医学界新聞

対談・座談会 齋藤佑樹,上江洲聖,藤本一博,髙橋香代子

2023.10.16 週刊医学界新聞(通常号):第3537号より

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 このたび,新刊『作業療法の曖昧さを引き受けるということ』(医学書院)が上梓された。本書は,常にゆらぎのある臨床の最前線で,その曖昧さを引き受ける覚悟を決め,真摯に対象者との協働実践を続ける作業療法士に向けた,齋藤氏と上江洲氏の共著である。

 2人の著者と,まさに臨床の最前線で曖昧さを引き受けながら対象者と向き合い続ける藤本氏と米国留学でエビデンスに基づく作業療法を学んだ経験を持つ髙橋氏を迎え,「作業療法の曖昧さ」をどのように解釈し,実践に臨んでいるのかを学ぶ座談会を開催した。

齋藤 作業療法士は,他職種からどんな仕事をしているのかよくわからないと言われることがあります。われわれ作業療法士自身も作業療法の曖昧さを感じる場面を多々経験します。日々曖昧さを引き受けながら臨床で尽力する作業療法士の皆さんを支えるために,上江洲先生と書籍『作業療法の曖昧さを引き受けるということ』を上梓しました。

 本日は,臨床現場の最前線で活躍する藤本先生と,米国留学でエビデンスに基づく作業療法を学んだ経験を持つ髙橋先生にも登壇していただき,作業療法の曖昧さをテーマに話を進めていきたいと思います。

齋藤 初めに,作業療法に曖昧さを感じる場面を共有していただけますか。

藤本 養成校では作業療法を実施するための検査法と手順を一通り習い,実習では学校で学んだ通りに検査を実施しました。そのため,「手順通り検査して対象者の機能を回復させることが作業療法だ」との認識で臨床の世界に飛び出したのですが,作業療法には画一的に「これが正解」と言える方法はなく,途中で修正することを前提に計画を立てて進めなければならないという現実に直面しました。設計図のように計画を固めて,作業療法を進めるだけではいけなかったのです。

 目の前の対象者に最善の作業療法ができるようさらに勉強しましたが,知れば知るほど作業療法がわからなくなり,その曖昧さを認識するようになりました。

髙橋 作業療法は,アウトカムそのものが曖昧です。私は作業療法にはエンパワメントが大切であり,対象者が健全になるというよりは「これから苦労することもあるけれど,自分自身で生活できそうだ」と感じた時に,作業療法士が手を離せば良いと考えています。

 もちろん,機能回復の程度やADLの改善度など,細かく見ていけば定量化できるアウトカムも多数あります。しかし,総合的に対象者がエンパワメントされたかは可視化しにくいため,曖昧という言葉がしっくりきてしまうと感じます。

上江洲 髙橋先生のおっしゃる通りで,私もエンパワメントを大切にしています。一方で,作業療法中に対象者をエンパワメントすることが困難な理由の一つに,入院・入所生活の非日常さが挙げられます。入院や入所生活は,住み慣れた地域で大切な活動にかかわりながらの生活とはかけ離れており,自分の取り戻したい生活がイメージしにくいことから,対象者が明確な目標を持ちづらいケースがあると考えています。作業療法士は,退院前に対象者と一緒に自宅を訪れ,自宅で安全に生活できるかを家屋評価することがあります。自宅で大事にしてきた活動に触れて体験することで,対象者自身だけでなくその家族にとっても作業療法の目標が明確となる場合があります。

齋藤 書籍『作業療法の曖昧さを引き受けるということ』の中で,骨折した認知症女性が退院前訪問の際にピアノを見つけて童謡の『チューリップ』を弾き語り始めたエピソードがありましたね。

上江洲 そうです。あのエピソードは私の実体験をベースにしているのですが,あの時の状況は音もにおいも質感も,鮮明に覚えています。家族も喜んで「おふくろが戻ってきた感覚でした」と言っていましたね。

藤本 私も主に回復期を担当しているので,そうした経験はよくあります。対象者の自宅へ一緒に入った瞬間に,入院患者としての「患者役割」から,家の主や主婦といった「本来のその人の役割」に戻ることがあります。

