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『神経症状の診かた・考えかた 第3版』より

連載 福武敏夫

2023.03.31

病歴を語る患者の言葉からその真意を見極め,神経解剖の知識と照らして原因部位を絞り,それに合わせて適切な検査をオーダーする。日常診療で行われるこの一連の流れの中で何を診て,どのように考えればよいのでしょうか。

このたび刊行された書籍『神経症状の診かた・考えかた 第3版』ではこの疑問に答えるように,長年にわたり臨床の最前線で活躍し,数多の神経疾患を診てきた福武敏夫先生が自身の経験をもとに解説しています。

1 神経学的診察とは

 神経学的診察(以下,神経診察)の80〜90%は病歴聴取(問診)にある。基本的診察手技は身につける必要があるが,神経診察全体の10〜20%ほどの役割しかない。この比率にはもちろん幅があり,片頭痛とおぼしき患者においては病歴聴取の役割がほぼ100%で,診察手技が出る幕はないが,目撃者のいない高度の意識障害患者では搬送に関わった人から訊くこと以外に病歴聴取はできず,視診を含む診察手技にほぼ100%頼らざるを得ない。

 病歴聴取の基本構造は,「聞く」と「訊く」の2つの「きく」からなる(「きく」には元々このような双方向性が含まれている)。忙しい外来や救急室ではなかなかじっくりと「聞く」時間が取れないが,少し方向を決めていくための質問により「訊き」ながら「聞く」ことが大切で(「聞き出す」とは「訊き出す」こと),特に診断困難な場合はそこに手掛かりがあることが多い。逆にいうと,筆者の経験では,誤診や患者・家族とのトラブルの多くは「聞かない」ことから来ている。トップ囲碁棋士が大型コンピュータに敗れたりして,世はAI万能時代を迎えつつあるといわれるが,この「聞く」と「訊く」の熟達した能力はAIには到底獲得できないだろう。ついでに言えば,心電図や心音,脳波の解析などの機械向きの仕事や明確なキーワードがある時の診断はできても(実際既にかなりできている)ハンマーを叩き,微妙な反応を有意に判定することはできないだろう1)

 誰が言い出した言葉か不明だが,「ドアノブ症候群*1」といわれる言葉がある。患者や家族は,診察が終了して部屋から出ていこうとしてドアノブに手をかけた時に,しばしば医師のほうを振り返って,気にしている症状などについて質問してくることがある。これが「ドアノブ症候群」である。こんな時,筆者はすぐに患者・家族にもう一度坐ってもらって,その点の問診を始め,それによって直ちに正診を得たり,診察や検査の種類を加減したりしたことが何度もある。医者は何でも見抜くと思い,肝腎なことをなかなか言い出さない患者・家族がいることに思い至らないといけない。診察時にカルテ記載に没頭してはいけないのである。

2 患者と対面する前に

 手書きのカルテであれ,電子カルテであれ,最初にそこから年齢,性別,住所や扶養関係,保険などの情報が得られる。職業も分かる場合がある(分からなければ最初に確認すべきである)。電子カルテや院内でまとめられたカルテであれば,他科の疾患やその治療薬の情報が得られる。連日のように救急室を受診している患者では,心因性疾患と最悪の疾患(くも膜下出血や髄膜炎など)とを同時に疑う。紹介状を持参していれば,病歴や問題点の大半が分かるが,その精度は様々である。待合室における様子についての看護スタッフからの情報も貴重である。

Memo 患者の背景が最重要

 個々の疾患・病態にはそれを起こしやすい患者があり,患者の基本的背景(年齢,性,職業,全身疾患など)に応じてかかりやすい疾患・病態があることを理解する。例えば,片頭痛は主として若い女性の疾患であり,群発頭痛は30歳代の活発な男性が多く,側頭動脈炎は60歳以上の高齢者の疾患である。

 主訴や来院動機の把握にとって問診票は有用である。患者にとって待ち時間を有効に使う点でも推奨される。看護スタッフを介すると,医師の前では出せない本音が引き出されることもある。主訴以外の症状についても問診票から知ることができる。○が付けられた項目がむやみに多い場合は心気症的傾向があるといってよい。本人の書字であれば,その字の大きさ,乱れ,誤字・脱字を判別し,心理傾向,教養程度,さらに小脳症状や錐体外路症状まで推測できる。既往歴や服薬状況,生活歴や家族歴も概観できる。来院後の血圧や体温の欄の他に問診し忘れやすいが重要な項目,例えば身長や体重,利き手などの欄も設けておくとよい。身長や体重を小数点以下まで記載する患者は「神経が細かい」と考えておく*2。年月日欄の間違いは認知障害か注意障害による。

