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日本語の文法障害の臨床
失語症・特異的言語発達障害(SLI)をひもとく
失語症臨床の第一人者が、文法障害のなぜ?どうする?にこたえる
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有限個の単語を用いて無数の文を構築する能力は人間の言語に固有の機能であり、これが障害されると、生活や社会活動に大きな支障が生じる。本書は、文法・統語に特徴的な問題を認める失語症と特異的言語発達障害(SLI)の文法・統語障害について、基礎となる理論から障害を理解し、臨床を展開する方法までを日本語の資料を用いてわかりやすく解説する、本邦初の体系書である。
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序文
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序
私たちがメッセージを伝えようとするとき,そのすべてを単語で表現することは困難であり,どうしても文で表現することが必要となる.有限個の単語を用いて無限の文を作り出す機能(文法・統語機能)は人間言語の顕著な特性であり,このような機能が後天的な脳損傷や発達上の問題で障害された場合,個人生活や社会生活に大きな支障が生じる.後天的な文法障害としてよく知られているのは失語症における失文法―統語障害である.また文法の獲得は小児の言語発達における重要な側面であり,DSM-5の神経発達症に含まれる特異的言語発達障害(specific language impairment;SLI)は文法発達に特有の問題を呈する.このような障害に対する臨床家や研究者の関心は高いが,その基礎理論から臨床的介入までを体系立てて解説した書物は少ない.特に,失語症やSLIにおける統語・文法障害が日本語においてどのような現れ方をし,そこから何を読み解くことができるか,またどのような臨床的介入をすべきかを説明した臨床書は極めて少ない.
本書では,失語症とSLIの文法・統語障害について,基礎となる理論から,障害を理解し,臨床を展開する方法までを日本語の資料を用いてわかりやすく解説する.「I基礎となる理論編」(第1,2章)では,人間言語の特性としくみ,文を産生し理解するシステム,さらに言語の獲得と喪失について説明する.また,日本語の文のしくみ(文法)について臨床で必要とされる概念を精選して簡潔に説明する.次の「II 文法・統語障害の理解編」(第3,4章)では,失語症とSLIの文法・統語障害について実証的研究によって繰り返し確認されてきた知見を整理し,表面に現れた臨床症状とその基底にある障害メカニズムをいかに理解するかについてていねいに解説する.さらに,今後の展望,すなわち残されている課題も明確にする.近年,失語症の統語障害については脳機能,原発性進行性失語,認知言語学からの研究が進展しており,その最前線を紹介する.
「III 臨床の展開編」(第5,6章)では,前編で説明した理論を踏まえて,失語症の失文法―統語障害にどのように臨床的介入(評価・訓練・支援)をすることができるかについて,具体的な臨床手順を豊富な教材を用いて説明する.ここで紹介した教材の絵カードはダウンロードして臨床に活用することができる.本書を読み通すことにより,失語症とSLIの文法・統語障害への理解が深まり,根拠のある臨床的介入がより身近なものになることを期待したい.
本書は,最初から読み始めるだけでなく,III編から読み始め,その理論的根拠をI編やII編において確認することも可能である.執筆に際しては,言語聴覚障害の臨床に携わる言語聴覚士などの臨床家,研究者,教員,心理職や言語聴覚士を目指す学生の方々の“知りたい”にていねいに応えることができるよう努めた.
本書の刊行は医学書院の中根冬貴氏,日高汐海氏のご尽力によってようやく実現した.ここに心からの感謝の意を表したい.
