医学界新聞

臨床・研究で知っておきたい

寄稿 若林秀隆

2023.10.02 週刊医学界新聞(通常号):第3535号より

 悪液質(カヘキシア)とは,体重減少,炎症状態,食欲不振に関連した慢性疾患に伴う代謝不均衡である。悪液質の原因となる慢性疾患では,炎症性サイトカインの分泌が亢進して,骨格筋や脂肪の分解が進んだり食欲低下を認めたりすることで体重が減少しやすい。栄養療法単独では,治療効果を得られないことが特徴である。

 日本では悪液質=がん終末期というイメージが今でも強いが,これは誤解である。実際は進行がんで50~80%,重症心不全で5~15%の患者に悪液質が認められ1),悪液質があると生命予後,機能,QOLが悪くなるため,早期発見と介入は重要である。悪液質の根治療法は存在しないが,運動療法,栄養療法,心理療法,薬物療法などの集学的治療で,部分的に改善や悪化軽減を期待できる。実際,2021年に欧州臨床腫瘍学会(European Society for Medical Oncology:ESMO)から出版された成人のがん悪液質の診療ガイドラインでは,栄養サポート,運動,心理的サポートを組み合わせた集学的治療が重要とされている2)

 国際的には15年以上前から,悪液質を早期に診断して集学的治療を行うことが重要とされており,2006年に米ワシントンで開催されたCachexia Consensus Conferenceで,国際的な悪液質の診断基準(Evans基準)が作成された(3)。これはがんだけが対象ではなく全ての悪液質に適用できる画期的な基準であった。しかし,欧米での診断基準のためカットオフ値がアジアとは異なる可能性があり,また診断基準がやや煩雑であったので,臨床では使いにくかった。

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 Cachexia Consensus Conference(Evans基準)とAWGCの悪液質診断基準(文献3,4より筆者作成)

 そのため,アジアの悪液質ワーキンググループ(Asian Working Group for Cachexia:AWGC)では,臨床で使いやすいことと,悪液質を早期発見できることを意識して新しい診断基準を作成し,同診断基準と臨床上のアウトカムを記したコンセンサス論文を作成した4)。本基準においては,Cachexia Consensus Conferenceの診断基準と比較して,原因疾患を明確に,必要条件以外の項目数を少なく設定し,体重・BMIのカットオフ値もより早期診断できるように変更した(表)4)。食欲不振に関しては,臨床では主観的な食欲の有無の確認だけでよいが,研究では正確性の観点から4項目の質問から食欲を調査するSNAQ(Simplified Nutritional Appetite Questionnaire)5, 6)などの使用が適している。

 悪液質の原因疾患が存在する患者には全員,悪液質の有無を診断することが望ましい。低栄養もしくはサルコペニアを認める場合には原因が悪液質であることが多く,悪液質の有無で治療方針が異なるため,必ず診断すべきである。一方,低栄養やサルコペニアを認めなくても,AWGCの診断基準では悪液質と診断される場合があることにも留意したい。

 また,AWGCで提唱する悪液質の臨床上のアウトカムは次の通りである。

●死亡

●QOL
 ・EQ-5D
 ・FAACT
 ・その他(例:EORTC QLQ-C30)

●機能
 ・臨床虚弱尺度(Clinical Frailty Scale)
 ・Barthel Index
 ・その他〔例:Katz Index,Lawton IADL scale,6分間歩行距離(6MWD)〕

悪液質の臨床と研究では,これらのアウトカムを評価することが重要である。

 今回のコンセンサス論文には治療を含めていないため,現時点ではESMOのがん悪液質の診療ガイドラインに沿って運動療法,栄養療法,心理療法,薬物療法による集学的治療を行うと良い。運動療法では,中等度の負荷で行うレジスタンストレーニングや有酸素運動を含むものが推奨されている。栄養療法では,1日エネルギー必要量=1日エネルギー消費量+1日エネルギー蓄積量(200~750 kcal)となる,意図的に体重増加をめざした「攻めの栄養療法」を行う。抑うつ状態などを認める場合には心理療法や薬物療法を検討し,抑うつ状態などを認めない場合でも,認知行動療法やマインドフルネスを患者自身で行って,ポジティブな思考をより高めることを検討する7)

 がん悪液質の薬物療法では,胃がん,大腸がん,膵がん,非小細胞肺がんが原因で食欲不振を認める場合,日本ではアナモレリン(エドルミズ®)を使用できる8)。アナモレリンの使用で食欲改善と体重増加を期待できるため,禁忌がなく適応がある場合には使用することが望ましい。これら以外のがんやその他の疾患が原因の悪液質で食欲不振を認める場合には,六君子湯や人参養栄湯といった漢方の補剤を検討する9)

 日本では悪液質=がん終末期で治療法がないと思われてきたことや,診断基準が煩雑で臨床で活用しづらかったことなどから,悪液質が適切に診療されることが少なかった。今回,AWGCで診断基準を作成したことで,より早期から明快に悪液質を診断できるようになった。今後,治療や予防に関するコンセンサスやガイドラインの作成を検討するが,そのためには臨床で悪液質が診断され,研究が進むことが必須である。日本では低栄養やサルコペニアに対する関心は高まってきたが,それらの原因の1つである悪液質への関心はアナモレリンの市販後も低いままである。もし今後も悪液質=がん終末期のイメージが変わらなければ,カヘキシアという言葉を主に使うことも検討し,がん診療以外での悪液質診療を一般的なものとしていきたい。悪液質に対する集学的治療を行うことは生命予後,機能,QOLの改善を期待できるため,プライマリ・ケアでも各疾患の専門診療でも,悪液質が適切に診断,治療されることを望んでいる。


1)J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2016[PMID:27891294]
2)ESMO Open. 2021[PMID:34144781]
3)Clin Nutr. 2008[PMID:18718696]
4)J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2023[PMID:37667992]
5)Am J Clin Nutr. 2005[PMID:16280441]
6)J Epidemiol. 2017[PMID:28162889]
7)若林秀隆.ポジティブ心理学とリハビリテーション栄養 強みを活かす! ポジティブリハ栄養.医歯薬出版;2023.
8)J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2021[PMID:33382205]
9)Integr Med Res. 2022[PMID:35242536]

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東京女子医科大学病院リハビリテーション科学講座教授・基幹分野長

1995年横市大医学部卒,2016年慈恵医大大学院医学研究科臨床疫学研究部修了。済生会横浜市南部病院リハビリテーション科,横市大附属市民総合医療センターリハビリテーション科准教授等を経て21年より現職。日本サルコペニア・悪液質・消耗性疾患研究会副理事長。日本サルコペニア・フレイル学会理事。Society on Sarcopenia, Cachexia and Wasting Disorders理事。Asian Working Group for Cachexiaメンバー。著書に『サルコペニアを防ぐ! 看護師によるリハビリテーション栄養』(医学書院)など。

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