術後管理ならば選択肢となり得えます。重症度で考えると,ICU管理と従来の在宅医療の間にHHが位置付けられるでしょう。

――HHが米国で生まれた背景には何があったのですか。

大内 HHの歴史は案外古く,そのコンセプトは1990年代に提唱されました1)。その理由として,特に高齢者にとっては,入院自体がせん妄や院内感染,身体機能低下のリスクとなることが挙げられます。しかも米国の場合は,病院機能の集約化が進んだ結果として入院アクセスが制限されると同時に,入院できたとしても多額の費用がかかります。こうした背景もあって,Johns Hopkins大学や退役軍人病院においてHHの試みが始まったそうです。その後に小規模な研究でHHの効果が示されました。これを受けて,米国の公的医療保険であるメディケア・メディケイドを管理するCMS(Centers for Medicare and Medicaid Services)が主導し,テストプロジェクトが全米各地で実施されるようになりました。

――大内先生ご自身もその頃からHHに携わったそうですね。

大内 ええ。研修医時代にテストプロジェクトに関わり,2014年にボストン(Brigham and Women's Hospital)に移った後,友人から共同研究に誘われたのを契機として本格的に取り組むようになりました。「HHが米国中に普及してスタンダードとなることに,自分のキャリアを賭ける」と熱心に誘われたのを覚えています。

――勝算はあったのでしょうか。

大内 本音を言えば,私は半信半疑でしたよ(笑)。というのも当時はまだ,医療者の間でHHは全く認知されていませんでしたから。保険点数が付くわけではないので,病院経営の観点からも推進する気運が高まらないのは当然ですよね。ただ患者側のニーズが大きいのは自明ですし,やってみる価値はあると思いました。

――その成果のひとつが,2020年1月のAnnals of Internal Medicine誌に掲載されたランダム化比較試験ですね。

大内 はい。2017~18年に実施した研究の結果,HHは通常の入院診療と比較して,コストを4割削減しながら,身体活動を増加させ再入院率を低下させることが示されました2)。それまでもHHの効果を示す研究はありましたが,今回はランダム化比較試験によってエビデンスを示せたのが大きなインパクトを与えました。

――その結果,HHが普及したと?

大内 いえ,残念ながらエビデンスだけでは医療政策は容易に変わりません。さらに大きな転機が訪れました。COVID-19のパンデミックです。

 入院患者の急増と重症化によって,米国の病院がキャパシティを超えてしまったのです。CMSはこの緊急事態を受けて対応会議を開き,私たちのグループを含む全米各地のHH関係者を招集しました。そしてCOVID-19患者をHHで診療するという結論に達し,CMSは2020年11月25日,一定の要件を満たすことを条件として急性期の在宅診療をHHとして保険償還することを発表するに至ります。私たちの施設はこの時点で米国でCMSが認定を出した10施設のうちのひとつでした。

 保険点数が付いたことによってHHは急速に普及しました。2020年時点ではHHに取り組むのは56施設に過ぎませんでしたが,現在は280施設を超えています。入院診療と同等の保険点数が算定でき,なおかつ病院を建てるような多額の設備投資が必要ないこともあって,HHを専門とする民間企業の参入も始まっています。

――パンデミックの前後に臨床研究の実施と論文発表があって,同時期に医療政策が動くというドラスティックな変化が起きたのですね。

大内 もしCOVID-19がなかったら,保険点数が付くまでの道のりはもっと長かったに違いありません。不幸中の幸いではありますが,COVID-19を契機としてHHの恩恵を受ける患者さんが増えたのも事実です。

――では次にHHの具体的な実践について,大内先生の取り組みを例にご紹介ください。

大内 私たちのチームの場合,ボストンにある病院から半径16キロの範囲内でHHのサービスを提供しています。対象疾患としては慢性心不全や尿路感染症,肺炎,COPDなどのcommon diseaseを主体として,適応疾患は年々増えています3)

