脳卒中の動作分析
臨床推論から治療アプローチまで
上肢~歩行の動作まで、あなたは正しく分析できますか?
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リハビリテーション領域にとって脳卒中は主要な対象疾患であるが、その動作分析となると苦手意識を抱えている療法士は多い。そこで本書では、歩行や寝返り~手の機能に至る各基本動作の理解と互いの動作との関係性について、解剖学/運動学的側面と神経学的側面からエビデンスを軸に示す。また、実際の症例に対する臨床推論と介入アイデアを提示することで、臨床へのイメージを拡げ、スキルアップへとつなげることができる。
著 | 金子 唯史 |
---|---|
発行 | 2018年05月判型:B5頁:268 |
ISBN | 978-4-260-03531-6 |
定価 | 5,280円 (本体4,800円+税) |
更新情報
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
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はじめに
本書をまとめようと思った動機として,私が作業療法士として回復期リハビリテーション病院で働きはじめた際のエピソードが大きい.当時,脳卒中患者に対するトイレや更衣動作などのADL訓練の場面において,ただひたすらに反復訓練しかできず,無力感しか生まれなかった.なぜなら,動作が遂行できないことを「麻痺だから」としか結論づけられず,多くのコンポーネントで構成されるADLを,解剖学/運動学/神経科学を基盤に分析できなかったからである.わずか数年の学校教育で得た知識に依存し,臨床に必要な論文をほとんど読んでおらず,基礎知識が伴っていなかったのである.「源泉に逆らうと真実があり,流されるとただのゴミである」という表現があるが,動作分析を深めるには流されない膨大な知識と技術が必要である.そこで,以降15年の回復期→急性期→維持期(自費領域)の各病期で働くなかで多くの論文に触れ,実技練習や臨床でのディスカッションを重ねた.そうして基本動作の理解を深めたことで,患者のADLの動作分析や介入効果が飛躍的に伸びる臨床経験を得た.基本動作を身につけなければ,応用動作の分析は難しいことを痛感した次第である.
本書では,私の経験をもとに,以下の3点に絞って読者の皆様に動作分析の理解を深めてもらう工夫を凝らした.
1.基本動作を寝返り~手の機能までの5つに分け,各動作の理解と互いの動作の関係性を提示する.
2.基本動作について,解剖学/運動学的側面と神経学的側面をもとにした論文ベースによる臨床との関連性を提示する.
3.各章において実際の脳卒中症例に対する臨床推論と介入アイデアを提示する.
これらの3点を理解することで,療法士の専門性にこだわり過ぎず,動作分析をあらゆる側面から捉えられるきっかけになればと思う.ひとつひとつの基本動作を習熟することでシナジーが生まれ,動作分析にとどまらずに基本動作から生活動作に至るまでの多様な臨床応用につながっていく.もちろん,本書だけで動作分析や臨床推論のスキルは完結するものではなく,日々の臨床や数多くの文献などを通じ,一生をかけて磨いていく必要がある.
現代は,費用対効果に見合った成果が求められる厳しい監視の下,患者の生活をサポートできるスキルがより求められる時代である.これまでのような病院,施設で専門性を発揮する働きかたが変わりつつある療法士業界で,理学療法士の基本動作中心の機能訓練,作業療法士の生活機能訓練といった完全分業化が必ずしもメリットになるわけではない.どのフィールドで働こうと,療法士の強みとなる動作⇔生活のプロセスを医学的視点から推論できる能力は求められる.本書が脳卒中患者への動作分析,臨床推論のサポートになれば幸いである.
なお,本書の発刊は当初の予定よりも膨大な時間を要したが,医学書院の担当者である北條氏を含め,論文収集などをサポートしてくれた療法士の仲間達のお力添えもあり,このように形にすることができた.心から感謝申し上げる.
