医学界新聞

FAQ

寄稿 金野竜太

2023.06.19 週刊医学界新聞(通常号):第3522号より

 脳梗塞などの脳の病気によって「話す」や「理解する」といった言語機能が障害された状態を失語症と呼びます。有名なものとしてブローカ失語(主に話すことができない)やウェルニッケ失語(主に言葉を理解することができない)などがあります。今回は失語症の症状の1つである「失文法」について解説します。

 失文法とは文法機能の障害であり,ブローカ失語の患者で観察されることが多いとされる言語症状です。失文法の患者では,格助詞などの機能語の使用や複雑な文構造の作成が困難になります。日本語を例にとると,発話時の格助詞(が,を,に,など)の欠如や誤用が起こります。また,発話される文の長さが短くなるという特徴もあります。さらに,失文法が顕著な場合は,「今日,ごはんを食べる」と発話するべきところが「今日,ごはん」のように助詞や動詞が脱落した発話(いわゆる電文体発話)になります。このような言語産生における症状は発話だけでなく,書字においてもみられることがあります。

 また,文法機能が障害されると文の理解にも影響を及ぼすことがあり,統語理解障害と呼ばれます。統語は「単語と単語をつなぐ規則」と考えるとわかりやすいです。例えば,「警察が泥棒を捕まえる」は統語的に正しい文ですが,「警察が捕まえるを泥棒」は統語的に正しくない文です。統語理解障害を有する患者では,単純な構造の短文は文法機能に頼らなくてもある程度単語から意味を推測できるため理解が保たれるものの,文構造が複雑な長文(隣町からやってきた警察が泥棒を捕まえた記事を私は読んだ)になると理解が困難になります。また,「警察」「泥棒」など,関係性が推測できる意味的な手掛かりがない文(例:太郎が次郎を捕まえる)では,文法機能に頼らないと理解が難しいため,理解が困難になります。ウェルニッケ失語の患者でも文の理解障害を呈しますが,こちらは単語理解や文構造が単純な文の理解も障害される点で統語理解障害とは異なります。

失文法とは文法機能の障害であり,発話面では助詞の欠如や電文体発話などがみられます。また理解面では,単純な構造の文理解は保たれるものの複雑な構造の文理解が障害される症状が起こります。


 失語症は,脳血管障害・脳外傷・脳腫瘍・神経変性疾患などで発症することが多く(後述),まずは原疾患に対して適切に診療を行うことが大切です。その上で,言語機能評価と言語リハビリテーションを行います。失文法の評価に関しては,まず患者の言語症状をよく観察して,FAQ1で解説した失文法の特徴がないか検討することが重要です。失文法では長い文章の理解が苦手であることが多いですが,失文法以外の要因でも文理解障害は起こります。その患者の理解障害が失文法によるものか否かを明らかにするためには,文法機能の検査課題などを用いた評価が必要となるでしょう。

 これまでのところ,標準化された文法機能の検査法はありませんが,研究レベルで用いられる検査課題として,主語と目的語が入れ替え可能な文(例:ライオンがトラを追いかける)と絵を提示し,絵と文の内容が合っているかを判断するものなどがあります。「ライオン」「トラ」のような意味的な手掛かりを完全に排除した課題も有用です(図1)。しかし,後者の課題は意味的な手掛かりを排除したことにより検査課題が抽象化されるため,言語以外の能力の障害においても課題正答率が下がることが予想されます。今後,文法機能の検査法の標準化が望まれます。

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図1 絵と文のマッチング課題(『わかる! 使える! 日本語の文法障害の臨床』,p131より転載)
二人の登場人物による動作を表す絵と文から構成されており,被検者は絵と文の内容が合っているかを判断する。人物を〇,△などの図形で表しているため意味的手掛かりがなく,文構造を正しく理解する能力が必要とされる。

 そして,言語機能評価や治療には専門的な知識と技能を必要とするため,言語聴覚士や作業療法士など多職種との連携が重要となります。例えば,急性期には意識障害が強いために,失語症でなくとも言語機能を適切に用いることができないこともあります。また,原疾患の経過とともに言語機能は変動します。そのため,どのタイミングで言語機能を評価し,どのような言語リハビリテーションで介入するか,患者ごとに適切に設定することが重要です。定期的に多職種カンファレンスの場を設けるなど,原疾患が発症した段階から患者の状態を多職種で共有し,効率的な言語機能評価と治療をめざすことが大切です。

原疾患に対して適切に診療を行い,その上で患者の言語機能をよく観察し,介入することが重要です。失文法以外の要因でも文理解障害は起こるため,文法機能を個別に評価することが必要です。多職種カンファレンスにより患者の状態を随時共有し,介入方法を検討しましょう。


 失文法はブローカ失語の患者で観察されることが多く,発症には左下前頭回弁蓋部や三角部と呼ばれる脳領域が関与しています。したがって,左前頭葉の脳血管障害や脳外傷,脳腫瘍などの患者で観察されることが多いとされています。しかし,この領域が障害されても失文法が発症しない場合もある上,小脳など他の脳領域の病変でも失文法を発症することはあります。また,脳血管障害・脳外傷・脳腫瘍などの占拠性病変だけではなく,前頭側頭型認知症などの神経変性疾患に伴い失文法が起こることも知られています。原発性進行性失語(発症早期に言語症状が先行する神経変性疾患)の中には,文法機能の障害を特徴とする症候群(非流暢/失文法型原発性進行性失語)も存在します1)

 失文法の発症メカニズムについては議論が続いています。私の研究チームでは,文法処理に関与する脳内ネットワークの機能低下が失文法の発症に関連する可能性を示した論文を発表しました2)。文法処理には左前頭葉だけではなく,右大脳半球や小脳を含んだ脳領域が関与しており,これらの脳領域が少なくとも3つの脳内ネットワークを形成しています(図2)。脳内ネットワークの共同作業により文法処理が営まれ,このネットワークの機能低下が失文法の発症に関与していると推測されます。文法処理に関与する脳内ネットワークの詳細についてはまだ研究の余地が残っており,今後の神経言語学の重要課題といえます。

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図2 文法処理に関与すると考えられる脳内ネットワーク(『わかる! 使える! 日本語の文法障害の臨床』,p135より一部改変して転載)
3つの脳内ネットワークの神経結合を示す。文法処理においては左前頭葉の左下前頭回弁蓋部/三角部と呼ばれる脳領域が重要であるが,右大脳半球や小脳などの他の脳領域も関与していると考えられている。

左下前頭回弁蓋部と呼ばれる脳領域が失文法の発症に関与すると考えられています。また,左前頭葉,右大脳半球,小脳を含んだ脳領域が形成する脳内ネットワークによって文法処理が営まれ,このネットワーク機能の低下が失文法に関与する可能性があります。このネットワークの詳細の解明は今後の神経言語学の重要課題です。

現時点では失文法の患者に対してどのような治療・リハビリテーションプログラムが適用できるか,標準化はされていません。治療の原則は患者の症状を的確に把握し,症状に応じて臨機応変な治療プログラムを提供することであり,主題役割と文法関係の対応づけに焦点を当てたマッチング訓練などが適用可能です。


1)Neurology. 2011[PMID:21325651]
2)Brain. 2014[PMID:24519977]

昭和大学横浜市北部病院 内科(神経) 准教授

2002年昭和大医学部卒。07年同大大学院修了。同大神経内科に入局後,東大大学院総合文化研究科で神経言語学研究に従事。昭和大病院,昭和大藤が丘病院での勤務を経て,21年より現職。専門は臨床神経学,神経言語学。分担執筆に『わかる! 使える! 日本語の文法障害の臨床』(医学書院)。

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