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『神経症状の診かた・考えかた 第3版』より

連載 福武敏夫

2023.03.24

病歴を語る患者の言葉からその真意を見極め,神経解剖の知識と照らして原因部位を絞り,それに合わせて適切な検査をオーダーする。日常診療で行われるこの一連の流れの中で何を診て,どのように考えればよいのでしょうか。

このたび刊行された書籍『神経症状の診かた・考えかた 第3版』ではこの疑問に答えるように,長年にわたり臨床の最前線で活躍し,数多の神経疾患を診てきた福武敏夫先生が自身の経験をもとに解説しています。

   “You see, but you do not observe. The distinction is clear.”
 「きみは見ているだけで,観察していないんだ。見ることと観察することとは,まるっきり違う。」1)(ホームズがワトソンに向かって)

  「理を先にし,物を後にするときは,即ち上智も失なきこと能はず。物を試み,言をその上に載すときは,即ち庸人も立つところあり」(山脇東洋 [1705-1762])
 (理屈を第一とし実物を第二とする時は,優れた人間でも過ちを犯すことになる。実際に試してみて,それに基づいてものを言う時は,たとえ凡人でもその発見に価値がある)2)

1 臨床力とは何か?

 一体「臨床力」って何だろう。100人の優れた脳神経内科医がいれば,100通りの考え方やそれぞれの定義があるに違いない。私にも何となく漠然たる考え方がある。しかし,それを短い原稿で語れるかは疑問である。

 ともかくも,「臨床力」といっても,各自が何を目指すのかによって当然にも異なると思われる。脳神経内科を訪れる患者の90%への判断ができて,10%の分からない場合に専門家に相談するのでよいし,もしそれができれば十分に社会貢献になる。

 しかし,私は言いたい。臨床場面で患者に向き合う時,何か気概・情熱をもって臨むのが必要ではないか。例えば,ホスピタルツアーをここで終わりにするとか,医療・医学のレベルアップのために教科書を一行でも書き換えるとか。skillとかtechniqueではなく,そういう気概を「臨床力」と呼びたい。

 では,その力をつけるのに必要なものは何か? 基礎となる解剖・生理や診察手技の機序の理解,そして疾患そのもののある程度の知識はもちろん大切であるが,それ以上に,前提としてまず好奇心(後述のFisher先生の言う「患者への人間としての興味」)が重要で,その上で観察力・幅広い注意力と型にはめない推理力・思考力が要求される。

 観察力については,Charles Miller Fisher(以下,CMFとする)先生の論文の中から心原性塞栓症概念を提唱したもの3)と一過性黒内障の症例報告4)を参考のために挙げておきたい。

 前者では,脳血管に原因となる病理がないので「血管れん縮」だろうと言われていた時代のことである。1949年にフェローとして着任したボストン市民病院において,神経病理学のチーフレジデントがホルマリン皮膚炎になったことで,彼は着任直後から全ての脳を切り出すことになった。3か月後のある日に切り出した9つの脳のうち「脳血栓症」として持ち込まれていた出血性大梗塞の3つの脳の切り出し前に,CMFは脳動脈をよく観察し,血栓が存在しないことを発見した。そして3例とも心房細動の既往と脾臓と腎臓に梗塞があったので,「これらは心臓からの塞栓子によって梗塞をきたし,塞栓子は明らかに溶けたか移動していったのだろう。出血性変化は閉塞血管が再開通したからだろう」と考えた。その後,CMFとRaymond Adamsは連続800例の剖検例を検討し,何度も心原性塞栓の概念について論文を投稿したが,その都度却下され,約40年後になって,塞栓に関する本の中で,全く同じ論文が最終的に日の目を見たのである5)

 後者では,片眼の視力低下の患者が廊下を運ばれている時に,彼はすぐ横の部屋に呼びこんで即座に眼底鏡で観察し,眼底動脈内に塞栓子の存在を見つけて,写生図入りの論文4)を書いた。
医学論文ではないが,医師コナン・ドイルによる一連のシャーロック・ホームズ物語には学ぶことが多い。Konnikova6)による“Mastermind: How to think like Sherlock Holmes”も観察力だけでなく推理力を磨く上で参考になると思われる。
 

