医学界新聞

対談・座談会 川﨑つま子,高田朝子

2023.05.29 週刊医学界新聞(看護号):第3519号より

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 「看護師が100人いれば,100通りの個性と100種類のキャリア選択があります。還暦を過ぎてプラチナナースと呼ばれる年代にある筆者の願いは,同じ看護師の道を選ばれた皆さんが,それぞれに幸せに輝ける道を歩んでゆかれることです」。

 後進のキャリア支援に力を入れる川﨑つま子氏は,『はたらく看護師のための自分の育て方――キャリア選択に活かす気づきのワーク17』(医学書院)にこう記した。本書には,看護師が自分の内面に向き合いながら意思決定し,幸せにはたらき続けるための知恵・知識や,意思決定トレーニングのためのワークが収められている。川﨑氏の経験と,経営学者であり本書のもう一人の著者でもある高田朝子氏の一般ビジネス界での知見を基に,看護師が成長しながら,そして幸せにはたらき続ける方法を探る。

川﨑 私は,40代で看護管理者になってから一般ビジネス界で広く用いられている経営学やマネジメントの知識を学び,部署の運営やスタッフとのかかわり方など日々の仕事の中で生かしてきました。学んだ成果を実感するとともに,もっと早い時期からこの学問に出合えていたらとも感じます。看護師の皆さんには,より早くこれらの知識を学んでいただき,はたらき方を考える際やキャリア選択に直面した際の助けとしてもらいたい。そんな思いから,この度マネジメント学の専門家で専門職研究者としても著名な高田朝子先生と共に,『はたらく看護師のための自分の育て方――キャリア選択に活かす気づきのワーク17』(医学書院)を執筆しました。今日の対談では高田先生と共に,看護師の皆さんが幸せにはたらき続けるためのヒントを考えたいと思います。

川﨑 日本の看護師は,分野を問わずさまざまな領域に異動して経験を積む方が多く,業界全体としてジェネラリスト志向が強い時代が長く続きました。日本看護協会によって専門看護師・認定看護師などの資格認定制度が作られた1990年代以降は,スペシャリストとしての道も生まれています。しかし実際は,施設のニーズとスペシャリストの求めるはたらき方とが合致しないことも多く,また看護師の専門性の評価や報酬に関しても試行錯誤が続いています。スペシャリストをどう活用するか,どの組織も悩んでいるように見受けられるのが現状です。ジェネラリスト志向の環境が,スペシャリストとして育つための弊害になっているように思えるのです。

高田 「ジェネラリスト志向が強い」点は,国内の一般企業に勤めるビジネスパーソンのキャリアと似ています。日本のビジネスパーソンは,個人の希望よりも組織の意向で異動することがほとんどで,キャリアマネジメントは組織がある程度担います。そのため「会社が育ててくれる」という意識を持つ傾向が強いです。看護師の方も,組織の意向で異動や昇進を打診され,それに従うことが多いでしょうから,「病院が育ててくれる」意識があるのかもしれませんね。

 ただし,今後社会の在り方が大きく変わる中で,求められる仕事の質・量,ひいてははたらき方が業界を問わず変化せざるを得なくなるでしょう。ジェネラリストとして「何でもできる」だけでは足りず,「+α」の力が求められる。その過程では,プロとして自分が何をどのような理由で行ったかを説明できる力も身に付けなければならないと思います。

川﨑 +αの力もプロとして根拠を説明する力も,組織任せにしているだけではおそらく得られません。看護師はさらに自己成長を意識する必要がありますね。

高田 そのように思います。また看護職はその性質上,自分自身でキャリアをマネジメントする必要性がより高まります。ビジネスパーソンは一つの会社でさまざまな業務を経験し,成長する傾向があるのに対し,看護師や医師などの専門職は所属組織を変えることで自分の腕を磨く側面が強い。加えて,免許があるため就職・転職が比較的容易です。総じて,キャリアマネジメントに組織の意向が関与する割合はビジネスパーソンより低いでしょう。自分の成長を職場に任せきりにしてしまうと,良いキャリアパスの創出やスキル向上をかなえられなくなる可能性が増すため,キャリアの道筋を自分で見通し,主体的に研さんする意識を持つ必要があると思います。

川﨑 おっしゃる通りです。スペシャリストだけでなくジェネラリストや看護管理者を含む全ての看護師に,自身の強みを見いだして研さんし,自らの手でキャリアを切り開いてほしい。つまり「自分を育てて」ほしいと私は考えています。

川﨑 それでは,どう自分を育てていけば良いのでしょうか。以前,看護管理者向けの講義を担当した際,自身のキャリアとそこで学んだことを振り返るワークを実施しました。参加者は「看護部の副部長として教育を担った」「外来看護師長を務めた」といった経験自体はすぐに挙げられます。しかし,その経験から何を学んだかについて掘り下げると,途端に答えられなくなることが多かったです。看護師には日頃から積極的に外部に学びに行く勉強熱心な方が多いと感じますが,さらに自分を育てるためには,自身の日々の体験から深く学ぶことが重要です。

