医学界新聞

対談・座談会 大隅典子,林和弘

2023.09.18 週刊医学界新聞(通常号):第3533号より

3533_0101.jpg

 「今後の研究・論文出版の在り方を考えた時,論文を発行している研究者コミュニティの問題としてとらえざるを得ず,OA化の議論は,学会をこれからどうしたいか,どう変えていくかとの命題に変わっていく」。こう発言したのは,長年オープンサイエンスやオープンアクセス(OA)化の推進に尽力してきた林和弘氏だ。学会の在り方をも変えてしまうほどに大きな影響力を持つようになった研究・論文出版を取り巻く問題は,今後どうなっていくのか。弊紙連載「オープンサイエンス時代の論文出版」(2023年5月~,全5回)の総まとめとして,連載を執筆した大隅典子氏と共に議論していく。

大隅 従来の研究・論文出版を取り巻く問題は,購読費の高騰による施設単位で購読可能なジャーナル数の減少が引き起こすインプット面での問題が中心でした。しかし現在,これらの問題に加えて論文掲載料(APC)の高騰に伴った論文出版というアウトプットの部分にまで影響が出始めています。後者は研究者個人に直接降りかかる問題であるために,研究・論文出版を取り巻く問題を自分事としてとらえる研究者が明らかに増えています。

 同様の構造はオープンアクセス(OA)の問題にも通じる点があります。日本の研究力低下が叫ばれる昨今,世界へ日本の研究力をアピールしていくために,全ての研究者がOAに向き合わなければならない時代となりました。本日は,林先生との対談を通じ,OAの未来,ひいては研究・論文出版の未来について議論できればと思います。

大隅 世界の潮流は,最新の知見を誰もが享受できることを理想とする「オープンサイエンス」にあり,そのためにはOA化の実施が前提として求められています。

 G7科学技術大臣会合下に設置された「オープンサイエンスワーキンググループ」では,今後の論文出版や研究データの共有・公開の在り方に関する議論が続けられており,本年5月に開催されたG7仙台科学技術大臣会合において,オープンサイエンスのさらなる推進が強調されました。これらの議論も受けて内閣府から発出されたのが,「2025年度新規公募分から学術論文等の即時OAの実現」1)です。今後,日本でもOA化の対応に追われる機関の増加が容易に予想されます。

大隅 OA化の主な方法には,APCに基づくゴールドOA,機関リポジトリやプレプリントサーバで公開するグリーンOA(連載第5回)がありますが,林先生は各方法論についてどのような印象を抱いていますか。

 それぞれに良し悪しがあると考えています。現時点で断言できるのは,いずれかを選び追求するのではなく,両方に対応すべきということです。APCの発生しないグリーンOA化した未来が理想的ではありますが,研究者としての名を上げるためのプロセスの中でトップジャーナルが採用しているゴールドOAが欠かせない存在になっている分野もある以上,蔑ろにはできません。ただし今後APCが高額化することが予想されるゴールドOAの存在は,長い目で見れば是正していかなければならないのも事実です。そのためにはゴールドOAと対をなすグリーンOAのシステム構築も支援し続けることが求められます。

大隅 OAと切り離せないのが研究評価の問題です。研究評価に用いられるWeb of ScienceやScopusといったツールが研究者の能力を数値化し,比較可能にしたことは,良くも悪くも大きな変化をもたらしました。OAにすると引用数が増加するとのエビデンスも出始めています(連載第5回)。もちろん論文の引用数で研究動向を測ったり,評価したりすることに一定の価値があるのは間違いありません。けれども世界大学ランキングやインパクトファクター(IF)の値に研究者が右往左往し,業界を硬直化させる原因にもなっています。本来アカデミアはもっと自由闊達でフレキシブルであるべきです。

 あくまで参考指標の一つとしてとらえたいものですよね。

大隅 ええ。利活用に当たっては注意が必要です。例えば人事採用や研究費の審査におけるIFの取り扱い。面識の無い方が複数応募してきた時,もしも審査側に応募者の専門領域に明るい方がいなかった場合に何を基準に判断するか。業績リストに記された論文全てを読んで理解できるかと問われれば難しいでしょうし,そもそも全論文に目を通すことは時間的にも困難です。そうした時にIFをある種のお墨付きとしてとらえ,「これほどのIF値の雑誌に載っているから研究者としても有能なのだろう」と考えてしまう方は少なくありません。ですが,これだけでは評価としては不完全です。

 普段の研究と並行しながら他分野の審査もとなれば,わかりやすい指標につい頼ってしまうことは理解できます。そこで,評価しやすいように業績リストへの記載を3本までに制限する方法もあります。わかりやすく言うと,「あなたの名刺代わりの論文は何か」を問うのです。

大隅 最も愚かなのは,これまでに論文が掲載された雑誌のIFの合計を算出させること。これには何の意味もありません。研究評価に当たって参考にすべき指針は「研究評価に関するサンフランシスコ宣言(DORA)」2)です。同宣言では「IFのような雑誌ベースの数量的指標を用いないこと」を明示しています。日本は,国家レベルでは同宣言に署名していませんが,学会単位や大学単位で署名しているケースはあります。若手・中堅のキャリアのためにもこうした考えを浸透させなければなりません。

 ただし,この議論をする時に考慮しなければならないのは,研究者個々人に“発表したいジャーナル”があることです。先ほども話題に挙がったように,研究者が名を上げる上でハイインパクトとされるジャーナルに掲載したいと思う以上,ゴールドOAは必要とされ続けるはずです。そのある種の呪縛から逃れられるかが鍵になります。

大隅 私は,研究者人生が終盤に差し掛かってきたことで,高いIF値のジャーナルに載りたいとの願望よりも,いかに自分の成果をいち早く公開できるかとの考えにシフトしてきました。しかし若手はそう考えてはいないでしょう。ポスト獲得の都合もあり,IFの高いジャーナルをめざしがちになるのは仕方がないとも言えますね。

 そこは面白い論点です。OAに関する意識調査をしても,若手のほうが保守的と判断されることもあります。今の大隅先生の考えが典型的で,地位を確立した研究者は,ある意味余裕があることからOAに対して肯定的な発言をする方が多い一方,若手にとっては研究者コミュニティ内で評価されることがまずは重要であり,旧来の出版体系を望む声が少なくない。でも結局はこの部分が是正されなければ,若手が成長した時に同じ体制が繰り返されることになりかねない。

大隅 しかもトップジャーナルにおいては,20以上のサプリメンタルデータが付属する分厚い論文が珍しくありません。一人の著者で賄えるボリュームでないことは明らかです。何十人ものチームで一報を作成するのが常となり,データ集めで5年,投稿してから日の目を見るまでにさらに2年かかることもざらです。本当にそれでいいのだろうかと。

 ポスドクを見ていると,プロジェクト雇用型で自分がやりたい研究ができずに,うつむきながら研究している人もいる。あるいは論文数や被引用数を用いた過度の競争の中で,不正を生みやすい温床を自ら作っているようなところがあります。そんな状況では科学者をめざす人が減るのは当然です。さらに言えば,査読においては科学的なインパクトしか見ていないことが多いのも問題です。社会的なインパクトの視点からの査読もあって然るべきだと考えます。

大隅 科研費の報告書にも市民公開講座で講演したことや,メディア掲載の実績を記載できる欄があるものの,何らかの評価につながっているのかと問われれば,そうとは言いづらいのが現実です。評価の軸を多様化させることには大いに賛成です。

 多様な評価に耐えるためにも,まずは,論文自体は誰でもアクセスできるようにしておかなければなりませんね。やはりOAはスタートラインでしかありません。そうした土台ができあがった上で,ようやく正しい研究評価ができるのです。

大隅 今後さらに検討を進めなければならないのはプレプリントの取り扱い方です。arXivやbioRxiv,medRxiv等に掲載されたプレプリントを引用して問題ないかとの質問をよく受けます。一部のジャーナルが引用を認めていないことも,こうした質問をする方が出てくる理由かもしれません。私は当然引用すべきと考えますが,林先生はどうとらえていますか。

 同意見です。分野によってはプレプリントを公開したら,そのプレプリントを引用して新たなプレプリントを公開する流れが生まれていることがわれわれの調査でもわかっています3)。つまり,プレプリントの世界だけで研究が回っている。例えばAI関連の研究では,あるプレプリントを読んで関心を持ったら,研究に必要なデータを即座に用意し解析をして,次の日にはプレプリントを出すということがすでに起こっています。こうした速報性は従来の出版体系では絶対に起こり得ません。

大隅 ただ,研究対象となるテーマから考えると,医学生命科学業界ではなかなか受け入れられにくいのも事実です。

 プレプリントの利活用に慎重になるべきとの議論はあって当然です。私の主張は「査読を通らなければ出版できない世界は,インターネットが普及した今の時代に適しているのか?」ということです。むしろ,まずは論文を共有・公開して,出版後に査読のようなフィルタリングを行う機能が新たに実装されても良いのではと考えています。

大隅 自身の研究の到達位置を示すという意味でも,「とりあえずプレプリントを出す」との考え方は若い世代に根付き始めているように感じます。

 プレプリントによって,その後に投稿するジャーナルの査読における不正(スクーピング)を回避できる可能性もあるでしょう。査読は原則的に研究領域が近い人に依頼がなされます。換言すれば,たまたま同じことを考えていた研究者が査読担当になると,査読をわざと遅らせて先に論文を出してしまうことだってできるのです。不正を避けるためにも,トップジャーナルに掲載できそうな優れた成果の場合は,プレプリントを選択することも有効でしょう。

大隅 プレプリントの成果を研究室のWebサイトに掲載する方も増えてきました。研究室がどのような方向性の仕事をしているのかを示せるので,リクルートの面でも役立ちます。高く評価された昔の論文だけを掲載していても,今何をしているのかが見えないと若い方は応募しづらいはずです。

 要は使い分けが大事。全ての研究成果をプレプリントで出すという意味ではなく,自分の研究を早く世に知らしめたい,共同研究者を探したい時など,目的を持って使えばいい。利用時も,自身の専門分野に関するプレプリントのみにするなどの縛りを設ける。理解に乏しい分野のプレプリントに対しては取り扱いに慎重になるべきです。「査読されていないからプレプリントの内容には全て問題がある」と一律の判断をするのではなく,少し引いた目線を持てば,また別の世界が見えるでしょう。

大隅 今後のプレプリントの課題を教えてください。

 公開後に,できるだけ迅速に内容の質が担保されたことを示す,現在の査読とは異なる仕組みづくりです。情報過多となっている現在,「どのプレプリントを読めばいいのかがわからない」との声は増えており,この新しい評価軸が構築できれば,研究評価の世界で歴史に名前を残せるでしょう。IFの仕掛けを生みだしたEugene Garfieldみたいにですね。

 いま欧州で注目を集めるのが,公的資金を投入した研究の発信に対して,著者にも購読者にも費用が発生しないようにするダイヤモンドOAと呼ばれる動きです。

大隅 日本での実現には高い壁がありますが,普及すれば購読料やAPCの問題は解決しそうです。最近ではUniversity College Londonが,大学の構成員ならばAPCは不要とのポリシーを掲げ,ジャーナル「UCL Press」を立ち上げました。論文出版を取り巻く状況が大きく変わり始めたこの時代だからこそ,あえて新規参入したようです。

 日本にも大学出版会はあるものの,書籍の出版がメインであり,そうした新たな動きは見られていないのが実情です。また,実際にジャーナル発行に携わる学会事務局のリテラシーも,欧米に比較するとまだまだ足りません。欧米の学会事務局には出版社並みのビジネスを展開できる各方面のエキスパートたちが在籍しています。

大隅 OA化が求められる今後,学会の運営体制にも影響が出てきそうですね。

 その通りです。これからの日本において,OA化対応をしていく時に恐らく最も困るのは,現在の会員数が2000~3000人ぐらいで事務局員を雇用している中規模学会だと考えています。会員数は減り続け,会員・事務局スタッフの平均年齢も上がり,後継者問題も切迫していくでしょう。このまま同じ体制を続けても縮小均衡していくだけです。論文出版の問題を起点に学会規模の問題へと発展した今,当事者たちが本気で取り組めるかどうかにかかっています。結局,今後の研究・論文出版の在り方を考えた時,論文を発行している研究者コミュニティの問題としてとらえざるを得ず,OA化の議論は,学会をこれからどうしたいか,どう変えていくかとの命題に変わっていくのです。近い未来に,学術誌の統合,学会の統合を視野に入れた議論が始まる可能性はそれなりに高いでしょう。

 もともとジャーナルは,同人誌のような位置付けでスタートしました。すなわち,あくまで仲間内に情報共有するためだけに発行されていたのです。でも今は,世界中へ簡単に情報共有できるようになりました。そうした技術革新の恩恵が生み出すのは,論文執筆者や研究者コミュニティが思いもしなかった,研究成果の新たな価値付けです。特に社会的なインパクトは研究者コミュニティの中だけでは見えづらい場合が多い。OAのインフラが整うと,データや論文にアクセスする市民が増加する可能性もあります。

大隅 広くWeb上に公開されている情報を基にアイデアを思い付いた方が新たな知の営みをできるような素地を整えておくことは大事ですよね。

 ええ。環境さえ整えば,研究を始めるのに遅いも早いもありません。年齢を問わないのです。これこそがオープンサイエンスの醍醐味でしょう。受験戦争を勝ち抜き大学院へ行かなければ専門的な研究ができないというのは,少し歪んでいるのではと最近思うようになりました。やはり内在的な知的欲求を持つ人が研究したほうが面白い成果が生まれやすいと思うのです。

大隅 自分自身のために研究に取り組んでいることはもちろんですが,所属する研究者コミュニティのため,市民への還元のためとの意識を研究者が持つべき時代になってきたととらえています。市民へ還元できる成果が増えていけば,職業科学者だけでない市民をも巻き込んだ「シチズンサイエンス」の実現も夢ではありません。すでに数学や生物学の分野ではそうした動きが現れ始めています。

 一方で医学生命科学分野はまだまだこれからです。もちろん今の状態のままでも問題ないかもしれませんが,国民の税金を基にした研究を行うならば,本当に人類にとって価値のあることをしようという議論も並行して進めて行かなければならないと考えます。研究・論文出版を取り巻く世界が,これからさらにどう変容していくかが楽しみです。

 OAが提唱されてから本格的に実装されるまで,さらに,本日取り上げた新たな流れが生まれてくるのに約20年を要しました。同じくらいの年月か,あるいはそれ以上の速さで新たな論文出版体系が確立していく可能性は高いはず。さらなる発展に期待したいです。

(了)


1)内閣府.論文等のオープンアクセスについて(論点とりまとめ).2023.
2)DORA.研究評価に関するサンフランシスコ宣言.
3)林和弘,他.arXivに着目したプレプリントの分析.NISTEP DISCUSSION PAPER.No.187.

3533_0102.jpg

東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野 教授/同大学附属図書館長

1985年東京医歯大歯学部を卒業後,同大大学院歯学研究科博士課程修了。同大大学院生体機能制御歯科学系発生機構制御学講座助手を経て,96年国立精神神経センター(当時)神経研究所室長。98年より東北大大学院医学系研究科教授。2018年からは同大副学長並びに附属図書館長を務める。専門は発生生物学,分子神経科学,神経発生学。博士(歯学)。『小説みたいに楽しく読める脳科学講義』(羊土社),『理系女性の人生設計ガイド』(講談社),など編著書多数。

3533_0103.jpg

科学技術・学術政策研究所 データ解析政策研究室長/日本医学雑誌編集者会議 組織委員

東大大学院にて有機合成化学を専攻する傍ら,コンピュータ好きが高じて日本化学会の英文誌の電子ジャーナル化に携わるようになる。1997年には同学会編集第2部(当時)に着任し,電子投稿査読,XML出版,J-STAGEの改善,電子ジャーナル事業の確立と宣伝活動などにかかわり,2005年にはオープンアクセス対応を開始させた。12年文部科学省科学技術政策研究所(当時)に着任。科学技術予測調査を経てオープンサイエンスの在り方と政策づくりに関する調査研究とその実践に取り組む。21年より現職。日本地球惑星科学連合,日本消化器外科学会等の英文誌のアドバイザー,日本医学編集者会議組織委員としての顔も持つ。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook