医学界新聞

逆輸出された漢字医学用語

連載 福武敏夫

2023.10.02 週刊医学界新聞(通常号):第3535号より

 放射線が医学に貢献した程度は言葉に尽くせない。MRI時代になっても単純X線検査はまだまだ重要であり,放射線は検査と治療の両方で大きな役割を担う。一方で,原発事故による放射能漏れも忘れてはならない。

 放射線の研究は1895年のレントゲンによるX線の発見に始まるが,放射線の真の発見は1896年のベクレル(ウラン塩の研究中に)により,そして用語としての「radiation/radioactivity(放射線/放射能)」を命名したのはポーランド人の女性マリア・スクロドフスカ(後のキュリー夫人)である。彼女は「放射線はウラン元素の原子的属性」とした(キュリー夫人著『ピエル・キュリー伝』,白水社:1959)。1903年,放射線の研究でキュリー夫妻とベクレルにノーベル物理学賞が授与された。キュリー夫人は1911年にラジウムとポロニウムの発見でノーベル化学賞も授与され,ノーベル賞を2回受賞した唯一の女性である。筆者はパリを訪れた時,フーコーの振り子で有名なパンテオンの地下にあるキュリー夫妻の墓に詣でることができて感無量であった。

 「放射線」という用語が日本で初出するのは,Google Scholarによれば1896年の薬學雑誌「Röntgen氏ノX放射線ニ就テ」という論文である。論文ではないが,物理学者の寺田寅彦が記した同年の日記に「獨逸ナルRöntgen氏ノ發明ニカゝルX放射線ヲ應用シテ」という一文がある(「日国友の会」)。中国での初出は1909年の『理科通証』である(『新華外来詞詞典』)。

 一般の文章に「放射線」が最初に登場するのは,『日本国語大辞典』によると,1928年の『夢声半代記』(徳川夢声著)にある「その一封を懐に入れたら,まるでラヂウムの様に放射線を発して,胸のあたりがホヤッと暖かくなった」という一文である。「放射線」が「放射状の線」の意で使用されるのは別にして,「日国友の会」では1911年の『霊怪の研究』に「いく子の頭脳より一種の放射線を発するを発見し」が投稿されており,夢声よりも早い。

 「放射線治療」を意味するirradiationの接頭語irはinと同じでrの前に来る時にirになる。接頭語in=irは「反対/否定」と「中へ」という二様の意味を持っており,irregularやirrelevantは前者,irradiationは後者であって決してradiationの否定ではない。なお,接頭語inはlやmの前でilやimになる。


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