医学界新聞

書評

2023.11.20 週刊医学界新聞(通常号):第3542号より

《評者》 聖路加国際病院消化器・一般外科部長

 消化器外科手術の中でも肝胆膵外科手術は難易度が高い手術が多い。それゆえ,高難度肝胆膵外科手術を日本全国の皆さんに安全かつ安心して受けていただくことを理念として,2011年に日本肝胆膵外科学会高度技能専門医制度が立ち上げられた。その趣旨は,「高難度の手術をより安全かつ確実に行うことができる外科医師を育てる」ことであり,実技評価に基づき,術者とその修練施設を認定するものである。発足後,10余年を経て,2022年7月現在,高度技能専門医497人,修練施設288施設と,多くの高度技能専門医と修練施設が認定された。しかし,本制度は専門医の質を担保するべく,書類と手術ビデオにより厳密に審査が行われるため,合格率は50%前後と外科系基盤学会の専門医合格率(外科専門医合格率約95%,消化器外科専門医合格率約75%)と比べ,狭き門となっている。

 そこで,高度技能専門医をめざす肝胆膵外科医や指導的立場の高度技能指導医が知っておくべき外科解剖や基本手技,偶発症に対する対処法,代表的な術式などを解説した公的テキストが本書である。2010年の初版,16年の第2版を経て,今回,大幅に内容を改訂して23年6月に第3版が発刊された。

 第3版では,審査する側が気付いた問題点を反映し,より一層申請者のニーズに応え,わかりやすい内容となった。換言すれば,“痒いところに手が届く”指南書と言えよう。その特徴を3つ挙げたい。1点目は,「手術記録の書き方」や「ビデオの上手な撮り方」など,申請者が特に知りたかった具体的なコツを「技術認定取得のための心構え・留意点」として,Ⅰ章に独立させた点である。2点目は,Ⅱ章の「肝胆膵の外科解剖」に,内視鏡外科時代の新たな解剖学的知見であるPAM(precision anatomy for minimally invasive surgery)を肝臓・膵臓それぞれについて追加した点である。3点目は,Ⅴ章の「基本となる高難度手術術式」に加え,Ⅵ章として近年,肝胆膵外科領域でも導入が進んでいる「腹腔鏡下・ロボット支援下肝胆膵手術」を肝切除術,総胆管嚢腫切除,膵頭十二指腸切除術,膵体尾部切除術について詳細に解説している点である。さらに第3版では,文章や図による説明のみでは理解しにくい点について,要所要所に35編のWeb動画を収載している。“百聞は一見に如かず”であり,これらによって,読者の理解が高まることは言うまでもない。

 評者は高度技能指導医であり,手術が大好きである。今回,本書を熟読し,Web動画を見ることで,新たな気付きがあり,楽しく清々しい気分になった。高度技能専門医をめざす若き肝胆膵外科医の皆さんはもちろん,ベテラン外科医の皆さんも,本書をお読みいただくことで,より安全かつ質の高い高難度肝胆膵外科手術の遂行が可能になると信じてやまない。ぜひ,ご一読いただきたい。


《評者》 前橋赤十字病院感染症内科部長

 感染症診療のマニュアル本は持っているし,一般的な感染症はだいたい治療できている。とは言え,もしも耐性菌やそれに対する抗菌薬選択について聞かれたら,スムーズに答えられるほど詳しいわけでもない。いっそ専門書を読んでみたいけど,読める自信もない。見慣れない・聞き慣れない菌は,微生物学の本を読んでもしっくりこない。そんなあなたに,こうしたギャップを乗り越えステップアップするためにおすすめなのが本書である。

 第1章は薬剤耐性の総論である。「MICの数字を横読みする」「CEZを使用し続けても,そのMSSAはMRSAにはなりません」など,耐性菌に対する抗菌薬選択に欠かせない基礎知識が満載だ。続く第2章は臨床で主に使用される抗菌薬に対する耐性機序の解説で,ここまでをじっくり読んでも2時間程度で理解できるのがうれしい。最もよく出合うβ-ラクタマーゼについては特に図が豊富なので,この分野について初めて読む場合でもイメージしやすい。また,AmpCの「心変わり」や複雑怪奇なカルバペネマーゼがわかりやすく解説されてもいる。

 本書の真骨頂とも言えるのが第3章である。グラム陽性菌が20症例,グラム陰性菌が18症例,その他が11症例。それぞれ10分程度で読める分量なので,ちょっと空いた時間に一読できる。検査室の情報から起因菌を特定するためのコツや,その菌に対する治療戦略を考える上で必要な耐性機序の知識など,臨床現場で中堅が悩むときの感染症医の考え方を身につけることができる。取り上げられているのがマニアックな症例ではなく,臨床で日々問題となるようなものばかりなのも良い。腎盂腎炎や肺炎,胆管炎,髄膜炎などよく出合う感染症で,もしも耐性菌が検出されたときのシミュレーションができる。レンサ球菌群を溶血性などから分別する方法,グラム染色で見えているブドウ球菌が黄ブ菌なのかそれ以外か,痰でCorynebacterium属が検出された場合に治療するべきか,HACEKが血液培養から生えたらどうしたら良いか。菌が顕微鏡で見えた段階,菌が発育した段階,菌名が同定された段階,薬剤感受性結果も判明した段階,それぞれでどのように抗菌薬選択を考えるかも教えてくれる。あまりに記述がリアルなので,著者のもとで研修しているような感覚になってしまい,いつもなら本を読みながら手にしてしまうスマホの存在を忘れるくらい,症例の世界に入り込んでしまった。まるで読者の手をやさしく引っ張って,専門書を読むための基礎体力を鍛える手助けをしてくれるような一冊だ。

