作業で結ぶマネジメント
作業療法士のための自分づくり・仲間づくり・組織づくり

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編者らの前著 『作業で語る事例報告—作業療法レジメの書きかた・考えかた』(医学書院、2014)は、作業に焦点を当てた実践をするための作業療法の知識と技術を作業療法士間で共有することを目的としたが、本書はそこから発展させ、作業療法にかかわる「マネジメント」に焦点を当て、読者が個人あるいは仲間や組織のなかで、作業を大切にする作業療法を実践できるよう、様々な知見と経験談をもとに示唆を与えている。

編集 澤田 辰徳
編集協力 齋藤 佑樹 / 上江洲 聖 / 友利 幸之介
発行 2016年09月判型:B5頁:208
ISBN 978-4-260-02781-6
定価 3,850円 (本体3,500円+税)

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  • 目次
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 私が作業療法士になった理由は到底褒められたものではない.理髪師の両親の間に生まれ,故郷の県内有数の進学校で文系を選択していた私には,医学・医療・福祉といったいわゆる理系の道に歩む気持ちなど微塵もなかった.私の大学の志望学部は,第一志望は弁護士になりたいという理由で法学部,第二志望は魅惑のキャンパスライフに夢を膨らませたという理由で意味もなく経済学部や経営学部だった.しかし,スポンサー(父親)の酒飲み友達が作業療法士という運命のいたずらが起きた.家の経済的な理由もあり,スポンサーに逆らえない私の選択肢は国立大学が作業療法士の養成校,私立大学が法学部か経済学部の記念受験というものになった.そして,めでたく国立大学に合格し,作業療法士の道を進むことになったのである.しかし,このときの私には良くも悪くも,作業療法士になるしかないという一種のキャリアデザインみたいなものをすでに描いていたのを覚えている.
 ところで,前述の私のスポンサーの話によると,作業療法士は給料が高く,午後5時の定時に退社でき,休みが多いという情報であったため,そう悪くもない話かと思っていた.しかし,大学入学後それが嘘の情報だと気づく瞬間が音速でやってきた.それは大学1年の前期,作業療法概論の一番はじめの授業で担当の鎌倉矩子先生が発した「この職業でお金儲けしたい人は諦めてください」という第一声であった.作業療法デビューの授業でこの衝撃を受容するには,未成年の自分には少し時間が必要であったが,作業療法士になるしかないという気持ちに変化はなかった.
 劣等な学生であった私も卒業でき,作業療法士になった.臨床では手を良くしよう,体を良くしよう,歩けるようにしようと作業療法士中心の目線で躍起になっていたが,作業療法は何なのか?という命題に対する答えには常に靄〈もや〉がかかっていた.私は自分が糧とする職業に対して誇りを持ちたかったが,それができない自分に苦しんでいた.そして,気がついたときに私は作業療法に対して失望していたのである.

 その後,作業療法の独自性が何なのか暗中模索するなかで,作業療法独自の理論やモデルの数々と出会い,偉大な先人たちの教授を受け,壁にぶつかりながらも実践を繰り返すことで,作業療法はこれだというものが少しずつ見えてきた.そして,作業を大切にする作業療法を実践するなかで,私は作業療法士であることに誇りを持つようになっていった.すると,私はこの気持ちを多くの作業療法士と共有したいと思い始めた.そこで,仲間とともに,作業に焦点を当てた実践をするための作業療法の知識と技術を共有するために前著 『作業で語る事例報告』(医学書院,2014)を出版したのである.この本に対し様々な反響を頂いたことは編者冥利に尽きる.
 一方,数多の作業療法士との出会いのなかで,作業療法の知識が十分にあり,自分の中に素晴らしい作業療法のアイデンティティーが確立されているにもかかわらず,実践に苦慮している人たちが多いことに気づかされた.彼らは,クライエントを支援する物品を買ってもらえずにやむをえず手作りをしたり,組織の中で上司や他職種に理解されなかったり,組織の様々な規則に制約を受けたり,作業療法部門で一人後ろ指を指されながら孤軍奮闘して作業を基盤とした実践を行ったりしているなど,ひどく悩み,落ち込んでいた.昔の自分を見ているようでもあったが,それは周りの人的・物的環境に全て責任があるとも思えない.
 作業療法にかかわらず,社会における組織という集団の中で業務を実行するとなると,周りの環境に強く影響を受け,様々な問題に直面する.作業療法の領域におけるその問題は,作業療法のアイデンティティーを示す理論や医学・医療・福祉の知識だけを身につけても解決できない.どうすれば解決できるのか?と問い続けると,その答えは,作業療法をどうするかではなく,自分自身や組織をどうするか,つまりマネジメントそのものであった.