 推理力については冒頭に引用した山脇東洋が述べている2)ように,私は型(「理」=既にある理論)にはめない思考(「物」=目前の現象について考えること)が何より大切と思う。各種のガイドラインやマニュアルは臨床医学のその時点での英知であるが,ある意味で過去のものである。大いに参考にすべきであるが,それらをマスターすることが臨床力ではないし,そこから外れたものは捨象されやすいという欠点がある。例えば,いくつかの特徴を呈する患者群をまとめて,ある自己抗体が発見されたとする。最近では,抗NMDAR抗体や抗アクアポリン4抗体の発見は画期的であった。しかし,その特徴のうちいくつあれば,その疾患が疑われるかというような議論はそれほど価値がない。発見後は,実際にもそうであったように,それらの自己抗体による症例のスペクトラムは拡がってくると考えるべきなのである。

 

2 CMFの17のルール

 私は以前にCMFのルールを2度紹介した5,7)。このルールはCMFの一番弟子カプラン(Louis Caplan)先生によって「Fisher’s “Rules”」として1982年に報告されている8).2020年にはカプラン先生が著したCMFの伝記(副題は「20世紀の脳卒中」)の中で解説を増やして改めて紹介された9)。臨床力の観点から見てこれらはどれも至言であり,解説抜きに紹介しておく。

 Fisher’s “Rules”(訳:引用者)

  •     1.    ベッドサイドは君の研究場所だ。患者から真剣に学びなさい。
  •     2.    ベッドサイドで課題が生じたら,すぐに決着をつけるようにしなさい。
  •     3.    仮説を立てなさい,そして正しいと受け入れる前に,反証するようにあるいは例外を見つけるように精一杯努力しなさい。
  •     4.    いつも1つかそれ以上の臨床研究のプロジェクトを進めなさい:そうすると日々のルーチンがもっと意味深くなる。
  •     5.    臨床診断に到達しようとする時には,その疾患の5つの最もよくみられる特徴(病歴上,身体診察上,検査上)について考えなさい。もし5つのうち少なくとも3つがなければ,その診断は間違っているらしい。
  •     6.    なるべく量的に,正確に記載しなさい。
  •     7.    症例の詳細は重要である。その分析によって,とりあえず修業が済んだばかりの人とエキスパートを分ける。
  •     8.    出会った現象を集めて分類しなさい:それらの機序や意義は,後に十分な症例が蓄積されたときにより一層明らかになるだろう。
  •     9.    聞いたことや読んだことは,自分自身で納得した時だけ完全に受け入れなさい。
  •     10.    自分自身の過去の経験と他人(文献や経験があり尊敬できる同僚)のそれらから学びなさい。
  •     11.    講義や講演する人は教訓的な話し方をするのがよい。よく聴き,質問し,提示することで他人にうまく教えることができる。
  •     12.    論文を多くかつ入念に書きなさい。あなたの仕事やアイデアから他の人に学んでもらいなさい。
  •     13.    知られている疾患や診断をもつ患者たちの特異な詳細に注意を払いなさい;そうすれば後になってよく似た現象が他の症例にみられる時に役立つだろう。
  •     14.    よい聞き手でありなさい;初心者の口からも鋭い知恵が発せられることがある。
  •     15.    不十分な検討のままで症例をあまり合致しないとりあえずの診断で済ませる誘惑には抵抗しなさい。
  •     16.    患者というのはいつも自分のできる最善を行っている。
  •     17.    人間としての患者に対し強い興味をもち続けなさい。

     

3 誤診・遅診を招く診察者側の認知心理学的ポイント

 ここまで神経症状に対処するうえで観察と推理が大事であると述べてきたが,以下のような認知心理学的なポイント10)を押さえておかないと,誤診や遅診というエアポケットに陥ることがある。

 ・Anchoring(係留/固着) アンカーと呼ばれる先に与えられている情報に影響されて,後からの情報による補正をしない現象である。第一印象に引きずられてしまったり,画像検査結果を先に見たりして,そこからだけ判断してしまったりするなどである。 

 ・Availability(利用可能性) 利用しやすい事項を優先させること。最近の経験や疾患の記憶に基づいて判断する傾向がこれに当たる。よく遭遇するコモンな疾患をまず考えるのは大切であるが,そこで思考停止してしまうなどである。

 ・Representativeness(代表性) 典型例と類似している事項だけを探し,非典型的事項を見逃すことをいう。側頭部痛の場合に年齢を無視して側頭動脈炎を想起するなどである。

