医学界新聞

対談・座談会 竹熊カツマタ麻子,早川佐知子

2023.09.25 週刊医学界新聞(看護号):第3534号より

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 米国Registered Nurseは,その専門性やプロフェッショナルとしての在り方,働き方に至るまで,日本の看護師とは異なる点が多い。本紙では,米国の臨床で看護管理者として働いた経験を持つ竹熊カツマタ麻子氏,米国の病院における人事労務管理を専門に長年研究を続けてきた経営学者である早川佐知子氏による対談を企画。Registered Nurseの在り方をヒントに,日本の看護師の働き方を改めて考えた。

竹熊 本日はお声掛けいただきありがとうございます。

早川 こちらこそお引き受けいただきありがとうございます。私は経営学を専門としており,医療職ではなく,臨床で働いた経験もありません。興味・関心の主軸は能力開発にあります。中でも派遣労働者の能力開発を専門にしたいと研究を始めた当初は考えていました。指導教官からの示唆もあって米国の派遣看護師について本格的に調査するようになり,医療という領域の奥深さ,面白さに惹かれていった次第です。

 一方で,可能な限り大きな視点で米国看護師の人事労務管理事情をとらえるべく研究をしてきたため,現場の看護師の労働実態を正確には把握しきれていません。そこで本日は,米国の臨床で長く働かれた経験のある竹熊先生に,さまざまにご教示いただければ幸いです。

早川 日本では法的規制により一部の例外的な状況を除いて看護師の派遣が禁じられていますが,米国では大きく事情が異なります。正確な人数は明確ではないものの,300万人いるRegistered Nurse(以下,RN)のうち2~5%が派遣看護師であるとされています1)。一方,日本では派遣という雇用形態で働く看護師の割合は0.2%ほどとされます2)

竹熊 米国では派遣看護師の数も多いですし,就労形態もさまざまです。人材派遣を行う代理店が個別の看護師と契約を結び,依頼のあった病院に派遣するのですが,派遣地域は米国全土と幅広く,期間も1シフトや数日のスポットから,数か月,年単位の派遣まで本当にいろいろです。特に比較的長い期間派遣される看護師は,TravelerあるいはTravel Nurseと呼ばれます。

早川 そうしたTravel Nurseは専門性が高いことが特徴です。専門特化したスキルを武器に,州をまたいで移動しながら腕を磨くケースが散見され,派遣先の病院からの信頼も厚いと聞きます。また,慢性的なRN不足により需要が高く,賃金水準が高い傾向にあります。そうした派遣労働者の在り方は意外でした。

竹熊 Travel Nurseは専門性の高いスキルを持たないと務まりません。ICUや手術室,ERといった高度な技術を要する場所で,人が足りない時に通常の形態でRNを雇うよりも高額の賃金を払って来てもらうのがTravel Nurseです。そのため職場の中できちんと機能を果たしてもらわなければならず,十分な臨床経験があり,知識や技術に自信のある看護師でなければ対応できません。

早川 おっしゃるようにRN不足が深刻なICUや手術室ではTravel Nurseが特に多く働いていて,調査に赴いたオレゴン州の病院では,手術室の看護師の半数がTravel Nurseでした。そうした状況も珍しくないのでしょうか。

竹熊 そう言われても全く驚きません。それくらい,米国の臨床ではよく見られる光景です。

早川 そのような形で派遣労働者を取り入れながら運用していける組織のマネジメントについて考えることが,私の研究の一つの柱となっています。日本と米国で何が違うのかを考えてみると,看護師そのものの地位や在り方が異なるという答えにたどり着きました。日本人が考える「看護師」と,米国人が想定する「Registered Nurse」はイコールではないということです。

竹熊 その通りだと思います。Gallup社による世論調査Gallup-Pollでは,RNは高い誠実さと倫理規範を持ち合わせた職業であると考える米国人が多いようです3)。RNには看護師である自分たちが社会的に果たすべき責任があるとの自覚があり,それに誇りを持っています。利他的で,社会に貢献する意識が本人たちにあって,世の中からもそう思われているのです。

早川 一方で,日本の看護師も勤勉であるように思います。

竹熊 そうですね。加えて,多くの看護師たちが自身の能力を伸ばしたいと考えています。『看護職の倫理要綱』4)には「看護職は,常に,個人の責任として継続学習による能力の開発・維持・向上に努める」とあり,そのように生きている看護師はたくさん存在します。それが社会的に認識されていないのが現状なのかもしれません。

早川 そういった看護師の向上心を,社会や病院が受け止めて処遇を上げていけるような仕組みがなぜできないのかと,常々疑問に感じています。

竹熊 その問いは,病院がどのように運営されているのかと密接につながっていると考えます。つまり,看護師の専門性が高められ,生かされる仕組みが組織の中に少ないということです。米国では組織にとって必要な仕事=ポジションが存在し,そこにフィットする人材を雇うジョブ型の雇用が主流です。基本的に本人が望まない限り配置転換は行いません。翻って日本では,看護部で雇用した人材を組織のニーズに合わせて配置していくメンバーシップ型の雇用が一般的です。そこでは,例えば循環器科に一定期間勤めて専門性を高め,認定も取得したような看護師が他科への異動を言い渡され,それまでに培った専門性を生かせなくなってしまうといった事態が頻発します。雇用スタイル上仕方のないこととはいえ,非常にもったいないと思います。

早川 そうした仕組みが看護師の専門性獲得を阻んでいるわけですね。

竹熊 私はそう考えます。加えて,CNSや認定の取得が給与に反映されにくい問題もあります。ジョブ型であれば,ポジションに応じた報酬を約束された状態で新たな役割として雇用されることになります。専門性の獲得と報酬がわかりやすくリンクしているのです。メンバーシップ型の雇用システムでは専門性の報酬への反映が難しく,モチベーションの低下につながっていると思われます。

早川 提供するケアの質の観点からも,専門性を持った看護師が自身の能力を発揮できる場所で働くことが効率的であると考えられそうです。

竹熊 米国の医療では,基本的にそうした考えに基づいて雇用・配置を行っています。専門性を重視する環境下で働くことで,プロフェッショナリズムが育まれるわけです。

 また,日米の大きな違いの一つとして,米国では基礎教育の中にpolitical actionが組み込まれていることが挙げられます。

早川 具体的にどのような科目なのでしょうか。

竹熊 看護や社会に存在する健康・医療に関係する課題をどう解決・変革するのかに関して,ロビー活動の必要性や,政治における代弁者とどうコミュニケーションを取るのかを教わります。また,学校にはpolitical action dayというものが存在し,その日は州全体から看護学生が集まって,州都まで政治家に会いに行く。そこで,現存するアジェンダについて対話を試みます。政治的ノウハウを学生のうちから教育するわけです。日本では国家試験に受かってようやく日本看護協会・日本看護連盟に入るよう促されますから,スタート地点がまず違います。米国RNの政治意識に基づいた職能としてのアイデンティティは,プロフェッショナリズムの一要素であると言えるのではないでしょうか。

早川 専門性を高めた看護師が流動的に働くことを可能にしているのは,業務の標準化による部分も大きいのではと考えます。共通した電子カルテシステムを使用するなど院内の標準化が進んでいれば,どこの職場に行っても一定の力を発揮しやすいはずです。

竹熊 それも一つのファクターだと思います。実際,米国の電子カルテシステムは大手2社がシェアを寡占していますし,機械的にエラーを防ぐための院内システムが発達していて,外部から雇われた看護師が比較的早く現場になじめるよう工夫がこらされています。しかし,日本の看護師の労働環境全般に関して最も大きな問題だと私が考えているのは,勤務シフトの在り方です。

早川 どういうことでしょう。

竹熊 現状では変則二交代制,変則三交代制といった複数の勤務時間帯で働くシフトが一般的ですが,勤務時間帯を固定化したほうが良いのではと米国での経験から感じています。日勤,夜勤,変則的な勤務などいくつかの選択肢を用意して,看護師ごとに都合の良い働き方を選んでもらうといった方法です。固定的なシフトを組めれば,大学院に進学したい場合に講義のある曜日を休みにするなど,仕事とそれ以外の時間を無理なく組み立てることができます。実際米国では,子育て中の看護師に夜勤が人気でした。日勤のパートナーとタッグを組んだ子育てスケジュールを立てやすいことが理由です。

 変則的にシフトが組まれる場合,毎回の勤務表が提示されないことには予定が立ちませんし,私生活との調整も難しいです。さらには生活リズムが乱れることから体調を崩しやすいデメリットもあります。日本では潜在看護師が70万人以上いるとされていますが5),そうした人たちが現場に戻って来られない原因には変則的な勤務形態があるのだと考えています。

早川 自分に合った働き方が選べる環境があれば,ライフステージに合わせて職場内で働き方を変更したり,別の組織に移ったりと,フレキシブルな立ち回りができそうです。負担が大きく,希望する人が少ない時間帯については報酬を上げるなど,納得感のある報酬体系もセットであればなお良さそうですね。

竹熊 法律がかかわる範疇の事柄はそう簡単に変えられませんが,スモールステップとして適正なインセンティブを付与するのは良い策だと思います。

早川 近年特に海外での看護職によるストライキを含む労働争議が報じられることが増えました。看護職が労働者としての権利を行使することは,プロフェッショナルとしてふさわしいのかとの議論,特に患者ケアを放棄してまでストライキを敢行することは職業倫理に反するのではないかとの議論に発展します。この点について,米国では市民一般の温度感はどのようなものなのでしょうか。

竹熊 私見ではありますが,サポーティブな態度が基本線かと思います。というのも,賃金はもちろん大きなトピックですが,RNたちが求めているのはそれだけではないのです。十分な報酬や適切な配置基準を含む健全な労働環境こそが患者の安全に直結しているとの考え方に基づいて要求を行っていて,そこには利他的な目線があります。だからこそ,市民の態度もサポートに寄ったものになっているのだと思います。

早川 私が行った研究でも,労働組合での活動が患者ケアの質の向上に寄与し,意思決定の権利を獲得することにつながると理解した場合にRNは労働組合を支持するようになるとの示唆が得られました6)。自らの処遇改善のためだけに行動することは躊躇するものの,患者の利益のための代弁者として声を上げることはプロフェッショナル的であるとして肯定するというのが,RNに典型的な態度と見受けられたのです。

竹熊 市民の側としても,RNの処遇が改善しないといざ自分が患者になった際に良いケアを受けられないのではとの懸念から労働運動を支持する側面もあるのでしょう。

早川 ここ最近の米国での労働争議には,コロナ禍でのレイオフや感染対策の不十分な職場環境,長時間労働に抗議するといった背景がありました。国内でも同様に,少なくない看護師がレッドゾーンでの過酷な業務に就いていたわけですが,大きな労働運動には今のところつながっていません。労働争議を行ったとして,国民の支持や理解が得られるのかも正直わからないと思っています。

竹熊 国民皆保険制度のある日本では,人々の反応も違ったものになるかもしれませんね。多くのリソースを費やして訓練を受けないと提供できないようなケアを,医療システムの枠組みの中で安価に提供している現状があるわけで,自分たちの支払う医療費が上がるのであれば賃上げには反対という人もいるかもしれません。しかし,それは正当ではないと思います。米国の病院は近年,緊急性・重症度の高い患者が向かう場所に変わってきています。軽症例では自宅でセルフケアを行ったり訪問看護サービスを受けたりで,病床を使わない傾向が増しているのです。必要性が低いにもかかわらず病院にかかることで使われている医療資源をセーブすることによって,看護師その他の医療職に正当な報酬を支払った上で制度を維持することも可能になるのではないでしょうか。

早川 質の高い医療を安価に享受できることは患者としてはありがたいですが,その陰で医療者に無理を強いているのであればサステイナブルではありません。問題は複雑ですが,医療者も非医療者も自分事として考え続ける必要のある論点だと思います。

早川 全体に,日本の看護に対してやや批判的に話題を展開してしまいましたが,竹熊先生の考える日本の看護の良さとは何でしょうか。

竹熊 何よりも看護師たちの患者さんを思う熱い気持ちです。米国のRNももちろんそうした気持ちを持ってはいるのですが,同時に仕事は仕事と割り切っている部分が大きい印象があります。あっさりしていると言いますか。日本の看護師は患者さんにより良いサービスを提供したい,患者さんのことを大切に思いたいとの気持ちを強く持ち続けている方が多くて,そうした真心,優しさは特筆すべき美点だと感じます。

早川 本日は米国での臨床経験に基づいた興味深いお話をたくさん伺えました。今後の研究に生かしていければと思っています。ありがとうございました。

(了)


1)早川佐知子.アメリカの看護師と派遣労働――その歴史と特殊性.渓水社;2015.p16.
2)厚労省.平成26年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況.2014.
3)Saad L. Military Brass, Judges Among Professions at New Image Lows. 2022.
4)日本看護協会.看護職の倫理要綱.2021.
5)厚労省.看護職員の現状と推移.2014.
6)早川佐知子.アメリカ看護師の歴史における労働関係制度の意義――そのプロフェッショナリズムとユニオニズムに注目して.経営論集.2021;68(4):209-26.

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静岡県立大学看護学部看護学科 教授

同志社女子大学芸学部英文学科卒。日本バプテスト看護専門学校を卒業後,佐賀大経済学研究科企業経営専攻,米イリノイ大シカゴ校大学院大学看護学部博士課程(BSN-PhD)修了。佐賀医大(当時)医学部看護学科助手,イリノイ大シカゴ校看護大ロックフォード校アシスタントディレクター,OSF聖アンソニーメディカルセンターDirector of Professional Practice,筑波大医学医療系国際看護学教授等を経て,2023年より現職。

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明治大学経営学部 准教授

明治大大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。2014年広島国際大医療経営学部講師,明治大経営学部専任講師等を経て,21年より現職。派遣労働者の能力開発を主軸に研究を進める中で,派遣看護師を含む米国Registered Nurseの人事労務管理について本格的に調査するようになる。著書に『アメリカの看護師と派遣労働――その歴史と特殊性』(渓水社)。

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