医学界新聞

対談・座談会 川添高志,澤田優香

2023.10.23 週刊医学界新聞(看護号):第3538号より

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 アントレプレナーシップとは一般に起業家精神を意味し,イノベーションを武器に,困難や変化の中に機会を見いだし,事業を成功に導く行動体系,リスクに挑む姿勢等を指します。本紙では,看護の領域でアントレプレナーシップを発揮し,「ワンコイン健診」等,社会課題を解決する事業を多方面に展開する川添高志氏,患者―医療者間のコミュニケーションを円滑にする事業に取り組む澤田優香氏による対談を企画。それぞれの事業がめざすところと,その根底にある看護への思いを探りました。

川添 本日はお声掛けいただきありがとうございます。

澤田 川添さんには長年お世話になっていますから,対談が実現してうれしいです。さまざまにお話しできればと思います。

自身の体験を基に採算の取れる事業を生み出す

川添 澤田さんは患者―医療者間のコミュニケーションシステムに関する事業に取り組まれていますが,そうした事業を起こすことになった経緯を教えていただけますか。

澤田 臨床看護師をしていた頃,医療者を取り巻く職場環境に疑問を感じる瞬間がたびたびあったことが,事業に取り組むベースにあります。例えば,夜勤中にパソコンカートを引く音が気になって眠れないと患者さんに言われたことがありました。しかし,音が出る原因はカートの構造による部分が大きかったので,どうしたものかと思案していたのです。そんな中,静かに移動させられるカートが別のメーカーから販売されているのを見つけて,「製品としては存在しているんだ」と驚きました。そうした経験から,誰がどういう過程で意思決定を行って,この環境が形作られているのだろうと関心を持ったのです。

川添 なるほど。

澤田 その後コンサルタントとして病院運営における意思決定を支援したり,自身が患者として入院するといった体験をしたりする中で,医療者と患者がデジタルでつながっていない(=同期的なコミュニケーションしかできない)ことが,さまざまな制約につながっているのではないかと思い至りました。多忙な医療現場ではコミュニケーションに基づいて決断が下されていくところがありますから,非同期の,互いの発信と受信をずらしたコミュニケーションを可能にすることで,時間軸を長く取った計画的なオペレーションが実現できるのではと考えました。

川添 口頭や書類に依拠しない次世代のコミュニケーション手段を開発するということですね。

澤田 はい。患者と病院,医療者をつなぐハブになるイメージです。具体的には,入院案内を半自動化させるアプリケーション「ポケさぽ」というサービスを展開しています。

川添 キーワードとして非同期コミュニケーションが挙がったのは興味深いと感じました。同期した上で常に働かなければならないとの考えに陥りがちな看護師は少なくない印象です。コンサルタントとしての業務や患者としての体験を通じて非同期コミュニケーションに着目したとのことですが,直接的な契機はあったのでしょうか。

澤田 入院患者として,ナースコールを押すことが心苦しかったのがきっかけです。非同期コミュニケーションで物事を進めることが当たり前になった世の中で,同期的コミュニケーションでしか情報伝達・意思疎通ができないことにやりづらさを感じました。そこから,医療現場にも非同期コミュニケーションをとの発想が生まれました。

川添 「ポケさぽ」では入院案内に関する患者説明を非同期に行うわけですが,導入コストもそれなりにかかるはずです。コストに見合うだけの効果を医療機関に提供できているのでしょうか。

澤田 「ポケさぽ」では,患者説明の表現方法を,口頭や書類ではなくシステムに置き換えることになります。「ポケさぽ」が医療事務による説明の一部を担うと,その分ドクターズクラークとしての仕事に注力してもらえます。入退院支援部門の看護師が患者説明を行っている場合でも同様です。看護師には指導やアセスメントなどのコミュニケーションに集中してもらい,アメニティの使用法や書類の書き方といった情報伝達は「ポケさぽ」で補完するタスクシェア的な利用をしてもらっています。指導やアセスメント等は加算がつくことも多いので,結果としてコストに見合った価値は提供できていると考えています。

川添 澤田さんの事業では,既存の医療機関に新たなシステムを導入してもらう必要がありますよね。さまざまな困難が伴うことは容易に想像できますが,実際にはどのような面で壁にぶつかったのでしょうか。

澤田 やはり,院内でシステム導入に関する稟議を通してもらうことは難しいです。先ほど申し上げたサービス導入のコストに見合う効果として,加算取得件数が伸びる,看護師1人当たり月間何時間分のコミュニケーションが削減されるといった数字を示すことはありますが,意思決定を行うに当たってはあくまで副次的な要素でしかありません。本質的に影響をもたらすのは,サービスを利用する当人が使ってみたいと思っているかどうかです。そう思ってもらえる状態を作り出すのに時間がかかりました。