 そのために,まずはどんな体験も意味のあることとしてとらえ,感じたことを解釈し,次に生かせる学びとするリフレクションの習慣を付けていただきたい。できなかった点や良くなかった点を修正する「反省」とは違い,リフレクションでは起こった出来事だけでなく,その時の状況や自分自身をも客観的に観察し,より深く振り返ります。自身の思考と感情を整理することで,新たな自分の一面に気づける上,自身の体験に「学び」という意味を見いだすことで,起こったことを前向きにとらえて次につなげられます。

高田 非常に理にかなっていると思います。看護師は職業訓練を受ける中で,ケアに当たる上で間違いのない「当たり前の考え方」を学びますよね。しかし,学んだことに縛られてしまい,同じことを別の視点でとらえにくくなる点がジレンマの一つにあると思います。看護師以外の専門職についてもこのジレンマは存在します。視点を変えるためにも,自身を客観的に振り返るリフレクションは有効でしょう。

川﨑 リフレクションによって物事のとらえ方を変えることは,ケアの質向上にもつながります。看護は正解のない仕事で,それが一番の魅力だと感じています。もちろん業務マニュアルはありますが,それは多くの患者さんに平均的,あるいは最低限の看護を届けるためのものです。その患者にとっての最善のケアを提供するためには,マニュアルにとらわれず試行錯誤する必要があります。

高田 その人のためを思って模索したケアこそ,その看護師さんだからこそできた,まさに+αのはたらきですよ。全ての職種に言えることですが,現代の職場においてはマニュアルや前例などのパターン化の中で導かれた「正解」を求める方が多いと感じます。ですが,看護を含め人と人とがかかわる仕事で,一つのパターンに全ての人を当てはめることは不可能です。固定観念から脱却し,ベストな仕事を追求してほしいですね。

川﨑 目の前の患者さんに最も適したケアのためには,患者さんのこれまでの歴史や価値観,今の思いなどを引き出し,その人を知る必要があります。そしてそれらの情報を引き出すには,本人に問いかけるしかありません。近年は,入院期間の短縮や業務効率化に伴い,患者さんの情報を引き出す時間が十分に確保できないことも多いです。しかし,われわれ看護師は患者さんを通じてしか成長できません。良い問いを導く思考は,患者さんとのかかわりの中で育まれるものです。患者さんと向き合う機会が減っているからこそ,日々の体験から学ぶ意識をより大切にしてほしいと思います。

川﨑 ロールモデルを見つけることも成長に大きな効果をもたらすと感じています。私自身,尊敬できる先輩や上司に出会い,彼女らをロールモデルとして日々の業務にまい進してきました。ロールモデルがあると,将来なりたい姿などの近未来像を具体的に意識でき,意思決定の判断基準となってキャリア選択を助けてくれます。

高田 重要なのは良いロールモデルにどう巡り合うかですね。もし所属する組織の中にロールモデルになるような方がいなければ,自分の所属と異なるコミュニティに参加するのも有効でしょう。

川﨑 セミナーや研修に参加したり,施設見学や学会などに赴いたりすると良いですね。

高田 ロールモデルを探す以外にも,異なる環境に属し,自分にない視点を持つ方と対話することで得られるものは大きいはずです。ビジネスの世界では,一つの組織内にとどまったまま専門性を高めるのは難しいとされ,さまざまな異なる環境で経験を積む,いわば「他流試合」によって専門性がより高まると言われています1)。例えばマネジメントを専門にする人はマネージャーとしての専門性を高めるためにどんどん職場を変えます。

 川﨑さんも,すでに看護部長職でありながら公募で別の組織の看護部長を務め,職場を変えていますよね。成長につながった実感はありますか?

川﨑 たしかにありますね。これまで規模も地域も異なる3つの病院で看護部長を務めました。環境が変わったことで,今まで意識していなかった施設の規模や理念に目が向くようになり,患者層の差も見えました。それぞれの場所により適したマネジメントを自然に意識するようになりましたね。同時に,環境に左右されない,自身の看護の核になるものを発見することもできました。

高田 まさに「他流試合」によって自分を磨かれていますね。キャリア選択の背景には,どのような思いがあったのでしょう。

川﨑 自分のキャリアがうまくいかなかったりつらくなったりした時,組織や管理者といった他人のせいにしてはいけないし,したくないと思っていました。たとえ組織からの命令や他者からの推薦に端を発した異動であっても,最終的にそのキャリアを選択したのは自分自身です。地に足をつけて,自分が生きていることに対して責任を持ち,自立していたいという思いが強かった。それが,キャリア選択において,自ら進んで意思決定を行うことにつながっていたのだと思います。「自立」は私の好きな言葉であり,看護師のはたらき方にもぴったりはまっていると感じています。