2023年4月
藤田郁代
目次
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用語解説
I 基礎となる理論編
第1章 言語の特質とその障害
第1節 人間と言語
第2節 文で話すということ
第3節 文のしくみ
1 文の構成要素
2 文の基本構造
3 文のしくみの知識を臨床に役立てる
第4節 文の処理
1 統語構造の処理
2 文理解とワーキングメモリ
Quiz1~3
第2章 言語の獲得と喪失
第1節 発達性と後天性の言語障害
第2節 言語発達障害
第3節 失語症
II 文法・統語障害の理解編
第3章 特異的言語発達障害(SLI)の文法障害
第1節 ことばと認知の発達
第2節 文法・統語能力の発達
第3節 特異的言語発達障害(SLI)の文法・統語障害
1 特異的言語発達障害(SLI)の定義
2 SLIの文法・統語障害
第4節 SLIの評価と指導
1 文の評価
2 文の指導
CASE SLIを呈した事例の評価と指導
第4章 失文法――失語症の統語障害
第1節 失文法理論の発展
1 失文法の科学的究明の始まり
2 初期の失文法理論
3 近年の失文法理論
4 現代の失文法研究への転回
第2節 失文法を理解する――失文法の臨床症状
1 表出面と理解面の失文法
2 表出性失文法
3 受容性失文法――統語理解障害
第3節 統語処理の神経学的基盤
1 統語理解障害の病巣研究
2 統語理解の賦活研究
3 文産生の神経学的基盤の研究
4 今後の展望
第4節 原発性進行性失語の失文法
1 原発性進行性失語とは
2 原発性進行性失語を呈する疾患と背景病理
3 原発性進行性失語のタイプと病変部位
第5節 認知言語学から見た失文法
1 認知言語学の言語観
2 ラネカーの認知文法
3 言語事実と説明
4 認知言語学への期待
第6節 統語機能に関与する脳領域と神経ネットワーク
1 言語と神経ネットワーク
2 音声処理の脳内メカニズム
3 統語処理の脳内メカニズム
4 言語の脳科学の展望
III 臨床の展開編
第5章 失語症における統語の評価
第1節 統語障害の生活への影響
第2節 評価のプロセス
第3節 失語症の全般的評価
第4節 統語機能の評価
1 文の産生面の評価
2 文の理解面の評価
第5節 動詞の評価
第6節 認知機能の評価
第7節 評価のまとめと解釈
第8節 評価から治療計画の立案へ
CASE 失文法(表出性失文法,統語理解障害)を呈したブローカ失語
Quiz4
第6章 失語症における文の訓練
第1節 失語症の回復
第2節 文の訓練とその対象
第3節 文の訓練の視点
1 文処理過程全体の賦活――文刺激促通法
2 動詞・項構造の訓練
3 文構造の訓練
4 文法形態素の訓練
5 会話における文の実用化
6 認知機能と文の訓練
第4節 文の訓練の実際
1 文の訓練の原則
2 文の訓練の進め方
3 文の導入順序
4 文セットと絵刺激の作成
第5節 文の訓練の実施方法
1 機能訓練
2 文の実用化への介入
CASE 失文法(表出性失文法,統語理解障害)を呈したブローカ失語
Quiz5~7
付録 教材「絵カード」
Quizの解答
索引
column
1 19世紀に発展し,失文法研究に影響を与えた分野
2 言語の類型
3 Isserlinが『Über Agrammatisms』で紹介した失文法例
4 非可逆文と可逆文
5 Wernicke-Geschwind model
6 統語処理と小脳
7 非流暢/失文法型原発性進行性失語
書評
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統語・文法障害を系統的に解説する初の書籍
書評者:植田 恵(帝京平成大教授・言語聴覚学)
人と人とのコミュニケーションは,単語の羅列ではなく文で構成されている。私たちは文法という共通のルールを持ち,初めて聞く事柄であっても正しく理解することができる。近頃は鳥のさえずりにも文法があるというが,やはり文というのは人間固有の高度な機能である。私たちの日々の生活において,文は情報を伝達するだけでなく,気持ちを理解し合ったり,論理的な思考を展開したりするために欠かせないものである。
