医学界新聞

インタビュー 叶谷由佳

2023.04.24 週刊医学界新聞(看護号):第3515号より

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 日本看護系大学協議会(JANPU)の看護学教育質向上委員会は,コロナ禍が看護学教育の現場にどのような影響をもたらしたかを調べるために,2020年度に全国的な調査を行った1)。その結果,多くの看護系大学で臨地実習の中止や学内演習への変更が行われていることがわかった。こうした状況下で新たに設置された「新たな感染症の時代の看護教育検討特別ワーキング」での議論の結果を踏まえ,学生の看護実践力を大学が保証する仕組みとしてJANPUは,実習前CBT/OSCEの導入を検討している。

 その第一歩として文部科学省CBTシステム事業へ協力する形で,JANPU-CBT実証事業が2022年9月~23年3月にかけて3回実施された。実証事業を指揮した叶谷氏に,CBT実証事業の概要や今後の展開を聞いた。

――今回のJANPU-CBT実証事業は,「2020年度COVID-19に伴う看護学実習への影響調査」1)(以下,影響調査)を基に構想されたと伺っています。まずは,影響調査を行った経緯を教えてください。

叶谷 COVID-19の感染拡大に伴い,20年1月以降,全国の看護系大学は臨地実習の中止や延期を余儀なくされました。こうした状況を受け,JANPUの看護学教育質向上委員会(以下,委員会)は,コロナ禍における臨地実習の実態を把握すべく,影響調査を実施しました。その結果,全国の看護系大学のうち7割以上で臨地実習が中止,あるいは学内実習へ変更されたことがわかったのです(1)。実習時間の短縮や実習時期の変更がなされた学校も多く,教育現場は大きな影響を受けました。

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 コロナ禍における実習への影響調査
2020年10月時点におけるJANPU会員校287校のうち247校(回収率86.1%)が回答。調査の結果,7割以上の看護系大学で実習が中止(a),あるいは学内実習へ変更(b)されたことがわかった。

――学生の学びを止めてはならないと,教育関係者が対応に奔走したことと思います。

叶谷 本学では臨地実習の代替案として,動画教材やペーパーペイシェント教材を基に看護師の思考過程をディスカッションする演習を行ったのを覚えています。影響調査の結果を踏まえ,看護学教育の在り方を見直すために委員会は後述の2点を諮問事項として挙げました。

①看護学臨地実習における現状の課題整理と新たな臨地実習の枠組み案の作成

②看護学教育におけるデジタル化への課題整理,DX(Digital Transformation)時代の看護学教育の枠組み案の作成

 これらに対応するため委員会は,21年度に「新たな感染症の時代の看護学教育検討特別ワーキング」(以下,特別ワーキング)を立ち上げ,①に対して政策班,②に対してDX班という対策チームを発足させました。各チームでさまざまな検討がなされた後,22年6月に諮問事項に対する答申書を完成させたのです。

――諮問事項への答申を検討する過程で,どのような課題が見えてきましたか。

叶谷 実習前における学生評価の統一基準が設定されていないことです。学習者のレベルアップには適切な評価が不可欠であり,医学部では診療参加型臨床実習の前にCBT(Computer Based Testing)とOSCE(Objective Structured Clinical Examination)が実施されています(註1)。看護学教育でも実習前評価を標準化させるために,共用試験を前提としたStudent Nurse制度を創設し,学生の実践力を担保すべきと特別ワーキングでは考えています。これは,実習前における到達度の標準化を保証することで,実習での体験をより充実させ,学生の実践力のさらなる向上を狙いたいとの思惑も含めます。

 そこで共用試験の導入に向けた施策として,特別ワーキングは政策班からCBTサブワーキンググループ(以下,CBTサブWG)を発足させ,文部科学省CBTシステム事業へ協力する形でJANPU-CBT実証事業の提案に至りました。

――JANPU-CBT実証事業の概要を教えてください。

叶谷 試験の運用体制や運用の方法,実施時期などの評価を目的に実証事業を試行しました。応募のあった13校で実施し,老年や小児といった領域別臨地実習に行く前の学年全員を試験対象としています。実施回数は22年9月,23年2,3月の計3回,学校ごとに実施時期を指定して行いました。

――試験を実施してみた感触はいかがでしたか。

叶谷 おおむねうまくいったと感じています。受験した学生のアンケート結果では,試験を受験したことで「臨地実習に臨むことに肯定的になった」との回答も多く,学生のモチベーションアップにも効果は示したと思います。

 一方で改善点もありました。今回は実証事業であるため,22年9月の試験では実証事業の目的や実施要項に関する説明を各大学に一任したのですが,参加について学生の自主性に任せたため,一定数の欠席者が出ました。また実証事業の参加校には,参加条件としてブラウザといったインターネット環境や,対象学生と教職員に一定のICTスキルが求められることを告知したものの,試験中にPCがフリーズして中断してしまったり,デバイスの電池が切れたり,受験者用のシステム操作マニュアルで一部わかりにくい記載があったりするなどの課題が生じたのです。

――実施していく中でみえてきた課題に対して,どのように対応されたのでしょう。

叶谷 23年2月の試験では再度,参加条件ならびに実施要項の説明会を実施しました。事前動作確認として参加する学生・教職員全員に対して本番と同環境下でサンプル問題を解くことを推奨し,22年度JANPU-CBT学生用簡易マニュアルならびに22年度JANPU-CBT実証事業(試行版)実施要項の全面改訂を行いました。