 HH入院の選択が妥当であると患者と医師が合意した場合には救急外来や病棟から自宅に搬送し,担当の医療チームが準備を始めます。例えば,バイタルサインの遠隔モニタリング機器の設置,電話・ビデオ通話を常時可能とするためのタブレットの貸与などですね。そして看護師/救急隊員が1日2回,医師が1日1回(直接または遠隔)の定期訪問/介入を行います(図14)。定期訪問以外にも何かトラブルがあれば,HHスタッフが臨時で診療に当たります。また,CTやMRIによる定期検査が必要な場合は,外来画像施設に搬送して日帰りで検査を行っています。

3549_0305.png
図1 Home Hospitalの構成要素(文献4より)
その他必要に応じて,理学療法士・作業療法士,ソーシャルワーカー,ホームヘルパーなどが入る。

――移動時間を考慮すると,HH入院が病院よりもかえってコスト高になってしまうことはないのでしょうか。

大内 何かあるたびに病院からHHスタッフが出向くと確かに効率が悪いですよね。私たちのチームでは救急隊員を有効活用しています。夜間のちょっとしたトラブル,例えばモニタリングセンサーで異常を感知したときなどは,まずは病院と契約してHH対応の特別訓練を受けた救急隊員が駆け付ければ,大半の問題は解決します。もし医療的処置が必要になったとしても,米国の場合はトレーニングを受けた救命救急士ならば,事前プロトコールの範囲内で採血や静脈投与など一定の医療行為が可能です。

――なるほど。救急隊員ならば地域に常駐しているわけですし,医師・看護師ほど高額な人件費もかかりませんね。

大内 地域の多職種連携とタスクシフティングはHHの鍵となります。

――HHスタッフの医師はER部門のことが多いのでしょうか。

大内 いえ。救急医がHHに関わることは現時点ではありません。私は内科医の資格を持っているのでそれを使って関わっていました。内科医,特にホスピタリストが担当することが一般的でしょう。

 そしてこれもコロナ禍の産物なのですが,HHスタッフが各科専門医に遠隔コンサルトすることで保険診療が算定できるようになりました。自宅で病状が悪化した場合など以前ならばいったん緊急入院せざるを得なかったケースでも,保険診療による後押しは大きく,自宅から画像所見を送って各科専門医の判断を仰ぐことが容易になったのです。HHはこの数年で格段に進歩しましたね。

――米国では今後,HHがどのように発展していくのか。研究面も含めた展望をお聞かせください。

大内 HH入院のワークフローとしては現在3つのパターンがあります。1つ目は救急部門で初期評価と治療を行い,スクリーニング後に自宅搬送してHH入院となるパターン。これまで説明してきた代表的なものですね。2つ目が急性期病棟からHH入院に移行するパターン。まだ入院加療が必要だけれども,患者さんが自宅療養を希望する事例などがこれに当たります。3つ目が在宅にHHチームが派遣され,医学的評価を行い,そのままHH入院となるパターン。これはつまり,病院を全く経由せずに在宅のまま急性期診療を行うことを意味します(図2)。

3549_0302.png
図2 Home Hospital入院ワークフローの現状と未来(文献4より)
現状は救急部門を経てのHH入院(上段)が一般的。将来的には救急部門を介さず,自宅へのHHチーム派遣後にそのままHH入院というワークフローが普及することが期待される(下段)。

 しかしながら,最後の3つ目のパターンは,不正請求を避けるなどの理由から現状では保険点数が付きません。私たちとしては,心不全の急性増悪を繰り返す患者さんや認知症の患者さんなど,在宅で完結したほうが良いケースもあると考えています。それに,遠隔診察テクノロジーやウェアラブル医療機器の急速な発展に伴って,急性期疾患の遠隔評価は高度化しています。入院の適応を判断するために医師による対面の診察が必要不可欠なケースは減っていくはずです。こうした点も踏まえて,HHの適応拡大に向けた研究を今後実施する予定でいます。

