パワハラ・アカハラをどう防ぐ?
対談・座談会 北仲千里,山崎由花
2024.01.15 週刊医学界新聞(通常号):第3549号より

医学部においてハラスメントに関連したトラブルは後を絶たない。その理由を医局講座制による権威構造に求める声も多いが,広島大学でハラスメント事案に長年対応してきた社会学者の北仲千里氏は,より根源的な部分に問題があると分析する。理系アカデミアのパワー・ハラスメント(以下,パワハラ),アカデミック・ハラスメント(以下,アカハラ)について研究を行う東京医科大学の山崎由花氏との対話から,医学部におけるハラスメントの構造を考える。
領域によって共有されてきた「正しいこと」の価値観は異なる
山崎 私は医学部を卒業し,臨床研修を経て内科の医局で働いた経験もあり,そうした中で医師の働く環境の過酷さを感じ,改善する手立てを探すべく,研究を続けてきました。2021年にはより良い学習環境,研究環境を構築するため「理系アカデミアのパワハラ・アカハラ尺度の開発」というテーマで科研費を獲得し,研究を進めています。北仲先生の著書や論文は,私自身の研究でも非常に参考にさせていただいており,本日を楽しみにしておりました。
北仲 本日はお声掛けいただき,ありがとうございます。私はもともとジェンダー論に関する研究をしてきた社会学者です。大学院生であった1997年頃から被害者支援の活動に注力するようになり,不適切な性的言動に絡むセクシュアル・ハラスメント(以下,セクハラ)や,ドメスティック・バイオレンスなど,女性が被害に遭いやすい問題の研究に携わってきました。2007年に縁あって,日本で初めてハラスメント相談室に専従のポストを用意した広島大学へ,2人目のスタッフとして着任し,現在に至っています。
山崎 広島大学のハラスメント相談員として勤務し始めて気付いたことを伺いたいです。
北仲 本学では,理系研究者の割合が高く,文系の私たち相談員は,理系の研究室の相談にも対応する必要に迫られました。必然的に男性の学生や教職員からの相談をたくさん受けるようになり,セクハラ相談だけでなく,アカハラやパワハラの相談を聞くことになりました。私にとっては未知の世界でしたね。
山崎 今まであまり対応されてこなかったそうした事案にどう向き合ったのでしょう。
北仲 対応する中で,理系と文系では研究スタイルや研究業績の在り方など,「常識」がかなり異なることがわかりました。理系領域の方々がどのような研究活動をしているのか,そして何を大事にされているのかを知らないと相談に対応できないと考え,研究スタイルや研究組織の分析,また起こり得るハラスメント事案について研究を始め,全国の理系研究者を対象とした調査を行いました。すると,ある学部では日常風景でも,別の学部ではあり得ないとされる事柄も多々あり,日々驚かされるのと同時に,社会学者の1人として,こうした研究文化(サブカルチャー)の差を研究することに興味を持ちました。
他大学のハラスメント相談の担当者も口をそろえて言うのは,工学系の研究者が最も柔軟に対応してくれるということです。
山崎 一般企業の方と連携して研究開発などを行う機会が,他学部に比較すると多いからだと考えます。
北仲 その通りです。工学系の研究者の中には一般企業での就労経験がある方も多く,組織マネジメントに造詣が深かったり,ヒヤリハットの事案に対しても問題の重要性をしっかり認識されていたりします。ハラスメントに関する研修の機会を設けた時は「念のために知っておこう」という前向きな気持ちで聞いてくださりましたね。結局,学生時代から脈々と受け継がれてきたヒストリーが各領域で異なっており,共有されてきた「正しいこと」の価値観が違うのです。それゆえ,領域ごとにハラスメントが起こる背景が異なります。
ハラスメントが起こる理由は医局講座制の存在だけではない
山崎 医学部におけるハラスメント事案は,教授に権力が集中しやすい医局講座制の存在に起因しているとの指摘があります。一方で,医局講座制と同様に,研究室に1人の教授,複数の教員,そして複数の学生が所属するシステムである小講座制を採用している学部(研究科)は他にもあります。一見,両者は似た組織に見えますが,これまでの相談事例に鑑みて,医局講座制の特殊性はどこにあるとお考えでしょうか。
北仲 臨床・研究・教育・地域での人材配置の全ての権限が教授に集中している点です。医局が弱体化しつつあるとの声も聞きますが,それでも工学系や理学系,文系学部などの教授が有する力よりも強い,異質な権限を持っていると言えます。
山崎 他学部の小講座制でも知識的には教授する側とされる側に分かれることから,権力関係が多分に生じそうな印象を受けています。
北仲 教授が厳しすぎて深夜まで研究を行わせていたり,オーサーシップの問題だったりは,医学部に限らずどの領域でも起こり得ます。けれども,研究以外の面まで掌握してしまうような体制は医局講座制の特殊性と言わざるを得ません。
ただし,医局講座制の存在だけを,医学部でハラスメントが起こりやすい理由として挙げてよいのかには疑問が残ります。私は医学部特有の文化・価値観そのものが,ハラスメントが起こりやすい最大の理由なのではないかと考えています。
山崎 価値観と言えば,心理特性の面で,医学部の構成員は競争意識が強いことや,昇進へのモチベーションが高いことが,現在私たちのグループで進めている研究から考えられましたが,医学部は社会学者の先生からはどのように見えるのですか?
