医学界新聞


金子 唯史氏に聞く

インタビュー 金子唯史

2023.11.20 週刊医学界新聞(通常号):第3542号より

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 リハビリテーション業界ではエビデンスが重視される一方で,現場ではエビデンスを実臨床に活用できない療法士が多く,必要な情報が必要としている人に十分に届いていない――。こう語るのは脳卒中のリハビリテーションを解説した新刊『脳卒中の機能回復――動画で学ぶ自主トレーニング』(医学書院)を上梓した金子唯史氏である。同氏が代表を務めるSTROKE LABでは,臨床実践の際に押さえておきたいリハビリテーションのTipsをSNSを通じて発信している。Web上に存在する情報は玉石混交な現代において,情報発信を続けるねらいとは。書籍発行の背景や情報発信活動に込めた思いを金子氏に聞いた。

――まずは書籍『脳卒中の機能回復――動画で学ぶ自主トレーニング』の発行に至った経緯を教えてください。

金子 臨床経験を積み重ねてきた中で,リハビリテーション領域における“情報のギャップ”を感じていました。近年では本領域でもエビデンスが重視され,最先端を走る臨床家や研究者たちが臨床実践の結果を論文にまとめて報告しているものの,そうしたデータを参照し十分に活用できる基礎力の高い療法士が多いとは言えません。

 この状況を打破するために,2015年に立ち上げたのがSTROKE LABです。リハビリテーションを行う際に知っておきたい基本的知識をYouTubeやSNS上で発信してきました。情報発信を続ける中で,ブルンストロームステージやFMA(Fugl-Meyer Assessment)などの評価バッテリーの具体的な実施手順や解釈を解説した投稿のビュー数が多いことに気付いたのです。これらは養成課程で必ず習う項目であり,臨床現場では知っていて当たり前とされます。しかし,実際には需要があったのです。この気付きから,現場レベルで本当に必要とされている知見をまとめた書籍の発行に至りました。

――本書では脳卒中の機能評価やリハビリテーションの当事者の自主トレーニング方法などをエビデンスと共に見開き2ページで説明することを基本とし,同ページにはSTROKE LABが運営するYouTubeチャンネルへのQRコードも掲載しています()。こうした紙面の構成としたのはなぜでしょう。

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 『脳卒中の機能回復――動画で学ぶ自主トレーニング』の紙面サンプル(クリックで拡大)

金子 現場の療法士や当事者に実践的に使ってほしかったからです。脳卒中のリハビリテーションを総論的に解説した参考書は一定数ありますが,臨床現場での活用が想定された実践書は多くありません。また,例えば外来では当事者一人にかけられる時間は限られており,その中で機能回復を早めるには,自宅等での自主トレーニングも必要です。そこで,自主トレーニングの指導の参考となるようエビデンスと共に紙面と動画でわかりやすく示したかったのです。

――療法士だけでなく当事者が読んでも実践できる内容になっているのですね。

金子 はい。情報のギャップは療法士と当事者(や家族)の間にも存在しています。現場で「ここを参考にしてください」と活用されることを想定し,本書には「家族もできるトレーニング」といった内容も盛り込みました。

 また,自主トレーニングとは単に運動のみを指すのでなく,病態の基礎知識を理解することも含まれます。当事者自身が病態への理解を深めることで,リハビリテーションの効果も変わってくるでしょう。本書ではそうした体を動かすための知識も解説しているので,療法士の方にはぜひ現場での指導の際に活用してもらいたいです。

――金子先生は10年以上の臨床経験を経てからSTROKE LABを起業されています。起業の経緯を教えてください。

金子 保険診療での限界を感じて,当事者の自己負担でリハビリテーションを行う(自費リハビリ)施設として立ち上げました。起業当時は自費リハビリを提供する団体や施設がいくつか出始めていた頃で,本領域が徐々に盛り上がってくるであろうとの予感がありました。自費リハビリのメリットは施術できる日数に制限がなく,長期にわたりリハビリテーションを行える点です。

 また自費リハビリ事業に加えて,療法士向けの講習会を開催する教育事業も起業当初から開始しました。いくつかの書籍の翻訳に携わったことで病院主催の講習会に講師として呼ばれるようになり,教育にも需要があることに気付きました。

――現在は療法士向けにリハビリテーションの技術などを解説する講習会やセミナーはさまざまあります。他の講習会との違いはどういった点ですか。

金子 同じ時間や空間を長期間(半年以上)共有する共感体験を重視し,実地/オンラインで双方向なやりとりが行える点です。臨床現場においてエビデンスは重要であるものの,リハビリテーションの対象は感情を持った人間であり,エビデンスを押さえてマニュアル通りに行うだけでは当事者の総合的な支援にはつながりにくい。論文やセミナーを受動的に読む・受けるだけでなく,当事者の感情の機微に配慮した情報の伝え方や筋肉の反応を直接手で感じ取ることといった人間中心のアプローチを学べるよう工夫しています。

 また,SNSの発達によって情報発信が容易になり,リハビリテーションの要点を解説する投稿が見受けられます。Web上に存在する情報は玉石混交ですが,取捨選択を正しく行えるなら有料級の知識を無料で学べる時代です。そうすると,相対的にリアルな共感体験ができる場所の価値は上がってくると想定していました。弊社の講習会が500人以上の修了者を輩出できたのは,われわれが重視する共感体験が評価されているからでしょう。

金子 大なり小なり自らが置かれている環境への不満や悩みは尽きないと思います。それらを解決するには自分が頑張るだけでなく,上司や先輩・後輩,当事者と向き合って対話してみてください。その際,感謝の気持ちを忘れずに物事をポジティブにとらえてみると良いでしょう。

 本書はSTROKE LABを起業しておよそ10年の臨床知をまとめた集大成です。第1章の症例紹介から入り,脳卒中の基礎知識→評価→自主トレーニング→当事者の本音という若手療法士や当事者に読んでほしい順に目次建てを構成しました。そうした本書に込めたストーリーをぜひ感じ取ってみてください。

(了)


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株式会社STROKE LAB代表取締役社長

2002年に作業療法士免許を取得後,近森リハビリテーション病院に入職。04年から順大附属順天堂医院に勤務する。15年株式会社STROKE LABを設立し,22年より現職。自費リハビリ事業だけでなく若手療法士の教育や登録者計7万人超えのYouTubeチャンネル『STROKE LABニューロリハビリ研究所』『脳リハ.com』などを通した情報発信にも注力する。著書に『脳卒中の動作分析』『脳卒中の機能回復』(いずれも医学書院)など。
X(旧Twitter)ID:@thinkable77

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