川添 ベネフィットを数値で示すよりも,現場の人間の思いが重要だと。

澤田 医療機関におけるDXは,医療者の新しい表現方法だと私は考えています。だからこそ,あなたの今行っている看護,コミュニケーションは,現代技術をもってするとより良いものにできるのではないですか,との問い掛けが重要なのです。そうした文脈で,本当は患者とどういうコミュニケーションを取りたいのか,患者にどういう看護を提供したくて,どこにジレンマを抱えているのか。医療者が本当に求めていることに関して対話ができるようになると,業務改善により得られる数値的メリットを強調しなくても,DXでの業務支援の必要性に対する理解へとつなげられます。

川添 まずは現場の困っている人の声を丁寧に拾い上げるところから始めて,その次に経営層に向けて収支も含めてどの程度の効果が上がるのかといった説得につなげていく流れでしょうか。

 そうした検討の手前,そもそも医療機関から検討の対象として挙げてもらう部分についてはどうですか。導入を検討してもらうところにまで持っていくのも難しいのではないでしょうか。

澤田 難しいですね。DXって,正論なんです。デジタル化はしたほうが良い,そろそろ着手しなければと少なくない医療者が考えているのですが,実際にはもろもろのハードルがある。ダイエットに似ているかもしれません。外野から「やりなさい」と言われて着手したくなるものではないのでしょう。自発的にDXを取り入れたい,患者サービスを見直したいといった欲求を持つ人たちでないと刺さらないのだと思います。ですから,こちらから営業をかけるのではなく,情報を展示会やSNSで広く発信して,お声掛けいただけるのを待ちます。また,サービス導入を検討してくださった医療機関が別の医療機関を紹介してくれることもあります。

川添 市場にニーズそのものはあったからこそ,そうした形で声が掛かったり,紹介の輪が広がったりするのでしょうね。

澤田 川添さんの起業のお話も伺いたいです。予防医療,在宅医療,交通医療と多領域にわたって事業を展開されていますが,それぞれどのようなきっかけで始められたのですか。

川添 予防医療事業に関しては,臨床で働いていた頃に,健診を受けずに足を切断する事態に陥ってしまった糖尿病患者さんとの出会いがきっかけです。1年以上健診を受けていない「健診弱者」は推定3000万人以上いるとされていますが1),そうした方たちに手軽な予防医療を広めたいとの思いがありました。当初は,自己採血した検体をすぐに検査し,その場で結果を手渡す「ワンコイン健診」をサービスのメインにしていましたが,現在は企業や自治体から予算を得て,無償で検査を提供するモデルを中心に展開しています。

 在宅医療事業については,東日本大震災の折にボランティアとして現地で活動していたところ,訪問看護サービスを利用できなくなった方たちが孤独死に直面している状況を目にしたことがきっかけでした。今後,超高齢かつ多死社会が展開していくに当たって,十分な人員を確保して訪問看護サービスを展開しないことには,多くの看取り難民が発生してしまうだろうという問題意識がありました。予防医療事業は簡易的サービスの提供といった意味でのイノベーションでしたが,在宅医療事業は人員を増強するために新卒や若手を育成する仕組みを作る組織面でのイノベーションを狙いとしました。

澤田 社会課題を正面からとらえて,適切な解決策を打ち出していてさすがです。特にワンコイン健診の事業展開では苦労も多かったのはないでしょうか。

川添 そうですね。事業リスクへの対応に当たっては苦労しました。自己採血や検査自体は医療行為ではないため,医師がいなくても事業展開可能です。医師と共に健診事業を行うことも考えましたが,それではサービス価格が高くなり,より多くの人に手軽に健診を提供したいとの当初の目的から外れることもあり,関連法規を把握した上でサービスを構築しました。しかし,これまでにない業態であることもあり,一部の団体からクレームが入りました。保健所に呼び出されて行政指導を受け,いったんは店舗を撤退することになったのです。

澤田 そのようなことがあると,気持ちがくじけてしまいそうです。

川添 サービスを求める患者さんが少なからず存在することや,事業の必要性に共感してリスクを取ってでも共に取り組みたいという看護師・保健師が力を貸してくれたこともあり,道を探り続けました。感染対策,個人情報保護の徹底,検査機器の精度管理といったオペレーション面を整える一方で,法律の整備に向けて,業界団体の方々にこちらから歩み寄って懸念点をヒアリングしたり,政治家や官僚に働き掛けたりしました。最終的に,2014年に「検体測定室に関するガイドライン」2)が公開される運びとなったのです。草の根の活動が実を結んだことは率直にうれしかったです。その後競合店舗が2000か所以上現れて市場が形成された様子を見るに,社会的インパクトの大きい取り組みを実現できたのではと考えています。