高田 成長に関する周囲からの影響という点では,上司の良し悪しも重要です。キャリア論では,その人を取り囲む環境の中に良い先輩や上司がいると,その人自身も良い上司になると言われています2, 3)

川﨑 上司が「人として成長してほしい」という価値観を持っていると,部下に対してモチベーションを維持するための声掛けや,学んだことを現場で活用するための助力を行いますよね。私の実感としても,上司がこのような「人育てのマネジメント」をできているかは,組織に所属する部下一人ひとりの成長に大きくかかわると思います。

高田 人育てのマネジメントの実践には,部下の自己効力感を養うかかわりが求められます。成長のためには本人の動機付けが必要であり,自己効力感を持つことは内発的動機付けの発生に大きく寄与するからです。

 看護の領域で言えば,師長はスタッフに対して,具体的にどのようなかかわり方をするべきでしょうか。

川﨑 例えば,フィードバックの際に良い問いかけを行うことです。時々フィードバックが何かを一方的に教える形になっていたり,自分の欲しい答えを返してもらうための問いかけになっていたりする時があります。そうではなく,あくまでも部下の力を引き出す問いかけを行うことが重要です。良い問いかけは相手の思考を深める手助けとなり,部下の良いリフレクションにつながります。そうしたフィードバックをもらえば,部下は自ずと成長するはずです。

 また,上司と部下の一対一で良い関係性を築くだけでなく,上司が組織全体をマネジメントできているかも重要だと考えます。自身が教えられるだけでなく新人への指導を通じて成長するなど,組織内で相互にかかわり合う中で成長は生まれるからです。また,組織内に+αを追求する雰囲気が醸成されていることも成長に大きく寄与しますね。

高田 人は環境の影響を大きく受けますから,トップの人間が率先して,学び合う雰囲気作りに携わり,成長を促進する環境を整えることも大切ですね。+αのケアに挑戦し,成功体験を積めたら,部下は自分のケアに自信を持てます。たとえ一生懸命やった結果うまくいかなかったとしても,その経験はその後のケアの質向上につながるでしょう。

川﨑 上司層のマネジメントは,私が現在取り組んでいる課題でもあります。部下の自分育てを助けるために,上司の皆さんにもぜひ優れたマネジメントを行ってほしいですね。

川﨑 最後に,今後のはたらき方やキャリア選択に悩む看護師の方へ向けてメッセージをお願いします。

高田 自らを育て,キャリアを創出するには意思決定が必須ですが,意思決定には苦痛がつきものです。トレーニングを重ねることで,意思決定はうまくできるようになります。そのトレーニングとは,日々当然のこととして行ってきた行動をリフレクションし,より適した方法を模索するような,身近なところから始めればよいのです。こうした訓練を意識的に行うと,そのうち自分で決めることが苦痛でなくなり,自然に自分で考え,決められるようになってきます。

川﨑 私がお伝えしたいのは,やりたいことがあったら,ぜひ意思表示してほしいということ。願い通りにならかったとしても,アピールできただけで大成功です。その意思表示は,あなたが今の環境に流されるままにならず,自身の成長やキャリアに向き合い,より良い選択のために判断し,行動したという,自立と勇気の証なのですから。

(了)


1)Hall DT. The protean career: A quarter-century journey. J Vocat Behav. 2004;65(1):1-13.
2)Yang X, et al. A relational model of career adaptability and career prospects:The roles of leader-member exchange and agreeableness. J Occup Organ Psychol. 2020;93(2):405-30.
3)若林満,他.役割開発能力の形成とキャリア発達――民間企業の中間管理職を中心に.経営行動科学.1998;3(2):63-73.

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大坪会グループ 看護局長/認定看護管理者

1978年国立埼玉病院附属看護学校卒。88年日本赤十字社幹部看護師研修所卒。2010年東京医療保健大修士課程修了。修士(看護マネジメント学)。同年認定看護管理者(日看協)。大宮赤十字病院(現・さいたま赤十字病院)附属専門学校専任教員,同院看護師長などを経て,小川赤十字病院,足利赤十字病院,東京医歯大附属病院(現・東京医歯大病院)で看護部長を歴任。22年より現職。共著に『はたらく看護師のための自分の育て方――キャリア選択に活かす気づきのワーク17』(医学書院)。

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法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 教授

1987年立教大経済学部卒。博士(経営学)。モルガン・スタンレー證券株式会社勤務,高千穂大経営学部専任講師などを経て,2010年より現職。研究テーマは,リーダーシップ,危機管理,組織行動,ネットワーク,女性管理職など。単著に『危機対応のエフィカシー・マネジメント』(慶應義塾大学出版),『女性マネージャーの働き方改革2.0』(生産性出版),共著に『はたらく看護師のための自分の育て方――キャリア選択に活かす気づきのワーク17』(医学書院)など。

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