 ・Confirmation bias(確証バイアス) 仮説を検証する時にそれを支持する情報ばかりを集め,反証する情報を無視または集めようとしない傾向のことである。疾患の特徴が4つある場合に,2つ合わないのにそのことを無視するなどであり,Fisher’s “Rules”の5と同じである。

 ・Delayed diagnosis(診断の遅れ) 正診がなされるまでに長い期間にわたって観察されてしまうことである。Fisher’s “Rules”の15に相当する。確証のない間は常に他の選択肢についても留意しておくべきなのである。

 

4 AI時代の神経症候学

 文献5の冒頭で私は以下のように述べた。

 最近のことである,間もなく留学するという若い神経内科医と話す機会があった。「どこへ行くのか」という質問に続けて「何を」と訊いたときに,「神経画像の最先端を勉強するために」と言うので,「その研究を通して症候学を発展させてほしい」と言ったら,きょとんとして「症候学? もう古いんじゃないですか」という答えが返ってきた。そこで私は言った,「症候学は古い学問ではない,日々最も新たにならなければならない分野であり,『最新』の研究こそ症候学のversion upに寄与しなければならないし,寄与しない研究は意味がない。」彼はその真意を理解しただろうか。

 この考えはもちろんAIが急速に発展してきた今でも変わらない。まだいろいろな検査機器がそれほど発達していなかった70年も前に偉大な脳神経内科医のWartenberg(1953)も「神経学的診断を下すのに無暗やたらと機械的,技術的,検査室的な検査を行い,それらを重視しすぎるという悲しむべき風潮が盛んになりつつある。医師は自分の診断を,簡単な神経学的検査の所見よりもこれらの検査結果に基づいて行うというようにますますなりつつある。(中略)観察と判断に基づいた『臨床的感覚(中略)』の代りに馬鹿がやっても大丈夫というような,規格化された方法を求める医師たちがあまりにも多い」(太字強調は引用者)と述べ,その時代よりさらに110余年前のもう一人の偉大な脳神経内科医Rombergの「(われわれの)大目的は(中略)医学を単なる機械的技術のかせから解放することである」(1840)を引用している11)

 「医学は不確実性の科学であり,蓋然性の技術である─患者に繰り返し耳を傾けることが診断を教えてくれる(訳:引用者)」と偉大な内科医Osler(1892)が述べているように,診断や経過判断のための神経症候学の基本は病歴聴取であり,その大半はAIには困難である。少なくとも現時点ではロボット(AI)には到底任せられないし,多分将来とも無理と思われる。神経症候学のもう半面である診察技術をとってみても,ロボットが腱反射やBabinski徴候,感覚検査などをうまく遂行できる様子は全く浮かばない

 しかし,画像検査や生理検査などの領域ではAIの補助はますます必要になるし,神経症候学(病歴聴取と神経診察)もAIのおかげで進化していかなければならないが,この領域では今後とも対面の診察に熟練しようとする医師こそが基本であることは永遠に変わらないと考える。RombergやWartenberg,Oslerの至言をかみしめたいと思う。映画『2001年宇宙の旅』(1968)の中で,スーパーコンピュータのHAL 9000が「Will do I dream?(私は夢をみますか?)」と語っている。私は,AIは決して夢をみられないが,脳神経内科医はAIの力も借りて良い夢をみることができると信じている11)

 

Memo 臨床力の評価—Caplanら編著『脳卒中の物語』でキーパーソンに認定?

 2023年冒頭,とても驚いたことがあった。Cambridge University Pressから発売された上記の書籍“Stories of Stroke”(全619頁)に,私が深く関与した疾患(CARASIL☞『神経症状の診かた・考えかた 第3版』224頁)の紹介があり,これ自体は『脳卒中の物語』として「当然」と思われたが,Index(索引)に私のフルネームが載っていたのに驚かされた。この本の編集者のCaplan LRはハーバード大学の教授で脳卒中学の世界的トップリーダーである。Indexに載っている日本人は私のほかには,もやもや病を確立した鈴木二郎先生(東北大学名誉教授),脳損傷/虚血の基礎的研究の桐野高明先生(東京大学名誉教授),高次脳機能研究の森 悦朗先生(大阪大学教授),神経病理学の岡崎春雄先生(Mayo Clinic名誉教授),スタチンの発明者遠藤 章先生(バイオファーム研究所所長),戦前にポータブル心電計を考案した武見太郎先生(後に日本医師会長)の6人だけであった。この本の副題は“Key Individuals and the Evolution of Ideas”(「キーとなる個人たちと概念の発展」)であり,主要な個人に選ばれたようでとても光栄に思われる。臨床的な仕事がこのように評価されることがあるのを本邦の若い医師に知ってもらいたい。