2018年4月
STROKE LAB代表 金子唯史
本書をまとめようと思った動機として,私が作業療法士として回復期リハビリテーション病院で働きはじめた際のエピソードが大きい.当時,脳卒中患者に対するトイレや更衣動作などのADL訓練の場面において,ただひたすらに反復訓練しかできず,無力感しか生まれなかった.なぜなら,動作が遂行できないことを「麻痺だから」としか結論づけられず,多くのコンポーネントで構成されるADLを,解剖学/運動学/神経科学を基盤に分析できなかったからである.わずか数年の学校教育で得た知識に依存し,臨床に必要な論文をほとんど読んでおらず,基礎知識が伴っていなかったのである.「源泉に逆らうと真実があり,流されるとただのゴミである」という表現があるが,動作分析を深めるには流されない膨大な知識と技術が必要である.そこで,以降15年の回復期→急性期→維持期(自費領域)の各病期で働くなかで多くの論文に触れ,実技練習や臨床でのディスカッションを重ねた.そうして基本動作の理解を深めたことで,患者のADLの動作分析や介入効果が飛躍的に伸びる臨床経験を得た.基本動作を身につけなければ,応用動作の分析は難しいことを痛感した次第である.
本書では,私の経験をもとに,以下の3点に絞って読者の皆様に動作分析の理解を深めてもらう工夫を凝らした.
1.基本動作を寝返り~手の機能までの5つに分け,各動作の理解と互いの動作の関係性を提示する.
2.基本動作について,解剖学/運動学的側面と神経学的側面をもとにした論文ベースによる臨床との関連性を提示する.
3.各章において実際の脳卒中症例に対する臨床推論と介入アイデアを提示する.
これらの3点を理解することで,療法士の専門性にこだわり過ぎず,動作分析をあらゆる側面から捉えられるきっかけになればと思う.ひとつひとつの基本動作を習熟することでシナジーが生まれ,動作分析にとどまらずに基本動作から生活動作に至るまでの多様な臨床応用につながっていく.もちろん,本書だけで動作分析や臨床推論のスキルは完結するものではなく,日々の臨床や数多くの文献などを通じ,一生をかけて磨いていく必要がある.
現代は,費用対効果に見合った成果が求められる厳しい監視の下,患者の生活をサポートできるスキルがより求められる時代である.これまでのような病院,施設で専門性を発揮する働きかたが変わりつつある療法士業界で,理学療法士の基本動作中心の機能訓練,作業療法士の生活機能訓練といった完全分業化が必ずしもメリットになるわけではない.どのフィールドで働こうと,療法士の強みとなる動作⇔生活のプロセスを医学的視点から推論できる能力は求められる.本書が脳卒中患者への動作分析,臨床推論のサポートになれば幸いである.
なお,本書の発刊は当初の予定よりも膨大な時間を要したが,医学書院の担当者である北條氏を含め,論文収集などをサポートしてくれた療法士の仲間達のお力添えもあり,このように形にすることができた.心から感謝申し上げる.
2018年4月
STROKE LAB代表 金子唯史
目次
開く
Chapter 1 動作分析と臨床推論
概要
動作分析と臨床推論
Chapter 2 寝返り・起き上がり
概要
寝返り・起き上がりとは?
解剖学・運動学的側面
寝返りの運動パターン
寝返りの4相とハンドリング
起き上がりの4相とハンドリング
寝返り・起き上がりにおけるコアスタビリティ
コアスタビリティの3システム
コアスタビリティ:筋群と役割
コアスタビリティの評価
神経学的側面
コアスタビリティ:神経系の関与
前庭系の関与
臨床応用
症例紹介と治療前後の比較
背臥位,側臥位での非麻痺側の治療
端座位での評価と治療
端座位→背臥位での評価と治療
麻痺側の評価と治療
Chapter 3 立ち上がり/着座
概要
立ち上がり/着座(STS)とは?
立ち上がり(sit to stand)における4つの相
着座(stand to sit)とは?
解剖学・運動学的/神経学的側面
臨床応用
症例紹介と治療前後の比較
体幹の評価と治療(主に第1相の改善に向けて)
上肢の評価と治療(主に第2相の改善に向けて)
下肢の評価と治療(主に第3相の改善に向けて)
立ち上がり←→着座の評価と治療(主に第4相の改善に向けて)
Chapter 4 上肢のリーチ
概要
リーチとは何か?
