医学界新聞

書評

2023.02.06 週刊医学界新聞(通常号):第3504号より

《評者》 神戸大大学院教授・作業療法学

 本書は,半側空間無視の病態や,さまざまな観点に基づいて検討されたアプローチの手法を学べる,これまでにない書籍である。

 第1章では,半側空間無視が生じる責任病巣と種々あるメカニズムの説明,第2章では,実際に使える半側空間無視の臨床現場での評価,観察の仕方のポイントが症例の画像を用いて説明されている。また第3章では,半側空間無視へアプローチする際の留意事項,第4章では,リハ室,ADL場面など臨床場面別での実践的アプローチ,ラストを飾る第5章では,視覚走査練習やプリズム順応課題,ミラーセラピーなどの実践例が6例紹介されている。この章立ての紹介だけでも,これまでの書籍とは違うことがご理解いただけるのではないだろうか。

 半側空間無視が出現する病巣や病態,およびリハビリテーションに関する研究には長い歴史がある。半側空間無視はさまざまな病巣で出現するが,本書では損傷部位によって無視症状が異なること,典型的な病巣,慢性化しやすい病巣などが項目立てて説明されており,理解しやすい。

 その昔,私は,半側空間無視を知覚性無視,運動性無視,表象性無視といったように無視の特徴によって分類したことがあった。当時は,病巣別にみることはしていなかったが,その無視の特徴を頭頂葉病変,側頭葉病変,前頭葉病変と病巣別にみるとこうなるのか,と大変合点がいった。

 常日頃から半側空間無視例にアプローチする際に大事なことは,「気付き」について精査することであると考えている。と思っていたら,本書にもちゃんと書いてあるではないか! 対象者は半側空間無視をどう感じているのか,どうすれば気付けるのか,無視側に向かせるためにはどうすればよいのかといった内容が,セラピスト目線でよく説明されている。

 車椅子移乗やADLのアプローチでは,写真やイラストを使って,具体的な介入方法が書かれているため,本書から学ぶことの多くが,すぐに実行に移せる。さらに,観察による評価をアプローチに結び付けるコツも示されており,日々のリハ場面でどのような視点で観察するべきかについても学ぶことができる。日常生活動作に関する介入まで述べた書籍が少ない中,細かなアプローチ内容やリスク管理が書かれており,病院だけでなく在宅支援の場でも有効活用できる。

 最後の章の実践事例では,さまざまなアプローチ方法を実践した経過や評価結果が紹介されており,介入によってどのような効果が出るのかをイメージしやすくなっている。

 半側空間無視のリハビリテーションがこの一冊で網羅されており,急性期から在宅までをカバーした幅広いアプローチ方法の解説は,前田眞治先生率いるセラピスト軍団による賜物である。


《評者》 福岡大教授・整形外科学

 『運動器疾患・外傷のリハビリテーション医学・医療テキスト』が発刊された。これまで系統的かつ継続的に発刊されてきた,「リハビリテーション医学・医療テキストシリーズ」の11番目の書であり,質・量ともに大変充実したものになっている。

 まず,一貫したコンセプトとして,「リハビリテーション医学・医療は,運動器の機能回復だけでなく,社会活動をも見据えた治療や支援を行い,人の営みの基本である活動を賦活化し,QOLの向上を目的としていること」が,総論を含めたテキスト全体で丁寧に述べられている。そして,何よりも「具体的な運動療法のプロトコルが,カラーを用いた図を駆使し,的確かつ大変わかりやすく解説されている」ことが大きな特徴である。読者は図を見るだけで,具体的なリハビリテーション診療の内容と注意すべきポイントが容易に理解できる。さらに,項目ごとに「リハビリテーション診療のポイント」が明記されており,実践を主眼においた素晴らしいテキストである。リハビリテーション科医のみならず,整形外科医やリハビリテーション専門職・看護師など運動器医療にかかわる医療スタッフ全てに参考になる仕様になっている。

 総論では,「活動を育む医学・医療」と定義されるリハビリテーション医学・医療の意義,そしてリハビリテーション診療を行うに当たり必要となる基礎科学についても,わかりやすく解説されている。また,各論では,骨軟部腫瘍や関節リウマチも含めた,主要な運動器疾患・外傷が系統的に網羅されている。その疾患概念の再整理が行えるとともに,具体的なリハビリテーション診療が詳細に解説されており,リハビリテーション科医はもとより整形外科医にとっても,臨床現場で直ちに役立つ構成となっている。

 運動器疾患・外傷に対する治療は,外科的治療だけで完結するわけではなく,むしろ術後のリハビリテーション診療が治療成績を大きく左右すると言っても過言ではない。その観点からも,整形外科医にとって必携・必読の書であり,運動器疾患・外傷にかかわる医療スタッフ全員,初期研修医にとっても座右に置いておくべき書物の一つである。

 本来であれば,リハビリテーション科医が書評を担当すべきかもしれないが,整形外科医にとっても,とても有用な書であり,わが身を顧みず筆を執らせていただいた次第である。


《評者》 札幌山の上病院
豊倉康夫記念神経センター長

 多くの方々にとって,末梢神経と中枢神経の区別は必ずしも正確に認識されていないのではないでしょうか。私が講義などでまず学生に言うことにしているのは,末梢神経系とはシュワン細胞,結合組織が神経細胞を包囲している箇所で,一方,中枢神経系とはオリゴデンドロサイト,アストロサイトが周りにある部分と教えています。