澤田 今では自己採血も当たり前になりましたね。多すぎる患者に対して医療者が不足しているという状況の改善にも貢献していそうです。

澤田 川添さんに伺ってみたかったのですが,組織に所属して働くのではなく,自分で事業を起こして仕事を作っていく生き方を選択して良かったと感じる点はありますか。

川添 一つの領域でアントレプレナーとして頑張っていると,他領域の研ぎ澄まされた方と出会う機会が多く,そこから日々刺激を受けています。学会の理事に選任いただくことで学術的なつながりが増えましたし,厚労省や経産省といった省庁における政策検討において意見を述べる機会をいただくこともあります。管理者研修はもちろん,大学院生,学部生等の教育に携わる機会もあります。そうした幅広い領域のプロフェッショナルと仕事を共にして,感謝されたり,自身も学びを得たりできるのは,非常にやりがいがあり楽しいです。

 澤田さんはいかがですか。

澤田 私は子どもの頃に読んだお気に入りの漫画の主人公が看護師で,それに憧れて看護師になったのですが,実際に臨床の仕事に就いてみると思うように力を発揮できず,2年数か月と中途半端なタイミングで職を辞してしまいました。それでも,患者さんの人生の重要な局面において,素晴らしいかかわり,働き掛けをしている看護師さんに対するリスペクトを持ち続けていて,今でも好きなんです。憧れと,でも自分はそうはなれなかったという後ろめたさを抱えながら,けれども別の形で貢献できるかもしれない場所をようやく見つけたというのが私の現在地です。ですから私の場合は,紆余曲折を経て結果的にたどり着いたのがアントレプレナーとして看護にかかわることだったという次第です。

 臨床看護師とは異なる視点で見ていて,川添さんは今後の看護界がどのように展開していくと感じていますか。

川添 これからの時代,ますます看護の考え方やサポート技術といったものが世の中で必要とされることを実感しています。多くの人が疾患や障害,その他の困難を抱えながら社会に参画することを支える必要のある時代において,看護界の皆さんには自分たちの可能性を信じて,前に進んでいきましょうと伝えたいです。

澤田 同感です。加えて,看護に対する需要が大きくなる中で,個々人の努力ではなくて,全体最適の中でのリソースの組み直しを考えなければならないフェーズにきているのではと考えています。私自身の提供するサービスもそうした組み直しを補助する一手段として,ぜひご活用いただければ幸いです。手を取り合って頑張っていきましょう,というのが正直な気持ちです。

 今後の事業展開や展望については何か考えていますか。

川添 これまでの当社は,社会課題を解決する事業を作ってきました。今後もそれは継続しますが,新たな取り組みとして社以外の組織の改革支援を考えています。病院やクリニック,訪問看護事業所など,良いサービスを提供しているにもかかわらず,事業としてうまくいかない話をよく耳にします。これまで10人以上の起業家を輩出してきて,人を育成するノウハウ,事業開発の方法等が相当見えてきたので,今後はそうしたサポートを社外にも展開することで,一社だけで取り組むよりも大きいインパクトを世の中にもたらせればと考えています。

澤田 そうした恩恵には,私もあずかっているところです。私のほうはと言うと,現在ようやく3期目を終えたところですので,まずは期待されている役割,コミュニケーションツールの提供を全うすることが第一だと考えています。1つひとつのプロダクト,サービスを磨き込んで,患者―医療者間の非同期コミュニケーションのサポートをする。そうした仕事を通じて,医療サービスにおけるコミュニケーションが豊かになることに微力ながら貢献できれば本望です。本日はありがとうございました。

(了)


1)ソーシャル・アジェンダ・ラボ(SAL)リサーチ・プロジェクト.健診弱者白書――健診弱者の実態と健診の効果に関する調査.ケアプロ;2011.p11.
2)厚労省医政局.検体測定室に関するガイドライン.2014.

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ケアプロ株式会社 代表取締役

2005年慶大看護医療学部卒。経営コンサルティング会社,東大病院勤務等を経て,07年ケアプロ株式会社を起業。セルフ健康チェックやオンライン保健指導,在宅治験,スポーツ救護,ツアーナース,民間救急等の多領域にわたる事業を展開する。

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株式会社OPERe 代表取締役

2010年聖路加看護大(当時)卒。聖路加国際病院,経営コンサルティング会社勤務等を経て,20年株式会社OPEReを起業。患者―医療者間のコミュニケーションを円滑にするプロダクト,サービスを開発・提供する。東京都PoCⅡ期,東大IPC 8期他,採択/受賞多数。

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