新訂版 緊急ACP
悪い知らせの伝え方、大切なことの決め方
救急搬送される患者のほとんどが、大切なことをまだ決めていない。
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本書は2022年2月に小社から発売した『緊急ACP VitalTalkに学ぶ悪い知らせの伝え方,大切なことの決め方』をベースに加筆・修正を行い、新たに刊行したものです。前版は、発行後まもなく諸般の事情により販売の継続ができなくなりました。このたび出版上の問題をクリアし、前版の内容に新たな症例を追加した上で、新訂版として発行することができました。
「あらかじめ」ではなく、救急外来や集中治療室などの「いざという場面で」行うAdvance Care Planning = 緊急ACP。
説明したはずなのに同じ質問が繰り返される、感情があふれて話が進まない……。患者も家族も混乱する中で、いかに患者の価値観に沿った治療のゴールを見出すか。意思決定支援のためのコミュニケーションスキルトレーニング“VitalTalk”から、緊急ACPの進め方を考えます。
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- 目次
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序文
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はじめに
ACP(Advance Care Planning)とは,一般的には「今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者が“あらかじめ”話し合う自発的なプロセス」とされています。本書のタイトル「緊急ACP」は,「あらかじめではなく,まさにいざという場面で」行われるものであり,従来のACPのイメージと少し違うかもしれません。しかしながら,米国の複数の専門家によるACPの定義に関する議論の中では,将来のことを見据えて治療のゴールの話し合いをする時,最終的には,「まさに今起きていること」へ収束することが多いため,病気になった,まさにその時に行う会話も,広義のACPであると結論づけられています1)。
日本ではACPはまだ広くは普及しておらず,もともと人生の最終段階にあるような患者さんであったとしても,重症疾患で救急外来に搬送された時に,最期をどう迎えたいかという明確な意思表示をしていないことがほとんどです。だからといって,患者さんの価値観を確かめもずに治療のゴール設定をすることは,患者中心の医療とはいえないでしょう。救急外来や急性期病棟,集中治療室という患者さんが生命の危険と隣り合わせになるような場面であっても,緊急でACPを試み,できるだけ患者さんの価値観を踏まえたゴール設定をする必要があります。
この「緊急ACP」を進めるためのコミュニケーションスキルトレーニングとして,本書ではVital Talkを紹介します。
私がVital Talkのトレーニング・プログラムを受講したのは,米国で外科集中治療フェローシップを開始する直前のオリエンテーション期間中のことでした。その病院では,新任の集中治療フェロー全員に受講が義務づけられており,集中治療室で生命の危機が迫る患者さんや家族とのgoals-of-care discussionの手法を模擬患者とのロールプレイを通じて学びました。
当時は,これから最重症患者の命を助けるためのフェローシップを始めるというのに,なぜ患者さんが死に瀕した時の会話を勉強させるのだろう,と疑問に思っていました。しかしながら,フェローシップ開始後,集中治療室では,ありとあらゆる生命維持装置の使用が可能であるがゆえに,一歩間違うと,誰も望まない機能予後を度外視した無益な延命治療につながってしまう危険があるため,担当する医療従事者には,患者さんの価値観を引き出して,それに見合った治療方針を提案していく能力が必要不可欠であることに気づかされました。
私は,Vital Talkのトレーニング・プログラムを受講するまでは,goals-of-care discussionがとても苦手で,強い抵抗を感じていました。しかし,プログラムを受講し,「悪い知らせ」を伝えなくてはいけない医療者側のストレス,聞かされる患者さん側の悲嘆や怒りといった感情,それらはgoalsof-care discussionでは予想された流れであり,それに対応するためのスキルは,手術の手技などと同様にトレーニングによって身につけられることを知り,それからは,真正面から患者さんと向き合えるようになりました。
日本に帰国後,救命センターに配属され,重症疾患急性期で終末期となる患者を多く診療するようになり,日本の救急・集中治療の現場でもVital Talkの手法が役に立つと確信し,仲間たちと共に「バイタルトーク日本版」の活動を始めました。
本書の初版は,新型コロナウイルス感染症パンデミックの最中,2022年1月に発行されました。しかし発行後間もなく,諸般の事情により販売の継続ができなくなりました。このたび出版上の問題をクリアし,前版の内容に新たな症例を追加した上で,新訂版として発行をすることができました。
感染症パンデミックを経て,日本の医療現場では,患者さんの価値観を尊重した意思決定の重要性が際立ってきたと感じております。本書を手にする方に,患者さんの価値観を引き出し,患者さんにとって最良のゴール設定ができるような会話のスキルと,そのトレーニング方法を伝えることができたらと願っています。
2022年11月
伊藤 香
文献
1)Sudore RL,Lum HD, You JJ et al.:Defining Advance Care Planning for Adults:A Consensus Definition From a Multidisciplinary Delphi Panel.J Pain Symptom Manage,53(5):821-32,2017.