3 入室から着席までに分かること

 もし患者の足音が聞こえる場合はそこから診察が開始される。歩行のリズムなどに注意する。待合室から入室するまでの時間のかかり方も意識しておく。排尿のために待合室を離れていた場合は頻尿の可能性を考える。入室時には,ドアの開け方(運動機能や礼儀など),歩き方(歩幅,歩隔,すくみなど),挨拶の仕方(言語,知能など),服装(生活程度や趣味,寒暑の判断力など),匂い・臭い(タバコ,アルコール,口臭,尿臭,衛生保持など),表情や雰囲気,椅子への坐り方(筋力,姿勢障害,認知障害,失行など),不随意運動などについて一目で判断できることがある。坐ってもらう前に診察室〜廊下を歩いてもらうのもよい方法である。同伴者があれば,本人との関係や同伴動機について訊き,状況によってはいったん退室してもらう。物忘れが主訴で,同伴者がいない場合は,ほとんどデメンチアでなく,さらにデメンチアになる可能性も低い(☞『神経症状の診かた・考えかた 第3版』202頁「“attended alone”(1人受診)徴候」)。

4 神経診察の目標

 神経診察は,19世紀半ばの産業革命・市民革命・戦争・大不況の時代に,心因性疾患,すなわちいわゆる「ヒステリー」(転換性障害・解離性障害)や詐病などから真の器質的神経疾患を鑑別するために発達したといってよい1)

 神経学的診断は,病歴聴取・神経診察を通して,臨床的事実(症候)を収集することから始められる。次に,症候の解剖学的・生理学的解釈を行い,神経系の中の局在や系統における病巣の診断を行い,臨床的に症候群的診断(☞Memo)を目指す。さらに,適切な検査と組み合わせることにより,病理学的・病因的診断を行い,治療方針を立てる。これが神経診察の主な目標であるが,疾患名を明らかにするだけでなく,同時に神経機能の判定も行い,経過観察の指標とし,治療やリハビリテーションの効果を判定することも神経診察の目標である。この過程で最も大切なことは,出発点である臨床的事実(症候)の正確な把握である。ここには経験が要求される。誤ったキーワードで捉えてしまうと,診断の方向を誤ってしまう。眼をショボショボさせて開眼できない状態を眼瞼下垂と捉えてしまうと*3,永久にMeige症候群の診断に至らないし,ミオトニアから来る筋の「硬さ」を筋強剛と捉えてしまうと,Thomsen病をParkinson症候群にしてしまう。

Memo 症候=症状+徴候

 症候とは症状と徴候とを合わせたものである症状とは病歴と患者の外観に顕示されている所見であり(例:頭痛,めまい,しびれ,足の冷たさ),徴候とは診察で明らかにした所見である(例:側頭部圧痛,眼振,痛覚鈍麻,足背動脈触知)。

Memo 診断過程における「帰納」と「演繹」

 症候群的診断の場面で,個々の症状/徴候から出発して上行性に検討する方法(帰納)と,既知の疾患/症候群の症状/徴候から出発して下行性に検討する方法(演繹)があり,これらを能率的に組み合わせるのが専門医の仕事・能力である。この作業中には所見を特異的なもの()か非特異的なものか(枝葉)を識別する能力や,問診や診察の繰り返しをいとわない「フィードバック力」が要求される。羅列的に鑑別していくのは最後の手段である。

5 診察手技の取捨選択

 最初に歩行と会話を診る。これらに明らかな異常がなければ,診察すべき範囲は相当に狭められる。腱反射は系統とレベルの交叉点にあり,短時間で多くの情報が得られるので,筆者はあらゆる場面・状況で,次の,そして場合により唯一の診察として,代表的な腱反射をみる。その他の診察手技の取捨選択や順序構成は,主訴や患者の状態,外来時(診察室診察)や救急室(救急診察),入院時(ベッドサイド診察)などで当然異なってよい。例えば,意味ある会話がスムーズに可能であれば,とりあえず球部の診察や高次脳機能の診察は省略してよい。頭痛が主訴であれば,肩こり(僧帽筋の筋強度や後頭下・こめかみの圧痛)は必須であるが,項部硬直や眼底は場合によりまれに診るだけである。

 主訴を同定することが大切で(Memo),主訴ごとにおのずと診察の重点が異なってくる。例えば,歩行時のふらつきであれば,下肢の運動系や感覚系の診察だけでなく,眼球運動や構音について診ておくことが必須となり,下肢のしびれでは必ず足背動脈を触知する。
病歴を基に診察してみて,当初の想定にない所見を得た場合などは,その所見に関する病歴を追加で取り直し,それにより診察範囲の修正を図る。

