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書評
2023.10.02 週刊医学界新聞(通常号):第3535号より
《評者》 新城 拓也 しんじょう医院院長
緩和ケアの現場を変える久しぶりの「新薬」
「自分たちが暮らしている社会に巻き込まれつつ,それを一歩引いて見る」というやり方自体がまさに社会学的アプローチである(田代志門)。
2002年から10年間,私は緩和ケア病棟で働いた。それまで働いていた一般病院と違い,緩和ケア病棟では,ほとんどの患者は麻薬の力で苦痛は緩和され,満たされた時間を過ごしていると信じていた。手術や薬の治療,つまり医療のテクノロジーの進歩で人はより良い生を得る。緩和ケア病棟ではそれまで知らなかったテクノロジーで,それまで自分が診ていた亡くなる前の苦しみに満ちた患者は救われていると思っていた。
しかし,緩和ケア病棟で働き始めて数か月で,そうではないと気がついた。麻薬で確かに痛みは緩和されるのだが,新たな苦痛が次々と浮上してくるのだ。痛みが軽くなると,患者はより深く悩むことができるようになる。「なぜ自分はこの病気になったのか」,「家族に迷惑をかけたくない」と,患者からいろんな悩みを聞いた。
患者の痛みには麻薬で,悩みには対話を通じた言葉で,全て医療のテクノロジーとして同僚らと洗練させてきた。新しい薬や対話がより苦痛の緩和を達成し,きっといつの日にか緩和ケアの力で,より苦しみのない死を現実化することができると若い自分は信じて,臨床だけではなく研究や教育の実践も積み重ねてきた。
緩和ケアの分野は,新たなテクノロジーの開発が他の医療分野に比べて圧倒的に乏しい。毎年の学会,緩和ケアのジャーナル,出版される緩和ケアのテキストブックやいわゆるマニュアル本,ガイドラインを読んでも,どれもいつも同じで,自分の実践を見直すほどの新しいテクノロジーを見つけることはできなくなってきた。たまに新薬が使えるようになっても,すでに海外では普通に使える薬であったり,製薬会社のプロモーションに比べてその効果は期待ほどではなかったり,現場の患者の苦しみを劇的に救うものではなかった。自分の専門分野の魅力を見つけられなくなった時に出合ったのがこの本である。
この本では,1.患者の希望が家族の希望と異なるとき,2.患者の希望が医療者の考える最善と異なるとき,3.ある患者の希望をかなえることが公平性を欠くと思えるとき,4.患者が「生きていても意味がないから,眠らせてほしい」と希望するとき,5.死亡直前になって患者の意思表示が曖昧になったとき,という5つの場面(vignette)を,緩和ケアのテクノロジーで解釈し(森田達也),さらに生命倫理や社会学(田代)の解釈でとらえ直し,新たな視点を与える。その視点は緩和ケアの限界を感じていた私にも,まだその先に行けるかもしれないと,知的な興奮を久しぶりに感じることができる,まさに「新薬」であった。
本書を通じて,緩和ケアが得意としてきたベッドサイドの臨床では,患者との距離が近すぎて狭窄していた視野を広げ,私を含めたそこにいる全ての人がおかれている社会という一つの舞台の仕組みがわかるようになる。慣れ親しんだ,もしかしたら飽き飽きしていた病室や診療室の景色に,新たな光を発見する感触を得られるはずである。
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