北仲 社会学的に見れば,医学部に在籍している方は日本社会の中でもかなり特殊な層です。親も祖父母も医師というように,親子3代で階層の再生産をしている家庭の割合が高いと思います。また,これまでの経験を踏まえると,他領域と比較して,折り合いをつけて謝罪をしたり,クレーム対応をしたりということが苦手な方が多く,問題がこじれてしまう場合もしばしば見受けられました。加えて,医学部でハラスメント被害を受ける側には,上司などが良いように手筈を整えてくれるだろう,悪いようにはされないだろうという考えを持つ傾向があるように感じています。
山崎 確かに,自身の身を守るための法制度に疎い方や,理不尽な扱いを受けたとしてもそれを当たり前のことと鵜呑みにしてしまう人を度々見てきました。卒前教育の一般教養で法律を勉強する機会は医学部でもありますが,医師になるための勉強がメインになってしまい,一般教養の科目はおざなりになってしまう方が多いのでしょう。その結果,医学以外のことに無知・無関心になるのかもしれません。
北仲 「そんなことやってはならない」という当たり前のことが認識されておらず,医学部だけで行われている慣行も多々見受けられます。もちろん,これは医局講座制を含め複雑なシステムの上で長年成り立ってきた医学部の事情が背景にあることは理解していますが,何らかの変化が必要なのでしょう。
ハラスメントを早期発見するための工夫とは
北仲 では,そうした中でハラスメントをどう防いでいくか。ハラスメントは,個々人のキャラクターに依存するというよりは,皆が従って当たり前という文化の中に,異分子とも言える存在がいると起こりやすくなります。男性が多い研究室の中にいる女性,他大学・他分野から進学してきた大学院生,留学生などはその典型です。
山崎 ダイバーシティインクルージョンの観点から,性別,国籍,障害等によって労働者が差別を受けない組織づくりが進んでいますが,それでも異分子を排除するベクトルが働くのですね。
北仲 ええ。そうした方々は相談できる人もおらず,それが普通なのか否かの判断基準を持ちにくい。特に留学生であれば,「これが日本の文化なのか」と全く異様な一研究室でのやり方を一般的だと勘違いして悩んでしまうことも多いです。他者とつながっていれば,「あの先生の言うことは話半分に聞いておけばいい」「あれはおかしいよね」と参考になる情報を得て対処することもできますが,つながりが弱い方は打開策を持てず,思い詰めてしまいがちです。
山崎 ですが,思い詰めてしまった人自身が打ち明けてくれないと,ハラスメントの存在すら気付けずに時間が経過してしまうこともあるはずです。
北仲 その通り。友人がハラスメント相談室に連れてくるケースや,何かのきっかけでたまたま発見されるケースが多いです。「もっと早く言ってくれればよかったのに」ということがよくあります。
山崎 私は先日,所属大学の教員を対象にFD(Faculty Development)を行い,具体的事例をグループで分析することで,ハラスメントへの関心を促す試みを行いました。広島大学では,ハラスメントを早期に発見,あるいは未然に防ぐためにどのような取り組みをされていますか?
北仲 当相談室でお願いしているのは,「博士号を取得するにはAやBの行程があり,ここまで到達しなければなりません」など,...
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北仲 千里(きたなか・ちさと)氏 広島大学ハラスメント相談室 准教授
1998年名大大学院文学研究科博士後期課程修了。2007年より現職。専門は社会学,特にジェンダー論。大学院時代から「キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワーク」設立に携わり,現在ではNPO法人「全国女性シェルターネット」共同代表,NPO法人「性暴力被害者サポートひろしま」代表理事を務める。内閣府男女共同参画会議専門調査会委員。著書に『アカデミック・ハラスメントの解決』(寿郎社)など。
山崎 由花(やまざき・ゆか)氏 東京医科大学医学教育学分野 准教授
2002年順大医学部卒。臨床研修修了後,医師の勤務環境の過酷さに問題を感じ,進学した順大大学院医学研究科博士課程にて,07年より女性医師の働き方の調査を始める。13年に米ハワイ大マノア校へ留学。15年に公衆衛生学修士号を取得して帰国する。16年より現職。22年には蘭マーストリヒト大の医療者教育学修士課程を修了した。21年に科研費(基盤研究B)を取得し「理系アカデミアのパワハラ・アカハラ尺度の開発」について研究を行う。
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