 なお,CARASILは日本発の神経疾患として2度紹介されている(Brain Nerve 63 : 99−108, 2011 ; Clin Neurosci 41 : 77−80, 81−83, 2023)。

本章の1「臨床力とは何か?」,2「CMFの17のルール」は,福武敏夫:臨床力とは何か? どのように身につけるか? Brain Nerve 74 : 7−9,2022より一部修正して転載。

  • 引用文献  
  •  1)    小池 滋(監訳),日暮雅通,他(訳):ボヘミアの醜聞.シャーロック・ホームズ全集,第5巻.p125,東京図書,1982(原著はSir Arthur Conan Doyle : A Scandal in Bohemia. 1891)
  •     2)    ドナルド・キーン(著),角地幸男(訳):渡辺崋山.pp41−42,新潮社,2007
  •     3)    Fisher CM : Observations of the fundus oculi in transient monocular blindness. Neurology 9 : 333−347, 1959
  •     4)    Fisher CM, et al : Observations on brain embolism with special reference to the mechanism of hemorrhagic infarction. J Neuropathol Exp Neurol 10 : 92−94, 1951
  •     5)    福武敏夫:チャールズ・ミラー・フィッシャー−偉大なる観察者.Brain Nerve 66 : 1317−1325, 2016
  •     6)    Konnikova M : Mastermind : how to think like Sherlock Holmes. Gernert Company, New York, 2013(日暮雅通(訳),シャーロック・ホームズの思考術.早川書房,2016)
  •     7)    福武敏夫:チャールズ・ミラー・フィッシャー−偉大な「一人の医師」.Brain Nerve 64 : 1443−1448, 2012
  •     8)    Caplan RL : Fisher‘s rules. Arch Neurol 39 : 389−390, 1982
  •     9)    Caplan RL : Fisher’s collegiality, personality traits and idiosyncrasies, and “Rules”. In : C. Miller Fisher : stroke in the 20th century. Oxford University Press, New York, pp156−169, 2020
  •     10)    Koyama A, et al : Avoiding diagnostic errors in psychosomatic medicine : a case series study. BioPsychoSocial Med 12 : 4, 2018
  •         doi.org/10.1186/s13030-018-0122-3
  •     11)    福武敏夫:神経症候学はAIを呑み込んで進化する.Clin Neurosci 38 : 1342−1346, 2020
  •  
  • 筆者が自らの臨床力を高めえたと自負する症例報告10選  
  •  1)    福武敏夫,他:von Willebrand病による脊髄内出血.臨床神経25:705−710, 1985
  •     2)    Fukutake T, et al:Contralateral selective saccadic palsy after a small haematoma in the corona radiata adjacent to the genu of the internal capsule. Neurology 56:221, 1993
  •     3)    Fukutake T, et al:Transient unilateral catalepsy and right parietal damage. Jpn Psychiatry Neurol 47:647−650, 1993
  •     4)    Fukutake T, et al:Auditory illusions caused by a small lesion in the right medial geniculate body. Neurology 51:1469−1471, 1998
  •     5)    Fukutake T, et al:Roller coaster headache and subdural hematoma. Neurology 54:264, 2000
  •     6)    Fukutake T, et al:Motion sickness susceptibility due to a small hematoma in the right supramarginal gyrus. Clin Neurol Neurosurg 102:246−248, 2000
  •     7)    Fukutake T, et al:Severe personality changes after unilateral left paramedian thalamic infarct. Eur Neurol 47:156−160, 2002
  •     8)    Fukutake T, et al:Apraxia of tool use: an autopsy case of biparietal infarction. Eur Neurol 49:45−52, 2003
  •     9)    Funakoshi K, Fukutake T, et al:Urinary retention caused by a small cortical infarction. J Neurol Neurosurg Psychiatry 76:457−458, 2005
  •     10)    Araki K, Fukutake T, et al:Rotatory vertigo caused by a small hemorrhage in the superior temporal gyrus. Intern Med 59:3067−3069, 2000
  •  
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