 この定義に従えば,ニューロンの中には,中枢神経系の部分もあれば,同時に末梢神経系に属する部分もあることになります。例えば第1次感覚ニューロン,第2次運動ニューロン,自律神経節前線維などはそれに当たります。末梢神経というと“末梢の部分”という先入観でうやむやにされたり,二義的にとらえられたりしがちなのは残念なことであると同時に,神経系の理解を不十分なものとするゆえんでもあります。

 この度,神田隆先生の編集,106人の執筆者による『末梢神経障害――解剖生理から診断,治療,リハビリテーションまで』が上梓されました。全体は500ページ超に及ぶものですが,「末梢神経障害の基礎」,「末梢神経障害の臨床①――診断と治療総論」までの約200ページを私は,この本の前編とし,後に続く「末梢神経障害の臨床②――疾患各論」を後編として通覧させていただきました。

 この著作はまず,その前編に大きな特徴があります。この部分の多くは,これまで末梢神経の臨床,病理,生理などの第一線で活躍してこられた方々の個性ある経験に支えられた記述から構成されています。深い味わいと貴重な言葉がにじむ箇所がたくさんあり,読み応えがあります。このような記述は英米の教科書には時にありますが,わが国の医学書にはあまり例がないようです。この本は多くの執筆者の合作です。お一人おひとりの経験の中からにじみ出た個性と確信に満ちた言葉でつづられているからこそ,読み物としても飽きずに,楽しみながら末梢神経疾患の理解につながる知識を自然と身につけることができるものと思います。

 後編は各論で,末梢神経疾患の一つひとつがそれぞれの専門家の手により丁寧に記載され,新しい知見を含めて文献を挙げながら解説されています。図,写真も豊富です。末梢神経疾患は整形外科でも大切な領域ですが,診療科の枠を超えて多くの分野から執筆者が選ばれている点も,編集者の幅広い見識によるものでしょう。

 こうしてみていくと,『末梢神経障害』の前編の約200ページは,これまでの末梢神経関係の成書にはない手法と考え方に立って編集された部分であり,最初から通して読まれることをお勧めします。後編の300ページは座右に置いて事典的に活用されることに向いている部分でしょう。文献も充実し,索引は和名と英名で引けるようになっています。

 ちなみに「末梢」を国語辞典で引いてみました。「①木の枝の先,こずえ ②物のはし,末端。転じてとるに足らないこと。⇒末梢神経系」とありました。これはひどい! どうか神田先生編集の『末梢神経障害』,特にこの前編を通読して,神経系を論ずる上での末梢神経系の重要性と知識を再確認されることをお勧めします。末梢神経系への興味と理解はきっと神経学をより身近なものにしてくれることと信じます。


《評者》 神奈川県理事/医療危機対策統括官

 本書の題名を見たときに,「公衆衛生」「緊急事態」「リスクコミュニケーション」という言葉から,日常診療に携わる皆さんは縁遠さや抵抗感を覚えたかもしれない。この3年間の新型コロナウイルス感染症対応で,もう緊急事態なんてこりごりだと思っている方も多いかもしれない。でも,本書を読み終えたとき,なぜ著者が「まちの医療者」を対象にしていたのか気付かされるのである。「日常診療で日々行ってきた業務はリスクコミュニケーションそのものだった!」と驚きとともに心に刺さることだろう。

 私自身は病院の管理者として,また行政において新型コロナ保健医療施策の立案,運営の指揮に携わる立場として本書を読み始めた。改めてリスクコミュニケーションの理論的背景や標準的対応と実践を体系的に学ぶ最高のテキストに出合えたと思った。これは数か月間かけて学校のプログラムとして学んだら,さぞ面白い思考回路ができ上がるのではないだろうか。私は一般的な医学教育を修めた後に,臨床現場での経験,災害・危機管理対応のトレーニングと実践を経て今に至っているが,もっと早く本書に出合っていたら,この3年間の新型コロナウイルス感染症対応でも,もっと違うアプローチをしていたのかもしれないと思う。行政,医療福祉,産業保健など,さまざまな立場で本書に触れた時に「あの時のことだ」「なるほど心当たりあるなあ」「確かに……」と,思わずうなずいている自分がいることだろう。本書を読み始めると導入部で,少々難しい理論や概念,用語だと感じる項目から書かれていると感じる。著者もこの点は承知していて,ページをめくって最初に「本書の読み方」が書いてある。Part1から読むことに拘らず,目下の課題や困りごとに近い項目や目次から見つけて読む方法も提示しているのだ。私から読者の皆さんにあえてお勧めするもう一つの方法は,あまり身構えずに,小説を読むように最初から気楽に通読することである。一見厚い本だが新型コロナウイルス感染症や福島原発事故など実例を挙げて,同じ事象を章ごとに異なる切り口で繰り返し,リスクコミュニケーション手法を説明しているので,自然に内容が理解できるようになっていく。なんといっても手にマーカーペンを持って重要な部位に線を引くという勉強スタイルが不要なのだ。なぜなら,事前に著者が重要部位に青のマーカーをつけてくれている。ニクイ演出ではないか!

 本書の中には「完全なパートナーとして扱う」と,市民や患者への向き合い方の極意が記載してあった。日々の診療で決して忘れてはいけない大切な信念をあなたも改めてかみしめてみてはいかがだろうか。

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