医学界新聞


医学生に必要な内容をミニマルに

インタビュー 岡敦子

2023.12.04 週刊医学界新聞(レジデント号):第3544号より

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 ヒトが受精してから出生するまでの過程を研究する学問である人体発生学は,モデル動物での実験結果やヒトゲノムの解読によって目覚ましい発展を遂げています。その一方,新たな知識,概念が加わり,初学者にとって全体像や学習ポイントが複雑な分野となってきていることは否めません。長らく医学部で講義をしてきた経験に基づき,医学生に必要な人体発生学の知識をコンパクトにまとめた新刊『ミニマル発生学』(医学書院)を上梓した岡敦子氏に,発生学と医学のつながり,人体発生学の学習におけるヒントを聞きました。

――岡先生は長らく発生生物学の研究者として,また医学部の教員として人体発生学の講義を務められてきました。発生生物学と人体発生学,ひいては医学とのつながりについて教えてください。

 かつて発生生物学と言うと,ウニやカエルなどの生物種ごとに生命現象を解明していく学問だととらえられてきました。しかし今,動物,なかでも脊椎動物の発生メカニズムは種を越えて共通していることが分子レベルで明らかにされ,モデル動物での実験結果が人体発生のメカニズム解明にもつながっています。また近年,人体発生学はヒトゲノムの解読が進んだことから,遺伝学,分子生物学などとも密接に関連する基礎学問分野として,臨床との結びつきがこれまで以上に深まっています。先天性疾患をはじめとする遺伝子関連疾患の病態理解だけでなく,再生医療の発展にも人体発生学の知識は不可欠です。

――岡先生自身は,どのような研究をされてきたのでしょうか。

 私の研究テーマはアフリカツメガエルをモデル動物とした,消化管の器官形成に関するメカニズムの解明です。アフリカツメガエルではオタマジャクシから変態する過程で,一部の上皮細胞が脱分化して幹細胞となり,その近くに幹細胞を支えるニッチと呼ばれる微小環境が形成され,陸上での生活に適応した消化管へと再構築されます()。このとき幹細胞とニッチの相互作用により活性化されるシグナル経路が,アフリカツメガエルの消化管再構築だけでなくヒトの消化管形成や再生にも重要な働きをすることが明らかになってきました1)

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 アフリカツメガエル変態期における小腸上皮の再構築
一部の上皮細胞が脱分化して幹細胞となり,その幹細胞が増殖,分化することで小腸上皮が再構築される。この時,脱分化した幹細胞近くにはニッチが形成され,Wnt,Notch,Shh等のシグナル経路が活性化される。これらの経路は,再構築後の腸上皮の再生にも重要な働きをしている。

 では一体,どのように上皮細胞が脱分化して幹細胞となるのか。そして消化管形成を促すシグナル経路とはどのようなものか。これらについて,アフリカツメガエルとヒトで共通しているのではと考え研究してきました。

――ヒトとアフリカツメガエルの発生メカニズムに分子レベルでの共通点があることに驚きました。

 哺乳類と両生類には脊椎動物という共通点があり,進化の過程で保存されてきた普遍的なメカニズムを解明することが楽しく研究を続けてきました。ヒトに至る生物の進化は,重要な発生メカニズムほど種を越えて保存されているという点でとても興味深いので,医学部での人体発生学の講義でも導入として取り上げてきました。

 

 医学生は人体発生学に限らず勉強すべき分野が広いので,講義においては学習の動機付けを意識しました。まずは医学のためになぜ人体発生学を学ばなくてはならないのかという意義付けをし,人体発生学の全体像をつかんでもらってから,専門的な内容に進めるよう心掛けていました。

 加えて,私が担当していたのは1,2年次の講義でしたので,初学者への配慮を忘れないことも重要な課題でした。医学生の多くは大学受験の科目として化学と物理を選択し,生物を学ぶことなく入学する学生も少なくありません。初めて生命科学の分野を学ぶ彼らが,医学の基礎となる人体発生学をつまずかずに学習できるように工夫を凝らしてきました。

――人体発生学と医学とのつながりを意識して講義されていたのですね。

 はい。担当していた講義では,発生学の応用分野である再生医学に取り組む先生に,臨床現場の最前線のお話をしていただくこともありました。やはり,国家試験対策を目的にするのではなく,その先の臨床へのつながりを実感することで学生のモチベーションが上がることを肌で感じました。

 また,かつてに比べると人体にかかわる発生学,解剖学,生理学で学ぶ内容に重なり合う部分が増えています。逆もまた然りですが,人体発生学に興味を抱いて勉強すると解剖学や生理学もよく理解でき,専門的な医学の学びへスムーズに進んでいくことができます。

――人体発生学を学習するためのヒントがあれば教えてください。

 ここ20~30年間の人体発生学の発展は目覚ましく,新たな知識や概念が生まれていることもあり,日々その情報量は増え続けています。そのため人体発生学の専門書は頻繁に改訂され,書かれている内容の全てを勉強するにはかなりの時間が必要です。現代の人体発生学は,初学者にとって全体像がつかみづらく,学習ポイントがわかりにくい分野となってきていることは否めません。まずは人体発生学の全体像と,エッセンスをとらえてください。

 講義をする中で,大事なエッセンスのみをコンパクトにまとめた書籍があればとの想いがあり,人体発生学を勉強する入り口として初学者でもわかりやすく読破できるように『ミニマル発生学』を上梓しました。医学生にとって必要な人体発生学の内容は一通り網羅されていますので,まずはこの本で勉強して発生に興味をもってもらえるとうれしいです。さらに人体発生学を勉強したいと思った方は,より詳しい成書で学びを深めてもらえるとうれしいです。

――発生学の研究を楽しみ,講義ではその魅力を伝えるだけでなく,医学生にとって最適の学びも考えてこられたのですね。

 受精卵から始まる発生現象は神秘的で,その形態変化はダイナミックです。観察するだけで純粋に驚きが多いことは発生学の魅力だと思いますし,私は今でも興味を抱き続けています。人体発生学を学ぶ医学生のみなさんには,この魅力を学びの原動力とし,医学の基礎である人体発生学の視点と豊かな知見を持ち合わせた医師になってくれることを期待しています。

(了)


1)Curr Top Dev Biol. 2013[PMID:23347524]

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日本医科大学名誉教授

1979年東大理学部生物学科を卒業後,同大大学院理学系研究科動物学専攻を修了する。博士(理学)。その後,獨協医大第2解剖学教室助手に着任し,93年医学博士号を取得する。同大助手,広島大客員助教授などを経て2004~22年まで日医大教授を務めた。専門は発生生物学で,主な研究テーマは消化管の器官形成・再生メカニズムの解明。医学部教員として長年,1,2年次の生命科学の基礎と,臨床につながる人体発生学の講義を担当してきた。著書に『ミニマル発生学』(医学書院)ほか。

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