医学界新聞

寄稿 岡村世里奈

2023.10.02 週刊医学界新聞(通常号):第3535号より

 近年,日本の医療機関を受診する外国人患者数が増加している。背景には,在留外国人ならびに訪日外国人旅行者の増加がある。わが国の在留外国人数は2012年末には203万人強だったものが,22年末には307万人強と10年間で1.5倍にまで増えた1)。訪日外国人旅行者についても,2011年は835万人程度だったものが,19年には3200万人弱と,たった8年間で4倍近くまで増加。20年以降はコロナ禍で減少したものの,現在はコロナ禍前の水準まで戻っており,今後さらにその数は増える見込みである2)

 特筆すべきは在留外国人や訪日外国人旅行者の数が単に増えているだけではなく,図1,2に示した通り多国籍化が進んでいる点である。そのため医療機関や医療従事者としては,多様な言語や宗教,医療文化・習慣を持つ外国人患者に対しても円滑に診療を行える体制整備の必要性が高まっている。

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図1 在留外国人の国籍・地域別割合(2022年末)(文献1をもとに作成)
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図2 2023年1~7月の訪日外国人旅行者の国籍・地域別割合(文献2をもとに作成)

 こうした状況を踏まえ,医療機関における外国人患者の受入れ体制の整備を推進するためのさまざまな取組みが厚生労働省を中心として検討・実施されている。その一つに,『外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル(第4.0版)』3)がある。本マニュアルでは,多様な宗教や医療文化・習慣を持つ外国人患者を円滑にトラブルなく受け入れるためのポイントについて多く紹介しているが,その中でも特に押さえておくべき点を本稿に記す。

 第一のポイントは,初診受付段階で当該外国人患者の①「国籍や種別(在留外国人か訪日旅行者か)」,②「宗教上の要望等」に関する情報をしっかりと把握することである。

 ①「国籍や種別」に関する情報を収集する目的は,医療文化・習慣の違いの有無や,日本の医療文化・習慣に慣れているかをある程度把握するためである。例えば中国では医療機関への支払いは前払いが原則となっており,診療録も患者自身が購入して自己管理する形となっている。そのため初診受付の段階で受診患者が中国人旅行者であることを把握できれば,日本の医療文化・習慣に不慣れであることを考慮して,医療費の支払い方法や診療録の取り扱いをめぐってのトラブルに対応策を講じることが可能となる。

 ②「宗教上の要望等」を収集する目的は,その名の通り当該外国人患者の宗教上の情報を把握するためである。例えば,イスラム教の患者であっても宗派や出身地,信仰心等によって医療機関に対する要望は異なってくる。そのため,「○○教の患者だから△△しなければならない。または××を要望してくる」と一方的に決めつけるのではなく,宗教上どのような要望を持っているのかを個別・具体的に把握することが重要である。ちなみに,厚生労働省が公表している多言語説明資料4)の一つである診療申込書では,「国籍」や「宗教などの理由により特別に配慮が必要な事項」という項目を設けて,これらの情報が把握できるようにしているので,参考にしてみると良いだろう。

 前述のポイント②「宗教上の要望等」を把握できたとしても,多種多様な宗教上の要望に全て対応することは困難である。「宗教上の要望等」があった場合には,その対応の可否を判断。要望に応えるのが難しい時には緊急の場合を除いて診療開始前にその旨を当該患者に伝え,納得してもらった上で診療を開始することが重要になる。

 例えばイスラム教徒の女性患者が同性医師の診察を希望した場合,対応が難しければ「今日は女性医師が不在だが,〇曜日の午後であれば可能である」「自院は女性医師がいないが,肌の露出や接触をできるだけ避けるために△△の対応は可能である」といった対応可能な折衷案を提示したり,要望に応えることが不可能である旨を説明したりして,それでも診察を希望するか確認する。また,こうしたやり取りを診療録等に記載して証拠として残しておくことも,その後トラブルや裁判に万が一発展してしまった場合に備えるという意味で重要である。

 こうしたプロセスは一見複雑そうに見えるが,日本でもすでにエホバの証人の信者のように一部の宗教上の要望を持つ患者に関してはマニュアル等を整備して取り組んでいる医療機関が多いだろう。そのようなマニュアルやプロセスを外国人患者にも応用する形で対応できければ良いと筆者は考える。

 これらのプロセスを行うには,当該外国人患者との間に円滑なコミュニケーションが確保されている状態でなければならない。

 そのため,一定の通訳体制を整備して,日本語でのコミュニケーションが困難な外国人患者に対しては通訳を介した円滑なコミュニケーションを行えるようにしておくことが重要である。なお,一口に通訳といっても,現在は「対面」「電話」「映像」「音声機械翻訳機」等,さまざまな手法があり,それぞれに長所・短所がある。最近では国や地方団体,医療関係団体等が提供する医療通訳サービスも増えてきているので,積極的に活用して自院の機能や役割,外国人患者の受診状況に応じた通訳体制が整備されると良いだろう。

 以上,外国人患者の増加に伴う宗教や医療文化・習慣の違いによるトラブルを防止するための基本的なポイントについて紹介した。『外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル』3)ではさらなる詳細が記載されているので,参考にしていただきたい。


1)出入国在留管理庁.令和4年末現在における在留外国人数について.2023.
2)日本政府観光局.訪日外客統計.2023.
3)厚労省.外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル(第4.0版).2023.
4)厚労省.外国人向け多言語説明資料一覧.

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国際医療福祉大学大学院医療経営管理分野/医療通訳・国際医療マネジメント分野 准教授

1995年上智大法学部を卒業後,99年同大大学院法律学研究科修了(法学修士)。その後,米ロヨラメリーマウント法科大学院ビーズリー保健法政策研究所客員研究員などを経て2008年より現職。『外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル(第4.0版)』(厚労省)では分担研究者として研究班を組織した。

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