 今後は,今回の実証事業の試行によって「実習前CBT日本看護系大学協議会版運用システム試行ワーキング」(註2)における22年度活動目標が達成されたのかをまとめていきたいと考えています。

――実証校の募集要項には,今回の実証事業を24年度の文科省予算要求に向けた根拠にしていく旨が記されています。実証事業で得た知見をベースに,さらに検討を進めていくのでしょうか。

叶谷 はい。ただし,実現までに検討が必要な課題が山積しており,少し時間がかかりそうな印象を持っています。このたびの実証事業で得られた統計データを解析し,そのデータを基に問題の作成基準を一から検討していくので,CBT実施までの道のりは決して短くはないでしょう。

 さらに,CBTでは実証事業を試行できたものの,OSCEについてはゼロからの検討となります。CBTとOSCEで問題の作成基準が一致していなければ学生の評価制度として機能しませんので,委員会は22年度活動の重点事項にJANPU版のCBT/OSCEの開発を掲げ,新たにCBT班(註2)とOSCE班を設けました。想定する試験対象者の習熟度を両班で擦り合わせていくことが今後の課題です。

――JANPU-CBT/OSCEが実現し,各大学共通の合格基準が設定された場合,基準に満たない学生は実習に出ることができなくなるのでしょうか。

叶谷 現状では未定です。医学部と異なり看護系大学は学校数が多いこと,教育課程・教育年数・カリキュラムが多様であることもあり,一律に合格基準を定めるのは難しいと感じています。不合格だった学生への対応については各大学に一任することになりそうというのが現時点での私見です。

――委員会では,他にも看護師国家試験(以下,国試)のICT化をめざした「国試ICT班」も立ち上がっています。同班が設立された経緯を教えてください。

叶谷 今回の実証事業での経験は,以前からの検討課題であった国試のICT化にも生かせると考え,国試ICT班を立ち上げました。国試は厚生労働省が管轄しているので,同省との調整が必要であり,現在はさまざまな情報を集めているところです。

 また,私もワーキンググループの一員としてかかわった「看護学教育モデル・コア・カリキュラム」(以下,看護コアカリ)の改訂も検討事項として挙がっています。コロナ禍をきっかけにさまざまな検討が始まる中で感じたのは,関係機関・団体で看護学教育における共通認識を持つ必要があること。検討を行うメンバーで統一された教育指針を持てば,議論がスムースに進むと思います。17年に策定された看護コアカリでは「医学教育モデル・コア・カリキュラム」を参考に各大学共通の教育目標を定めましたが,看護系大学では,看護コアカリのほかに「看護学士課程教育におけるコアコンピテンシーと卒業時到達目標」2)や保健師助産師看護師学校養成所指定規則など参照するものが複数あり,医学部ほど準拠したカリキュラムが施行されていないのが現状です。22年度に改訂された「医学教育モデル・コア・カリキュラム」3)はコンピテンシーを基盤とした構成となり,看護コアカリもコンピテンシーを基盤として再検討する必要があります。

――委員会における今後の活動展望を伺えますか。

叶谷 22年度はJANPU-CBTの運用評価を実施しました。今後は多様なカリキュラムがある中でも臨地実習前の実践力評価のための評価項目を作成・標準化し,学習成果を評価,実習の充実化が図れるよう検討を始めたところです。これは,今後の看護コアカリと合わせた検討が必要だと考えています。

 またJANPUでは現在,20年度に行った影響調査とは別に,学生の看護技術の経験度を把握する調査を全国的に行っています。同調査の結果を根拠に,カテーテルの挿入や新生児への対応といった実習で経験する機会の少ない看護技術が学べるDX教材の開発にもつなげたいと考えています。コロナ禍によってDX化に向けた検討が全国の教育現場で加速したので,教材開発の意義はあるでしょう。

 実践力の高い看護師を増やすには,看護系大学だけでなく専門学校も含めた看護学教育にかかわる全員で知恵を結集する必要があります。看護の発展のために皆で力を合わせていきたいです。

(了)


註1:CBTではPCによる多肢選択式試験,OSCEでは医療面接やバイタルサインの確認などの実技試験が行われ,実習前における学生の知識や技術の習熟度が問われる。

註2:22年度,CBTサブWGは組織再編されCBT班として活動を開始。CBT班の下部組織として実習前CBT日本看護系大学協議会版運用システム試行ワーキングが設置され,JANPU-CBT実証事業の実務を担った。

1)日本看護系大学協議会 看護学教育質向上委員会.2020年度COVID-19に伴う看護学実習への影響調査 A調査・B調査報告書.2021.
2)日本看護系大学協議会.看護学士課程教育におけるコアコンピテンシーと卒業時到達目標.2018.
3)モデル・コア・カリキュラム改訂に関する連絡調整委員会.医学教育モデル・コア・カリキュラム令和4年度改訂版.2022.

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横浜市立大学大学院医学研究科 看護学専攻長/実習前CBT日本看護系大学協議会版運用システム試行ワーキング 座長

1989年北大医療技術短大を卒業後,千葉大看護学部に入学し91年に卒業。東大大学院医学系研究科保健学専攻修士課程修了。2002年東京医歯大論文博士号取得。12年より横市大教授,13年同大看護学科長を経て,23年より現職。22年度よりJANPU看護学教育質向上委員会委員長,実習前CBT日本看護系大学協議会版運用システム試行ワーキング座長。17年に策定された「看護学教育モデル・コア・カリキュラム」の検討にも携わる。専門は老年看護学,在宅看護学,看護管理学。

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