リーチの4相と筋活動
4相の役割
脳卒中患者がリーチ動作の際に陥りやすい観察ポイント
解剖学・運動学的側面
体幹と上肢機能の関係性
肩甲骨と上肢機能の関係性
肘関節と上肢機能の関係性
手と上肢機能の関係性
神経学的側面
リーチにおける脳内プロセス
環境把握と視覚システム
身体知覚システム
運動プラン生成のための皮質間連携
運動実行のための皮質間連携
リーチ時の感覚フィードバックとAPAs
臨床応用
症例紹介と治療前後の比較
治療戦略
体幹・骨盤の評価と治療
肩甲骨の評価と治療
肩甲上腕関節の評価と治療
プレシェーピングの評価と治療
手の不使用に対する自宅でのトレーニング強化
Chapter 5 手
概要
手の基本機能
手の機能回復に必要な6要素
回復 vs 代償
技能×適応
感覚運動学習
解剖学・運動学的側面
把持/把握(grip / grasp)
操作(manipulation)
神経学的側面
手の制御に必要な神経システム
脳卒中後の手の理解
探索器官としての手の役割
臨床応用
症例紹介と治療前後の比較
肘関節/前腕の評価と治療
手の評価と治療
把持の評価と治療
操作の評価と治療
道具の身体化に向けた評価と治療
Chapter 6 歩行
概要
歩行とは?
各相の基本的知識と床反力の方向
典型的な運動学的逸脱と適応
解剖学・運動学的側面
歩行の筋活動
倒立振り子モデル
足関節の支点機能(ロッカーファンクション)
フットコアシステム
神経学的側面
歩行のトップダウン指令
歩行の並列システム
脊髄CPGsの役割
感覚入力による重みづけ
上位中枢の役割
脳卒中患者の歩行特性
臨床応用
立位
片脚立位
ステップ肢位
歩行周期とリズム
症例紹介と治療前後の比較
立位の評価と治療
片脚立位の評価と治療
ステップ肢位の評価と治療
歩行(周期)の評価と治療
付録
1 抗重力位(upright position)のポイント
2 ハンドリングの10ポイント
索引
概要
動作分析と臨床推論
Chapter 2 寝返り・起き上がり
概要
寝返り・起き上がりとは?
解剖学・運動学的側面
寝返りの運動パターン
寝返りの4相とハンドリング
起き上がりの4相とハンドリング
寝返り・起き上がりにおけるコアスタビリティ
コアスタビリティの3システム
コアスタビリティ:筋群と役割
コアスタビリティの評価
神経学的側面
コアスタビリティ:神経系の関与
前庭系の関与
臨床応用
症例紹介と治療前後の比較
背臥位,側臥位での非麻痺側の治療
端座位での評価と治療
端座位→背臥位での評価と治療
麻痺側の評価と治療
Chapter 3 立ち上がり/着座
概要
立ち上がり/着座(STS)とは?
立ち上がり(sit to stand)における4つの相
着座(stand to sit)とは?
解剖学・運動学的/神経学的側面
臨床応用
症例紹介と治療前後の比較
体幹の評価と治療(主に第1相の改善に向けて)
上肢の評価と治療(主に第2相の改善に向けて)
下肢の評価と治療(主に第3相の改善に向けて)
立ち上がり←→着座の評価と治療(主に第4相の改善に向けて)
Chapter 4 上肢のリーチ
概要
リーチとは何か?