齋藤 家族は病棟で過ごす対象者を「障害者」や「患者」として見てしまうことがあるために,私は作業療法室や病棟で作業療法を実施する際にも,対象者が作業している姿をできるだけ家族に見てもらうことを大事にしていました。場所が病院であったとしても,大切な作業にその人がかかわる姿を見てもらうことで,家族も対象者の「その人らしさ」を想起しやすくなるからです。これは私の後輩のエピソードになりますが,ずっと施設入所を希望していた家族が,作業療法室内の和室で茶話会をしている対象者を見て,「あのひとは患者じゃなくて私のお母さんなんだ,家に連れてかえらなきゃ」と認識が変化したことがありました。

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骨折した認知症女性が退院前訪問の際に,童謡『チューリップ』を弾き語り始めた場面〔『作業療法の曖昧さを引き受けるということ』(医学書院)116,170頁より〕

齋藤 本書では,主人公が対象者の目標設定に難渋する様子が描かれています。実際,多くの作業療法士が目標設定の難しさに日々直面しています。なぜ目標設定は難しいのでしょうか。

髙橋 作業療法は対象者が本当にその人らしく生きていくことの支援であるが故に,対象者が自分と向き合えていない場合,目標が見いだせないからでしょうか。

 私はそうした状況においては,まずはささいなことでも良いので,希望が表出されることが大切だと思っています。例えば「ラーメンを食べに行きたい」とかでも良いと思います。ささいな希望の表出をしっかりとキャッチして,その実現を支援していく過程が,その後の目標設定のきっかけになることもあります。対象者の価値観が表出されるまでには多くの時間や丁寧な寄り添いが必要な場合も多く,作業療法士には「覚悟」が求められます。

藤本 オーダーメイドな目標設定が必要なことも難しさの一因でしょう。福祉用具の発達等により対象者の可能性は広がっています。まだ一義的な目標設定が実施されている場面もありますが,今後さらに対象者の希望や可能性に応えることができるオーダーメイドな目標設定が求められるでしょう。

上江洲 病気によっては徐々に身体・精神機能が低下していく可能性もあります。そうだとしても,能力向上のためだけに訓練するのではなく,今ある能力を生かして目標に向かうことも作業療法ですよ,と対象者に伝えることは大切です。作業療法の目標を設定する上でも,対象者とかかわっていく中でも,作業療法の目的に立ち返り,ずれていないかを振り返って意識するようにしてほしいです。

齋藤 対象者から目標を引き出すことが大切な場合もありますし,作業療法士が目標を提案しリードする場合もあります。しかし,どちらも対象者の心理状態や時期によっては効果的に作用しません。「オーダーメイドな目標設定」には,その目標の中にどのような作業が含まれているか,という意味だけではなく,対象者の心理状態や時期を踏まえ,どのような目標の決め方をするか,という意味も含まれますよね。

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作業療法の目標設定を対象者と再確認する場面〔『作業療法の曖昧さを引き受けるということ』(医学書院)182頁より〕

齋藤 皆さんはキャリアを重ね,漠然と悩んでいた時期を越えて作業療法の奥深さに気付かれたと思います。その転機についてお話しいただけますか。

藤本 先輩からのアドバイスで悩みを断ち切れたことです。最初にもお話ししましたが,作業療法は学べば学ぶほどわからなくなる毎日で,そのことを相談しました。すると,「作業療法士のあなたが学び,行っていることは作業療法なので間違っていない。でも,もっと深めることはできる。深めようとする姿勢が大事であって,悩んでいる時間があれば,もっと勉強しなさい」と言われました。本当にその通りだと思い,作業療法に向き合い学び続けようと割り切れたのがきっかけです。

上江洲 日本の伝統芸能や武道の世界に「守破離」という言葉があるように,まずは作業療法の理論を学び,まねるよう実践して身につけることも大事ですよね。とにかく理論書を読み込んで,それを実践し,振り返り,また理論書を読みながらの修正を繰り返した経験が今のベースになっています。

髙橋 私は自分らしい作業療法が見えたことがきっかけです。ある対象者が亡くなられた後に見つかったお手紙に「一緒に悩んでくれてありがとう。一緒に考えて一緒に失敗してくれてありがとう」と書かれていたのです。成し遂げた何かではなく,共に考えた過程が対象者の印象に残っていたことに驚き,対象者の思いを共有して寄り添う点に,自分らしい作業療法を見いだせました。

齋藤 悩みが一つ解消されたら次の悩みが始まる。つまり,ぱっと霧が全て晴れるというよりは,少しずつ光が差してくる感じですね。

齋藤 最後に,学生や悩み続けている作業療法士だけでなく,さまざまな課題に悩んでいる他の医療職の皆さんにもメッセージをお願いできますか。

藤本 今回の座談会のテーマである曖昧さから逃げず,引き受けながら曖昧さの正体を一つずつひもとくことは本当に大切だと思っています。ありきたりな言葉で完結して曖昧さを割り切ってしまうのではなく,一度立ち止まってその曖昧さに関心を注ぎ,考えてもらいたいです。その曖昧さには専門性による難しさや,自分の仕事に対するやりがいなど,いろんな要素が含まれていると思います。まずは身の回りの身近な曖昧さから探してみてください。

髙橋 医療者として働く全ての方にとって,上手に悩む,正しく悩むということはとても大事です。正解があるわけでもなく,これなら大丈夫という保証がない中でも,試行錯誤する勇気を持つことが仕事を楽しむためにも大切です。そのために,さまざまな悩みを人と話すことは,頭の中が整理されるだけでなく,自分が一人ではないという心の支えにもなります。困った,悩んだ,もう無理と思った時にこそ,人を信じて悩みを打ち明けてほしいです。

上江洲 自分らしさは自らの経験から形作られるものです。皆さんがかかわった対象者や同僚との出来事や会話,何か学びを見つけようと読んでいる本から,自分らしさが作られていきます。今,さまざまな課題に悩んでいる人は,そのまま悩み,もがき続けることでいつか自分らしさが見つかるでしょう。

 今回の座談会に登壇している全員が多くの経験をして,それぞれカラーのある作業療法観ができ上がっています。そして,われわれの作業療法観も明日の経験によって変わっていくものであることをわかってもらえれば,皆さんも安心して今ある課題に悩めるかと思います。

齋藤 われわれも悩んでいましたし,今でも悩み続けています。ただ,その悩み方はポジティブで,苦しんでいるというよりは冒険をしているような感じかもしれません。このようなマインドセットでいられたら,みんな悩みながらも,前に進んでいくことができるように思います。

 仕事をするうえで大事なことは,自分がやると決めたことを好きになる努力をすることです。今は何をするにも二言目に権利と義務の話が出てくることが多いです。権利を行使することは当然大切ですが,そればかりだと本来ある仕事の魅力が見えづらくなってしまいます。自分が志した仕事を長く続けていくためにも,好きになる努力をしながら,同じ志を持った仲間と一緒にゆっくり歩んでほしいと思いますし,本書がそんな皆さんの背中を優しく押してくれる存在になれたらと願っています。

(了)


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仙台青葉学院短期大学リハビリテーション学科作業療法学専攻 教授

2000年静岡医療科学専門学校(当時)作業療法学科卒業後,太田綜合病院附属太田熱海病院へ入職する。回復期リハビリテーション病棟や通所リハビリテーション等を経験した後,郡山健康科学専門学校教員等を経て17年より現職。編著に『作業で語る事例報告 第2版』『作業療法の曖昧さを引き受けるということ』(ともに医学書院)ほか。

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琉球リハビリテーション学院作業療法学科 学科長代理

2001年沖縄リハビリテーション福祉学院作業療法学科卒業後,沖縄中央病院へ入職する。その後,沖縄赤十字病院,日赤安謝福祉複合施設等を経て,22年より現職。作業療法における目標設定の重要性を伝えるために,作業選択意思決定支援ソフトADOCの開発にも携わる。編集協力に『作業で結ぶマネジメント』,著書に『作業療法の曖昧さを引き受けるということ』(ともに医学書院)ほか。

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茅ヶ崎新北陵病院リハビリテーション科 係長

2000年愛知医療学院作業療法科卒業後,茅ヶ崎新北陵病院へ入職する。06年首都大東京大学院(当時)人間健康科学研究科へ進学。08年に修了後,現在に至る。現在は回復期リハビリテーション病棟に勤務するほか,神奈川県作業療法学会長も務める。

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北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科作業療法学専攻 教授

2002年北里大医療衛生学部リハビリテーション学科卒業後,作業療法の曖昧さに悩み,その悩みを解決することを期待してエビデンスに基づく作業療法(EBOT)を学ぶため米ボストン大へ留学し08年に博士課程を修了する(医科学博士)。帰国後は,北里大学東病院での勤務を経て,12年より現職。

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