――3つ目のパターンが普及すると,救急部門の在り方も変わってきそうですね。

大内 HHチームが在宅で初療と検査を済ませ,ICU管理や手術の適応があれば病院に搬送,その必要性がなければそのまま自宅でHH入院として急性期ケアを受ける。これがデフォルトになれば,将来的には米国の救急部門は縮小することになるでしょう。

――日本でもHHの実装は実現可能でしょうか。米国ほどタスクシフティングは進んでいません。

大内 実現可能です。確かに救急救命士の裁量権については,日本と米国は全く違いますよね。その点は法整備も含め,時間が掛かるかもしれません。一方で帰国の際に日本の在宅医療を見学した印象では,訪問看護師が優秀でした。日本は訪問看護ステーションが充実しているので,HHを推進する上での強みになるのではないでしょうか。チーム医療を推進し,看護師が役割をさらに発揮するための制度整備が進行中とも聞いているので,トレーニングやプロトコールの整備が進むことを期待しています。

――米国の場合,普及に際しては経営的なインセンティブが大きかったというお話がありました。

大内 保険制度は重要なファクターです。国際的にみて日本は人口当たりの病床数が多く,病床稼働率の向上が病院経営の重要な指標となっている以上,医療保険制度の変更なくしてHHの普及は進まないでしょう。日本は医師の働き方改革や人口減少を受けて病院機能の集約化が不可避となっているわけですから,医療政策に関わる人は米国の動向を知り,HHを選択肢として考慮してほしいです。

――高齢化の進展という意味でも,日本にとってHHは注目に値します。

大内 高齢者は特に,病院に入院しなくて済むのならばそのほうがいいですよね。医療者ならば皆わかっていることです。

 日本の保険制度では経営的には厳しい状況ながらも,在宅医療の現場で急性期診療に取り組むチームがあることも知っています。つまり日本もHHを実装する必然性があり,できる要素は揃っている。あとは時代遅れとなったシステムを変えていくだけなのです。

(了)


1)Hospital at Home. History.
2)Ann Intern Med. 2020[PMID:31842232]
3)Mass General Brigham. Home Hospital.
4)J Am Coll Emerg Physicians Open. 2021[PMID:34322684]

3549_0301.jpg

Associate Professor of Emergency Medicine, Harvard Medical School / Brigham and Women's Hospital

12歳で渡米し,2009年Georgetown大医学部卒。Long Island Jewish Medical Centerにて内科・救急の二重専門医認定レジデンシーを2014年に修了(米国内科専門医・米国救急専門医)。その後にBrigham and Women's Hospital医療政策リサーチフェローシップ,Dana-Farber Cancer Institute精神腫瘍学/緩和医療研究フェローシップ,Harvard大学公衆衛生大学院を修了。共著に『新訂版 緊急ACP――悪い知らせの伝え方,大切なことの決め方』(医学書院)など。その他,受賞歴や論文業績は下記URL参照。

https://connects.catalyst.harvard.edu/Profiles/display/Person/125411

3549_0303.png 2021年「デルタの夏」,私たちは入院できない中等症以上の新型コロナ肺炎患者の「在宅入院」にチャレンジした。訪問看護師・薬剤師との連携や遠隔モニタリングを通じ,その実現可能性と有用性を実感,それ以来,急性期に特化した在宅医療について模索を続けてきた。

 日本においては,慢性期・安定期の継続的ケアに対して比較的高額な在宅医学管理料が確保される一方,診療・運営の両面でより高度な対応が求められる急性期(短期間)の在宅介入は往診料しか請求できず,現時点では経営的に成立しにくい。急性期を在宅で管理できることは,医療費と患者QOLの両面でインパクトが大きい。従来の在宅医療とは異なる枠組みでこれを評価すべきではないか。米国のように,入院と同等の診療費が急性期の在宅医療にも認められれば,病院がこの領域に参入し,早期退院や入院外診療に積極的に取り組むインセンティブにもなるし,多職種とのタスクシフトを一歩進めるためのきっかけにもなるのではないか。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook