医学界新聞

対談・座談会 山内豊明,佐藤文俊,島田由美子

2023.08.28 週刊医学界新聞(看護号):第3530号より

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 臨床推論を学びたい気持ちを抱えつつも,“臨床推論は限られた看護師しかできない,難しいもの”と尻込みしてはいないだろうか。このたび『緊急度を見抜く! バイタルサインからの臨床推論』(医学書院)を上梓した山内氏は,「看護師が日常的に行っている,患者を観察して自分の知識や経験に照らし合わせながら状況を判断し次にすべきことの方針を導き出すアセスメントと,臨床推論はほぼ同じもの」と語る。

 訪問看護師として臨床推論を活用する佐藤氏と,急性期病院にて臨床推論の研修を担当する島田氏が,看護領域におけるフィジカルアセスメントの第一人者である山内氏に臨床推論を学ぶに当たっての疑問や困りごとを率直にぶつけた。

山内 臨床推論は堅苦しいネーミングがされてしまったがために,特別な技術だと思われている節があります。しかし,看護師が日常的に行っている,患者を観察して自分の知識や経験に照らし合わせながら状況を判断し次にすべきことの方針を導き出すアセスメントと,臨床推論はほぼ同じものです。実際は臨床で働く看護師ならば臨床推論とさほど変わらない思考過程をおのずと行っているはずです。

島田 当院は急性期病院であり,とりわけ急変の徴候を見逃さずベッドサイドで的確にリスクを推し量る能力が求められるため,トレーニングとして臨床推論の研修を設けています。研修参加者には前提として,臨床推論をアセスメントの延長だと伝えるのですが,それでも「診断する」「診断名を付ける」ことにこだわる方が多いと感じます。

佐藤 同感です。私は訪問看護ステーションで働いており,訪問スタッフの教育にも携わっています。臨床推論は診断名を付けるためのものと認識しているスタッフは,臨床推論を自分とは縁遠い,難しいものととらえてしまうため,学習や活用へのハードルが高くなりがちなのが悩ましい点です。

山内 診断名を付けて初めて臨床推論ができたと言える,という感覚をお持ちの方は多いですよね。臨床推論の話題を出す際に医学と看護の違いはよく論点に挙がりますが,「患者のつらさや問題を解消するために何をすべきか」というゴールにたどり着くための道のりや手段・方法は必ずしも同じではないものの,その道のりを導く推論の過程自体は両者に共通しています。つまり,臨床推論はそれぞれの目的を達成するための手段でしかなく,二項対立として考えるべきではありません。適切な医療処置を行うための医学診断も,入浴の可否や食事の形態の判断も,どちらもゴールへ向かう道のりの一つです。その状況で求められていることに見合ったアセスメントが何かを判断し,推し量ることが臨床推論の本質です。領域によって分けるのではなく,「医療職それぞれが自ら持つ手段・方法を有効に活用してゴールにたどり着くために,患者をアセスメントするための思考過程」を広く臨床推論ととらえていただければと思います。

島田 看護師が臨床推論を体得するのはそう簡単ではありません。研修に参加しても,学んだことを現場でうまく生かせないと悩む看護師は多くいます。佐藤先生の所属する訪問看護ステーションのスタッフも,皆さん苦労されているのではないでしょうか?

佐藤 そうですね。訪問看護の場合は本人の身体状態のほか,心身状態や療養環境・家族の介護力などの周辺環境までもアセスメントする必要があり,現場で得られる情報量も膨大です。どこから手を付け,どう考えれば必要な情報を得られるのかわからず,途方に暮れてしまうスタッフは多くいます。

 またスタッフらは,情報の取捨選択や優先度の把握ができるようになるために,どう学習すれば良いかわからないとも言っていました。臨床推論の力を付ける良いトレーニング方法はありますか。

山内 基本となるフィジカルイグザミネーションなどの知識を学んだ上で,試行錯誤という苦労を重ねる,ある意味で「良い経験」を積んでいくのがベストかと思います。臨床推論でよく用いる思考過程である「仮説演繹法」は,ある物事に対して最初に仮説を立て,その仮定を成り立たせるための情報を収集し,確認していくプロセスです。おそらくは,最初のステップである妥当な仮説を立てるところで皆さん苦労されていることと思います。看護の現場で出合う状況には膨大なバリエーションがあるため,全ての事象を一対一対応のいわゆるハウツーで覚えるのは不可能です。だからこそどんな事象にも応用できるように,多くの体験から学び,「考え方」自体を身に付けていくしかありません。

佐藤 学習者が体験からより深く学ぶために,私たちはどのような支援を行えば良いでしょうか? 私は現在,スタッフが実際に体験した事例を一緒に掘り下げる形で,臨床推論の考え方を伝えるようにしています。

山内 良い方法ですね。具体的な支援の方法としては,当事者の実体験を切り口に仮説の立て方を学んでもらうのが良いでしょう。

 学ぶことが大量にある時期は大変だと思いますが,誰しも必ず通る道であり,ショートカットはできません。これだけ学べばいい! というものに飛びつきたくなるのはわかりますが,残念ながらそう簡単にはいかないのです。

島田 着実に経験を積み重ね,そこから学んでいくしかないとなれば,学習者も覚悟が決まりますね。臨床推論を活用するために避けては通れないことだと研修を受ける看護師にしっかり伝えます。

山内 臨床現場に出て人の命を預かる立場になり,一つひとつの体験を振り返る時間と余裕がないと感じている方もいるでしょう。けれども,体験を振り返って考え方自体を学んでいかないと,今まで経験したこ...

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放送大学大学院文化科学研究科 生活健康科学プログラム 教授

1985年新潟大医学部医学科卒,91年同大学院博士課程修了。93年カリフォルニア大医学部神経科学部門勤務。96年ニューヨーク州ペース大看護学部卒,97年同大学院修士課程修了。98年オハイオ州ケース・ウエスタン・リザーヴ大大学院博士課程修了,2002年名大大学院医学系研究科基礎・臨床看護学講座教授を経て,18年より現職。名大名誉教授。『フィジカルアセスメントガイドブック 第2版』『呼吸音聴診ガイドブック』『緊急度を見抜く! バイタルサインからの臨床推論』(いずれも医学書院)など著書多数。

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ケアプロ訪問看護ステーション 東京中野ステーション

2013年新潟大医学部保健学科看護学専攻卒。20年国際医療福祉大大学院保健医療学専攻特定行為看護師養成分野修士課程修了。修士(看護学)。新潟大病院勤務を経て,14年より現職。訪問看護業務に従事する傍ら,組織運営業務やスタッフへの教育活動にも携わっている。

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東京ベイ・浦安市川医療センター/JADECOMアカデミーNP・NDC研修センター

2013年東京医療保健大大学院看護学専攻高度実践看護コース(修士課程)修了。修士(看護学)。国立国際医療研究センターでの勤務を経て,13年より地域医療振興協会東京ベイ・浦安市川医療センター勤務。20年より地域医療振興協会JADECOMアカデミーNP・NDC研修センターを兼務。看護師として働く中で,医師との連携の際に感じた疑問を解消すべく,臨床推論を学ぶ。現在は同じような思いをしている看護師に臨床推論を伝えるため,フィジカルアセスメントや臨床推論の研修を担当。

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