リーチの4相と筋活動
4相の役割
脳卒中患者がリーチ動作の際に陥りやすい観察ポイント
解剖学・運動学的側面
体幹と上肢機能の関係性
肩甲骨と上肢機能の関係性
肘関節と上肢機能の関係性
手と上肢機能の関係性
神経学的側面
リーチにおける脳内プロセス
環境把握と視覚システム
身体知覚システム
運動プラン生成のための皮質間連携
運動実行のための皮質間連携
リーチ時の感覚フィードバックとAPAs
臨床応用
症例紹介と治療前後の比較
治療戦略
体幹・骨盤の評価と治療
肩甲骨の評価と治療
肩甲上腕関節の評価と治療
プレシェーピングの評価と治療
手の不使用に対する自宅でのトレーニング強化
Chapter 5 手
概要
手の基本機能
手の機能回復に必要な6要素
回復 vs 代償
技能×適応
感覚運動学習
解剖学・運動学的側面
把持/把握(grip / grasp)
操作(manipulation)
神経学的側面
手の制御に必要な神経システム
脳卒中後の手の理解
探索器官としての手の役割
臨床応用
症例紹介と治療前後の比較
肘関節/前腕の評価と治療
手の評価と治療
把持の評価と治療
操作の評価と治療
道具の身体化に向けた評価と治療
Chapter 6 歩行
概要
歩行とは?
各相の基本的知識と床反力の方向
典型的な運動学的逸脱と適応
解剖学・運動学的側面
歩行の筋活動
倒立振り子モデル
足関節の支点機能(ロッカーファンクション)
フットコアシステム
神経学的側面
歩行のトップダウン指令
歩行の並列システム
脊髄CPGsの役割
感覚入力による重みづけ
上位中枢の役割
脳卒中患者の歩行特性
臨床応用
立位
片脚立位
ステップ肢位
歩行周期とリズム
症例紹介と治療前後の比較
立位の評価と治療
片脚立位の評価と治療
ステップ肢位の評価と治療
歩行(周期)の評価と治療
付録
1 抗重力位(upright position)のポイント
2 ハンドリングの10ポイント
索引
書評
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対象を総合的に診て正しい分析・介入へつなげる
書評者: 山本 伸一 (山梨リハビリテーション病院リハビリテーション部副部長/作業療法課課長)
脳卒中の動作分析は,正常運動が基本である。正常とは何か。合理的であり,機能的な動きの中で培われてきた経験の結果でもある。それは「標準」である一方,幅を持つという側面もある。多くの場合は「動き」であることから,表現することが難しいかもしれない。だからこそ,多くのセラピストにとって苦手といえるのだろう。しかしながら,動作分析は,今行っている自身の対象者へのアプローチが「続行なのか」「中止なのか」「変更なのか」についての判断材料になる。つまり,正常運動分析を知っていることは,介入の見極めだけでなく,セラピーの質の向上につながるといえよう。
今回,STROKE LAB代表の金子唯史氏から本書の発刊の連絡を受けた。15年の付き合いになる優秀な作業療法士である。2015年,主として脳卒中を対象とした自費リハビリ施設を立ち上げた。それまでは急性期・回復期病棟にも勤務し,各Stageについても経験されている。
本書のテーマは,「脳卒中の動作分析」。これは興味をそそられる。概要の章で「動作分析と臨床推論」について述べ,その後は,基本動作を5つに分け,「寝返り・起き上がり」「立ち上がり/着座」「上肢のリーチ」「手」「歩行」としてまとめられている。
金子氏はChapter 1において,「動作分析のなかで問題点を抽出する際,(1)神経学的側面(運動制御に関与する構造および経路),(2)生体力学的側面(筋肉,関節および軟組織の構造および特性を指す),(3)行動的側面(認知的,動機づけ,知覚,感情的側面)の3つに分類して観察する必要がある」と述べている。さらには,動作分析から臨床推論の在りかた,その知識の組織化やメタ認知の重要性などを説いている。また各基本動作については,概要から始まり,“目に見える”解剖学・運動学からの分析,“目に見えない”神経学からの分析,そして治療的応用・戦略についてまとめている。
臨床推論を行う上で各種の分析は必要であるが,「見る」ことは「診る」ことともいえる。目に見える分野と見えない分野を「診る」のである。私たちセラピストは,身体を通して総合的に「診る」ことができるはずだ。そのためには,解剖学・運動学だけでなく,中枢神経系を知ることも大切だというメッセージが本書に込められている。また,介入の切り口(段階付け)は多々あり,一つだけではない。随所に盛り込まれている「臨床Q&A」がそれを裏付けている。
私たちは「活動」へかかわるために心身機能を「診る」。それと同時に分析・介入できることがセラピストの強みだと思う。金子氏の強い意志が込められた一冊。私からも推薦したい。
PT/OT領域の日々の臨床に生かせる動作分析実践書
書評者: 新保 松雄 (新華康复医院・非常勤/元・順天堂大順天堂医院・理学療法士)
本書は,(1)人の主要な機能的運動・動作が持つ意味について豊富な文献引用をもとに述べ,(2)解剖学的・神経学的構成要素から,それらの運動や動作が臨床で役立つように導き,そして,(3)著者の臨床的エビデンスを交えつつ脳卒中片麻痺患者を代表例として解説を施しています。もちろんそれは,運動障害を伴う多くの疾患にも応用され得るものです。
動きを著すというのは本当に難しい上,人の動きは一人ひとり違うために一般化して書くことは困難な作業になります。本書はその難しさに対し,運動・動作をいくつかの相に分解し,それぞれの相における重要な構成要素を解説することで対応しています。本書の構成をみると,何よりも患者さんへのセラピーに際して役立つことを第一の目的とし,そして豊富な文献を紹介することでセラピストとしての専門性を高めていこうとする著者の思いが読み取れます。
近年ほど「臨床推論能力」と「セラピー実践能力」がリハビリテーション専門職種に求められている時代はありません。患者さんから寄せられる大きな期待は,現実に抱えている問題の解決に向けた援助です。機器,器具,家屋改造も重要ですが,患者さんのImpairmentレベルでの回復・改善を達成することが何よりも大切なことといえるでしょう。
本書は日々の臨床に生かせる書物です。解剖学と神経生理学の基礎知識は私たちセラピストに必須のものですが,その意味でも本書の内容は教育現場での教科書としてもじゅうぶんに価値のあるものになっています。また,理学療法領域だけではなく,作業療法領域にも活用範囲が広いように思います。さらには,リハビリテーションを専門としている医師にとっても,運動療法に対する理解と見識を高めるための参考書となり得るでしょう。
人が効率的に運動や動作を遂行するためには姿勢コントロールの働きが欠かせません。人は二足直立・歩行,手の使用,そして言語の獲得と発達によって神経システムを高度に組織化しました。このような観点からも,人における二足直立・歩行動作を理解することは,他の運動や動作を分析する際にも必要不可欠といえます。その意味で,「歩行」の章を読んでから他の章を読み進めてみると,人の運動や動作分析の理解に大きく役立つのではないかと思われます。
本書は単に読むだけではなく,実際に健常者,さらには患者さんの運動・動作分析を実践することではじめて,真の価値を発揮するものといえるのではないかと思います。それは私たちセラピストが介入することで,患者さんの感覚・知覚・認知レベルに影響を与え,さらに,感覚導入を適切に行うことこそが患者さんの運動行動を変化させる刺激情報になるからです。
書評者: 山本 伸一 (山梨リハビリテーション病院リハビリテーション部副部長/作業療法課課長)
脳卒中の動作分析は,正常運動が基本である。正常とは何か。合理的であり,機能的な動きの中で培われてきた経験の結果でもある。それは「標準」である一方,幅を持つという側面もある。多くの場合は「動き」であることから,表現することが難しいかもしれない。だからこそ,多くのセラピストにとって苦手といえるのだろう。しかしながら,動作分析は,今行っている自身の対象者へのアプローチが「続行なのか」「中止なのか」「変更なのか」についての判断材料になる。つまり,正常運動分析を知っていることは,介入の見極めだけでなく,セラピーの質の向上につながるといえよう。
今回,STROKE LAB代表の金子唯史氏から本書の発刊の連絡を受けた。15年の付き合いになる優秀な作業療法士である。2015年,主として脳卒中を対象とした自費リハビリ施設を立ち上げた。それまでは急性期・回復期病棟にも勤務し,各Stageについても経験されている。
