医学界新聞

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寄稿 荒川高光

2023.06.05 週刊医学界新聞(通常号):第3520号より

 外傷などけがの急性期において患部へ寒冷刺激を行う治療法(アイシング)は,臨床現場のみならず体育の授業やスポーツ活動の現場などでも一般的な処置です。けがの急性期に行うRICE処置(Rest:安静,Ice:冷却,Compression:圧迫,Elevation:挙上)の一環として広く実践されています。

 近年,われわれの研究を含め,アイシングに関する動物実験の報告が積み重ねられています。そうした報告により,臨床の先生方から「アイシングはやっても良いのか? やめるべきなのか?」という声がよく聞かれるようになりました。

 本稿では動物実験で明らかになった成果の一端を紹介し,臨床の先生方の率直な疑問にお答えしたいと思います。

 アイシングはけがの急性期に行うRICE処置の一環として実践されています。しかし,現在に至るまでにRICE処置の治療根拠をメカニズムも含めて実証した研究は乏しく,アイシングの影響を動物実験で検証する必要がありました。

 近年の研究技術の発達により,筋損傷・筋再生,それに関与する細胞を詳細に追跡できるようになってきたため,2010年代に筋損傷後のアイシング効果を見る動物実験が世界中で行われたのです。しかし,驚くべきことに「アイシングで筋再生が良くなった」とした報告は一つもありませんでした。

 同様にわれわれの研究でもアイシングが筋再生を遅延・阻害することを報告しました1, 2)。この報告では,損傷後早期に集まり損傷した筋細胞の貪食と再生を担う炎症性マクロファージの炎症部への集積をアイシングが阻害している可能性を明らかにしています(図1)。すなわち,炎症性マクロファージによる筋再生にプラスとなる要素を,アイシングが抑制してしまったのではないかと考えました。

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図1 筋損傷後のアイシングによる影響
筋損傷後にアイシングを施した場合にマクロファージに与える影響を示した模式図。筋損傷後のアイシングは再生の流れを乱してしまう可能性が提唱されている。

 従来の動物実験では筋線維全体の20%以上が壊死している相対的に「重篤」な筋損傷のモデルが用いられていました。一方で,スポーツ現場で生じる筋損傷は,全筋線維数のうち10%以下に損傷が起こる比較的「軽微」な場合が多いため,われわれは筋損傷の程度に着目し,改めて動物実験を行いました。筋損傷による壊死を全筋線維の4%程度と,従来に比べて「軽微」とした動物に対し同様のアイシングをしたところ,骨格筋の再生が促進されていることがわかりました3)。損傷後早期に集まる炎症性マクロファージは誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)という物質を介して損傷を広げてしまう負の側面も持つため,iNOSを発現している炎症性マクロファージの集積がアイシングによって弱まることと(図2),筋再生の促進に何らかの関係があるのではないかと考え,さらなる研究を模索しています。

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図2 軽微な筋損傷後の炎症性マクロファージの分布と損傷範囲の比較
iNOSを発現している炎症性マクロファージの集積がアイシングによって弱まる。軽微な筋損傷に対するアイシングは筋再生を促す可能性が考えられる。
文献3を改変して作成。

①筋損傷急性期に行うアイシングは筋再生を阻害する場合があること,②筋損傷の程度が異なるとアイシング効果が変わり得ること,が明らかになっています。


 上述した筋損傷の「重篤」「軽微」はあくまでも動物実験における相対的なものであり,軽微な筋損傷は少量ではあるものの筋線維が損傷している程度を指します。スポーツなどの現場で起こるヒトの肉離れは,重症度を筋内に出血のみが認められるI度(軽度)~筋線維の完全断裂が認められるIII度(重度)に分類されていますが,今回われわれが動物実験で用いた「重篤」のケースはII度,「軽微」はI度あるいはII度の中の軽度なものを想定しています。

 また「筋損傷」という概念には,われわれの動物実験で観察対象とはなっていない非常に微細な損傷も含まれますが,その微細な筋損傷に対するアイシングの効果については未解明です。どこまでの筋損傷ならばアイシングの適応となるのか,その線引きをさらに行っていくことが課題です。

動物実験でわれわれが「重篤」と呼ぶ筋損傷の程度を臨床的に言えば,肉離れだとII度(中等度)の場面を,「軽微」はI度(軽度)~II度の中の軽度な場面が想定されます。


 例えば野球の投手は,投球動作の繰り返しによって関連する筋群が適応を起こしています。正常な投球数であれば,筋線維の壊死が起こらない「高強度運動」ととらえることができます。その場合には筋再生という現象が起こらないため,われわれの知見からは明確な回答ができません。

 高強度の負荷をかけたトレーニング(ボディビルディングなど)や,長距離走を行った後のアイシングなども上記と同様に,おそらく長期間のトレーニングによって徐々に筋群が適応しているので,筋線維の壊死が起こらない「高強度運動」を行っていると考えられます。したがって,筋線維が壊死しない程度であることからも,今回の「筋再生を促せるか」という問いに答えられる状況ではないと考えられます。

 もし,アイシングによって高強度運動後に生じる浮腫を抑えられるならば,数日後に行う投球動作やトレーニングなどを円滑にできる可能性も考えられます。しかしアイシングが浮腫を抑制する可能性についても,われわれの知っている範囲では確かなエビデンスはありません。さまざまな用途・目的に応じたアイシングの使い分けが必要であると考えています。その使い分けを考えるために,われわれは今後も研究を重ねていきます。

現在のところわれわれの研究結果から明確に回答はできません。今後,用途に合わせたアイシングの使用に対し,医学的な根拠を持って説明できるよう,メカニズムを明らかにしていく必要があります。

臨床では捻挫や打ち身など,筋以外の構造が損傷している場合にもアイシングを施していると思います。確かに筋だけが損傷するような場面は限定的なのかもしれません。筋以外を対象としたけがの急性期にアイシングは行うべきか,という質問にはまだお答えできません。今回ご紹介した知見を全てのけがの急性期に当てはめることは難しいのかもしれませんが,筋損傷からの再生という観点からは,アイシングには適応となるべきけがの程度があるかもしれないことを知っていただきたいと思います。


1)J Appl Physiol. 2021[PMID:33764172]
2)Histochem Cell Biol. 2022[PMID:36114866]
3)Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol. 2023[PMID:36878487]

神戸大学大学院保健学研究科リハビリテーション科学領域・准教授

1994年名大医療短大理学療法学科卒。臨床に従事した後,2006年神戸大大学院医学系研究科神経発生学分野博士課程修了。15年より現職。同大医学部保健学科では解剖学の講義を担当。共著に『運動学×解剖学×エコー 関節機能障害を「治す!」理学療法のトリセツ』(医学書院)などがある。

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