 本書は,作業療法にかかわるマネジメントに特化している.作業療法の成書に書かれてあるような科学的な知見やエビデンスなどとは程遠いかもしれない.本書の執筆者は経営学や経済学を専門的に学んできていない作業療法士である.そして,その執筆内容は偏に様々な知識を活用し,実践の中から紡ぎ出した貴重な経験談である.経験は,現代科学や作業療法の理路整然と築き上げられた理論においては軽視されるかもしれない.しかし,私は尊敬する上司から事あるごとに「経験こそ財産」と教育されてきた.エビデンスももちろん重要であるが,単なる机上の空論ではなく,臨床の現場から実践を通してつくり上げた経験にも強い価値があるだろうと私は信じている.
 本書の狙いは,作業を大切にする作業療法を実践することである.それは個人であれ組織であれ形態は問わない.この狙いを実現するためのマネジメント本ということで,一般の作業療法の成書と異なり,作業療法士にはなじみが薄い用語も出てくるだろう.しかし,一見作業とは関係ないようなことも最終的には臨床での作業療法の実践に結びつく.これは,作業を大切にする実践を行うためには,作業に焦点を当てつつも,ときには作業から離れるというマネジメントをしなくてはならないことを示している.
 本書は1~7章を基礎編,8章を実践編と位置づけている.基礎編では作業療法にかかわるマネジメントの基本について,実践編では臨床で作業を実現するための取り組みについてまとめている.また,基礎編と実践編を結ぶべく,実践編の各項目には基礎編と関連する頁を記載している.本書を読んでいただき,日々の業務を行うなかで,読者自身が作業的存在になり,そして作業を大切にする組織を実現するための一助になることを期待してやまない.

 本書の刊行にあたり,作業療法の本質を表現するために,作業療法から少し離れた視点で執筆していただくという難題に対し,数多くの知識をもとに実践した経験知を惜しげもなく披露していただいた執筆者の皆様に心から感謝申し上げる.そして,最高の仲間であり,いつも共創してくれる編集協力の齋藤佑樹,上江洲聖,友利幸之介の三氏,常に温かく支援してくださる医学書院 北條立人氏に深謝する.

 2016年7月 梅雨明けを待ちながら
 澤田辰徳

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1章 作業に焦点を当てたマネジメント
  マネジメントの重要性
  現場が抱えている問題を整理する
  作業を大切にする職場をつくる
  組織の方向性を決める「理念」と「基本方針」
  「社会貢献」と「利益」
  組織に求められる人材とは
  クライエント中心の土台はセラピストの人格

2章 マネジメントに役立つメソッド
  PDCAサイクル
  コーチング
  信念対立解明アプローチ
  OBP 2.0
  クリニカル・クラークシップ

3章 セルフマネジメント
  常に目標をもつ
  時間を有効利用する
  信頼される人材になる
  組織で仲間をつくる
  事例を通して結果を出す
  他職種の専門性を知る
  所属外のつながりをつくる
  理論を学ぶ
  キャリアをデザインする~大学院に進む~

4章 チームマネジメント
  リーダーシップとは
  作業の大切さを後輩に伝える
  学び合う環境をつくる
  チームのモチベーションを上げる
  作業の視点をチームに伝える
  カンファレンスや計画書を活用する
  管理者がもつべき交渉のスキル
  クレームへの対応

5章 管理運営
  管理者とは
  収益管理
  施設管理
  リスク管理
  労務管理
  労働衛生管理
  書類管理
  教育システム
  企画書の作成
  会計管理
  人材マネジメント
  起業の方法論

6章 社会保障制度
  報酬制度を理解する重要性
  医療保険
  介護保険
  障害者総合支援法

7章 地域包括ケアシステムにおけるマネジメント
  地域包括ケアシステムとは
  地域包括ケアシステムにおける多職種連携と作業療法士の役割
  生活行為向上マネジメントと地域包括ケア

8章 作業に焦点を当てたマネジメントの実践例
  自分をマネジメントする(1) 限られた時間を有効に使う
  自分をマネジメントする(2) 修士課程に専念して気づいたこと
  自分をマネジメントする(3) 10年後の自分を見つめる
  自分をマネジメントする(4) 教育研究職に就く

  作業を大切にする教育システム(1) ラダー・GIO・SBO
  作業を大切にする教育システム(2) クリニカル・クラークシップを活用した卒後教育
  作業を大切にする教育システム(3) ともに成長するシステムづくり

  職場に作業を導入する(1) 作業を大切にする職場をつくる
  職場に作業を導入する(2) 生活行為向上マネジメントを導入する
  職場に作業を導入する(3) 回復期作業療法パスの作成・導入
  職場に作業を導入する(4) 面接評価ができる環境をつくる
  職場に作業を導入する(5) 子どもと家族の作業的公正への挑戦

  職場内で作業を大切にする仲間をつくる(1) 人-環境-作業の整備
  職場内で作業を大切にする仲間をつくる(2) OBP勉強会の立ち上げ
  職場内で作業を大切にする仲間をつくる(3) 上司と作業で語る関係性をつくる

  作業環境を整える(1) 物品管理,リスク管理
  作業環境を整える(2) 急性期で作業に取り組むための救急・救命管理
  作業環境を整える(3) お金をかけずに書類システムを効率化する
  作業環境を整える(4) 職員の作業を大切にする

  他職種と作業の視点を共有する(1) 伝えかたの大切さ,伝え続けることの大切さ
  他職種と作業の視点を共有する(2) クライエントの声から始める
  他職種と作業の視点を共有する(3) 他職種を理解することから始める
  他職種と作業の視点を共有する(4) 信念対立解明アプローチ
  他職種と作業の視点を共有する(5) 面接内容・作業場面・目標を共有する
  他職種と作業の視点を共有する(6) OT newsletterの活用
  他職種と作業の視点を共有する(7) 作業療法の理解を促す
  他職種と作業の視点を共有する(8) 1人の事例から始める
  他職種と作業の視点を共有する(9) 行政との連携

  職場を超えた仲間づくり(1) 湘南OT交流会
  職場を超えた仲間づくり(2) ADOC project

  作業を大切にする組織運営(1) 理念・基本方針を活用する
  作業を大切にする組織運営(2) 作業という言葉を使わずに作業を大切にできる組織
  作業を大切にする組織運営(3) うまれる,つくる,はぐくむサイクル
  作業を大切にする組織運営(4) 誰もが当たり前に暮らせる社会をめざして
  作業を大切にする組織運営(5) 全職種がADOCを使用する
  作業を大切にする組織運営(6) クライエントのストーリーを共有する
  作業を大切にする組織運営(7) 「不器用だけど一生懸命」を支援する

  Column
   作業療法とマネジメントは似ている
   時代を読む

あとがき
索引

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作業を中心とした実践を職場で行うための準備と運営
書評者: 長谷 龍太郎 (神奈川県立保健福祉大教授・作業療法学)
 革新的なことを始めようとすると,組織の理念や継続して行ってきた方法や制度による否定的な圧力に阻まれることが多い。歴史の浅い作業療法の世界であっても,新たに開発された治療法や評価法,そして革新的概念やシステムを導入しようとすると周囲との軋轢に苦しむ。“対象者の作業に焦点を当てた実践”を試みようとすると,従来から行われてきたような疾患の特徴や機能障害,そして遂行を阻む個々の要因へ問題点を集約する考え方に戻るように指摘を受けることがある。指摘する側は“従来からの原則”も重視してほしいと考えている。二者択一を求めてはいなくても,指摘した側とされた側の“対立”は結果として残り,時には感情的な対立に向かうこともある。

 作業療法士は自らのアイデンティティーの確立に苦しんできた歴史がある。なぜ作業なのか,作業とは何か,作業で人間は変わるのか?等々である。“作業”という言葉の意味と“作業療法”に含まれる意味の違いは,長く作業療法士を悩ませてきた。クライアント自ら行う作業が持つ価値観を重視した実践は,作業療法士にとって魅力的なアプローチである。