目次
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はじめに
Prologue
Part1 基本的スキルを“よくある場面”で使ってみる
1 SPIKES──悪い知らせを話す際のロードマップ
SPIKESとは?
症例
よくある対応 こんな場面,ありませんか?
よくある対応 なぜ難しいのでしょう?
よくある対応 なぜこうなってしまうのでしょう?
よくある対応 Vital Talkの視点から見てみましょう
よくある対応 問題点を整理してみましょう
SPIKESを使った対応 スキルの使い方を見ていきましょう
SPIKESを使った対応 ポイントを押さえておきましょう
2 NURSE──感情に対応するスキル
NURSEとは?
症例
よくある対応 こんな場面,ありませんか?
よくある対応 なぜ難しいのでしょう?
よくある対応 なぜこうなってしまうのでしょう?
よくある対応 Vital Talkの視点から見てみましょう
よくある対応 問題点を整理してみましょう
NURSEを使った対応 スキルの使い方を見ていきましょう
NURSEを使った対応 ポイントを押さえておきましょう
3 REMAP──治療のゴールを決めるためのロードマップ
REMAPとは?
症例
よくある対応 こんな場面,ありませんか?
よくある対応 なぜ難しいのでしょう?
よくある対応 なぜこうなってしまうのでしょう?
よくある対応 Vital Talkの視点から見てみましょう
よくある対応 問題点を整理してみましょう
REMAPを使った対応 スキルの使い方を見ていきましょう
REMAPを使った対応 ポイントを押さえておきましょう
Part2 限定された時間の中で,スキルを組み合わせて使う
治療の方向性を話し合う──どこまで治療を望みますか?
1 救急外来──治療の差し控えを含め,今後の方針について話し合う
症例
Vital Talkを使った対応 スキルの使い方を見ていきましょう
Vital Talkを使った対応 ポイントを押さえておきましょう
多職種で進めるVital Talk
2 急性期病棟──重篤な状況を伝え,残された時間の過ごし方を話し合う
症例
Vital Talkを使った対応 スキルの使い方を見ていきましょう
Vital Talkを使った対応 ポイントを押さえておきましょう
多職種で進めるVital Talk
3 集中治療室①──治療の差し控え・中止について話し合う
症例
Vital Talkを使った対応 スキルの使い方を見ていきましょう
Vital Talkを使った対応 ポイントを押さえておきましょう
多職種で進めるVital Talk
4 集中治療室②──脳死下臓器提供を選択肢に含めた意思決定支援を行う
症例
Vital Talkを使った対応 スキルの使い方を見ていきましょう
Vital Talkを使った対応 ポイントを押さえておきましょう
Vital Talkを深めるためのColumn
1 患者の意思を推定し,共に「最善」を考える──代理意思決定
2 患者・家族との対立にどのように対応するか
3 「 できることはすべてしてください」にどう対応するか
4 「 挿管しない」という重大な決断を救急医だけで行う必要はない
5 「救急外来に来る患者には,意思決定能力がある」前提で対応する
6 悩ましい質問「余命はあとどれくらいですか?」にどう応えるか
7 治療の差し控えと中止──日本法の下では
8 臓器提供を含めた意思決定支援の進め方を考える
9 なぜアドバンス・ケア・プランニング(ACP)は普及しないのか
Tips!
沈黙し,話を聴く
面談は多職種で
コミュニケーションは手技の1つ
質問にシンプルに答える
相手の名前を呼びかける
本人だったら何と言う?
Appendix
おわりに
索引
書評
開く
対話のスキルを磨き,ソクラテスを超える!
書評者:会田 薫子(東大大学院死生学・応用倫理センター特任教授)
救急・集中治療の場で「悪い知らせ」を家族等に伝えて,意思決定を支援するということ。その大変さは想像に余りあります。大切な人の生命の火が今にも消えそうな事態に急に直面し,悲嘆や怒りといった感情で圧倒されている家族等に対して,どのように声をかけ,厳しい情報をどう伝えればよいのか……。その場の重圧がもたらす困難感とストレス。「誰か代わってくれないかな」,という医療者の心の声が聞こえてきそうです。
本書はそのような場における家族等との対話のあり方を具体的に指南してくれるテキストです。2部構成で,Part1「基本的スキルを“よくある場面”で使ってみる」では,(1)悪い知らせを話す際に想定される道筋を示したSPIKES,(2)感情に対応するスキルであるNURSE,(3)治療のゴールを決めるためのREMAPについて,丁寧に説明されています。そしてPart2「限定された時間の中で,スキルを組み合わせて使う」では,(1)救急外来:治療の差し控えを含め,今後の方針について話し合うとき,(2)急性期病棟:重篤な状況を伝え,残された時間の過ごし方を話し合うとき,(3)集中治療室1:治療の差し控え・中止について話し合うとき,(4)集中治療室2:脳死下臓器提供を選択肢に含めた意思決定支援に関して,具体的な言葉のかけ方と大切なポイントを例示しています。
書名の「緊急ACP」は,救急・集中治療の医療者が日々直面している状況を反映した表現といえるでしょう。ACPはAdvance Care Planningの略語であり,advance,つまり事前に,人生の最終段階における医療・ケアを計画していくプロセスですから,本来は救急・集中治療の場に至る前に行われているべきことです。しかしながら,ACPの一般への浸透はまだ不十分です。さらに,ACPの対話が事前に行われていた場合であっても,まさに今,ある治療法を行うかどうかという時点における医学的な状況を踏まえた対話は,常に必要となります。そのため,事前の対話の先にある緊急ACPの実践は,救急・集中治療の医療者全員にとって,日常臨床として重要だといえます。
著者の伊藤香先生と大内啓先生は,米国でコミュニケーション・スキルのトレーニングを受け,現場で実践し,その効果と日本における必要性を実感し,本書を刊行し,「かんわとーく(旧バイタルトーク日本版)」の活動も開始したとのこと。日本の現場に合わせた本書の懇切丁寧で豊富な対話例は,すぐに実践に生かすことができます。
私は本書で,「コミュニケーション・スキルは手術の手技などと同様に,トレーニングによって身につけることができる」と知り,認知症を有する人へのケアの方法として注目されているユマニチュードに通じるものを感じました。一見,特別な能力を要すると思われるユマニチュードですが,その開発者は,「誰でも,性格や得手不得手にかかわらず,ユマニチュードの方法を身につけることができます。なぜなら,それはスキルの束だから」と語っていました。
スキルなのですから,トレーニングが大切ですね。十分トレーニングすると,ソクラテス超えも可能になるかもしれません。私たちが2023年3月に東大で開催したシンポジウム「ACPの考え方と実践―本人を人として尊重する意思決定支援」で,伊藤先生に「緊急ACP ―救急現場での意思決定支援」と題してご講演いただいた際,私の同僚で哲学を専門とする早川正祐さんは,「これはソクラテス的対話よりもずっとレベルが高い」とコメントしました。なぜなら,ソクラテスは理性的で冷静な人たちを相手にしていたからです。読者の皆さまも,感情の動揺が激しい現場における対話のスキルを身につけ,ぜひ,ソクラテスを超えてください。
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