本書のテーマは,「脳卒中の動作分析」。これは興味をそそられる。概要の章で「動作分析と臨床推論」について述べ,その後は,基本動作を5つに分け,「寝返り・起き上がり」「立ち上がり/着座」「上肢のリーチ」「手」「歩行」としてまとめられている。
金子氏はChapter 1において,「動作分析のなかで問題点を抽出する際,(1)神経学的側面(運動制御に関与する構造および経路),(2)生体力学的側面(筋肉,関節および軟組織の構造および特性を指す),(3)行動的側面(認知的,動機づけ,知覚,感情的側面)の3つに分類して観察する必要がある」と述べている。さらには,動作分析から臨床推論の在りかた,その知識の組織化やメタ認知の重要性などを説いている。また各基本動作については,概要から始まり,“目に見える”解剖学・運動学からの分析,“目に見えない”神経学からの分析,そして治療的応用・戦略についてまとめている。
臨床推論を行う上で各種の分析は必要であるが,「見る」ことは「診る」ことともいえる。目に見える分野と見えない分野を「診る」のである。私たちセラピストは,身体を通して総合的に「診る」ことができるはずだ。そのためには,解剖学・運動学だけでなく,中枢神経系を知ることも大切だというメッセージが本書に込められている。また,介入の切り口(段階付け)は多々あり,一つだけではない。随所に盛り込まれている「臨床Q&A」がそれを裏付けている。
私たちは「活動」へかかわるために心身機能を「診る」。それと同時に分析・介入できることがセラピストの強みだと思う。金子氏の強い意志が込められた一冊。私からも推薦したい。
PT/OT領域の日々の臨床に生かせる動作分析実践書
書評者: 新保 松雄 (新華康复医院・非常勤/元・順天堂大順天堂医院・理学療法士)
本書は,(1)人の主要な機能的運動・動作が持つ意味について豊富な文献引用をもとに述べ,(2)解剖学的・神経学的構成要素から,それらの運動や動作が臨床で役立つように導き,そして,(3)著者の臨床的エビデンスを交えつつ脳卒中片麻痺患者を代表例として解説を施しています。もちろんそれは,運動障害を伴う多くの疾患にも応用され得るものです。
動きを著すというのは本当に難しい上,人の動きは一人ひとり違うために一般化して書くことは困難な作業になります。本書はその難しさに対し,運動・動作をいくつかの相に分解し,それぞれの相における重要な構成要素を解説することで対応しています。本書の構成をみると,何よりも患者さんへのセラピーに際して役立つことを第一の目的とし,そして豊富な文献を紹介することでセラピストとしての専門性を高めていこうとする著者の思いが読み取れます。
近年ほど「臨床推論能力」と「セラピー実践能力」がリハビリテーション専門職種に求められている時代はありません。患者さんから寄せられる大きな期待は,現実に抱えている問題の解決に向けた援助です。機器,器具,家屋改造も重要ですが,患者さんのImpairmentレベルでの回復・改善を達成することが何よりも大切なことといえるでしょう。
本書は日々の臨床に生かせる書物です。解剖学と神経生理学の基礎知識は私たちセラピストに必須のものですが,その意味でも本書の内容は教育現場での教科書としてもじゅうぶんに価値のあるものになっています。また,理学療法領域だけではなく,作業療法領域にも活用範囲が広いように思います。さらには,リハビリテーションを専門としている医師にとっても,運動療法に対する理解と見識を高めるための参考書となり得るでしょう。
人が効率的に運動や動作を遂行するためには姿勢コントロールの働きが欠かせません。人は二足直立・歩行,手の使用,そして言語の獲得と発達によって神経システムを高度に組織化しました。このような観点からも,人における二足直立・歩行動作を理解することは,他の運動や動作を分析する際にも必要不可欠といえます。その意味で,「歩行」の章を読んでから他の章を読み進めてみると,人の運動や動作分析の理解に大きく役立つのではないかと思われます。
本書は単に読むだけではなく,実際に健常者,さらには患者さんの運動・動作分析を実践することではじめて,真の価値を発揮するものといえるのではないかと思います。それは私たちセラピストが介入することで,患者さんの感覚・知覚・認知レベルに影響を与え,さらに,感覚導入を適切に行うことこそが患者さんの運動行動を変化させる刺激情報になるからです。
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