 “作業に焦点を当てた実践”を試みた作業療法士たちの前に壁が立ち塞がったときに,彼らはどのようにしてそれを乗り越えたのか?を示すことが本書の出発点である。ビジネスの領域では,壁にぶつかったときに,何をして,どのように乗り越え,成功へと導いたのかといったことについて語られた本が多く出版されている。医療に関連した領域では,成功や失敗に関することは事例集で扱われることが多い。本書の編者たちは既に事例集 『作業で語る事例報告』(医学書院,2014年)を出版しており,それに引き続く本書は,事例集を読んで,実行を模索している読者が壁にぶつかることを予測し,それに対する問題解決に必要な知識と技術を盛り込んだ「ハウツー本」ということになる。

 先人たちが乗り越えてきた過程を示すべく,教科書の管理運営の項目と違い,企画書,職場環境,組織の方向性,理念,人格,交渉のスキル,カンファレンスを活用するなどの言葉が躍る。本書が医学書院ではなく,自己啓発について特集する一般向けの雑誌に連載されていたなら,作業療法士ではなく,人生の成功や恋愛の成就を願う若者に,自分づくりや仲間づくりを目的として読まれていたかもしれない。
楽しみながら「作業」の持つ力を再考できる実践書
書評者: 土井 勝幸 (日本作業療法士協会副会長)
 2016年に札幌で開催された第50回日本作業療法士学会の会場に到着し,真っ先に書籍コーナーで本書を買い求めた。探すつもりであったがその必要はなく,一番目立つところに山積みにされていた。書籍展示の担当者に聞いたところ,「本学会での書籍販売としては一番の売れ行きです」とにこやかに紹介していたのが印象的であった。

 本書に惹かれた理由は,副題の「作業療法士のための自分づくり・仲間づくり・組織づくり」という文言に心が動いたからである。

 今から25年前,東京の大きな組織で6年間臨床を経験した後,作業療法士が誰ひとりいない地方の一人職場に自ら移り,使命感に燃えて地域作業療法に取り組むこととした。しかし,多職種との連携,組織の壁,作業療法への無理解,これらが背景となる人間関係……言葉では言い尽くせないジレンマを抱えることとなった。作業療法をしたいという叫びは誰にも届かなかった,というよりは届けられない自分がいた。不本意ではあったが深い挫折とともにその職場を去ることとした。そのときに私は,丁寧な作業療法を実践するためには,環境そのものを作業療法する必要性と,その環境づくりのために組織をマネジメントする立場にならなければいけないと考えた。その後,紆余曲折を経てリハビリテーション専門職としては日本で最初に,介護老人保健施設の管理者となり,現在,作業療法を形にする環境づくりに取り組んでいる。

 今も多くの若い作業療法士は,当時私が抱えたジレンマに近いものを感じているに違いない。現行の医療・介護保険制度のいずれも,時間の枠に縛られる作業療法となっており,結果として,生活を支援する具体的な作業療法が実践しにくい環境にある。一方,現行制度の枠組みの中で,対象者にとって“意味のある作業”に取り組んでいる丁寧な作業療法の実践報告を聞くことがあるが,その多くで,職場の環境がマネジメントされていることに気付く。

 本書の1章「作業に焦点を当てたマネジメント」では,作業療法の専門性を生かすためにはマネジメントが重要であることをまさに強烈に表現している。意図的に構成していると思われるが,短いセンテンスで臨床・教育・研究とさまざまな視点から作業に焦点を当て,マネジメントの持つ意味を丁寧にわかりやすく解説している。

 本書を一言で表するとすれば,執筆者の方々には失礼な表現となるかもしれないが“おもしろい”である。日頃専門書に手が届くことがない方がいるとすれば,間違いなく本書は読むことができ,専門書特有のくどさが感じられないことを伝えたい。その理由は,執筆者がいずれも作業療法を丁寧に実践している作業療法士だから共感できるためだと思う。

 そして,執筆者一覧を見てほしい。これからの作業療法を支える実力者が並んでおり,よくこれだけのさまざまな領域,分野のエキスパートを揃えることができたものだと感嘆する。

 作業療法の未来を見据えるだけではなく,“作業”の持つ力を再考させてくれる本書を,日々にジレンマを感じている作業療法士に手にしてほしいと心から願う。

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