 本書にはさらに別の「使い方」もある。例えばグループ学習の題材として最適だ。週に一症例ずつ,指導医と勉強してみよう。指導医は初学者がどこにギャップを感じるかわかるし,指導医自身が「あれ,そうだったかしら」と改めて調べなおす機会にもなる。そのグループに臨床検査技師や薬剤師も交えて学び,気になったことを互いに聞くことで職種間のギャップを解消するためのツールにもなる。また,本書の洗練された薬剤感受性結果は菌別の「selective reporting」の見本として取り入れるべき資料的価値もある。COVID-19対応に奔走していた著者が「反骨精神のようなもの」で執筆した熱い想いが伝わってくる,あらゆるギャップを埋めてくれる一冊である。


《評者》 福岡大主任教授・精神医学

 本書は,研究所から大学病院という臨床現場へ活躍の場を移された加藤忠史先生によって『双極性障害 第3版』に改訂を加えられたものである。最近,病名の改訂が検討されたDSM-5-TR,ICD-11に基づき,今回の改訂版のタイトルは『双極症 第4版』へ変更されている。「病態の理解から治療戦略まで」というサブタイトルにもあるように,本書の特筆すべき点は,双極症の歴史から疫学,症状と経過,診断,治療,生物学的研究における最近の知見に至るまで幅広く網羅していることである。

 本書の膨大な情報量を目の前にすると,とても著者一人でまとめたとはにわかに信じ難いが,30年以上ひたむきに双極症の病態解明に取り組んできた著者にしかなし得ないことだと確信する。

 本書の「第1章 歴史」で紹介されているように,双極II型の概念の源流は,「双極症患者のうち躁状態で入院歴のある群を双極I型,うつ状態のみで入院した群を双極II型に分類した場合,I型とII型では家族歴や臨床経過が異なる」というDunnerらの臨床研究が基になっている。このことは,19世紀にKraepelinが定義した「躁うつ病」に重症の反復うつ病も含まれていたことと合致しているが,このような双極II型の概念は現在用いられているDSM-5-TRには反映されていない。双極II型の臨床病像は多様化していることから,双極II型の定義の見直しは今後の課題と言えよう。

 疫学の項においては,双極症と創造性との関連について疫学的研究のみならず,ゲノム研究の結果も紹介されている。アイスランド全国民のゲノムデータを用いた研究により二大精神病(統合失調症と双極症)と創造性が遺伝学的な基盤を共有していることが示唆されたことは興味深い。以前より著者が患者向けパンフレットに「双極性障害になりやすくなる遺伝子があるとしたら,それにプラスの意義があるからこそ,その遺伝子を持っている人が多いのだと考えられます」と記載しているように,生殖年齢である若年で発症し,子孫を残すという点では不利であるにもかかわらず,淘汰とうたされずに一定の罹患りかん率を保って存在し続けていることは,世の中に必要な存在であり続けている証拠とも言えるだろう。

 症状・経過の章においては,混合状態の概念に関して,Kraepelinの定義に立ち返り,診断法についてのいまだ残る課題が提示されている。加えて,躁状態やうつ状態の極期に錯乱・昏迷を呈することがあり,このようなカタトニア(緊張病)を呈する患者群は非定型精神病と重なりがある可能性が指摘されている。診断基準としては,DSM-5-TRに準拠するものの,DSMに代表される操作的診断基準をマニュアル的に用いただけの表面的な診断に陥るのではなく,背景にある長い精神医学研究の歴史を把握した上で,個々の症例を診たてることの重要性が強調されており,本書において双極症の詳細な歴史が記載されていることの意義が示されている。

 治療の総論の項においては,「エビデンスに基づいた治療を目指すために」と題してあるが,臨床試験のデータに基づくガイドラインの限界とともに,「躁状態の患者をどのようにして受診につなげるか」といった治療において最も困難で重要な臨床課題についてのエビデンスが現時点でないことが指摘されている。これらのことから,実臨床においては,本書の記載にとらわれず,最新のエビデンスに基づいた診療を心掛け,エビデンスが乏しい部分は経験により補っていく必要があることが示されている。実際に今回の改訂版では,臨床現場に戻った著者の経験に基づき,新たに「“難治性双極症”の治療」という項目が加わっている。

 本書で最もページ数を占めているのが生物学的研究に関する内容である。特に近年盛んに行われているゲノム研究,脳画像研究,iPS細胞を用いた研究に関して最新の知見が網羅されており,基礎研究に精通していない臨床家にとっても理解しやすく解説されている。最新の知見を踏まえ,著者が提唱するミトコンドリア機能障害仮説をアップデートするとともに,今回の改訂版で新たに加えられた「双極症の原因と治療薬の作用機序」の項目において,各治療薬の作用機序についても新たな知見に基づいた考察がなされている。

 本書の末尾は「いまだ原因不明なままであった双極症の原因解明は,いよいよ射程内に入りつつある」と締められているが,この部分は前版から改訂されないままとなっている。ここに著者の願いが込められているように思う。第5版へ期待したい。

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