Memo 主訴の重要性

 主訴や受診理由は患者自身の言葉で記載しておく。主訴を確認しないと,診察開始も診察のゴール設定もできない。頭痛で来院したといっても実は健康診断的に画像検査を希望しているだけのことがあるし,見かけの主訴が手のしびれでも明らかに認知レベルの低下がうかがわれる場合もある。医師としての考えや見通しも捨てるべきではないが,主訴を特定し,それに応えることは不必要なトラブルを避ける途である。筆者は一目で筋強直性ジストロフィーと分かる患者の頭痛での初診時にミオトニアの診察に熱中して叱られた。無用の心配をしている場合には,単純で簡単な説明だけで納得することもある。

6 神経学的現症の記載について

 神経学的現症の記載にあたっては,要を得て簡潔に書くこと,後で他医師にも役立つように,正確に書くこと〔汎用性のない用語や略語は避ける(Memo)。典型的でない所見に典型的であるような用語を用いない。そんな場合は自分の言葉で診たままを書いておく〕,病態が眼に浮かぶように書くことが大切である。現在は,一般身体所見*4に続き,意識・精神状態に始まり,頭部から末梢に向けて,各系統別に書くことが主流になっているが,昔の『Brain』誌などでは,患者が診察室に入ってくる様子から書き始める方法もとられ,ビデオでも視ているように理解しやすい報告があった。少なくとも歩行と会話の様子から始めれば理解しやすいが,本書でも必ずしもそのやり方をしていない。それはともかく,参考になるのは,『The New England Journal of Medicine』誌に毎号掲載されているMassachusetts General Hospitalの症例研究の記述である。

 神経学的現症の記載において,もう1つ大事なのは,診たものだけをなるべく具体的に書くことである。診てもいないのに「脳神経Ⅰ〜Ⅻ正常」というような記載が多い。それを書くなら,具体的に「眼球運動正常」(脳神経Ⅲ,Ⅳ,Ⅵに相当),「会話(構音)正常・嚥下障害なし」(脳神経 Ⅸ-Ⅹ,Ⅻに相当;さらに失語がないことも包含)と書いておくべきである。脳神経Ⅰ(嗅覚)は滅多に診察されないし,その必要度も低い。脳神経Ⅷには聴力機能以外に平衡機能があり,それが正常というには少なくとも眼振,腕偏倚試験,閉眼足踏み試験の診察が必須である。

Memo 現症の記載ではなるべく+や-は避ける

 なるべく+や-,±は避けること。それはそれらの定義がはっきりせず,他の医師に理解されるとは限らないからである。陽性か陰性か断じにくい時はequivocalとしておき,ありのままに具体的に書いておく。足底皮膚反射(Babinski徴候)において,+や伸展反応は理解できるとしても,-は反応がなかったのか底屈反応だったのかが分からなくなってしまう。一側が無反応で他側が底屈であった場合,無反応の側に錐体路上位運動ニューロン障害の可能性のあることが見逃されてしまう。

*1:もう1つ?の「ドアノブ症候群」
ドアノブに触った瞬間にくも膜下出血をきたした例がある。

*2:身長・体重の小数点以下までの記載
これが不要な理由は,第一に大体が分かればよいからで,第二にこれらの値は日内でも変動しているからである。後者のことは機会があれば患者に伝えておくのもよい。

*3:例外あり
眼瞼れん縮様の眼瞼下垂を呈する重症筋無力症がある(鎌田,福武,他.臨床神経,2004)。

*4:一般身体所見
一般身体所見で欠かしてはならないのは,身長と体重である。これがないと,患者を想い浮かべることができない。

・高身長
  Marfan症候群
  巨人症
  Kallmann症候群
  気胸リスク
・低身長
  成長ホルモン低下
  甲状腺機能低下症
  Turner症候群
  軟骨低形成症
  臓器疾患
・肥満(体重増加)
  睡眠時無呼吸
  心不全/腎不全
  血管リスク
・るい痩(体重減少)
  ALS/MG
  皮膚筋炎
  悪性疾患

 

 


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気概、情熱、好奇心。General Neurologyの必読書、待望の改訂!

脳神経内科学の肝である神経症状の診かた・考え方を、本領域の第一人者である著者が、その経験を踏まえてまとめた実践的な教科書。診断への道筋を著者がどのようにたどったかがわかる臨場感のある記載が多くの読者に支持され、 初版以来、幅広い層に読まれた定番書。今回の改訂では、「臨床力とは何か?」「肩こり」の章が追加。さらに新たな症例、知見を盛り込み、全体にわたってアップデート。

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