失語症は脳血管疾患などが原因で起こる言語機能(ことばの操作能力)の障害である。話す,聞く,読む,書くといったあらゆる側面に障害が生じ,コミュニケーションが困難となるが,程度の差はあれ文の理解や産生にも障害が生じる。ご存知のとおり,編著者の藤田郁代先生は,失語症の言語治療研究の第一人者である。長年臨床,研究,教育に従事され,特に失語症者の統語・文法障害の評価法・訓練法の研究においてトップランナーとしてこの領域を牽引し続けてこられた。本書は,藤田先生のこれまでのご研究と情熱の集大成といえよう。
全体の構成に目を向けると,言語や文のしくみから始まり,文法能力の発達とその過程でみられる特異的言語発達障害(SLI)について,ならびに失語症者の失文法の特徴と治療法まで,最前線で活躍する臨床家,研究者がさまざまな角度から紐解いているのがわかる。文法障害についてこのように基礎理論から臨床的介入までを系統的に解説した書籍はほとんど見当たらない。この点において画期的な書籍である。
もう一点,本書の特筆すべき点は,SLIの研究から得られた知見と失語症の失文法の知見を融合させたことにある。わが国においては統語に関するSLIの研究はまだ多くない上に,発達過程でのつまずきと障害による喪失を両方向から見る視点は,今後この分野の研究のさらなる発展に貢献することが大いに期待される。
このように本書は大変斬新かつ高度な内容なのだが,一方で非常に易しくわかりやすく書かれており,初学者でも学びやすい。またすでに失語症臨床に携わっている言語聴覚士(ST)にもぜひお薦めしたい。日頃の臨床経験を踏まえて改めて文法の基礎を学び直すことで,気付くことや理解できることが大いにあるだろう。そして人と人とのコミュニケーションに関心のあるさまざまな分野の学生,専門職の方にもぜひ読んでいただきたい。
文法障害研究の羅針盤
書評者:藤原 加奈江(東北文化学園大教授・言語聴覚学)
文法というと日常とは無関係のような印象を受けるが,人の思い(思考)は文の形をとって伝えられる。その文をどう作るか,理解するかが文法であると著者は言う。本書はコミュニケーションとしての文法を主題としている。チョムスキーが文を生み出す装置としての生成文法を提案し,そのpsychological reality(心理的実在)を求めた延長に脳内の文法をつかさどる神経ネットワークがある。本書はそのことをわかりやすく解説するだけでなく,その神経ネットワークの不具合によって生じた文法障害の病態,発現メカニズム,さらに訓練法までを論じる希少な一冊である。
「I 基礎となる理論編」では文法障害の前提となる文の構造についてわかりやすく解説しており,初めて文法障害を学ぶ読者にはむろんのこと,ベテランと言われる読者にも改めて知識を整理するのに役立つ。
文処理プロセスを知る数少ない方法の一つに,不具合の起こり方から推測する方法がある。不具合の一つが脳損傷により生じる失語症にみられる失文法であり,また,文法の習得障害を特徴とする特異的言語発達障害である。「II 文法・統語障害の理解編」ではこの二つの障害を取り上げている。特に失文法に関しては19世紀初頭から始まるさまざまな理論が丁寧に解説され,神経心理学と言語学の双方から文法障害の研究がどのようになされ現在に至るのか,その経緯がわかる。現在地点を知ることは,今後どこへ向かうべきかを知る上で欠くことができない。本書はその意味で文法障害研究の羅針盤となる。
さらに本書は現在取り組まれているさまざまな文法障害に関する研究を幅広く網羅している。脳損傷による失文法と発達障害の特異的言語発達障害を共に取り上げ比較することで,文処理プロセスの特徴がより明確になる。原発性進行性失語と脳血管障害による失文法も同様である。また,認知言語学など新たなアプローチも紹介されており興味が尽きない。
「III 臨床の展開編」の根底を貫くのはEvidenced based,根拠に基づく臨床である。長年,わが国の失文法研究をけん引してこられた著者の実績に裏打ちされた評価法と訓練法は明解で有効である。失語症臨床の場にある言語聴覚士はぜひ熟読されたい。教材絵カードまでついており,著者の言語聴覚士に対する愛情が感じられる。
わが国に言語聴覚士の国家資格ができてもうすぐ四半世紀を迎えるが,残念ながら文法障害のように一つのテーマに絞った成書は極めて少ない。本書はその意味でもわが国の言語聴覚学史の記念すべき一冊である。